15.使い魔の飼い方
「元居た場所に返してきなさい」
まるで子供が野良猫を拾ってきた時の母親みたいな小言を、まさかこの方から聞こうとは。
誰あろう、シリウス様である。
「もう契約したんです!」
『そうよぅ、【イケメン】だからって横暴よぉ』
傍目にはヌコがニャウニャウ鳴いているだけに聞こえるだろうが、わたしの腕の中にいる三毛ヌコは魔獣もどき、契約したばかりの使い魔だ。
「……意味が分からない」
シリウス様は眉間のシワもくっきりと、眼鏡を抑えてわたしを見下ろしている。意味が分からないとは、突然使い魔を連れ帰ったことだろうか。それともヌコの言葉だろうか。
「先生方が付いていながら、何故このような事になるのですか」
そう責められると、ロビン先生もカイエン先生も立つ瀬がない。
わたしたちが校外授業から戻り、魔導師コースの訓練場に奇獣で降り立った先に、シリウス様が迎えに来ていたのだ。そして特別コースの教室で尋問が始まった。
眉尻を下げて苦笑するロビン先生とは逆に、悪びれないカイエン先生が状況を説明する。
「そのまま放置するには危険だったんだよ。元は巨大な一見魔獣、だけど魔力を使い言葉を操る、そんな怪しいモノ、本来なら討伐対象だけど、攻撃してもロクに反撃しないし、アリスの通訳で元人間で、ただ人間らしい生活を送りたいだけと分かったしねぇ。話が出来るのがアリスだけだった上、聖女の祝福を受けても消滅せずにいるんだから使い魔にいいかと思ったんだよ。完全に支配下に置かれている訳だし、それでももし問題が起きたなら、僕が責任もって処分するよ」
「カイエン先生~」
『あらいやだ、何かあったらこのオジサンが責任取るのぉ? どうせだったらこっちの【イケメン】に倒されたいわぁ』
シリウス様は右手でこめかみを押さえた。
「先生の言い分は分かりました。ですが、どこにコレを置くんですか? アリスの部屋、というのではないでしょうね?」
え? ダメなの?
わたしはこてんと首を傾げた。
「わたしが主なので、わたしの部屋に連れて行きますよ?」
「ペット禁止だ」
「ペットじゃないです! 蝶子さんです」
『そうよぉ、いざとなればアリス【姐さん】を助けるわよぉ。一宿一飯の恩って言ってねぇ……あら、まだ食べても寝てもなかったわぁ。まぁとにかくペットなんて人聞きの悪い……あらいやだ、そういうプレイをするって事かしらぁ?』
シリウス様が更に眉間のシワを深くさせて、わたしの腕からヌコの蝶子さんの首根っこを掴んで持ち上げてしまった。
「やかましい!」
蝶子さんに怒鳴って、目にぎらりと危険な光を宿す。
『きゃあ~【姐さん】! わたし殺されるわぁ~!』
「シリウス様、返してください! 蝶子さんの主はわたしなのです。責任はわたしが取りますから!」
わたしのモフモフを返して! と蝶子さんをぶら下げているシリウス様に両手を差し伸べる。
お願い! と気持ちを込めて見つめていると、シリウス様の剣幕が徐々に薄れていき、仕方がないと諦めたかのように蝶子さんをわたしの腕に返してくれた。
(((シリウス君が折れた)))
教師たちの心の声は一致した。
その後、教頭と事務局長のエミリーさんに、使い魔の申請をした。
ペットは禁止だけど、使い魔は申請して許可が下りれば同居可能なのだそうだ。
新しい教頭は、襲撃事件の夜、シリウス様と一緒にいた初老の教師だった。初めて知ったよ。
放課後、特別コースの教室で、軽食を食べることになった。さすがにまだ寮に連れ帰るのを心配された為で、ヘンダー先輩とヴォルフ先輩以外が残っている。
ちなみにシリウス様は、生徒会の仕事がある為、渋々戻って行った。
机の上に並べられたサンドイッチやケーキが盛られた皿と、ハーブ茶が入ったポットやカップ&ソーサーという光景に、蝶子さんは目をギラギラさせて見つめる。
『これよこれ! 人間らしい食卓、きれいな食卓! ああ~苦節ウン年、夢にまで見た人らしい食卓ぅ~』
机に両前足を乗せ、うっとりと見つめるヌコに、ヘンリー様が目を輝かせている。小動物愛好家にはたまらない光景なのかもしれない。まぁ、わたしもついつい笑み崩れているけれどね。
「食べられない食材がなければいいんですけど。えーと、どうしましょう、手に持てませんよね?」
『ちょーっと待ってぇ、試してみるから』
するとヌコの前足の爪がニョキンとフォークのように伸び、ザクっとサンドイッチに突き刺した。そのまま口元に持って行ってかぶり付く。――が、ボロボロと中の食材が零れてしまう。
『ああん、うまく食べられないわねぇ。アリス【姐さん】食べさせてぇ♡』
甘い声でお願いされたけど、わたしとしてはずっと気になっていたことをまずは矯正したい。
「いいですよ。でも【姐さん】呼びを止めたらね」
『あらん、気に入らなかったぁ? でもわたしより3歳も年上だったんだしぃ』
「それは今、関係ないですよ! アリスでいいです、【姐さん】は付けないで下さい!」
『じゃあ、アリスちゃん、食べさせて♡』
……何だか釈然としない。確かにまだわたしは「ちゃん」付け呼ばわりがふさわしい子供だけれども。
眉を顰めると、ヘンリー様が提案してきた。
「主に対しては『アリス様』と呼ぶべきだよ。下僕なんだから」
「ちょっと待って、ヘンリー様、蝶子さんの言葉が聞こえるんですか?」
ヘンリー様はこくんと頷いた。
「アリスと契約した後、段々分かるようになったんだ。所々意味の分からない単語はあるけど」
はっとして先生たちの顔を見回すと、皆頷き返した。
ぎゃー! 聞こえてないと思って放置していた言葉が色々あったよ? え、待って、大丈夫か?
