35.王妃様のお茶会③(中盤戦)
今すぐにでも話を訊きたそうな2人の圧を受けつつ、やんごとなき方々と当たり障りない会話をした後、わらわらと群がってくる少年少女たちに若干パニックを起こしていた。
いきなりどうした!?
小さいのから大きいのまで、ああ、貴族令息令嬢ってこんなにいたのって感じで、もうぐーるぐる。
いや待て、わたし!
外見10歳だけど、中身アラサーでしょ!
この世界で10年過ごして、認めたくないけれどもうアラフォーでしょ!
アラフォーから見たら、10代は子供よね!
ひょっとして結婚してたら自分の子供位よね!
子供相手に何を怖がる必要あるの!?
大丈夫だーわたし!
がんばれわたし!
そうして己を鼓舞し、微笑みを張り付けて挨拶しまくった。相手はもはや覚えていない。
しかしそうして奮闘している傍ら気づいた事と言えば、多分この会場にいると思うんだけど、見事にオーディン学園の同級生たちと会っていない。避けられたかな?
それに従兄弟たち。会いたい訳じゃないけれど、来てるはずなんだよね。
あとはシリウス様が適当にさばき、ようやく目当ての人物を探し当てた。
「マリエル様!」
マリエル先輩はどこかで見たことがあるような、すらりとした青年をパートナーに、飲食コーナーのテーブルでスイーツを頬張っていた。
「……んっ、アリス様、ごきげんよう」
ごっくんと飲み下して、笑顔で振り返る。
そしてわたしと一緒にいるビアンカ様とヘンリー様に目を止めて、改めて挨拶し合う。
「皆さん、改めてアリス様に注目しているようですわね。さっきまですごい人ごみでしたから、ご挨拶を遠慮していました」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。で、えーと、こちらの方は……」
ちらりとシリウス様の斜め後ろから、パートナーの青年を窺う。
「あら、アリス様はサリーをご存じなかったのね」
「サリー……」
あー、なんかいたなぁ。生徒会サロンで会ったっけ。
「アリス様、こちらは前生徒会長補佐を務めていた、サリエル・ヴェルツナーです」
シリウス様が丁寧な口調で紹介したからか、サリエル様は畏まって膝を付いた礼を取った。
「ヴェルツナー伯爵の嫡男、サリエルと申します。どうぞお見知りおきを、アリス・ロイド様」
茶髪を短く刈り込んだ男っぽい容姿に、わたしは及び腰になる。
15歳頃の少年とは思えないほど骨格がしっかりしているし、長身だ。
でも、子供だよ、子供だからね?
ビビるなわたし、頑張れわたし!
……でも、なんでかな。青い目が睨んでくるよ?
「ヴェルツナー様、こちらこそ、どうぞ、よろしく、お願いします?」
じりじりとシリウス様の影に隠れるわたしに、当のシリウス様までがわたしに向き直り、膝を付いて目線を合わせてきた。
「サリエルは見た目は怖いですが、悪い男ではありません。真面目で勤勉、体格で誤解されがちですが、文官を目指している頼りになる者です」
生真面目さんの補佐を真面目さんがしていたのか!
しかしね、シリウス君! わたしが怖がる基準は良い人・悪い人ではないんだ。怖いか・怖くないか、本能的なモノなんだよ。
それで困った笑みで小首を傾げていたら、マリエル先輩が思わぬことをアテレコしだした。
「『俺のシリウスが1年生に独占されて大量の仕事のしわ寄せまで来たのはアリス様のせいだ。一緒に楽しく仕事が出来た期間が短かったのもアリス様のせいだ』……なーんて思ってるのよ」
「――マリエル嬢! 勝手な憶測でものを言うな」
すくっと立ち上がったサリエル様が、長身にものを言わせてマリエル先輩を頭上から威圧した。
でも、マリエル先輩はどこ吹く風だ。
「あらぁ、顔に書いていましてよ?」
わたしがシリウス様の手を引いて立ち上がらせている間に、仏頂面と微笑みが睨み合っている。
でも、何でも言いあえる関係って……
「仲良しさんなんですね」
「「どこが!」」
はもったし。
「マリエル嬢は誰に対しても気さくなので、特に誰か特別――という訳ではないでしょう。ピエール以外は」
思わぬ反撃に、マリエル先輩はカッと頬を朱に染めた。
「な・な・なにを言うの!?」
狼狽えているわ。先輩だけどカワイイ。
「マリエル様とピエール様はお似合いだと思います」
「そうですわ!」
わたしの、のほほんとした発言に合いの手が入った。
え? 誰?
