第九十三話
王太子が微笑みを浮かべて、執務室に顔を出した冬真を歓迎した。
「アイザー侯。よく来てくれた」
そのまま、当然のように談話室へと移動する。
「今回は、大変なことだったな」
冬真は頷いた。
「私が至らぬばかりに、またも臣民に辛い思いをさせることになってしまいました。王国より預かった領民を満足に守れなかったこと、殿下にお詫びいたします」
そう言って頭を下げる。
「顔を上げよ。私は侯を責めるつもりなどない」
王太子は、痛ましそうに冬真を見ていた。
「そなたの家宰は、その……、右手を落とされたと聞いたが」
王太子が言いにくそうに切り出す。
「は」
「姉上にお会いしたのは、やはりそのためか?」
冬真は俯いた。
「は……。王女殿下のご負担も顧みず、申し訳ございません。家宰は、私が領地を賜った時より、私にずっと尽くしてくれていた臣下なのです」
「謝罪はいらぬ。そなたの願いは当然のことだ。私もこの場にいる者たちがそのようなことになってしまえば、女神の奇跡を願わずにはいられぬ」
「恐れ入ります」
「私も、そなたの家宰に女神の奇跡が起きることを望んでいる。姉上も同じだろう。……しかし、立場上、姉上はすぐには動けまい」
王太子の表情からは、冬真に対する同情がありありと感じられた。冬真は眉を下げて王太子を見つめる。
「嘆願を行う諸侯たちを飛び越えてそなたの家宰を回復すれば、諸侯たちとて黙ってはいられぬ」
「そんな……」
「だが、侯は王国にとって重要な存在だ。そなたにとって大切な臣下ならば、私にとっても同じことだ」
王太子が真摯な表情で冬真を見つめる。
「私からのたっての頼みという形にすれば、諸侯も納得せざるを得ないだろう」
茶番である。王女はもったいぶって奇跡を行わないのではなく、ただ行えないだけだ。王太子が頼んだところで、奇跡を起こせるわけがない。
冬真は眉を寄せて、首を振った。
「それは、いや、そのような畏れ多きことを王太子殿下にお願いするわけには」
王太子が冬真に微笑みかける。
「遠慮はいらぬと言っている。卑劣な襲撃で家宰の右手を失ったそなたの苦悩を、姉上もご理解くださるはずだ」
「……実は、迷いもあるのです」
王太子が眉を上げて視線で先を促した。
「『ルキアの矛』の名を受ける私が、女神に奇跡を強請るような真似をし続けてよいものかと。……ですので、少し考える時間をいただけませんか。王太子殿下がここまで仰ってくださったのに、踏み切れぬ私をお許しください」
王太子は首を振る。
「そなたの苦悩は理解できる。必要なときは、いつでも言うがよい」
「余りあるご厚情に感謝申し上げます」
冬真が頭を下げて、会話がひと段落したと見たのか、側近の一人が口を開く。
「それにしても、何とひどいことをするのでしょう」
「首謀者は捕えたのですか?」
冬真は暗い表情で首を振った。これは演技ではない。
「領地の威信にかけて、と申し上げたいところですが……。当領地は、未だスタンピードの被害から立ち直っているとは言い難いのです。長期間の大規模な捜索に割けるだけの人員がおりません」
王太子が頷く。
「もどかしいことだな」
「は」
「そういえば、侯は王都にご息女を連れていらしたとか」
「はい。襲撃の目的が分からないので、念のために連れて参りました。エルネラは前フェルダー伯爵より預かった大切な娘ですから」
王太子も真摯な表情で頷く。
「うむ、それがよいだろうな」
「エルネラ嬢がご無事で幸いでした。令嬢がそのような被害を受ければ、縁組も難しくなってしまいます」
王太子の空気が、一瞬だけ揺れた。
冬真は頷く。
「仰る通りです。それだけでなく、警護の者たちを処罰せざるを得なくなっていたでしょう」
王太子が、考える顔で口を開く。
「……私は思うのだがな。襲撃の目的が、最初からそなたの家宰の右手を落とすことにあった可能性もあるのではないか?」
冬真は目を見開く。王太子の側近たちも、驚いた表情になっている。この表情の変化は、演技ではなさそうではあるが、しかし。
「なぜ、そんなことを?」
王太子は苦い顔だ。
「首謀者が、四肢欠損を抱える身内を持った諸侯と考えれば、一応の説明は通る。姉上ではなく、そなたが女神の奇跡を起こしたと疑っているのかもしれぬ。実際、王宮には表立ってではないが、そのように疑義を呈する者もいる」
冬真は眉を吊り上げた。
「そのような目的で私の領地を襲撃したと!?」
「落ち着くのだ。可能性としてあり得る、というだけだ」
「は……。取り乱して申し訳ございません」
冬真が頭を下げると、王太子が眉を下げて首を振った。
「侯の立場であれば、当然のことだ。だが、表立ってそのように疑っていることを口に出せば、諸侯の反感を招こう。決して口に出してはならぬぞ」
少しの間を取ってから、冬真は答えた。不承不承、という態を取り繕うために。
「……王太子殿下の、仰せのままに」
* * * *
執務机に座った冬真は、フェルティスを見上げた。
「首謀者は王太子で確定でいいんじゃないかと思う」
今日の王太子との会話は、誘導だらけだった。冬真の領地で起きた出来事を奇貨として誘導することは、王太子として当然の行為だから、それ自体が判断の根拠ではない。
「エルネラの右手が落ちなくて良かったと言われたんだ」
フェルティスが眉を寄せる。
「それは……」
通常、襲撃で真っ先に心配するのは命の危険だ。右手はたまたま運が良く命が助かった場合に問題になる被害だ。最初から、右手だけがなくなった想定の心配など、普通はしない。
さらに、後から王太子が襲撃の目的を推測して見せたのは決定的だった。冬真の取りこみが進んでいる今、冬真が諸侯に対して暴走しかねない情報を与える必要性はない。
王太子が部下の失態を誤魔化すために、部下がそれを言い出したのはこんなことをかねてから話していたからだ、と言い訳をしたくなる衝動に負けたようにしか見えなかった。
側近の驚きは、おそらく王太子が自ら犯行目的を示唆するようなことを言いだしたからだろう。王太子の意図とははちぐはぐである。事前に犯行動機を推測して話し合っていたという設定ならば、そこで驚きを出す理由がない。
「さっさと尻尾を出してくれて助かったな」
それだけ、相手は襲撃が冬真にもたらした影響を確かめたくて、取り込みを進めたくて焦れていたのだろう。
「それでは、話を進めるのですか?」
「ああ。明日、軍務大臣閣下にお願いする」
王女側には、襲撃の首謀者をあぶりだしたいので、冬真の提案を受ける場合でも、しばらくは表立っては動かないでほしい、と伝えてあった。
正直に言えば、王太子が首謀者で良かった。これで、何の気がねもなく、王女の敵として王太子勢力を叩き潰すことができる。
……絶対に、報いを受けさせる。
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