16.自意識と自覚
使い魔飼い始めました――
そんな出来事を含め、ビアンカ様へお手紙にしたためた。
送るのはヘンリー様経由。ビアンカ様との双方向転移陣が部屋にあるんだって。
いいなぁ、わたしも実家に設置したい。我が家の防御魔法が強くて、伝書鳥が通過しないから設置したいと相談したら、なんでか難色を示されたのよ。
だから家族との交流は、未だに週末の神殿に限定されている。
「蝶子さん、大人しくしてた?」
お昼休みに寮に戻ったら、ヌコはケージで寝ていた。
『あらぁ、姐……アリス様ぁ、ぬっくぬくで寝てたわよぉ』
ケージの中では布団代わりに、クッションにタオルを掛けて寝ている。
朝食後ずっと寝てたらしく、ララさんが物足りない顔をしているわ。
「ごめんね、ちゃんと許可が下りたら学園内を案内したり、家に帰れたら家族を紹介したりするからね」
『いいのよぉ。わたし、きれいに整えられた人間の部屋で、惰眠をむさぼれる幸福を満喫しているからぁ』
もっと色々ごねられるかと思っていたからホッとした。まぁ、そのうち飽きてしまうだろうけど。
食後のお茶を飲み、ほどほどで1階エントランスに降りれば、ヘンリー様が迎えに来る。
今は登下校時もヘンリー様に送り迎えされていた。先週の話では、シリウス様とピエール様がその役目をするはずだったけれど、今週は事情が変わりヘンリー様が代行してくれている。
なんだか妙な感じだけど、今までと実はあまり変わっていないのよね。そこにビアンカ様がいないというだけで。ただそれを変にやっかむ者がいた。
「ビアンカ様がいなくなったとたん、ヘンリー様を独り占めなんて浅ましい」
「ビアンカ様がお気の毒だわ」
「ビアンカ様に守られて大きな顔をしていたから、いなくなって慌てているのよ」
「シリウス様やピエール様まで侍らせていい気になっていたもの。そういえば最近お見かけしていませんわね。彼らから愛想をつかされたのかしら。いい気味」
ひそひそと囁いているけれど、ちょうど聞こえるくらいの大きさで、その絶妙加減に感心してしまったわ。
シリウス様やピエール様が忙しくて今はいないから、湧いて出た陰口なんだろうな。表に出ちゃってるけど。
「成り上がりで伯爵なんていっても、元々平民に毛が生えた程度ですもの、ろくに社交も出来ないのですってよ」
これはわたしじゃなくて、両親のことかしらぁ?
ムカッとするけど、実際その通りだよ!
嫌味にいちいち反応するのも相手の思うつぼなので、そのまま聞き流している。
声で誰が言っているのか分かっているから、というのもあるけどね。ビアンカ様の元・金魚の糞、アン様とミリアム様だ。君たちにポリシーはないのか?
わたしが学園復帰してからは遠巻きにされ、悪口もなりを潜めていたのに、これを皮切りにそこかしこで意地の悪い囁きが増えていく。
なぁんだ、前と変わらないじゃない。
王家筋の聖女なんてご大層な身分になっても、結局悪口は言われるんだね。
どんな風に手の平返しが起こるか楽しみにしていたけれど、勘違いしてたみたい。いつの間にかちょっと驕っていたかしら。
やはり謙虚でいたいわね。謙虚、大事にしなきゃ。前世の日本の政治家が「謙虚で、謙虚に」とか連呼していて全然謙虚じゃなかった事を思い出したわ。
そういうことで、わたしは悪口を言われ慣れてたし、またかと思って放置する気満々だった。だけど、そうじゃない人たちがいたのよね。
「お嬢様、ひとつガツンと言ってやりましょうか?」
護衛騎士のイリアさんが囁いてきて、びっくりして後ろを振り返る。ぎらっとした強い目に、怒っているのを感じた。
いやいや、子供の戯言だからほっときましょうよ、と盗聴防止装置をオンにして伝えようとしていたら、かたりと椅子から立ち上がったヘンリー様が、同級生たちに向かって厳しい声をかける。
「君たちは誰にものを言っているのか分かっているの?」
ざわざわとした同級生たちが、怪訝な顔でヘンリー様を見ている。
「アリス様は、青き血筋の尊き聖女様だよ。家格は伯爵位でも、彼女自身は国王陛下に並び立つご身分であるというのに、君たちは今までと変わりなく誹謗中傷をしている。不敬罪に相当するという自覚はあるの? ああ、ないんだよね」
教室がしんとした。
そこまでの事を考えてなかったんだろうね。わたしもだけど。
しかし、ヘンリー様に「アリス様」なんて言われるとむず痒い。
この場をどう対処すればいいのか分からず、ヘンリー様を止めようと上げた右手が宙ぶらりんだ。
「まだ王宮でお披露目をしていなくても、神殿では神殿長から正式に通達が行われて、既にお披露目もされている。大勢の民衆を祝福し、その様子は国の内外に知れ渡っているのに、同級生の君たちはいまだ男爵令嬢を貶めている気分でいるなんて、ホントにバカだよね」
ああ! バカは余計では!?
