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絶望遊戯~ゲーム世界に絶望難易度アビリティをつけて転移した話~  作者: 長月透子
第六章 ヴィルキア砦

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第二十七話

 冬真が呼び出された部屋の中は、造詣の深くない冬真にも分かるほど、美術的・芸術的価値の高い品物で飾られていた。前線の砦には相応しくない装飾性だ。貴賓を迎えるための部屋なのであろうと容易に想像がつく。


 革張りのソファーもこの世界にしては破格の座り心地だ。しかし、残念ながら、地球の冬真のベッドにさえ遠く及ばないスプリングである。


 冬真の住環境に対する判断基準は芸術性ではなく実用性なので、この部屋の審美的価値は冬真にほとんど感慨をもたらさなかった。ただ、自分が軽んじられてはいないということを認識しただけだ。


 戦闘終了後――冬真がブラッドベアを倒したタイミングで、魔物の波が途切れた――救護室で治療師の援護に回っていた冬真を、ルーデンがここに連れてきたのだ。


 ギィィと重々しい音を立てて、暗い木目の扉が開く。


 廊下には、白金の髪を後ろに撫でつけて束ねた、壮年の男が立っていた。長身には鎖帷子を纏っているものの、マントは実戦向きではない重厚感のある生地だ。横には、焦げ茶のくせ毛を後ろでまとめた男が立っている。こちらはまだ若い。やはり鎖帷子を纏っていた。


