29.記憶に残る誕生日
この世界に生まれて10年。
セカンドチャンス! 記憶を持っての人生やり直し! プラスボーナス(魔法)付き!
……なんて単純に喜んでいられたのは、やはり洗礼式の7歳までだったかな。
それでも小学に通っている間は、今から思えばまだ平和だったわ。
オーディン学園に入学して、まだ二つの季節(4か月)も過ごしていないのに、心休まる日があまりないってどういう事かしら。
どんどん周りの環境が悪化していってる気がするわ。
それに応じて泣くことが増えたし。
たぶん、ビアンカ様は信じないかもしれないけれど、オーディン学園に入学するまで、わたしはあまり泣かない子だったのよ?
「ごめんなさいね、ビアンカ様。そしてありがとうございます。娘に優しくしてくれて」
豊満な胸に顔を埋めるわたしの頭を撫でながら、おっとりと言う母さま。
いやー、中身アラサーの意識があるのに、実に子供っぽいことをしている自覚はある。
いい大人の感覚を持ちながら、男性恐怖症とか言ってるのも、どんな“ぶりっコ”だと突っ込まれても仕方がないけれど、怖いもんは怖いのだ。
理屈じゃないのよ。わたし自身、お手上げ状態だもん。
久しぶりに母さまの柔らかさと薬草の香りを満喫して、ようやく体を起こした。
「泣き虫になったわね、アリス」
はい、母さまの言う通りです。
そして母さまの隣ですやすや眠るリオン。
ねぇ、なんで会う度眠ってるの? お姉ちゃん、寂しいよう。
ぷにぷにのほっぺを突いてみても、起きる気配なし。
「待ちくたびれてしまったのよ」
たまにしか会えないのに。
でも、元気で無事ならいいかぁ。
魔力制御のブレスレットが嵌められたむっちりとした手首を手に取り確認する。
「ねぇ、そろそろその使い魔の事を訊きたいわ」
ぐずぐずなわたしを生暖かく見守ってくれていたビアンカ様が、ついに催促してきた。
「わたしも、ビアンカ様がどうやって脱出してきたのかを訊きたいです」
「わたくしの方は、ヘンリー様に迎えに来てってお手紙を送ったのですわ」
今日、領地より王都にやって来た公爵様が、マクシミリアン様と共に呪術に掛かった者たちを罠にかける為、邸を留守にすることが分かって、ビアンカ様はすぐにヘンリー様に手紙と伝書鳥を送ったそうだ。
部屋は防御陣が強力で伝書鳥が飛べない。だからヘンリー様に直通の転移陣で送ったのだという。
「部屋の中も外からも、強力な結界が張られ、最近ではもうお兄様しか部屋に入ってこれないほどでしたの。お兄様がいる間だけ、厳選された侍女が身の回りの世話を焼いてくれて、用が済めばすぐに追い出される日々が続いたわ。さすがに異常ですわよ! 我慢にも限界がありますの!」
怖い。マクシミリアン様がマジで怖い。
もしかしてやっぱりシスコンこじらせているのかしら。
“幼女趣味の変態”というのは揶揄だけど、もしかしたら……うわぁ。
「それで、護衛騎士のユーイ殿に伝書鳥で、ビアンカ嬢に会いに行くと連絡したんだ。それでもし僕が攻撃を受ければ彼女が呪術に操られているのが分かるし、招き入れてくれたらそのまま味方になるし。でも返信がなかった」
「ヘンリー様お一人で行かれたんですか? 確か、わたしが閉じ込められていた時、まだ寮の付近においででしたよね?」
いつの間に移動したんだろうと首を傾げていると、それについても説明してくれる。
「アリスの事はシリウス様が請け負ってくれるというし、カイエン先生もいたから。ピエール様が学園長にサザーランド邸の様子を見に行くよう要請してくれて、僕は護衛騎士と、シリウス様から依頼された魔導師団の警護隊員四人で向かったんだ」
ということは、わたしが面会室を破壊したあと移動し始めてたって事なのね。
学園の寮で不法侵入者を拘束して行って、更にわたしが落ち着くのを待って神殿に移動出来た時、もう一刻(2時間)を過ぎていた。
その間に公爵邸に行って、お姫様を助け出し、使用人たちを解放して戻ってきたって事?