突然割り込んできた声の方を振り向いたら、見たことのある金茶の巻き毛の勝気そうな少女が、腰に両手を当ててふんぞり返っていた。
「それなのにお兄様ったら、夏季休暇初日からリズベリー公爵家に行ってしまうんですもの! 少し日にちをずらして今日のお茶会で、マリエル様のエスコートをしていくべきでしたわ! そうしたら、こんな木偶の棒の出る幕なんてありませんでしたのに!」
あー、そうそう、思い込みだけで突進してきたピエール様の妹ちゃんだわ。
「ご挨拶だな、オリビア嬢」
「ふふん。でも変な男にエスコートされるよりはマシですわね。危うく”一の兄上“がしゃしゃり出るところでしたもの」
よく分からないけれど、マリエル先輩の事を心配しているようね。
しかし、「一の兄上」って?
まあ、兄上っていうんだからミンツ家の子息って事だろうけど。
マリエル先輩たちを注目していたから気づくのが遅れた。ふと影が差したな、と思った時にはシリウス様に手を引かれて反対側にくるりと回された。しかも、さっとわたしの前にシリンさんが出る。
何が起きたの!?
「酷い言われようだな、オリビア?」
「兄上!? 何故ここに!?」
「もちろん、リリアン嬢をエスコートしてきたんだよ」
2人の壁の隙間から覗いてみたら、たしかにリリアン先輩が、明るいオレンジ色のドレス姿で立っているのが見えた。ちっともご機嫌に見えないな。生憎この隙間からは、ピエール様のお兄さんの顔は見えない。
しかしミンツ家の兄妹よ、いきなり現れて挨拶ないのかい?
「彼はミンツ侯爵家のご嫡男でジェラルド様ですわ。ピエール様の兄上よ」
こそこそっとビアンカ様に耳打ちされた。
「リリアン様と婚約をしたばかりですのに、何だか妙なことをおっしゃっていたわね」
「え? 婚約!?」
リリアン先輩は明らかに、ピエール様に片想い中だった。なのにその兄と婚約なんて、それはちょっとなんというか……切ない。ご機嫌になれるはずもないよ。
「ええ、先月の事よ」
「それにジェラルド卿は、先日の人事異動で近衛隊に配属されたんだよ。ミンツ侯爵が騎士団長を退いた代わりの抜擢じゃないかっていう噂」
「ヘンリー様の話って、二番目のお兄様から聞いたんですか?」
こくりと頷く美少年。
「ちなみに兄上と同い年の20歳」
無表情のヘンリー様が、微かに眉を顰めている。
父親が騎士団長を更迭された代わりって、あんまり良い意味じゃないよね。自力ではなく、政治的配慮で栄転って事は、微妙にプライドを刺激されるんじゃないか?
「失礼、聖女様にご挨拶を申し上げたいのだが、そこを退いてもらえないだろうか」
わたしの目の前のシリンさんに言ったものか。気遣うような視線をわたしに向けて、仕方なさそうにシリンさんが脇に避ける。
でもわたしの護衛騎士はまだイリアさんとミラさんもいる。2人が逆にずいっと前に出て、ジェラルド様を包囲する。
で、わたしはというと、心とは裏腹に、じりじりと後退る。
だってでかいんだもん。さすが騎士の家系の成人男子。サリエル様でも怖いと思ったのに、無理!
「え、あの、聖女様?」
「申し訳ございません、ジェラルド卿。アリス様は成人男子を怖がる向きがございます。挨拶ならば、これくらいの距離を保っていただきます」
シリウス様は更に一歩わたしを下がらせた。たぶん、3メートル以上離れている。
もちろんわたしはシールドを張ってるよ。
ジェラルド様は呆気に取られていたようだけど、仕方なさそうにその場に留まった。
「ミンツ侯爵家嫡男ジェラルドにございます。ご尊顔を拝謁出来、この上ない喜びでございます」
「初めてお目にかかります、アリス・ロイドでございます。弟君のピエール様には護衛をして頂き、大変お世話になっております」
「愚弟がお役に立てているならば何よりでございます。しかしながら、この度お手を取ったのは、我が愚弟ではなくハノーヴァ家のご子息ですか」
意味ありげにシリウス様をちらりと見る、その目つきがちょっと癇に障った。
それに「愚弟」を連呼しないでよ! ピエール様は優秀なんだからね!