 冬真は立ち上がった。明らかな重要人物のお出ましだ。


 白金の髪の男の瞳が、一瞬だけ細められる。壮年の男が、冬真の正面のソファーに座った。若い男はその背後に立つ。冬真もソファーに座りなおした。

 若い男の眉があからさまに寄った。無礼だとでも思っているのかもしれないが、冬真の知ったことではない。


「砦の総指揮官、ムルファス・グルドハイムだ」

「俺はアイザワ・トーマだ」


 ムルファスと名乗った男からは、冬真がこれまでに相対したことのない圧を感じる。貫禄とでも言えばいいだろうか?敬語を使わないでいるのには、意識が必要だった。

 若い男の眉が、さらに寄って、完全な渋面になる。その瞳に敵対感情が浮かぶのとは対照的に、ムルファスの表情は落ち着いている。


「では、トーマと呼ばせてもらおう」


 すかさず、トーマは尋ね返した。


「俺は何と呼べば?」


 さて、この世界で姓を名乗る人間に出会ったのは初めてだ。


「好きなように呼べばよかろう」


 ムルファスの瞳には試すような光が宿っている。


「俺の国では、姓……というか家名は名前の前にある。どっちが姓なんだ?」


 そもそも、名前をフランクに呼んでいいものなのかも判別がつかない。


「……なるほど。ルキア様の思し召しでこの国にやってきた、という話だったな。ムルファスが名でグルドハイムが姓だ」

「親しくない相手でも、名前を呼んで失礼にはならない文化なのかな?」


 トーマと呼ぶ、と言われたことについて揶揄すると、ムルファスが表情を改めた。


「失礼した。アイザー卿と呼ぶべきだったか?」

「トーマでいいよ。もう慣れたし。では、俺はあなたのことをグルドハイム卿と呼ぶので正解ということかな?」


 ムルファスが苦笑を浮かべた。


「試すようなことをして重ね重ね失礼した」

「いいよ。疑うのはもっともだしね」


 ひとまず、冬真がこの国の文化に疎いと言うことは理解してもらえたようだ。


「指揮官、ここからは私が」


 話がひと段落したと見たのか、待ちかねたように若い男が口を出す。ムルファスが頷いた。


「これは私の副官だ」

「バラド・グルドハイムである」


 ムルファスと同じ家名だ。


「グルドハイム卿と呼べばいいのか?」


 そう確認すると、バラドは馬鹿にするように鼻を鳴らした。そんなことも知らないのか、とでも言わんばかりだ。冬真は微笑んで目を細める。


「家名で呼ばれるのは当主だけだ。バラド卿と呼ぶがいい」


 自分に卿をつけて呼べときた。冬真は頭の中で、この人物に対する評価を初期状態から三段階くらい一気に下げた。


「確認だ。ルーグルの徴兵で巻き込まれてこの砦に来たと言うが、なぜ魔法が使えると名乗り出なかった」

「そもそも聞かれもしなかったからね」

「ルキア様の思し召しで他国からここに来たと主張しなかったのはなぜだ?」


 冬真は呆れた顔になった。


「詐欺師の代名詞になっているんだろう?仮にそう主張したとして、信じたのか?」

「魔法を見せればよかった」

「なるほど。この国では街中でフレアウォールを使うことが許されているんだな」


 冬真の皮肉に、バラドが押し黙る。憎々し気に冬真を睨んでいる。

 冬真の言葉を軽々しく肯定はできない。そもそもフレアウォールを使える人間を前提にした法体系になっていないことは容易に類推できる。しかし否定をしたら冬真に負けを認めることになるから認めたくない、と言ったところだろうか。


「貴族特権というやつかな。でも俺はこの国の貴族じゃないから、そんな危険なことをする気にはなれないな」


 冬真は肩を竦める。


「……トーマ殿が望むならば、爵位はすぐに授けられるだろう」


 そこで口を開いたのがムルファスだ。冬真は眉を上げる。


「望まなくても、貴公は爵位授与の対象だ。王国慣例からいくと、ハイヒールを使用できる者には、最低でも子爵位を授けることになっている」

「子爵位。……差し支えなければ、グルドハイム卿の爵位を聞いても?」


 そこで、ムルファスは、ふ、と唇を歪めた。


「公爵位だ」


 バラドの顔が喜悦に歪んだ。身分の違いに、冬真が恐れ入るのを期待している顔つきだ。

 しかし、現代日本で育った冬真には、爵位を言われても全くピンとこない。ゲームやラノベでよく見る、王に次ぐ身分。それがどれほどすごいのかはさっぱり分からない。爵位で魔王が殺せるのか?


「なるほど。で、俺は恐れ入って敬語を使えばいいのかな」


 温度のない率直な言葉に、ムルファスが瞬いた。バラドが信じがたいものを見たというように眉を吊り上げる。


「……その必要はない。トーマ殿の国での地位を聞いても?」

「俺が王族だとでも言ったら、態度を改めてくれるわけだ?」


 確認できない情報に何の意味があるのか、と揶揄を込めて返す。明らかにムルファスとバラドが鼻白んだ。すかさず冬真は追撃した。


「爵位はいらない。俺はこの国の国民じゃないしね」

「この国に仕えるつもりはないと?」

「いずれ俺は自分の国に帰る。そんなものをもらったら、義務ばかり増えて面倒なことになるのでは?たとえば、そこの副官殿に頭を下げなければならないとか」


 だったらいらない、と冬真は言い切った。


「なっ、無礼な――」

「どっちが無礼だ」


 いきり立つ副官を、ムルファスが制した。


「黙れ。口を開くな。――トーマ殿、失礼をした。しかし、ハイヒール使用での子爵位授与であるならば、この国では実質的な運用としては伯爵家の当主以上となる。領地がない以上子爵位となるというだけだ。国王陛下以外に頭を下げる必要性は存在しない」


 そこでムルファスが一旦言葉を切った。


「まして、貴公はフレアネットの使い手だと聞いた。そのような規格外の魔法の使い手の頭を下げるよう無理強いするような者もいないとは言わぬが、相当の愚か者であろう」


 バラドの顔が真っ赤になった。

 冬真は肩を竦める。ムルファスの言葉は冬真にとって、何の解決にもなっていなかった。


 愚か者かどうかが問題なのではない。それが組織の中にどのような位置で、どれほどいるかが問題なのだ。そして、そんな愚か者が現に前線総指揮官の副官などという立場にいるところからして、まったく期待できない。


「我が国としても、高位魔法士を国内で野放しにするわけにはいかない。それに、何の権力ももたぬ平民のままでは、そこらの貴族にも容易に拘束されるぞ。しかし、子爵ともなれば、行動の自由は飛躍的に上がる」


 冬真は顔をしかめた。簡単に拘束されるつもりなどないが、お尋ね者になるのも面倒だ。


「……貴国が俺の目的を邪魔しないというのなら、全面的に協力はする。ただし、忠誠を誓うことはしない。そこまでだ」


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