09.そのあとで。①
長くなったので2話に別けました。
イーリスは頭を悩ませている。
いや、もう抱え込みたい。許されるなら、私室に引き籠っていたい。
今年、学園が始まって間もなく、捕縛された教師たちをここで事情聴取をした。
今度は生徒たちか。
毎年、大なり小なり問題は発生するが、学園内で収束していた。
しかし、今年の問題は対応を誤れば、自身の首どころか国の中枢を揺るがす。
学園の警備兵の制服を着た、騎士団所属特務隊員たちに囲まれて、2人の学生が椅子に座っている。
2人には魔力封じの首輪が嵌められているのだが、その表情は対照的だ。
チャールズ・ブーリンは血の気の引いた顔で俯いているが、マーガレット・バーモントはここに至っても何故捕縛されているのか理解していない様子で、ちらちらとシリウス君へと視線を向けている。
相手にされず、冷淡な態度を示されていてもなお。
今一人の令嬢を呼び出しているが、果たして応じるかどうかと危ぶんでいたら、素直に寮を出たらしい。
そのソーフィールド公爵令嬢が学園長室に入室してきた。まるで茶会の招待でも受けたかのように、ふわりとした裾を軽やかにさばき一礼する。
背後には令嬢の侍女や護衛騎士の他、壮年の警備兵が控えていて、最後にピエール君がドアを閉めた。
「お待たせいたしました、イーリス学園長」
囚われの2人にちらりと視線を向けた後、微笑みを浮かべてわたしに挨拶してくる平常心。さすがと言わねばならないか。
「オディール様! 助けてください! 何が何だか分かりませんの」
マーガレット嬢はほっとしたように、自分が縋れる最高位の従姉妹に助けを求めた。
これに対してオディール嬢はほんの少し首を傾げただけで、優雅な所作で示されたソファに身を沈めた。
「この度はどのようなご用件なのでしょうか」
虹色の羽の扇で口元を隠し、マーガレット嬢の言葉を無視した。
「このような夜分に申し訳なかったね。少々困った事件が起きてしまったんだよ」
わたしは隣に座を占めたシリウス君に目配せする。一通り事件のあらましは聞いたが、もう一度彼の冷静な説明を聞きたいところだ。
シリウス君が端的に事件の経緯を上げていく。そしてチャールズ君がマーガレット嬢から頼まれた事であり、そのマーガレット嬢はオディール嬢の為に依頼したと告白した事を告げた。
この報告にもオディール嬢の表情に変化はない。代わりにマーガレット嬢が必死に食らい付く。
「オディール様、わたくし、あなたの憂いを晴らす為に、ビアンカ様をちょっと困らせようとしただけなのです。こんな風に拘束される覚えはございませんわ。どうかお口添えくださいませ」
「マーガレット様、わたくしのためを思っての事なのですね。ありがとう存じます」
マーガレット嬢はほっとした笑みを浮かべた。助けてくれると思ったんだろう。
「でも――マーガレット様、わたくしはそんなお願いをしておりませんわ」
「え……でも……」
「そんな物騒な事を話したこともございませんわ」
「オディール様! でも!」
「やめろ、マーガレット! 無駄だ」
ずっと俯いていたチャールズ君が、堪えられないように口を開いた。
何故、チャールズ君がマーガレット嬢の依頼を受けたのか。
一つには恋情。もう一つには、理解に苦しむが、立場の悪くなった実家の為らしい。
この度の襲撃がうまく運べば、バーモント侯爵家やソーフィールド公爵家の援助で起死回生を図れると思い込んでいたようだ。
何をどうすれば公爵令嬢と聖女を襲撃して、実家の為になるのだろう。ただの使い捨ての駒にされているというのに。
マーガレット嬢がそう思い込ませたというには、いささか無理があるだろう。恐ろしく短絡的な思考回路の持ち主で、生徒会執行部役員の中でも仕事が出来ない代表格の2人だ。
しかし今、ここに至って、ようやくしでかした事の重大さに気づいたか。決行前に気づいてほしかったものだ。
「何よチャールズ。元はと言えばあなたがやり過ぎたからでしょう!?」
問題はそこではないんだがな。このお嬢さんは楽観的過ぎて目眩がしそうだ。
気色ばむマーガレット嬢へ、オディール嬢が冷静な声を掛けると、はっと我に返って従姉妹を見つめる。
「――マーガレット様」
オディール嬢は真っすぐマーガレット嬢と視線を合わせた。
「わたくしから直にお願いされた記憶はございまして?」