大活躍ですね!
「邸の周辺にいかにも怪しい行動をする人間がウロウロしてて、そっちの対処もあったし、多重結界が張られているしで中に入るのにちょっと手こずったんだ」
同行した警護隊員だけでは間に合わず、応援を呼んでもらったんだって。
不審者を捕縛し、ようやく邸に突入しようとしたら結界に阻まれたのだと。
それで周辺を探索したら、窓からビアンカ様の姿を確認出来たのだそうだ。
「窓からヘンリー様が見えた時、意思の疎通が図れずもどかしかったのですけど、紙に書いた文字でやり取り出来たので、内と外からの同時攻撃で多重結界を破ることが出来ましたの。少ーし、邸が破壊されましたけれど」
ほほほ、とハリセンで口元を隠して笑うビアンカ様に、ヘンリー様は若干困り気味だ。
「お転婆姫は、破壊された窓から僕目がけて飛んできたんだよ。危ないからやめて。心臓に悪いから。落としはしないけど」
ヘンリー様の奇獣は翼のある大きな狼型だ。
小さな騎士が奇獣に乗り、囚われのお姫様を救出にきて手を差し伸べる、その映像が目に浮かぶ。
ただ、お姫様は窓から騎士に手を伸ばすのではなく、ジャンプしてしまうあたりがビアンカ様である。
手をこまねいて待つだけの姫ではない。
それから邸に入ってみたら、驚いたことにサザーランド邸の家臣・使用人は全員拘束されていたそうだ。主が出かける前に、操られていた者と一緒にまともな者も縛り上げていったらしい。
その後、ビアンカ様は邸全体に闇属性の『浄化魔法』をかけたそうだ。そうしたら、様子のおかしくなっていた使用人たちは正気を取り戻したんだって。
闇属性の浄化魔法ってどんなのかな。もしかしたら、あの銀色のキラキラしたとっても暖かくて安心できるやつかな?
やっぱりビアンカ様も『聖女』なんじゃないかしら。
とにかく、あとを警護隊員に任せて、ヘンリー様とビアンカ様はそれぞれの護衛騎士たちと一緒に神殿にやって来た、という次第。
厳重に閉じ込めてきたビアンカ様の登場で、公爵様もマクシミリアン様も驚いた事だろう。
あら? 結界が破れた段階で察知はしていたのかしら? でも驚いていたわよね。
……マクシミリアン様って正気だったのかしら。
(お転婆姫ねぇ、ポイわぁ。扇を持って高笑いも似合ってるわねぇ、【ハリセン】だけど)
「それで、アリス」
ビアンカ様の視線が蝶子さんに注がれている。
「えーと、こちら、蝶子さんです。王都の傍の森で知り合ったの。元は人間なのに魔獣に転生した、心は乙女な男子です。人間の世界で暮らしたいが為に、わたしと主従契約を交わしたんです」
「あら、アリス、ただのヌコちゃんじゃなかったの?」
今の説明は、既にビアンカ様には手紙で知らせているので、どちらかというと母さまへ聞かせるためだ。
「そう、わたしの使い魔です。ちゃんと言葉も通じるの」
にゃ~、と蝶子さんはヌコらしく鳴いた。
(アリス様のお母さんて、おっとり美人ねぇ。似てるし。まさに未来予想図? でも魔力はあんまりないわよねぇ。アリス様は家族の中で飛び抜けてなぁい? もしかして、転生ボーナスなのかしらん)
(うーん、それについては悩ましいわね)
王家の血筋だと公表したあと、父さまが魔力制御のブレスレットを外したら、前より格段に魔力が多いことが分かった。
属性も風だけじゃなく、薄くだけど土属性もあるんだって。
ブレスレットを嵌めたのはおじい様で、解除もおじい様がした。
少し前に、リオンが魔力暴走を起こした時に、ブレスレットが解除されていれば、もう少し対処できたのに、と父さまが残念がっていたわ。
ともかく、それでもわたしの方がはるかに魔力量が多い。
王家の血筋の潜在的能力ってやつかしら? それとも蝶子さんが言う通り、転生ボーナス?
