Playing in the waves
「あれが海だよ」
クロシュが指さした先には果ての見えない巨大な湖が存在していた。本の中でしか知らない海に、エルネインは目を輝かせる。
「行ってみようか」
「はい!」
クロシュの翼で駆ければ、あれ程遠くに見えた海もすぐに近くなる。砂浜に下ろして貰ったエルネインは、足の裏の感触に驚いた。
「ふわふわしていて沈む感触は確かにあるのに沈まないわ!どうしてかしら?」
「この砂は粒子の一つ一つがとても細かいんだ。触ってみるとほら、柔らかいだろう?沈まないのは下の方の砂が海水を含んでるからだ」
「クロシュ様は物知りね。……クロシュ様?」
「いや、貴方から気軽に声を掛けられるのが珍しくて」
「やだ、私ったら。本当にすみません。気をつけます」
どうやら興奮しすぎて、敬語を忘れたらしい。慌てて謝罪するエルネインに、クロシュは首を横に振った。
「むしろ、そうやって普通に話して欲しいんだ。エルには敬語を使って欲しくないから」
「ですが」
立てられた人差し指がエルネインの唇に押しつけられる。
「お願いだよ、エル」
クロシュはエルネインがお願いに逆らえないことを知っている。渋々頷いたエルネインに破顔すると、クロシュは靴を脱いでズボンの裾を捲った。
「おいで!」
寄せては引く波に向かってクロシュが駆けていく。エルネインもその場で靴と靴下を脱ぐと、クロシュに続いて慎重に歩いていく。濡れている砂と濡れていない砂の境界線で立ち止まったエルネインは、あと一歩を踏み出せないでいた。物語の海の波は大きくて容易く人を飲み込んでしまう。
「怖いなら私が抱っこしてあげよう」
「わっ!」
影が落ちたと思ったら、重さを感じさせない足取りでエルネインを連れて行く。波はクロシュの足元を濡らし、また引いていく。それを見ていたエルネインは、降ろしてくれるようクロシュに頼んだ。波が押し寄せる瞬間はやっぱり怖くてクロシュにしがみついていたが、一度波が足を通り過ぎてしまえば、その魅力に惹き込まれる。
「海は確か塩辛いと聞いたけれど、本当に塩辛いのかしら?」
「次の波が来るよ、エル!」
しゃがんでじっと地面を見ていたエルネインは、クロシュの注意も虚しくずぶ濡れになる。今二人が立っているのは浅瀬だが、それでもクロシュの膝の高さくらいの水が押し寄せてくるのだ。
「大丈夫かい、エル……プッ……ごめんっ」
クロシュはエルネインを助け起こしながら、それでも我慢出来なかったようで大笑いする。エルネインも自分の行動が間抜けに思えて一緒に笑ってしまったが、流石にいつまでも大笑いしているクロシュに腹が立った。だから。
「えいっ!」
「え?うわっ!」
エルネインからの思わぬ攻撃を受け、背後に倒れる身体を腕で支えたクロシュだが、次の瞬間身体の側面から波がクロシュを襲う。いささか呆然としていたクロシュは、一度濡れてしまえば何度でも同じなのだろう、そのまま地面に座って笑い出してしま
う。
「これはとんだ失敗だったな。参ったよ、お姫様。笑ってしまった私を許していただけますか?」
「これで貴方もお揃いね」
エルネインも今更濡れてしまったのだからとことん濡れてしまえとしゃがみ込む。目を見合わせてくすりと笑った。
何度目かの波の水を掬ったエルネインは口の中に少しだけ含み、顔を歪める。
「しょっぱい」
「どれ?私も味見を」
エルネインの両手に掬った水に口をつけると思いきや、舌先が海水に濡れたエルネインの唇を辿る。下唇と上唇を綺麗に舐め取ったクロシュは、確かにしょっぱいなと囁いた。けれども一度近づいた距離は離れることは無く、逆に近づいていく。
「ん……エル」
「クロシュ様……ふぁ」
体中が熱くなり、波に濡れた部分も気にならなくなる。エルネインを味わうように何度も何度も角度を変えて口付けを繰り返す。
「うう~気持ち悪いです」
「着替えを持ってこなかったのは失敗だったな。濡れたエルを飛ばせるわけにもいかないし」
飛ぶ行為は想像以上に体温を奪う。丈夫な身体の持ち主であるクロシュは勿論、エルネインも問題ないとは思うが、それでもエルネインに寒い思いをさせるのが嫌だった。
二人は今、片手にそれぞれの靴を持ち、もう片方で手を繋ぎながら小さな林を歩いていた。空から来た時に砂浜の近くに町があったのは確認済みだから、迷うこと無く進んでいく。クロシュの方針で、町で服を改めてから帰ろうということになったのだ。
「町が全体的に白っぽいわ」
「原材料に使われている石が白いからだよ」
「じゃあ、クロシュ様のお家で使われているのも同じ石?」
「あれはまた別の石だね。触ってみれば分かると思うけど」
クロシュの真似をしてぺたりと壁に触れたエルネインは、乾燥した肌触りに目を丸くする。
「かさかさしてるわ。でも、お家はつるつるしてる。同じ白でも全く違うのね」
「宝石にもダイヤモンドやサファイヤ、オパールと色々違うのと同じ事だ」
「ダイヤモンド?サファイヤ?」
「……あとで見せてあげるよ」
家に帰ったら見せる約束をして、クロシュはエルネインの手を引いた。好奇心旺盛なエルネインは珍しいものを見つけてはあれは何?これは?と聞いてくる。その都度答えられる範囲で教えてやりながら、目的の店に辿り着いた。
「ねぇ、クロシュ様。……私、お金を持ってないわ」
「問題ない。君と私の服を買うくらいは持っているさ」
エルネインの荷物は山の家に置きっ放しだから当然なのだが、エルネインはクロシュが財布を持ち歩いていることに驚いた。商人を呼ぶ立場にある貴族達は滅多に自分でお金を持たないとマァサに聞いたのだが、クロシュはその例外に入るらしい。店に入ってからの対応も慣れていて、クロシュの新たな一面を知ったエルネインだった。
~後日談~
相当怒ったマァサによりクロシュは三日間のエルネイン禁止令が出されるも、禁断症状には抗えず、ここに邸内挙げての使用人VSご主人様の激しい闘いが起きるのだが、それはまた別のお話。
とかあればいいと思います。書くか書かないかはまだ未定。




