21.合同演習⑤(討伐)
防御魔法陣を破壊し、地響きを立てて5匹の魔獣が迫りくる。
ソレは彼の背丈より大きく、鉄剣では切れない、鎧のような赤い剛毛と厚い皮に覆われた魔獣だ。
しかも徒党を組み、連携して狩りをする。
鈍く光る黄色の目も禍々しく、獲物を食いちぎろうと、鋭い牙が覗く大口を開けたまま走ってくる。
悪臭放つ口から赤黒い分厚く長い舌がはみ出して、一歩を進むごとに左右に揺れていた。
防御魔法を纏う彼は恐れることなく、低く構えた姿勢から、利き手に持つ希少金属オリハルコン製の剣を横に一閃した。
とたんに、キィィィンと耳障りな音と振動が辺りを襲う。
風魔法と共に振るう剣が『真空』を作り出したのだ。
先頭の魔獣が真横に二分割され、後ろを走る2匹ごと分断された。
切られた魔獣は、走ってきた勢いのまま飛び散っていく。
彼はその肉塊を身軽にかわした。
毒のある魔獣の血肉は、一滴たりとも彼に届かない。
魔導師の放つシールドが彼を守っている。
風の刃の余波で、森の木々が数本遅れて倒れていった。
残りの魔獣2匹は彼を避けるように方向転換し、士気の衰えた騎士たちに向かって飛び上がる。
だが、1匹は光る魔法の網に絡め取られ地面に沈み込む。
もう1匹は眼前に展開された魔法陣に突っ込み、鼻先から凍って行った。
彼は凍り付いた魔獣に向かい、また剣を閃かせる。
千々に砕けた魔獣を顧みず、網に囚われた魔獣へと足を向けた。
しかし、魔獣は青白い炎に焼かれ、姿を崩していく。
そこでやっと彼はその魔導師を振り返った。
魔導師は、月光に輝く長い銀の髪を翻し、彼に歩み寄る。
「よくやった、ピエール」
彼の背後で、肉塊になった魔獣どもが炎に焼かれていく。
血毒を持つ魔獣は炎で浄化するに限るのだ。
ピエールの剣は、魔獣の血肉一片さえ纏わりつかせず、淡い燐光を放っている。
微かな振動を伝える刀身が鎮まるのを僅かに待ち、鞘に納めた。
魔導師たちが魔獣の亡骸が残す魔石を回収し、破壊された部分の防御陣を再構築し強化する。
今夜はもう襲われたくはない。
彼らは演習部隊本体へと戻る道すがら、役に立たなかった騎士たちを一瞥する。
その瞳の色は軽蔑だった。
◆◇◆
「ピエール様!」
マリエル先輩とリリアン先輩が、戻ってきたピエール様に駆け寄っていく。
その後ろ姿が、なんだか可愛いなぁと見送る。
遠目に見ただけでは怪我の有無は分からないけれど、2人の先輩に笑顔を向けているから、どうやら無事みたい。
ホッとしているわたしには、恐怖が近づいてきた。
マーリン様を先頭に、王太子殿下の天幕へと歩いて来る数人の魔導師たち。その後ろを、項垂れたまま付いて来る騎士たち。
王子の天幕付近にいたわたしは、護衛騎士と一緒にそそくさとその場を離れた。
そんなわたしの行動に、騎士たちは更に顔色を悪くする。
遅れてピエール様も王子の天幕へ入っていき、間もなく姿を現した。
わたし、出待ちしてました。
ピエール様は怖くない、怖くなーいと自分に言い聞かせて、じわじわと近寄ってみる。
「アリス、大丈夫かい?」
にこりと笑ってピエール様から声を掛けてきたわ。
「あの、お疲れ様でした。凶暴な魔獣だって蝶子さんから聞いてたんですけど、怪我などないですか?」
「はは、大丈夫。魔導師の防御魔法で守られていたからね」
ピエール様はいつも通り、わたしの頭を撫でようと手を伸ばしたのよね。
なのに、わたしときたら飛びのいてしまったのよ!
