街へ
【精霊は還る場所を知っている】
2026.9.25 47話一挙配信。
毎日21:00頃 2~3話ずつ更新しています。
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エレーンは台所の棚を開けたまま、中を見ていた。
「少ないわね」
小麦。
干した豆。
油。
塩。
どれも、四人で暮らすようになってから減りが早い。
特にルナリスは、少しずつ食べられる量が増えてきていた。
それは嬉しいことだったが、食料は勝手には増えない。
エレーンは籠を取り出した。
「買い出し?」
シエラが聞く。
「ええ。今日行っておかないと、明日の分が心許ないわ」
「私も行こうか?」
「姉さんはルナリスといて」
「ルナ、シエラといるよ」
長椅子にいたルナリスが言った。
「エレーン行ってきて」
「そうさせてもらうわ」
外套を取ろうとしたところで、ジジが立ち上がった。
「俺も行く」
エレーンが振り返る。
「どうして?」
「荷物多いだろ」
「持てるわよ」
「知ってる」
ジジは籠を一つ取った。
「でも俺の方が持てる」
それは反論のしようがなかった。
エレーンは少しだけ考えてから、もう一つの籠を渡す。
「じゃあお願いするわ」
「ああ」
ジジは玄関へ向かいかけて、一度ルナリスを見る。
「行ってくる」
「うん」
「何かあったら――」
「シエラいるから大丈夫」
言われて、ジジは止まった。
シエラが苦笑する。
「ちゃんと見てるわよ」
「……頼む」
「任せて」
ルナリスが手を振る。
「いってらっしゃい」
「ああ」
今度は、そのまま扉を出た。
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街までは歩いて行ける。
森を抜けると、道の両側に少しずつ人家が増えていった。
エレーンは隣を歩くジジを見る。
「気にならないの?」
「何が?」
「ルナリス」
「気になる」
即答だった。
「戻りたい?」
「まだいい」
「まだ、なのね」
「シエラいるし」
ジジは前を向いたまま歩いている。
「ルナも大丈夫って言ったから」
エレーンは少しだけ笑った。
「なら大丈夫ね」
「ああ」
それからしばらく、二人は黙って歩いた。
街へ入ると、人の声が一気に増える。
行商人。
荷車。
店先に並ぶ野菜や肉。
ジジは周囲を見るでもなく、エレーンの後についてくる。
「まず小麦ね」
「ああ」
「その次に油と塩。魚も見たいわ」
「ああ」
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる」
「ならいいけど」
店先で小麦の袋を選ぶ。
エレーンが値段を確かめている横で、ジジは何も言わない。
「こっちの方が少し安いわね」
「そう?」
「見てないでしょう」
「ああ」
エレーンが振り返る。
「買い物したことないの?」
「ある」
「じゃあ、どうして分からないのよ」
「欲しいもん買うから」
「……そう」
妙に納得した。
ジジならそうだろう。
結局、エレーンが選び、ジジが持つ。
小麦。
油。
塩。
豆。
干した果物。
籠はすぐに重くなった。
それでもジジは片手で持っている。
「重くない?」
「全然」
「聞くんじゃなかったわ」
「何で」
「腹が立つから」
「何に?」
「もういい」
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魚を売る店の前で、エレーンは足を止めた。
「今日は何がいいかしら」
並んでいる魚を一つずつ見る。
ジジは隣で黙っていた。
「何か食べたいものある?」
「何でもいい」
「一番困る答えね」
「じゃあ魚」
「今、魚屋にいるのよ」
「じゃあこれ」
ジジが一匹を指す。
「どうしてそれ?」
「でけぇ」
エレーンは思わず笑った。
「あなたに聞いた私が悪かったわ」
「また言ってる」
「だって本当にそうなんだもの」
結局、店主に今日一番いいものを聞いて選んだ。
包んでもらっている間、ジジが少し離れた場所を見る。
小さな食堂だった。
「腹減った」
「朝食べたでしょう」
「もう昼だぞ」
エレーンも空を見上げる。
確かに、思ったより時間が経っていた。
「何か食べて帰る?」
「いいの?」
「私も少しお腹空いたわ」
「じゃあ行く」
ジジはもう食堂へ向かっている。
「決めるのだけは早いのね」
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小さな食堂だった。
冒険者や荷運びの男たちが何人かいる。
ジジが入ると、一瞬だけ視線が集まった。
「あれ、ガルシアじゃねぇか」
奥から声が飛ぶ。
ジジがそちらを見る。
「久しぶり」
「まだこの辺にいたのか」
「ああ」
「最近ギルドで見ねぇと思ったら」
「家にいる」
「お前が?」
男が笑う。
「珍しいこともあるもんだな」
ジジは特に気にした様子もなく、空いている席へ座った。
エレーンも向かいに座る。
「知り合い?」
「昔、一緒に依頼行った」
「あなた、知り合い多いのね」
「そう?」
「街を歩くたび誰かに声を掛けられてる気がするわ」
「たまにこの辺いたから」
料理が運ばれてくる。
肉と野菜を煮込んだものと、黒パン。
ジジはすぐに食べ始めた。
エレーンも一口食べる。
「おいしい」
「ん」
「こういう店、よく来てたの?」
「昔は」
「一人で?」
「ダンテとか」
「ああ」
少しだけ、想像する。
今より若いジジ。
ダンテと依頼へ行き、帰りにここで食事をする。
エレーンの知らない時間。
「何?」
ジジが聞いた。
「別に」
「見てたから」
「昔のあなたを少し想像しただけ」
ジジがパンをちぎる手を止めた。
「どんな?」
「今とあまり変わらなそう」
「そう?」
「もっと無茶はしてそうだけど」
「ああ。それはしてた」
「認めるのね」
「死にかけたことあるし」
エレーンの顔が止まる。
「……聞かなければよかった」
「聞いてねぇだろ」
「そうだったわ」
ジジはまた食べ始める。
エレーンも少し遅れてパンをちぎった。
「でも」
「ん?」
「今はしないで」
ジジが顔を上げる。
エレーンは料理を見たまま続けた。
「無茶」
少し間が空いた。
「分かってる」
それだけだった。
けれど。
エレーンは、それ以上何も言わなかった。
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帰り道。
ほとんどの荷物をジジが持っていた。
「半分持つわよ」
「いい」
「重いでしょう」
「重くねぇ」
「そうだったわね」
森へ入る。
家が近づくにつれ、ジジの歩く速度が少しだけ上がった。
エレーンが横を見る。
「急いでる?」
「ちょっと」
「ルナリス?」
「うん」
正直だった。
エレーンは何も言わなかった。
少しだけ歩幅を速める。
家が見えてくる。
庭の方から、ルナリスの笑い声がした。
ジジの足が止まる。
シエラと何か話している。
「大丈夫そうね」
エレーンが言う。
「ああ」
ジジの肩から、僅かに力が抜けた。
「ただいま」
庭へ入る。
「ジジ!」
ルナリスの声が飛んでくる。
「おかえり、エレーン」
「ただいま」
エレーンはそう返してから、隣を見る。
ジジはもうルナリスのところへ向かっていた。
その背中を見て。
エレーンは小さく笑った。
久し振りに二人で街へ出たことを。
ジジはたぶん、特別なことだとは思っていない。
エレーンも。
今は、それでよかった。
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お読みいただきありがとうございます。
くおんあづきです。
初執筆のため、慣れないところがあり読みづらい箇所等あるかと思います。
かなり長編になっていますので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




