そしてもう一度
俺の名前は『淵川朔夜』。
十八歳。
もうすぐ高校を卒業する、ごく普通の男子高校生だった。
少し珍しい苗字と、左右で微妙に色の違う瞳が特徴なくらいで、それ以外はどこにでもいるような人間だ。
ただ一つ、胸を張って言えることがある。
俺は幸せな人生を送っていた。
優しい家族がいて、馬鹿をやれる友達がいて、夢中になれる趣味もあった。
家に帰れば漫画やアニメに没頭して、休日には兄と夜更かしして語り合う。
妹はたまに興味を持って一緒に見てくれて、父は仕事帰りに中古屋でフィギュアを買ってきてくれることもあった。
俺も愛していたし、愛されていた自覚がある。
こんなに素敵な環境は世の中を見ても少ないと確信している。
そんな人達を俺は裏切ってしまった。
目を開けて少し見下ろしてみれば、俺を囲んで泣いている家族がいる。
俺は死んでしまってなぜかよくわからないけど幽体?のようなものになっていて、棺桶に白装束を着た俺の姿が見えている。
それにしても…こうやって鏡とかではなく自分の顔を見るのは初めてだなぁ。我ながらかっこいいかもしれない。モテたことないけど。
それはそれとして、何があったのかというとありきたり過ぎてもはや恥ずかしいまであるが、居眠り運転で暴走したトラックに轢かれそうになった子供を庇った結果、吹き飛ばされて頭をコンクリートに打ち付けてしまったのだ。
その後、救急車で病院に運ばれるもすでに手遅れでそのままご臨終。
え?なんでそんなこと知っているのかって?
だって見てきたもん。
というか頭を打った瞬間から幽体になっていたんだもん。
ま、そういう理由で人生を振り返っていたわけだ。
俺が死んでから、今日で大体四日目くらいだけど母は棺桶の中の俺を見るたびに泣いてしまって、父や兄はそんな母を慰めることで手一杯。
妹に関しては通夜以降部屋に引きこもったままで、こうなってしまった原因は自分自身だけど正直見てる方が辛い。
ちなみに、助けた子供は突き飛ばされたときにできた擦り傷程度で済んだらしくて居眠り運転をしていた運転手は、勤めていた会社のシフト管理が甘かったと批判が集まり直接的な賠償はなかったようだった。
別に俺は恨んでいるわけでもないし、死んでから毎日家までやってきて死人の俺みたいな白い顔で土下座するものだから、家族も許しているわけではないが全員受け入れていた。
そして、今日はそのまま一日を終えてお葬式当日となった。
葬式では想像よりも参列者が多く、北海道に住んでいる親戚までもが来ていて、学校からは後輩にクラスメイト全員と担任、校長に教頭。他にもアルバイト先の店長やマネージャーまで来ていて、ちょっと泣きそうになった。
できるのであれば生き返りたい。
当たり前だけど、人間含めた生き物は一度死んでしまったらそこですべてが終わる。それがこの世の理で、逆らえるようなものじゃない。
こんなこと、考えるのはもうよそう。
だんだんとこみあげてくるものがある。
次だ。次のことを考えてみよう。
幽体というか幽霊になった俺はどこに行くんだろう?
やっぱり地獄か天国のどっちかになるのかな?
自惚れがなければ多分天国に行けると思う。子供を助けたし、悪事もしたことがない。あ、でも親より先に死ぬのって罪だったような気がする……
もしくは、定番のトラックに轢かれたし憧れの異世界に行けたりでもしないだろうか?
もし、異世界に行けるならやっぱり魔法は欠かせない。
別にチートとかはいらないから平均的な魔法の才能はあってほしいかな。
かといって雑魚スキルとかもいらない。そんなのあったら十中八九追放されるだろうし、多分すぐ死ぬ。
フィクションの追放ものは奇跡が起きて生き延びているようなものだし、そんな運持ってるわけないんじゃん。
あ!一番大事なのは言葉だよ言葉。なんとかご都合主義かなにかで日本語っぽくなってたりしないだろうか。
……そこは頑張って現地の言葉を覚えよっか。
できるのであれば、冒険者になって気ままに生きていきたい。
時々強い魔物とかと戦って仲間と命からがら勝利して、思いっきり結局飲むことができなかったビールを飲んでみたい。。
それで、いつか好きなひとと結婚して冒険者を引退して、農業とかでつつましく幸せに過ごして、みんなに見守られて死にたい。
……なにげに現代の農業知識を持ってけるってちょっとチートじゃね?
そうだ!異世界転生したら、とりあえず醤油を作ろう!