間に流れる気まずい空気。
「ごめんなさい! ピエール様は何一つ悪くないので!」
「……うん、無理するな」
自分自身の行動が分かってないので、何とも説明しようがないし、逃げようとしてしまう体はじりじりと後退ってしまう。
「まだ時間が必要ですね。今宵はこれにて失礼いたします」
代わりにイリアさんが挨拶の言葉を述べ、わたしは女子たちの天幕へ引き上げた。
本当なら女子トークにきゃっきゃとするはずが、何とも言えない沈んだ空気に耐えられず、とにかく寝ようということで4人で一斉に寝た。
寝たけれど眠気は訪れず、悶々として夜明けを迎えてしまった。多分、全員。
そんなわけで、早朝は回復魔法から始まった。
朝ごはんの支度は、特別コースの皆と一緒に出来たのよ。
意外とヘンダー先輩とヴォルフ先輩が傍にいても平気だったわ。他の女子たちも大丈夫そうだった。
ただし、先生に対しては拒否反応が出たので、少し距離を取ってもらったわ。
本当にすみませんねぇ。先生たちは何も悪くないのに。
思うに、3・4年生くらいだと、まだ子供らしさがあるので、男子でも平気なんだな。
これが5・6年生だと大柄な生徒もいて、青年への過渡期であるピエール様には拒否反応が出たんじゃないかな、というわたし分析です。
実は王太子殿下と教師たちが話し合いをして、女子生徒は帰らせた方がいいのではないかという意見が出ていたそうだ。
――で、結局、わたしたちは今、固まって森の中を歩いている。
わたしの後ろから、カイエン先生が指示を出す。
「魔力を薄く広く張り巡らせて、違和感を探るように」
隣にはヘンリー様。その前後をシリンさんとミラさんが守っている。
イリアさんは女子生徒の先頭を歩いていて、左右を他の女性護衛騎士が守っていた。
わたしたちの後ろからヘンダー先輩とヴォルフ先輩がいて、最後尾にロビン先生とマティス先生、ケインさんがいる。
隣の獣道を5・6年生の一行が進んでいた。彼らより先行して、騎士たちと魔導師たちが森の各所に散っているという。
騎士たちは顔つきから目つきまで違ったらしい。もう後がないという覚悟が表れていた、とはカイエン先生談です。
もちろん、下種野郎どもは拘束されているのでここにはいない。
途中で小さいのから中位の魔獣が現れて、さくっと退治しながらしばらく進んでいると、森の中心部分に強い違和感を感じ取った。
「あ、いるね」
ヘンリー様の呟きに頷いて、カイエン先生を見上げると、先生は伝書鳥を飛ばしている所だった。
一行の足が止まる。
「魔獣とは違う? 何だか気持ち悪いモノみたいだけど……」
(そうね、魔物だわぁ。きゃあ、怖~い!)
緊張感のない蝶子さんの言葉にがくりとしながらも、周辺にシールドを張る。
これからどうすればいいんだろう。作戦立てて討伐していくのかな?
またカイエン先生を見上げると、今度は目が合った。
「通常は、魔物の発生源を防御魔法陣で囲み、外に出さないようにしてから攻撃魔法で駆除をする。体の大きな魔物は、騎士と連携して倒すことになるんだよ。ただ、今回は連携が難しそうだな」
ちょっと待っててと言い残し、カイエン先生はロビン先生たちの元へ行ってしまった。
そうこうしている内に、森の中心で魔力の発動を感じた。防御陣を張ったのかもしれない。
5・6年生の一行が進み始めた。森の中心へ向かうのだろうか。
だけど、別の方角からも気持ちの悪いモノの気配を感じた。それが点々と湧き出している。
シールドの外側を、小さな魔獣が次々と走り抜けていく。
「たくさん、湧き出してますよね?」
「うん、ちょっと厄介かも」
きょろきょろと見回していると、ヘンリー様が眉を顰めて呟いた。
護衛騎士たちが緊張して臨戦態勢を取る中、3人の先生たちが生徒たちを集める。
「森を出るよ。各々自分にシールドを張って、いつでも魔法を発動できるように魔力を溜めておくようにね」
ロビン先生の指示で固まって今来た道を戻ろうと、踵を返した。そんなわたしたちの頭上が暗く翳る。
「え?」
無数の何かが空を飛んで行った。まき散らされる黒い瘴気。
そこにいる全員を覆うシールドを咄嗟に張った。
「アリス! 浄化が必要だ」
カイエン先生の言葉に全員の視線が集まる。
……浄化ってどうやるの?
