作戦会議
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美玲先輩の掛け声とともにようやく部室の空気が本来の『作戦会議』へと引き戻された。
「ちょっと美玲、人のシュークリームを勝手に会議の茶請けにすんじゃないわよ」
「前の部長がうるさいね〜。今の部長は美玲ちゃんだぞ〜?あ、ほら立河くん、これ美味いからマジで食って」
「シュークリームから食べて!」
文句を言いつつもパイプ椅子を引き寄せるみるきー先輩と、すでに自分の分のタルトを手に持ってちゃっかり俺の隣をキープしている早坂先輩。二人は相変わらず視線が合うたびにメンチを切り合っているが、なんだかんだで会議には参加してくれるらしい。美玲先輩は机の上に先ほど広げた大きな画用紙を改めてトントンと叩いた。
「コホン! それじゃあ第1回・天文部復活大作戦会議を始めます! 議題はズバリ、新入部員の獲得、および直近の天体観測イベントについてです!」
マジックで書かれた『天文部・年間計画(仮)』の文字の下にはいくつかの項目が箇条書きにされていた。
「復活大作戦って言ったってねぇ。もう新歓のピークは過ぎてるわよ? 今から普通のやり方でビラを配ったって、他の大手サークルに埋もれるだけじゃない?」
みるきー先輩が高級シュークリームを小さな口で上品にかじりながら、冷静な指摘を飛ばす。前部長なだけあって、こういう現実的な視点は鋭い。
「ふっふーん、分かってますよみるきー先輩! だからこそ今回は『量』より『質』! ゲリラ的なイベントを仕掛けて、一気に注目を集めようと思うんです!」
美玲先輩はふんっと鼻を鳴らし、画用紙の『五月・流星群観測会』という文字を力強く指差した。
「今月の終わりに小規模ですけど流星群が極大を迎える日があるんです。その日に合わせて、学内のテラスか屋上を開放して、一般の学生も巻き込んだ『突発・星空上映会』を開きます! そこで天文部の存在感をアピールして、一気に入部届を書かせる作戦です!」
「お、いいじゃん美玲ちゃん。面白そう。俺、機材のセッティングとか手伝うよ? ほらこういう時に頼りになる男が1人くらい必要だろ?」
早坂先輩がすかさず爽やかな笑顔で美玲先輩にアピールする。しかし、その言葉が終わるか終わらないかのうちにみるきー先輩の冷ややかな声が鼓膜を刺した。
「はっ……頼りになる男ねぇ。あんた去年の観測会のときに極軸合わせを盛大にトチって、ただの四角い箱を3時間突っ立たせたの忘れたわけ?」
「お前、それ今関係ねぇだろ! あれは機材の調子が悪かったんだよ!」
「はいはい。弘法筆を選ばず、早坂機材のせいにする。衣織、こういう仕事のできない男を反面教師にするのよ」
「だから騙されてないっての! 立河くん、今のナシ! 俺は本気出せばできる先輩だから!」
またしても始まった2人の応酬に俺はタルトの箱を持ったまま苦笑いするしかなかった。
「あはは……まあ機材の運搬なら俺、いくらでもやりますから」
俺がそう助け舟を出すと、美玲先輩が「さすが衣織くん!」と目を輝かせる。
「本当に心強いです!そうと決まればまずは大学側に場所の使用許可を取らないと。学生課でもらった名簿に私たちの名前を書けば多分できるはず!」
「多分ねぇ……今の天文部にそこまでの力があるかなぁ……」
「マイナスなこと言うなよな。美玲ちゃんならいける!」
「マイナスじゃなくて現実的な話をしてるのよ。この中身スカスカ男」
「誰がスカスカだ! これでもゼミでは結構真面目にやってんだよ!」
またしても始まった4年生二人の小競り合いを華麗にスルーしながら美玲先輩は「よーし、まずはペン、ペン……」と部室の引き出しをガサゴソと漁り始めた。1本の黒いボールペンを取り出すと、机の上に置かれた用紙を引き寄せる。
「とりあえず、現役部員の名前をバシッと書いちゃいましょう! はい、まずは部長の私!星野美玲っと。じゃあ次は衣織くんの番ね!」
美玲先輩から「どーぞ!」と手渡されたペンを握り、俺は少し緊張しながら彼女の名前のすぐ下の欄に『立河衣織』と記入した。
白紙だった名簿に二人の名前が並ぶ。それを見た美玲先輩は、まるで宝物でも見つけたかのように、嬉しそうにふにゃりと表情を緩めた。
「これで正式に2人目の部員だね。改めてよろしくね衣織くん!」
「……はい。よろしくお願いします、美玲先輩」
「新入生を早々に囲い込んじゃって。まぁ初々しくて結構なことだけど」
パイプ椅子に深く背もたれを預けたみるきー先輩が半分になったシュークリームを口に放り込みながらニヤニヤとからかってくる。
「何言ってんだよ。俺たちの名前だってまだ大学のデータベースには残ってんだから、実質4人だろ? ほら美玲ちゃん、俺のこともいつでも頼りにしていいからね?」
早坂先輩がすかさずタルトをモグモグさせながら、爽やかな笑顔で割り込んできた。
「半年前に引退した老兵のくせにしゃしゃり出ないで。部室を不法占拠してるただの一般人でしょ」
「老兵って言うな! あと不法占拠じゃなくて親切心からの差し入れだろ!立河くん、俺のタルト美味いだろ!?」
「あ、はい、めちゃくちゃ美味しいです……」
話を振られて慌てて頷くと、早坂先輩は「だろ!?」と嬉しそうに胸を張る。その横ではみるきー先輩が「衣織、そいつを甘やかすとすぐ調子に乗るから『普通です』って言いなさい」とジト目で釘を刺してきた。この二人のテンポ感、息が合っているんだかいないんだか本当に分からない。
「あはは……。じゃあ名簿も書けたことですし、私、今から急いで学生課に場所の使用許可を申請しに行ってきます! 屋上の鍵を確保しないと!」
美玲先輩が名簿を大事そうに両手で抱え、勢いよくパイプ椅子から立ち上がった。
「あ、美玲ちゃん、俺も一緒に行くよ。学生課の職員にちょっと顔が利くし、男手があった方が書類のゴリ押しも効くからさ」
「えっ、本当ですか? 助かります!」
「ちょっと待ちなさいよ。早坂、アンタが一緒に行くと書類の不備で余計に突っ返される未来しか見えないんだけど? 私が行くわ」
「お前は大人しくここでシュークリーム食ってろよ!」
結局、どちらが美玲先輩に付いていくかで再び火花を散らし始めた四年生二人を連れて、美玲先輩は「じゃあ衣織くん、部室の留守番お願いね!」と嵐のように部屋を飛び出して行った。
バタン、と勢いよくドアが閉まり、廊下の向こうから「お前来んなよ!」「あんたが付いてくるんじゃないわよ!」という騒がしい声が遠ざかっていく。
急に静かになった部室。手元に残された、高級シュークリームの箱と、オシャレなタルトの紙袋。昨日までは誰もいない教室の後ろの席で、ただ静かにやり過ごすだけだった俺の大学生活。
それが台風のような美玲先輩に引っ張られ、個性豊かすぎる先輩たちに揉まれながら、今、とんでもない勢いで動き出そうとしていた。
「うま……」
俺は手元のタルトを一口かじり、そのあまりの甘さに自然と頬が緩むのを止められなかった。
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