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レベル1の冒険者が世界の調停者になる  作者: pacifian
第1章 『レベルドロップ編』

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『冒険者ギルドでの嘲笑』

朝の光が差し込む。

 迅は見知らぬ森の中で目を覚まし、夜の恐怖を引きずったまま立ち上がった。


「……まず、状況整理だ」


 腰の短剣と小さな革袋。手には何もない。

 空には二つの月が浮かび、鳥とも獣ともつかない鳴き声が木々の奥から響いてくる。


 あの白い空間――転生。

 選んでしまったスキル、【レベルドロップ】。

 どう考えても、強いとは思えない。


「……とりあえず、街を探さないと」


 森を抜けるまでに、何度も息を殺した。


 道端でうずくまるスライムや狼のような魔物を見つけては、木陰に身を潜める。

 心臓が跳ねる。ひとりぼっちで、頼れるものもない。


 ――今度こそ、守れる人間になりたい。

 その決意だけが、迅の背を押していた。




 森を抜けると、小さな街が見えてきた。

 木造の家並み、石畳の道。行き交う人々は、みな剣や杖を腰に下げ、どこか勇ましい。


「……異世界、か」


 息を整え、街の門をくぐる。


 門番の兵士は無愛想に「ギルドならあっちだ」とだけ指を差した。


 案内された先――木製の看板に刻まれた紋章には《冒険者ギルド》の文字。


 扉を押し開けると、酒場のようなざわめきが一気に耳に押し寄せた。


 武装した男や女、亜人の姿。筋骨隆々の戦士もいれば、長いローブの魔法使いもいる。

 圧倒的な“場違い感”が、迅の胸を締めつけた。


「……ここが、冒険者ギルド」


 カウンターには、明るい栗色の髪を二つに結んだ若い受付嬢が立っていた。

 ぱっちりとした目元と柔らかな声――このギルドの中では、唯一優しそうな存在だった。


「こんにちは。冒険者登録ですか?」


「あ、はい。お願いします」


「はい、ではこちらにお名前と……お持ちのスキルを書いてくださいね」


 差し出された用紙とペンを受け取り、迅は一瞬ためらった。


 【レベルドロップ】


 このスキル名を書く瞬間、胸がずきりと痛む。


(……隠したって、どうせバレる)


 覚悟を決めて、記入欄にしっかりと書き込む。

 そのとき――隣のカウンターで依頼を受けていた冒険者が、横目で用紙をのぞき込んだ。


「……あ? “レベルドロップ”? ぷっ……マジかよ」


 聞こえるように吹き出す声。

 周囲の冒険者がざわざわと顔を向け始める。


「おい聞いたか? “自分のレベルを下げる”スキルだってよ」

「本当にそんなやついたのか。ありえねぇ、クズスキルじゃん」

「死にに来たのか? 坊や」


 ざわめきは嘲笑に変わり、酒場のような空間が一瞬で冷たくなる。


「……」


 迅は用紙をぎゅっと握りしめた。

 返す言葉が見つからない。ただ、胸の奥が熱くなる。


「ちょっと、やめてください!」


 受付嬢がきっぱりと声を上げた。

 その優しい顔に似合わず、芯のある声だった。


「ここは冒険者ギルドです。誰でも登録する権利があります。スキルで笑うなんて、最低ですよ」


「へっ、悪ぃ悪ぃ。……ま、せいぜい頑張れよ、“レベルドロップ”くん」


 冒険者は鼻で笑いながら去っていった。

 周囲からまだくすくすと笑い声が上がる中、受付嬢は迅の目をまっすぐ見て微笑んだ。


「……気にしなくていいですよ。強さは、スキルだけじゃありませんから」


 その言葉が、不思議と心に残った。

 迅は静かにうなずき、登録を終える。



 受付嬢が手渡してきたのは、薄い銀色のカードだった。

 冒険者カード。名前とスキル、ランク、レベルが刻まれている。


【名前:迅】

【レベル:1】

【スキル:レベルドロップ】

【ランク:F】


「……Fランクか」


「ええ。最初はみんなそうです。でも、ここから上げていけばいいんです。ゆっくりで、いいんですよ」


 優しい声が、ほんの少しだけ心を軽くした。


「……ありがとうございます」




 掲示板には、無数の依頼書が貼られている。

 だが受付嬢が差し出したのは一番端の紙切れ――“初心者用”と書かれた、しょぼくれた依頼だった。


【依頼内容:森の外れのゴブリン討伐(1体)】

【報酬:銅貨5枚】


「……ゴブリン……」


「最初はみんな、ここからですよ。焦らなくていいです」


 受付嬢は柔らかく微笑む。

 周囲からはまだ笑い声が聞こえる。

 だけど、彼女の声だけはまっすぐ迅の胸に届いていた。




 ギルドを出ると、昼の光がまぶしかった。

 通りの人々は忙しなく行き交い、誰も“最弱の冒険者”など気にも留めない。


「……チートなんて、俺にはなかった」


 それでも――。

 あの日、あの少女を守るために立ち止まらなかった自分。

 あのときの“決意”だけは、本物だった。


「俺は、生きる。絶対に……」


 森の方角に目を向ける。

 心臓が少しだけ、強く鳴った。


 誰も期待しない。誰も信じてくれない。

 それでも、自分だけは信じてやらなきゃいけない。


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