At that time they were
「……マァサ」
「なんでございましょう?」
「俺。夢でも見てんのかな?」
「だとしたら、同じ夢を見ているのでしょうね」
普通の人間ではない彼等もまた、エルネインと同じくらい耳が良い。つまり窓を開け放せば二人の会話など筒抜けなわけで。エルネインの告白からクロシュの目から涙が零れるまで、一部始終を見ていた。これ以上は無粋だろうと、窓を閉じて視界を室内に戻す。
「何にせよ喜ばしいことです。漸くご主人様が奥様を迎えられるのですから」
「……そう簡単にいくかねぇ」
ゼファは、これまでに見た二人の一部始終を報告する役目がある。ここでハッピーエンドとするには、まだ多くの困難が待ち受けていた。
「確かに陛下や側近の方々を説得するのは大変ですわね」
「あ~、そっちの問題もあったな」
ゼファは初めから聞かされていたので知っているが、聞かされていなければその特異性に気付くことは無かっただろう。竜であるゼファでもそうなのだ、たかが竜人如きが気付けるはずも無い。
何事も無ければ良いのにと儚い願望を抱きながら、ゼファは新たなスケッチブックを手に取った。
ライカン王国東にあるとある小さな村にて。
父と母の土産を片手に、フードを目深に被ったシグルスは村外れに佇む屋敷の扉を叩いた。軽い足音を上げながら出迎えたのは、見事な体型をした妖艶な熟女だった。美しい顔は久方ぶりに訪ねてきた我が子を前にしても崩れることは無く、背伸びして頬にキスを贈ると家に迎え入れた。
「貴方から先触れの手紙を貰った時は、あの人と二人して驚いたものよ」
「すみません。今度はレラインも連れて来ますよ」
全然会いに来ない息子に対しての皮肉に、シグルスは大人しく頭を垂れた。もう、と唇を尖らせる姿は、母を見かけよりも幾つか幼く見せる。
「それで、今度は急にどうしたの?貴方がここに来るなんて余程のことなんでしょう?」
「それはもう。聞けば母上もきっと喜びますよ」
「まぁ!何かしら?」
南側の一番日当たりの良い場所に案内される。人一人分が通れるくらい大きな窓を覗き込めば父が鍬を持って畑を耕していた。母は見下ろしている息子を脇に退かすと、窓を全開に開け放して父を呼ぶ。
「貴方~!シグルスが来たわよ~」
「おう!今行くぜ」
鍬を畑の隅に置くと、背に穴だらけでぼろぼろになった漆黒の翼を出す。二、三度羽ばたきすると、空へ舞い上がってこちらにやって来る。巨大な窓は、ここから自由に出入り出来るようにわざと大きく作られているのだ。母がお茶を淹れてくると部屋を出るのと同時に、父が翼を畳んで部屋に入ってくる。
「相変わらずナヨナヨしてんなぁ、シグよ。そんなんでお前の嫁さん満足出来ると思ってんのか~?男は身体だ!」
「……この顔で父上のような身体をしていたら気持ち悪いでしょう。それに下の話はやめてください。下品です」
「カーッ!これだから堅物って言われんだよ。もっと、素直に生きようぜ」
「僕は今の生活で満足ですから」
「あーそーかよ」
やや投げやりに返すと、父はソファに腰掛けた。シグルスは向かい側に腰掛けると、控えめに父を観察する。首から上を見れば、自分達兄弟が年を取ったらこんな顔になるんだろうなと思えるほどよく似ている。問題は首から下だ、大して日に焼けていない身体についた不自然なほどの筋肉が衣服の合間から見え隠れしている。なまじ繊細な顔立ちをしているだけに、これほどアンバランスな姿は無いだろう。やはり父の感性にはついて行けないようだ。
「お待たせ。今日のはちゃんと飲めるはずよ」
自信たっぷりの母の言葉に前回の記憶を思い出して心が挫けそうになる。けれども父は気にした様子も無く豪快に飲み干すのを見て、シグルスも覚悟を決めた。芳香はまともそうだが、味は……普通だった。不味くも無いが美味しくも無い。だが、これは進歩と言えるだろう。
「上達されましたね、母上」
「でしょう!ああ、良かった。この人ったらいつも美味しいとしか言わないんだもの」
「そりゃ、お前が淹れてくれたもんなら何だって美味いさ」
「ほらこんな具合で」
どうやら両親の夫婦仲は変わらず良好のようだ。と、そこで本来の目的を思い出す。
「父上、母上。今日僕がお二人を訪ねたのは、兄上のことで報告があるのです」
「クロシュの?とうとうお嫁さんでも迎えたのかしら?」
「クロが?まっさかぁ、無理だろ」
「その通りです、母上」
「ほらな。クロに色恋沙汰なんざ千年早い」
「でもね、貴方。クロシュももうお年頃なのだし……」
「「何ですって(だと)!??」」
夫婦は仲良く見つめ合い、勢いよくシグルスに詰め寄った。
「お相手は?本当に女の子なの?」
「実は冗談ですってオチはなしだぜ、シグよぉ!」
「落ち着いてください。お相手は可愛らしい女の子ですよ。それから冗談では無く本当です。僕がこの目で見ました」
あの兄が少女を見つめる目は恋をしている者特有の目だ。裸で抱き合っている姿も見たことだし、間違いないだろう。
「どどど、どうしましょう、貴方!こうしちゃいられないわ。畑の世話役を準備しないと」
「それよりもまずは住居の確保だろ?王都っていやぁ、どこに宿があったか……」
「まずは荷物を纏めるのが先決ですよ、母上。父上、宿に泊まらずとも御自身の立派な邸宅が王都にあるじゃありませんか」
完全にパニックになっている夫婦に助言し、シグルスはやっぱりこうなったかと自分の予想が当たったことに頷いた。今頃エリオスも少女の存在を知って驚いていることだろう。これから暫くは王城が荒れそうだ。頓珍漢なことをしようとする夫婦を時々諫めながら、シグルスは静かに眠る”最愛の”妻へと想いを馳せた。
設定をまともに書いていなかった為に、見直してみたら名前が違う現象が…。掲載前に一応見直してはいますが、発見したらこそっと連絡を。