「アリス様は気安く皆に祝福を与えているというのに、君らは誰一人として祝福してもらえていない事を真剣に考えてみるといい」
可憐な美少女の外見からは想像もつかないけれど、ヘンリー様はどうも喧嘩っ早い。
ほら、ヘンリー様の護衛騎士が頭を抱えているわ。
ヘンリー様がくるりとわたしに向き直る。
「アリスもだよ。身分が上の者には間違いを正す責任があるんだ。もう男爵令嬢ではないんだから」
思いがけず厳しい言葉を突き付けられて、はっとした。
そういう常識はわたしにはなかったよ! 聞き流していちゃダメなんだね?
「そういうものですか」
そうだと頷くヘンリー様。そして2人の護衛騎士も頷いた。
でもなぁ、今更どんな風に接したらいいのか分からないよ。説教すればいいの? ハードル高いな!
と、くよくよ悩む暇を与えてくれない、おバカさんがいた。
「辺境の田舎貴族風情が偉そうに」
教室が静まり返っているから、その言葉ははっきりと聞こえた。
これでわたしにスイッチが入ったね。カチっとね、やる気じゃなく、怒りのスイッチだよ。
無表情がデフォルトのヘンリー様が、ムッと顔を顰め、相対しようと振り返りかけた手を掴んで引き止める。驚いたヘンリー様に、椅子から立ち上がってにっこりと笑んだわたしは、つかつかと同級生たちに歩み寄り、一同を見渡して軽くお辞儀をした。
「今までは身分の事もあり、皆様にはわたくしから声を掛けることは致しませんでしたが、この度、我が家も成り上がりとはいえ伯爵位を賜り、対等な立場に立てました事、嬉しく思っております。どうぞ良しなにお願いしますね。ところで、辺境伯を誤解されているそこのあなた!」
キっと目に気合を込めて睨むと、少年はびくりとした。
えーと、誰だろうな、こいつ。後でヘンリー様に教えてもらおう。
「国境を接するフォード辺境伯領の皆様が、外敵と戦い、侵入を阻止し、魔物や害獣を駆除しているからこそ、アトラス王国の平穏が保たれているのです。ただの伯爵とは格が違います。その権威を知らないご様子ですので、あなたは今一度、貴族の役割と意味を勉強されてはいかがですか?」
フォード辺境伯領は、アトラス王国が帝国だった時代は自治領だった。現在もその気風が強いらしく、広大な領地に軍事に関わる独自の権限を持つため、武門の長・リズベリー公爵家やミンツ侯爵家などは、婚姻による縁を繋いでいるそうだ。
そういう事を知らないらしい少年の頬が朱に染まる。何か咄嗟に文句を言い出しそうだったけど、わたしは無視してアン&ミリアム嬢に視線を移す。
「アン様、ミリアム様。ビアンカ様からソーフィールド様の派閥へ鞍替えなさったあなた方に、ビアンカ様をさも心配されるような陰口は聞き捨てなりません。わたしを罵るのは結構ですが、ビアンカ様を傷つける事は許せません。それにあなた方の言動は、自らの信用を落としているという自覚はおありですか?」
「な・な・なっ……!」
「な」しか言わんのかいっ!