よくみるけど日本の味に肥えた舌じゃ、絶対に異世界の飯じゃ満足できないはず……えっとたしか醬油を作るのに必要なのはまず大豆で……
………
……………
…………………
やっぱりだめだな。
なんとか紛らわそうと馬鹿な妄想をしたけど、やっぱりだめだ。
父さん母さん。
親孝行なんてまだ何一つできてないのに。
兄さんともっと遊びたかった。
妹の成長を見届けたかった。
死にたくなかったよ。
それでも。俺はこの世界には居られないのがなんとなくだけどわかってしまう。
ごめん。
ばいばい。
「ステラー、洗濯物を干すの少し手伝ってくれる?」
「はい!母さん!」
そよ風が吹いて快晴の気持ちのいい昼下がり。一人の白髪の美女が衣類が入った籠を持っていて、名前を呼ばれた美女の容姿によく似た齢10未満の少年がそれに着いていく。
もうお気づきだと思う。
俺、淵川 朔夜は本当に異世界に転生してしまった。
異世界での俺の名前は『ステラ・アルカナ』。
ちょっと女の子っぽい名前だしどこぞの周回最強クラスの弓兵の必殺技みたいだけど、直訳すると「星の神秘」でかっこいいので気に入っている。
そもそも前の名前もどこぞのメイド長を彷彿とさせる名前だったし。
とりあえず分かったことをまとめると、ステラという人間として俺はこの世界にアルカナ家という貴族の間に生まれたこと。
最初は自分が転生したことが信じられなかったが、抱き上げられたときに母親の瞳に映った自分の姿を見て一瞬で諦めがついた。
次に、この世界はもはや転生もので定番化されつつある、モンスターや魔法があるファンタジー世界だということ。
この前、この世界での父親に連れて行ってもらって初めて生のスライムを見た。ちなみに、某ゲームのように可愛らしい姿ではなく、ガチのスライムが勝手に動いてるみたいでぶっちゃけ気持ち悪くて、スライムたちには悪いけど夢を返してほしい。
そういえば前世の記憶があれば転生しても知恵でなんとかなる!と思っていたが
そんなことなかった。
知らない言語を覚えるので必死だった。
日本語で18年間生きて魂に刻まれていたせいで、他の子よりも言葉を話すのが遅れてこっちの両親にはものすごく心配をかけた。
つまり、今の俺は日本語と異世界語の両方を使える初めての人間ということだ。
まさにバイリンガルだ。
まぁ、お披露目することはないのだけど。
「~♪」
綺麗すぎる鼻歌を歌いながら洗濯物を干している女性はこの世界での実の母親だ。
この世のものとは思えないほどの白い髪に宝石のような深紅の瞳。
少し小柄で、まさに絶世の美少女というべき美貌。
これで一児の母だというのだから恐ろしい。
おまけに本人の性格は献身的というべきか、尽くしたがりというか。
家事をして家族を支えるのが最大級の幸せらしい。
「ステラは今日もお手伝いか。偉いな~」
「ふふ、本当にいい子ですよ。私たちの自慢の子ですから!」
屋敷の方向から一人の男が近寄ってきて、母さんの隣に立つと自然すぎる動きで洗濯物を干し始めた。
そう、この男が俺の父親。
灰色の髪と蒼穹のごとく瞳を持つ超イケメン。
多分地球にいたら外に出られないくらいにはかっこいい。
母さんと結婚するまでは凄腕の冒険者だったらしく、今でも町にある冒険者ギルドが対応できない魔物を討伐したり人材育成に力を入れている。
得意な魔法は錬成魔法とのことで、時々魔道具を作ってギルドに新人冒険者に販売して稼いでいる。
よく俺もそれに着いて行ったり、作っているところを見学している。
オタクとして見逃すことはできないからな。
「父さん!あとで魔法の練習に付き合ってほしいんだけど、いい?」
しばらくして洗濯物を干し終えて3人で、庭にあるベンチでのどかに時間を潰していたときに父さんにそうお願いした。
父さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「もちろん。今日は何を覚えたい?」
俺は少し前から父さんに魔法を習っている。
特に特別な理由はない。
ただただ単純に魔法がある世界なのだから、覚えたくなるし使えるようになりたい。
父さんと母さんの書庫で勉強を最初はしていたが、科学の世界を知っている俺からすると魔法は理論がめちゃくちゃで、その知識の齟齬で魔導書では魔法が身につかなかった。
実際に父さんの教えを請いてから、魔法はだんだん使えるようになってきて確実に強くなっている。
だけど、もっと強くならないといけない。
生きるために。
誰かを助けたとしても、必ず生きて帰れるようにこの世界で強くなる。
それが、この世界で産まれた瞬間の誓いなのだ。