わたしが眉を顰めると、ここですっとビアンカ様がヘンリー様を伴って前に出た。
「ミンツ様、リリアン様、ご婚約おめでとうございます」
キラキラのご令嬢スマイルでお祝いを述べると、ジェラルド様はともかく、リリアン先輩はふと顔を背けてしまった。まあ心情は察するけどね。
「これはサザーランド公爵令嬢、ありがとうございます」
「もう、兄上! ちゃんとリリアン様をご紹介してくださいませ」
今度はずいっと妹ちゃんが前に出た。
わたしの前には人垣が出来、シリウス様はわたしの手を引いて、その場を遠ざかる。
もしや、皆さん、防壁になってくれたんでしょうか。
貴公子スマイルを浮かべたシリウス様が、寄ってくる令息や令嬢を適当にあしらいながら、庭園の外れ、離宮の裏側方向まで誘ってくれた。
花咲く生け垣が、少し低めの壁になっていて、メイン会場からは影になっている。
「疲れただろう? 控室の状況を確認してくるので、ここで少し待っていてくれ」
あ、普段の口調に戻った。うん、こっちの方が落ち着くわ。
シリウス様が立ち去ると、すぐに護衛騎士たちがわたしを包囲する。わたしは更にその外側までをシールドで覆った。
ビアンカ様とヘンリー様を置いて来てしまったけど大丈夫かなぁ。
いや、わたしが社交でビアンカ様を心配するなどおこがましいわね。
それにしても、ピエール様と兄君はあまり共通点がないみたい。髪色は赤みの強い金髪で、きれいに撫でつけて顔が露わだったから余計に分かった。
まだ妹ちゃんの方がピエール様と面影が似通っている。
なんかモヤモヤするなぁ、あのお兄さん。
話の流れだと、先月リリアン先輩と婚約したばっかりなのに、マリエル先輩をエスコートしようとしたの? 意味不明。
それにミンツ家を継ぐのではなく、リズベリー家を継ぎたいと言っていたとか言うし。
さっきはさっきで、わたしがピエール様じゃなく、シリウス様をエスコート役に選んだのが気に入らないんだか、妙な雰囲気だったし。
いや、分からんことを考えても仕方がない。それにピエール様もミンツ家からなんか言われても気にするなって言ってたし。
よし、お兄さんのことは忘れよう。ただ、妹ちゃんとは少し話してみたいな。
生け垣のお花を観賞してしばし、シリウス様が戻ってきた。
思わずほっとして笑顔になる。
だがしかし、すぐにわたしの笑顔は凍り付く。
「では控室に移動しよう。そこでオディール嬢とのお茶会の件、詳しく話してもらおうか」
あー、ははは、振出しに戻るってか。
しっかりと手を握られ、わたしは連行された。
いやー、別に秘密にしていた訳ではないよ? 話す機会がなかっただけですよ?
わたしの男性恐怖症が一番ひどい時期に、マリエル先輩やレイリア先輩と女子会で部屋を行き来していたの。
もう女子会っていうか「被害者の会」みたいなものでね。
そんなある日、マリエル先輩の部屋にお呼ばれして行ったら、何故かオディール様がいたっていうね、ただそれだけなんですよ。
たわいない世間話をしただけです。困ることを訊かれたりしなかったし、変な事を言ったつもりもない。
……という顛末を、眉間にしわを寄せたシリウス様に白状させられております。
最初の控室とは別の部屋で、青・白・金の装飾が施されている。とても座り心地の良いソファに、少し間を空けて隣り合わせに座って、お説教タイムです。
「そういう事は、出来たらすぐ伝えて欲しかった。顔を会わせ難いなら伝書鳥でもいいから」
少し寂し気に目を伏せられて、ものすごい罪悪感が沸き起こる。
「あの、本当に、何かお約束したりとか何もありませんでしたし、日常に戻るのがいっぱいいっぱいで伝えそびれてしまったんです。申し訳ございませんでした」
ふっと溜息を吐いてシリウス様は、俯いたわたしの頭に手を置いた。え? 撫でてる?
「責めるつもりはないんだが……ただ、覚えておいて欲しい。君には何でもないことを、さも楽し気に公衆の面前で語られると、聖女はソーフィールド公爵側についている、と勘繰られてしまう。マリエル嬢の家もソーフィールド家一門だから余計に」
「っ! ごめんなさい」
本当に、せめてシリウス様には伝えておくべきだったよね。
ビアンカ様には内緒にしておきたかったけれど。
「いや、わたしもそうした事をちゃんと伝えていなかった。すまない」
「シリウス様が謝ることは何もないです! わたしが浅はかだったんです」
この生真面目さんはもう! すぐ自分の責任とか言いだすんだから!
ぱっと顔を上げたら、頭を撫でていたシリウス様の右手がずれた。
そしてそのまま頬を撫でられる。手袋越しだから生々しさはないけれど、ちょっと、えーと、これはどうすれば!?
「わたしがいない間に、予定にない出来事があれば、その都度教えて欲しい。知らなければ対処のしようがないからな」
さわさわと頬から耳へ、そして髪へと指が滑っていく。
「――分かりました。それで、あの……」
ちょっと照れるっていうか恥ずかしいっていうか、うわーん、どうすればいいの!?
顔がだんだん赤くなっていってると思う。そろそろ手を離してほしい。
(助けてー蝶子さーん!)
思わず、お留守番の蝶子さんに助けを求めてしまった。そうしたら――
(はぁい♡ 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん!)
ぽんっと、空間にヌコの蝶子さんが姿を現した。
ホントに呼べば距離を関係なく出現できるんだと、この時初めて分かった。
お読みいただきありがとうございます!((w´ω`w))
あれ~まだ続きますよ?