「……え?」
問われた意味がすぐに理解出来ないようで、マーガレット嬢は目を瞬いている。次第に、それがどんな意味を持つのか、ゆっくりと浸透していっているようだ。
「……あ…………な・い……です」
次第に青ざめていくマーガレット嬢は、呆然とオディール嬢を見つめ続ける。
「わたくしがいけないのですね。貴女に勘違いさせてしまうような態度を、いつの間にかしていたのですもの」
少し俯き、悲し気に視線を落とす様は、本当に――
「お嬢様のせいではございません! この者が勝手に動いた事で、お嬢様が咎めを受けるなど断じてありません!」
控えていた侍女が思い余って言う通り、事件を画策する行動はなく、言質さえ与えていない令嬢を、どんな罪で裁けるというのか。この侍女は本気で令嬢を信じているのかもしれないが。
あまりに予想通りで、マーガレット嬢が気の毒になる。
「オディール嬢、勘違いさせるような言動に心当たりはあるのかな?」
一応聞いておかなければなるまい。
「学園長! 失礼ですわ!」
侍女が憤慨しているが、わたしは令嬢に訊いているのだ。
オディール嬢は手を挙げて、侍女の言葉を封じる。
「いいのよ、ソニア。イーリス学園長、恐らくなのですけれど……ビアンカ様との社交が思うように運ばなくて、どうしたら良いかしらと相談した事がありますわ」
「それだけ、か。なるほど」
一度ではなく、度々話題にはなっただろう。ソーフィールド公爵家とサザーランド公爵家の対立は誰もが知っている。だから、今年ビアンカ嬢が入学してからは、取り巻き令嬢が事あるごとにオディール嬢へ悪い噂話を届けていただろう。それを聞いた令嬢が心を痛める様を見せれば、取り巻き立ちはビアンカ嬢を追い落とす行動を取る。すべてはオディール嬢の望み通りに。
空恐ろしいね。来年社交界デビューを果たしたら、どんなことになるやら。ある意味、未来の王妃に相応しい器だったかも……いやいや、それこそ恐ろしい宮廷になったんじゃないか?
「オディール嬢、先日からアリス・ロイド嬢へ熱心に接触を図っていたようだが、理由を訊きたい」
鉄面皮のシリウス君、意図はなんだ?
「わたくし、特待生の事はあまり知らなかったのですけれど、聖女と認められた方と聞き及びまして、ぜひ一度お話をしてみたかったのです。わたくしから訪ねてはお騒がせしてしまうでしょう? ですから昼食にご招待しようと思ったのですわ」
「そうですか」
それきり口を閉ざした。
……つまり、アリス君に注意を向けて狙いを逸らし、その実ビアンカ嬢が本命という作戦だったのか?
襲撃自体、成功しても失敗してもどちらでもよかったのだろう。サザーランド公爵令嬢襲撃事件があった、という事実だけが必要だったのだ。
この背後で、『特務』や『法務』がどのようなシナリオを描いているのやら。
これはわたしの辞表が必要だろうな。オディール嬢の後ろに立つ壮年の警備兵に扮している男は、法務大臣直下、法務局長本人だ。職務上、あまり顔を知られていないが、局長自ら出向く案件なのだ。
万が一に備え、わたしの後継は既に選んでいるが、その人事が通るかはなはだ怪しい。
これほど早く、脱落する羽目になるとは無念だが。
わたしが悩ましく思い巡らしていた時、応接室の入り口で警備兵とわたしの従僕が何事かあわただしくやり取りした後、驚きの事実を告げてきた。
「失礼します。ただいま知らせがあり、女子寮の最上階で爆破を伴う襲撃があったとの事です」
「何!? 被害は!? 襲撃犯は捕まえたのか!?」
色めき立つ我々をよそに、オディール嬢周辺は妙に落ち着いていたのを目の端に捉えた。
「不愉快ではありましたが、こちらに出向いてようございましたね、お嬢様」
オディール嬢の侍女が囁いている。全く運が良い。果たして運だけの話かは分からんが。
ピエール君とシリウス君が、誰よりも早く部屋を飛び出して行くのを見送り、わたしは必要な指示を方々に出して、ここで報告を待つために再び椅子に腰を下ろした。
ああ、胃が痛い。
読んでいただきありがとうございます!
ブックマーク、評価もありがとうございます!((w´ω`w))
夜間飛行訓練襲撃後のお話ですが、キリを求めて打ち込んでいたら長文になってしまったので、投降後ですが2話に別けることにしました。
後半から「そのあとで。②」へ。加筆しています。




