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精霊は還る場所を知っている  作者: くおんあづき


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今はここに

【精霊は還る場所を知っている】

2026.9.25 47話一挙配信。

毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

数日後。

昼を過ぎた頃、玄関を叩く音がした。


「はーい」


シエラが扉を開ける。


「こんにちは。エレーンさんはいらっしゃいますか?」


聞き慣れない女の声だった。

エレーンが台所から顔を出す。


「私ですけど」


「ミレアさんから聞いて。少しお話いいですか?」


「ミレアから?」


「ええ」


エレーンは手を拭いて玄関へ向かった。

女は街の西側で薬屋を営んでいるという。


「手伝ってくれる人を探してるんです。

 ミレアさんに聞いたら、薬草の扱いにも慣れてる人がいるって」


「……私のこと?」


「ええ。もしまだ次のお仕事が決まってなければと思って」


エレーンは少し驚いた。


仕事を辞めて、まだそれほど経っていない。


「条件を聞いても?」


「もちろん」


勤務は朝から夕方まで。

週に二日の休み。

給金もミレアの店にいた頃より、少し高い。


「もし街まで通うのが大変なら、店の二階も空いてます。

 住み込みでも大丈夫ですよ」


「住み込み……」


「すぐに決めなくてもいいので、考えてみてください」


女はそう言って、小さな紙を渡した。


「ありがとうございます」


「では」


扉が閉まる。

エレーンは手元の紙を見た。


「仕事?」


シエラが聞く。


「ええ」


「いい話だった?」


「条件はいいわ」


「そう」


シエラはそれだけ言った。


「聞かないの?」


「何を?」


「受けるかどうか」


「まだ考えるんでしょう?」


エレーンは少し笑った。


「そうね」


紙を畳んで、服のポケットへ入れた。


——————————————————————


その日の午後。


エレーンは庭で洗濯物を干していた。

少し離れたところでは、ルナリスが椅子に座っている。


「エレーン」


「なに?」


「さっき誰か来た?」


「ええ。薬屋の人」


「お薬?」


「仕事の話よ」


「エレーンの?」


「そう」


ルナリスは少し考えた。


「お仕事するの?」


エレーンの手が止まる。


「まだ決めてないわ」


「そっか」


それだけだった。

エレーンは次の布を広げる。


「……ルナリス」


「なに?」


「もし私が仕事を始めたら、昼間はいなくなるわよ」


「うん」


「平気?」


「平気だよ」


あっさり返ってきた。

ルナリスが続ける。


「帰ってくるでしょ?」


エレーンが振り返る。


「帰ってくるわよ」


「じゃあ平気」


「……そういうもの?」


「うん」


ルナリスは笑った。


「ジジも帰ってくるし、エレーンも帰ってくる」


エレーンは少しだけ黙った。


「そうね」


洗濯物を干す。

風に白い布が揺れた。


——————————————————————


夕方。


ジジがダンテのところから戻ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


エレーンは台所で夕食の支度をしていた。


「ルナは?」


「姉さんと庭よ」


「ああ」


ジジはそのまま庭を覗きに行った。

しばらくして、ルナリスを抱いて戻ってくる。


「ジジ、今日遅かった」


「ダンテが帰してくんなかった」


「何してたの?」


「書類」


「字いっぱい?」


「いっぱい」


「大変だったね」


「大変だった」


エレーンが振り返る。


「討伐より嫌そうね」


「嫌」


「そんなに?」


「座ってるの疲れる」


「子供みたいなこと言わないで」


ルナリスが笑う。

ジジはルナリスを椅子へ下ろした。


「今日何してた?」


「シエラと庭いた」


「他は?」


「エレーンにお仕事の人来た」


エレーンの手が止まる。


「ルナリス」


「だめだった?」


「駄目じゃないけど」


ジジがエレーンを見る。


「仕事?」


「ええ。薬屋から」


「働くの?」


「……まだ決めてないわ」


「そっか」


それだけ。

ジジはルナリスの前に水を置いた。

エレーンは少し待ってみたが、やはり何も続かなかった。


「条件、結構いいのよ」


「そうなんだ」


「今までより給金もいいし、住み込みもできるって」


「住み込み?」


ジジがそこで初めて顔を上げた。


「ええ」


「ここから遠いの?」


「通えると思うわ」


「じゃあ住まなくてもいいんじゃねぇの」


エレーンは少しだけジジを見る。


「そうね」


そこで話は終わった。

ジジはまたルナリスと話し始める。

エレーンは鍋へ視線を戻した。


なぜか。


ほんの少しだけ、嬉しかった。


——————————————————————


翌朝。


エレーンは一人で街へ向かった。

教えられた薬屋はすぐに見つかった。


昨日の女が店先にいる。


「あら。エレーンさん」


「昨日はありがとうございました」


「考えてくれました?」


「はい」


「中で話しましょうか?」


「いえ。すぐ済みます」


エレーンは少し息を吸った。


「今回は、お断りします」


女は少し驚いた。


「条件、何か合わなかった?」


「いいえ。とても良い条件だと思います」


「だったら……」


エレーンは少し考える。


「今は、仕事を始める時じゃないと思っただけです」


「そう」


「せっかく声をかけていただいたのに、すみません」


「謝ることじゃないですよ」


女は笑った。


「また働きたくなったら、その時探せばいいんですから」


「……はい」


頭を下げる。

店を離れた。


——————————————————————


せっかく街まで来たのだからと、少しだけ歩いた。


露店を眺める。

人の声を聞く。

それだけ。


やがて森へ続く道へ向かう。


遠くに家が見えてきた。

庭に三人いる。


シエラが何かを摘み、ルナリスが椅子から声を飛ばしている。

その少し離れたところで、ジジが薪を割っていた。

斧が振り下ろされる。

乾いた音。


「ただいま」


エレーンが声を掛ける。

ルナリスがすぐに顔を向けた。


「エレーン!」


シエラも振り返る。


「おかえり」


ジジは斧を置いた。


「早かったな」


「ええ」


「仕事?」


「断ってきたわ」


「そっか」


やっぱり、それだけだった。


「理由、聞かないの?」


「聞いてほしい?」


エレーンは少し考えた。


「……いいえ」


「なんだそれ」


ジジはまた斧を持つ。

エレーンはその背中を見る。


「ジジ」


「ん」


「私、しばらくここにいるわ」


ジジが振り返る。


「ん」


「いいの?」


「前も言っただろ」


「何を?」


「いたければいればいいって」


エレーンは少し黙った。


「……そうだったわね」


「ん」


ジジはまた薪へ向き直った。

ルナリスが声を上げる。


「エレーン、こっち来て」


「今行くわ」


エレーンは庭へ入る。

シエラの隣に立つ。


「断ったの?」


シエラが小さな声で聞いた。


「ええ」


「どうして?」


エレーンは少しだけ考えた。


それから、庭を見る。


ルナリス。

シエラ。

ジジ。


「今は、ここにいたいから」


シエラはそれ以上何も聞かなかった。


「そう」


エレーンは少し笑う。


「それだけよ」


「うん」


「自分で決めたの」


「分かってる」


風が吹く。

庭の草木が揺れる。


エレーンはその中に立ったまま、家を見た。


今は。


ここにいたい。


それで十分だった。

═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═•⊰❉⊱•═

お読みいただきありがとうございます。

くおんあづきです。

初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。

かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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