なんて考えている所に、シールドの外で炎が巻き起こった。辺りを舐めるように広がる紅蓮の炎。
その炎が消えると、黒い瘴気も消えていた。
そして開けた空間から、マーリン様が奇獣に乗って突進してきて、手前で急停止する。
「学生たちを連れて撤退しろ! ヘンリーはピエールと連携して討伐に向かえ! カイエン、シリン、一緒に来い!」
怒鳴りつけるような指示に、皆が一瞬身をすくませ、次いで我に返り行動に移していく。
それをわたしは空中から見る羽目になった。
気が付いたらマーリン様の肩に担がれていたのだ。
「マーリン様! アリス様を渡してください!!」
「シリンさん! カイエン先生! 助けて~! ああ、蝶子さん!!」
瘴気の濃い空に向かい、どんどん高く飛ぶ奇獣。助けを求めて伸ばした手から、ぽろりと転がり落ちる使い魔。
(あ~れ~! なぁんてね。わたし飛べるから大丈夫よ~)
蝶子さんは”トラもどき“になり、空中に羽ばたいた。つまり羽が生えていたのだ。
それには安心したけれど、ぐんぐん高くなる自身の身の置き所の不安定さと、怖いマーリン様に担がれている状況に、またしても吐き気がこみ上げる。
「吐く~」
「我慢しろ! そして浄化しろ!」
酷い。浄化の仕方なんて知らないのに。
そうも言ってられないのは分かっているの。でもね。
「あれを見ろ! 東から大量に飛行系の魔物の群れが移動してきた。ここで討伐しなければどうなるか分かるだろう!?」
人が暮らす村や街が魔物に襲われるってことだよね。
視界が暗くよく見えない。魔力探査で周辺をサーチするまでもなく、囲まれていた。
何体かが切り裂かれて、炎の矢に撃ち抜かれ落ちていく。
また紅蓮の炎が周囲を舐めていき、ぽかりと開いた空から、赤く濁った眼と視線が合う。
真正面に大きなドラゴンもどきがいた。
”もどき“。かつてはドラゴンだったかもしれないモノ。
表皮がぐずぐずに崩れ、腐臭を放ち、羽ばたくたびに腐ったものが飛び散る様に、頭の中でぷつんと何かが切れた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
わたしの悲鳴が轟くと共に、金色の光が空と地上に降り注ぎ、魔物は消滅した。
◆◇◆
「ノース! 皆を連れて行け!」
ピエールはもたもたしている魔導師コース統括を怒鳴りつける。
「お・おまえはどうするんだ」
「戦うに決まっているだろう!!」
魔物討伐部隊の魔導師の一人が、ピエールの側で防御魔法を展開していた。
教師が学生を取りまとめながら、攻撃魔法を繰り出している。個々にシールドを張っていても、瘴気の濃さに狼狽えているようだ。
突然、瘴気だまりが発生した。しかも複数同時に。
呼応するかのように、空からも魔物の大群が渡ってきて森が翳った。
数か所の発生源に対応する為、バラバラに討伐に当たる羽目に陥った魔物討伐部隊は、学生を守る人員が僅かしかいない。
あちこちで悲鳴が上がった。
オリハルコンの剣に炎を纏わせ、迫って来た魔物一匹を切り伏せた。
付与された魔法陣と炎で魔物を倒せるが、右、左と、次々襲ってくるのを切り伏せるのに忙しく、もうノースたちに構ってはいられなくなった。
「『爆炎』!」
後方で呪文が唱えられ、一瞬で当たりの魔物が燃え崩れた。
防御魔法の魔石がなければ大火傷を負うところだ。
「シャール殿下! 何故逃げないのですか!」
「魔導師の端くれ、このままただ逃げる訳にはいかぬ」
隣国の王子には護衛騎士が数人付いているが、その騎士たちが怪我を負っている。
まずい事に、毒が回り始めているようだ。それを見て決断する。
「殿下、道を切り開くので付いて来て下さい!」
彼も状況が悪くなる一方だと悟ったのだろう。
「分かった。頼む」
刀身に魔力を込める。炎と、風と。振りかぶろうとした時、呼ぶ声がしてすぐに魔力を散らした。
木を蹴って、ストンと目の前に着地した小柄な少年に、ピエールはにっと笑う。
「師匠が行けって」
「おう。防御は要らない。『風』と『火』で駆け抜ける」
「了解」
ヘンリーは四代属性持ちの魔導師見習い。魔力量も多い上に、魔物討伐にも10歳にしては慣れている。
「『炎』を纏いし『疾風』よ、疾く駆けよ!」
炎が瘴気と魔物を薙ぎ払い、素早く一本の道を作る。
すかさずシャール殿下一行を連れて駆けだした。
途中で降ってくる腐った肉を風魔法で防ぎながら突き進むと、行く手にまだ避難途中の学生たちの集団に行き会った。
前方から悲鳴が上がる。
森の出口に巨大な魔物が立ち塞がっていた。魔導師や騎士はいったい何処にいるんだ!?
吐き出される瘴気に、教師たちがシールドで防御しているが、更に上から別の魔物が襲い掛かった。
「『氷柱』!」
頭上を何本もの氷の槍が飛んでいく。ヘンリーの仕業だ。
立ち塞がる魔物に次々と氷が突き刺さっていくが、瘴気は晴れない。
槍を追って駆け抜けた。
目の先に炎が上がるのが見えた。
炎の使い手は――
「マリエル!」
マリエル嬢の手前に飛び出し、低く身を屈めて剣を横に薙ぎ払う。
目の前の魔物は切ったが、横から別の魔物の手が、学生たちに振りかぶったのが視界に入る。
体勢を崩しながらも、炎の矢を放つ。
あちらこちらから、炎が上がった。熱い。このままではまずい、頭の片隅でそう思った時。
頭上からけたたましくも甲高い悲鳴が聞こえた、と思ったら辺り一面が金色の光に覆われていた。
眩しさに目を瞑ったが、無理やり目を開け、すぐにも周囲を探る。
チカチカする視界が捉えたのは、澄み切った景色と、ふわふわと舞う金色の光。
魔物は全て消えていた。
お読みいただきありがとうございます!
合同演習は終わりです。あとは帰るだけ。残ったトラウマは尾を引きますね。