あれぇ? ということはシリウス様も聞こえてたんだ。
じろっと蝶子さんを睨んで、喋らず心で話しかけるようにしてみた。
(蝶子さん、聞こえますか? 異世界からの転生の話は内緒です!)
聞こえたようで、蝶子さんはわたしに顔を向けて頷いた。
(りょーかーい)
『じゃあ改めて。アリス様ぁ、食べさせてぇ♡』
特に抵抗感がなかったのか、あっさりアリス様呼ばわりした蝶子さん。ちょっと鳥肌が立ったけど、立場的に慣れるしかないと諦めた。
ヌコに食べさせるとなると、サンドイッチを口元に差し出すべきかな。でもいい爪を持ってるよね。
ちょっと考えて、蝶子さんを抱えて両前足を持ち、再びニョキンと出してもらった爪でサンドイッチを両手で刺して挟み込むように持ち上げる。
「これで食べられますか」
『なんだか、想像していたのと違うわぁ』
それでもハグっとかぶり付いて食べ始める蝶子さん。今度は食べこぼしが少なかった。
さすがにお茶はカップに顔を突っ込んで飲んでいたけど。
わたしのイメージで最終形態がヌコになっている蝶子さんは、全体を色々な動物に変身出来たように、手だけ変形出来ないかな。そうすればわたしの手間が省ける。
「ねぇ、蝶子さん。手だけ、人間の指っぽく変形出来たりしない?」
お茶から顔を上げ、ぺろりと口元をなめるヌコは、自分の右手をひょいと持ち上げてじっと見つめる。わたしもイメージを送ってみた。すると、にょきにょきと指が長くなり、ちゃんと五指がはっきりと形作られた。
グーパーと手を握ったり開いたりしている所に、フォークを差し出すと、しっかりと手に持った。
『あらぁ、出来たわ』
試しにケーキのお皿を目の前に置くと、早速フォークを使って一口大に切り取り、サクッとさして口に運ぶ。本物の【猫】には上げられないケーキを、とっても美味しそうに食べている。
『ああ、至福』
大層美味しそうに完食した蝶子さんは、その後お腹を壊した。
だよね。ずっと野性の獣を捕食していたのに、いきなり人間の食べ物を胃に入れたから、体がびっくりしたんだと思う。
ちなみにトイレは人間用を使用しましたよ。
蝶子さんを寮に連れて行き、メイドさんたちに紹介したら、最初は恐々だったけど、形態がヌコなのですぐに緊張感が解けたようだった。
蝶子さん待望のお風呂には、別個に盥を用意して入ってもらった。
『体を洗って、湯に浸かって~、ああ~至福~~~♡』
トロンとしたヌコの顔を見ていると、こちらも幸せな気分になるわね。
毛皮を乾かした後のブラッシングは、ララさんが自分の櫛を提供した。ヌコに触りたくてワキワキしていたようだ。
背中や首回りをそっと梳られ目を細める蝶子さん。新たに用意した魔石付きの赤いリボンが良く似合う。
魔石には追跡機能と魔力制御が付与されている。わたしは蝶子さんがどこにいるか魔力で分かるけれど、他の人にも所在が明らかに出来るようにと追跡機能が付けられた。
そして先生方の要望で、眠る時は防御魔法を掛けられたケージに入れる事になった。どこにこんなケージがあったんだろうと思ったら、マティス先生が錬成魔法で作ったんだって。
そういえば、襲撃者を捕らえていた檻もマティス先生が作っていたな。
『ああん、そこそこぉ、いいわぁ、あ、あ、もっとぉ♡』
……妙な喘ぎ声が聞こえる。
お腹に櫛を当てられ、脇の下や顎の下をくすぐられているヌコが発生源だ。
ブラッシングしているララさんは、ただただ微笑ましくヌコを撫でている。どうやら声は聞こえていないようだ。
わたしは盗聴防止装置を蝶子さんの側に置き、起動させる。
「ブラッシングする時はこれもセットでお願いします」
ララさんとダリアさんは不思議そうな顔をしていたけれど、少し顔を顰めていたエイダさんはしっかり頷いた。
「はい、必ずや」
エイダさんには蝶子さんの声が聞こえていた。
ちょっと品のない使い魔でごめんなさい。
読んでいただきありがとうございます!((w´ω`w))
じりじりっと増えているブックマークや評価もありがとうございます!
※ヌコ=猫、 【 】内の言葉は日本語発音です。