考えても分からない事は、分かる時まで棚に上げておく。
「意思の疎通が出来るのよね? しゃべれるのかしら?」
ビアンカ様の目がきらんと光る。手がワキワキと蠢いている所をみると、どうやら触りたいらしい。
わたしは蝶子さんの首元の、盗聴防止装置をオフにする。
『はぁい、お姫様。アリス様のお友達特典で触ってもいいわよぉ。優しくしてねぇん♡』
カチッとオンにした。
動きを止めてしまったビアンカ様に、冷や汗を浮かべながら笑顔を向ける。
「蝶子さんはお喋りなので、普段は盗聴防止装置を作動させてます。わたしとは心話で意思疎通してますが。その、詳しい事は寮に帰ってから話しますね」
「……心は乙女……ね。そう、分かったわ。何故、ヘンリー様が可愛がらないのかが」
小動物大好きなヘンリー様が、触ってもいいと言われても手を出さないのは、ひとえにこの蝶子さんの性癖故だろうと思う。他人の使い魔だから、という表向きの理由もあるだろうけど、今の所観賞に徹している。
結果、蝶子さんはまだわたしの腕の中にいる。
そんな時、ドアがノックされ、顔を出したのはシリウス様とピエール様だった。
「ビアンカ嬢、久しぶりだ。思ったより元気そうで何より」
「邸を出る許可が出たんだね。無理やり連れ帰られた時はどうなる事かと思ったけど」
先のがシリウス様で、後のがピエール様の発言。
これに対し、ビアンカ様はキラキラした微笑みを浮かべた。
「お久しぶりですわ、お二方。わたくし、強引に脱出しましたの。でもご心配なく。先ほどお父様から学園に戻る許可が出ましたから」
ほほほと笑うビアンカ様の手元のハリセンに、二人の視線が集まる。だが、ビアンカ様の言葉に引っかかりを覚えたピエール様は、ちらりとヘンリー様に目を向けた。
「強引にって……ヘンリーは様子を見に行っただけのはず……」
「わたくしが! 脱獄のお手伝いをお願いしたのです!」
ピエール様は、どうやら知らなかったらしい。
それでも事後報告で公爵に許可をもらったというのだから、それ以上の追及は飲み込んだようだ。
そんなピエール様からわたしへと視線を移したシリウス様が、用心深く近づいてくる。
「アリス、少し話がある。構わないだろうか」
シリウス様の目元はいつも通りで、銀縁眼鏡を掛けている。ただ表情が読めない。
小言をもらう時とも違うし、機嫌が悪い訳でもなさそうだし。
なんだろう? 無表情っていうか、緊張しているようにも感じるわ。
そして遠慮がちに差し出された左手の距離感に、ちょっと首をひねる。
いや、だって、さっきも近くに寄って行ってたじゃない? 面会室ではしがみ付いていたしね。まぁどさくさ紛れだったけど。
何でここに至って遠慮しているのかな?――と、少し眺めていたら、シリウス様が手を引っ込めようとしたので、わたしは焦って両手で捉まえた。
目を瞠るシリウス様。
膝から転げ落ちる蝶子さん。
(酷いわぁ~。でもアリス様ったら熱烈!)
(違うし!)
お読みいただきありがとうございます!
誤字脱字報告、どうもありがとうございましたm(__)m




