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桜姫の寵愛  作者: 知恵紅葉
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結婚相手 2


「顔を上げてください」


その言葉で未桜はゆっくりと顔を上げる。


バチッ。


桃志郎と目が合う。


「(まただ。あの日もそんな目で私を見ていた)」


昔、舞桜のことを今の桃志郎と同じ目をして見つめていた男をふと思い出した。


そのときは未桜に向けられたものではなかったので、大して気にもしていなかったが自分に向けられると変な気持ちになる。


心が妙にざわつき、顔に熱が集まっていく。言葉で上手く説明はできないが、初めての感覚に戸惑いを隠せない。


未桜が何とも言えない気持ちで俯いていると桃志郎は懐に手を入れ木箱を取り出す。中が何か見えるように蓋を開けて机の上に置く。


「えっ…これは…」


木箱に入っていたのは、あの日未桜が桃志郎に託した桜の簪。


「どうぞ。それは未桜にお返しします」


「えっ、どうして…」


自分に優しくしてくださるのですか、と続けようとしたが感極まって続けられなくなる。


「この簪には私より貴方の方が似合う。きっと、この簪も貴方につけて貰いたいと思っているはずです」 


桃志郎は未桜の方へと近づき「失礼」と一言呟くと簪を髪に挿す。


「うん。やはり貴方によく似合う。とても綺麗です」


未桜の姿を愛しそうに見つめ、目が合うと花が咲いたような愛らしい笑みを浮かべる。


その笑みで桃志郎の優しさが未桜の心の傷をそっと包み込む。


未桜の目からポロポロと涙が溢れ落ちる。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


寧々に取られるくらいならと手放した大切な簪が自分の元に戻ってきた。もう二度と手に取ることができないと諦めていた。


でも、簪は未桜の元に戻ってきた。


未桜は桃志郎にお礼を言い続けた。そのくらい未桜にとっては大切なものだった。


早く泣き止もうと涙を止めようとするが、かえって涙が溢れてくる。どうしたら止められるのかわからず手で拭い続けていると、背中に優しい温もりを感じる。


桃志郎の手が未桜の背中を優しく撫でていた。


未桜が泣き止むまで桃志郎ずっと背中を撫で続けた。その手から昔舞桜にも同じことをしてもらったのを思い出し、また涙が目から流れる。




「すみません。もう大丈夫です。ありがとうございます」


涙が止まりようやく落ち着いた未桜は桃志郎に謝罪とお礼を伝える。途中差し出された手拭いはびっしょりと未桜の涙で濡れていた。


本当ならきちんと桃志郎の目を見て謝罪もお礼も伝えないといけないのに、恥ずかしくて未桜は顔を上げることができない。


そんな未桜を桃志郎は愛しげに見ていた。


暫く二人は何も話さなかったが、冷静さを取り戻した未桜は自分の浅はかな行動をしてしまったことを後悔する。


これから、未桜は他の男性に嫁ぐというのに桃志郎の腕の中で子供のように泣いてしまった。


こんな女が結婚相手で申し訳ないと。


「(自分は結婚相手に会う為にきたのに、何泣いているの私。はやく紹介してもらわないと)」


これ以上ここに桃志郎と二人でいるとまた浅はかなことをしてしまいそうで怖くなる。


「あの、すみません。私の結婚相手の方はいつ来るのでしょうか」


未桜はこれ以上情けない姿をみせまいと姿勢を正し、まっすぐと桃志郎の目を見つめ返す。


「もう、ここにいます」


「えっ」


一瞬桃志郎が何を言ったのか理解できなかった。理解すると未桜はこれでもかというくらい目を見開く。自分の聞き間違いかと耳を疑う。


そんな未桜の心情を察したのか桃志郎は落ち着かせようと美しい笑みを浮かべる。


「私です。私が貴方の結婚相手です」


桃志郎の言葉が頭の中でずっと繰り返し流れる。


未桜は困惑した。何が本当のことかわからない。


昨日、寧々達から聞いた話しとは違う。


寧々の話しでは妖との闘いで全身火傷の大怪我を負い常に包帯をしている。そして、左腕と右目も失ったと。

 

町の人達には化け物と呼ばれ気持ち悪いと避けられている。誰一人近づいて来ない。一人山奥に住んでいる。


でも、よくよく考えればおかしなところが多々ある。


若桜家当主、若桜桃志郎は人情に厚く義理堅い。誰にでも優しく、どんな人にでも平等に接する、と知られている。


そんな人が守る町が、命がけで戦った人を化け物と言うはずがない。


そんなこと桃志郎が許すはずがない。


そもそも寧々達はこんな情報を一体何処から入手したのか。結婚相手を間違えるなんてありえない。


信近は桃志郎とどんな話しをして勘違いしたのか。どうせ、ろくに話も聞かずに自分を追い出せると思って適当に話していたのだろう。


頭が痛くなる。


本当にあれが実の父親だと思うと恥ずかしくなる。



未桜の本当の結婚相手は今目の前にいる若桜桃志郎。


美しい顔立ち。透き通った白い肌。腰まである長い艶のある黒髪。


美男子。


誰が見ても桃志郎のことをそう言うだろう。


町で初めて会ったときその場にいた人、男女関係なく皆桃志郎のことを目で追っていた。それに何人かは桃志郎に声をかけようとしていた。




桃志郎の噂を何度か耳にしたことがあり外見はこの世のものとは思えないほど美しい。だが、内面はもっと美しい皆に愛される人だ、と。


本当にその通りだと未桜は思った。


桃志郎と話すのはこれで二回目であまりよく知らないが、それでも噂の通り、いやそれ以上の人だと思う。


初めて会ったとき男の人から自分と少年を助けてくれた。


桐花家が妖魔達から襲撃を受けたとき町を守るため戦ってくれた。


そして、今日この前あげた自分の大切な簪を返してくれた。大事に保管してくれていたのだろう。汚れなど一切なく、あの日のまま綺麗だった。


たった二回。未桜は少し前まで桃志郎の名すら知らなかった。それでも、これだけはわかる。優しい人だと。


だからこそ、この結婚は断るべきだと未桜は思った。


自分のような女ではなく、桃志郎のことを心から愛してくれる人と結婚するべきだ。


桃志郎は陰陽師として二番目に強いと言われている。一番は現九条家当主。


これまでの功績を考えれば当然の結果。


そんな男と結婚したい女性は山のようにいる。


それなのに、何をどうしたら自分になったのか。今どういう状況なのか誰でもいいから説明してほしいと願う。

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