強い意志を込め、彼らをぐるりと一瞥すると、さっきまでと違い目を逸らされる。
「これまではこの学園で一番身分が低いため放置してまいりましたが、これからは思う所があれば積極的に意見を交わしていきたいと思います。ぜひ、皆さまもわたくしに意見があれば、遠慮なく申し出て下さいませ」
にこりと微笑み、また軽くお辞儀をした。
つまんねー事言ってるとただじゃ置かねーぞ的な意味合いを滲ませたんだけど、通じているかな。
まぁ、わたしは物理的に手は出さないよ? 悪意のある人にわざわざまともに対応する必要性を感じないので、お偉い大人にチクるフリをするだけですがね。
――というか、チクらなくてもどこからか、報告がいくんだろうな。コワイコワイ。
くるりと踵を返すと、ヘンリー様とイリアさんが拍手をして迎えてくれた。
ヘンリー様の護衛騎士は変な汗をかいているけど。
そんな時、教室に入ってきた教師が慌ててこちらに駆け寄ってきた。声が聞こえていたんでしょうね。
「君! ――ああ、君たちは、何をしているんだ!?」
あら、わたしをガン無視していた先生だわ。咄嗟にわたしへ文句を言いかけて、身分が変わったことを思い出したのか急に他の生徒たちに方向転換した。
結局無視かいっ! だからわざと声を掛けた。
「先生、お騒がせして申し訳ございません。もう席に着きますので、どうぞ授業を開始してくださいませ」
ぎょっとして振り向く歴史の先生は、歪な笑顔をこちらに向ける。
「そ、そうか? いや、そうでございますか」
なんか無理やり敬語だな?
「ええ、問題ございません――よね!?」
わたしがじろりと同級生たちを睨むと、彼らはぎくしゃくと頷いて見せた。
その後、寮への帰り道で、ヘンリー様が思い出し笑いをする。
「アリスって怒ると饒舌になるんだね」
「ヘンリー様は実は喧嘩っ早いですよね」
互いに顔を見合わせて、同時に噴出した。クスクス笑いあっているうちに、遠くからシリウス様が向かってくるのが見えた。忙しいだろうに、今日もご機嫌伺でしょうか。
「――全く、君にも鈴を付けておきたいな」
「ご挨拶ですね! わたしは寄り道もせずに帰ってるところですよ」
そう、教室からまっすぐ寮へ帰るところなんだから、文句を言われる筋合いはない。それなのに、シリウス様はこれ見よがしに大きく息を吐く。
「すまない、単なる愚痴だ」
責められているようしにか聞こえませんでしたけど?
「ご用ならば、伝書鳥を飛ばして下されば良かったのに」
そう言ったら、ふいっと視線を逸らされた。なんで?
「……いや、用はない。見かけたから挨拶をしておこうと思っただけだ。何か問題は起きていないか?」
生真面目さんめ! そんな風に余計なことまで気を配っていたら、本当に倒れちゃいますよ!
というか、ホント、顔色悪いね。
「問題……ないですよ。ね?」
ヘンリー様に目を向けると、彼も無表情に頷く。
同級生たちとのやり取りは、わざわざ知らせるほどの事じゃない。わたしが身分相応の自覚が足りなかったという出来事だもんね。
「蝶子さんも、今は惰眠をむさぼるのが忙しいようで大人しいですし」
「そうか。しかし、くれぐれも油断しないように」
そう言いながら、結局寮まで送ってくれる生真面目さん。
このままただで帰す訳にはいかないと、踵を返そうとしたシリウス様の袖を掴む。
「あの……お疲れなようなので、回復魔法を掛けようと思うのですが」
「アリス、もう魔力、祝福が溢れ出てるよ?」
「あれ?」
ヘンリー様に指摘されて気づくへっぽこ。
祝福出来るようになってからというもの、気分のまま勝手に溢れている。
「失礼しますね」
一応断ってからシリウス様の手に触れる。拒絶しないから回復しますよ?
そしたら頭上でふっと息を吐く音が聞こえたので見上げると、ちょっと困ったような微笑みをシリウス様は浮かべていた。
「あまりに気軽に回復魔法を使うから、そのうち有難味が薄れそうだな」
「使える能力があって、使うべき人がいるんなら、いつだって祝福したり回復したりしますよ」
にこりと笑う。
人を選別したりしたくないね、これからも。
そろそろ大丈夫そうかな、と思って手を離す。するとその手が持ち上がって、ぽすんとわたしの頭に置かれ、そのままそっと撫でられる。
「ありがとう、アリス」
いつになく、とても柔らかい微笑みを向けられて、どうした事かわたしは固まった。
シリウス様が戻って行ってもそのままなわたしを不審に思ってか、ヘンリー様が顔を覗き込んできた。
「……顔、赤いよ?」
「え!? いや、これは、その、珍しくお礼を言われたからですよ、うん」
そういう事だよ。間違わないよ。しっかりしないとね、わたし。
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次回は合同演習に行く予定です。




