42.聖女のお披露目
毎日のように、うわさを聞き付けた人々が神殿に押し掛けている。
でも聖女の姿を垣間見ることが出来ないまま1週間が経つと、噂の信憑性を問う声が高くなり、苦慮した神殿側がお触れを出した。
次の6の曜日に、神殿にて聖女のお披露目をする――と。
本当は最初の休日に、少しだけ祭壇付近で姿を見せる予定だったらしい。
でも、諸々の雑事が片付かず、先送りになった。
雑事ってなんだろうと思うけど、詳しく教えてくれないから、大人の事情なのね、と流すしかなかった。
巷の騒ぎをわたしは目にしていない。
人伝に聞いていて、ちょっと申し訳なくなった。
こんな子供が聖女ってね。ありがたみも半減するんじゃない?
それに以前聖女がいた時代って約300年前だから、イマイチ期待度が違うかもしれないし、珍獣扱いとかだったりして。
あまり悪い方向に考えないようにしていたけど、日が迫っていくごとに不安が大きくなっていった。
それを慰めてくれたのは、毎日やってくるジェムさんから聞く、家の事やご近所の事、花壇教室の皆の事だった。
2日に一度やってくる父さまは既にわたしの癒しだし。
花壇教室のメンバーは、王太子殿下が訪問してきたあの日の帰りに、ジェムさんからわたしの事を聞いていたんだって。もちろん指令を出したのは伯父さまだ。
彼らから下町に聖女の噂を流してもらったら、次の週末、ロイド家には付き添いと称した大人が増えていたけど、生憎わたしはいないし、ただひたすら母さまと、グリン君、ブルー君がお世話で大変だったそうだ。
ごめんね、皆。
今後どうなるか、こちらも不透明だな。
ある日、神殿長のプライベートスペース近くで騒ぎが起こった。
人と人がもめてるのは分かったけれど、何が起こっているのかは分からず終い。
エイダさんが怖い微笑みを浮かべて、
「お嬢様のお手を煩わせるものではございません」
そう言って、情報を遮断されたのだ。
分からない方が怖いんだけど、教える気がない顔をされたので諦めた。
今の現状、わたしの周囲にいる人たちの苦労は、全てわたしの為なのだから。
ずいぶん経ってから、あの騒ぎの主はおばあ様だった事を知ったけど。
コワっ、あのばばあ、何しにきやがったんだ。
ちょっとのハプニング以外は、平穏そのもので過ぎて行った。
そして当日の朝――
職人さんの本気を見せつけられた白いローブ。
金糸の刺繍は全体的に施され、デザインは重厚過ぎず、可愛らしさも取り入れられてて、いやもうホント、短い期間でよくぞここまで!と感激しました。
下に着ているドレスは同じく白で、密な織りの生地の上に、オーガンジーのような透ける布を合わせていて、花柄の金糸の刺繍が施されていた。
首元は重くならないよう透ける布で首元まで覆われていて、国の紋章入り金細工ペンダントを掛けられた。
髪型は耳の上から編み込み後ろでまとめられ、花柄モチーフの白金細工の簪を刺し、下半分はゆるい巻き髪風でふわんと揺れている。
支度に時間をかけられたけど、着ている衣装の総重量は、今までの人生で第一位だ。おんもっ!
きっと総額も第一位で間違いない。
参列する皆も盛装です。
ナサニエル様は準正装で、銀糸の刺繍がびっしり施されている白いローブ姿。
シリウス様は貴族子弟らしい装いで、白いブラウスの上に羽織った濃紺の上着は、襟や袖に金糸銀糸の刺繍や小さな宝石が縫い留められているキラキラ感だ。
ピエール様は略式の紅色の騎士服で、今日も帯剣していた。神殿に来てからは、いつも剣を左腰に佩いていたの。
2人共この上に、オーディン学園の紋章入りマントを羽織っている。
……暑くないのかな? それを涼しく着こなすのが貴族というものかもしれないけど。
そして父さまと母さま。
2人共に衣装を新調していて、どちらも白が基調だ。わたしに合わせたのかな?
父さまは上着は白、ズボンはグレー。装飾に金糸銀糸の刺繍があるけど、控えめ仕様。髪型はあんまりかっちりさせずに整えている。
母さまは白い、裾の広がりを抑えたドレスだ。肌の露出を抑えるため、胸元から上はレース編みになってて、肘から下がフリフリと広がる袖の縁取りは、やはり金糸銀糸で刺繍されている。
髪はゆるくまとめ上げ、仕上げにアイリスの白い花を飾ってるの。
あら、なんだか新郎新婦みたいですよ?
きれいだわー。わたしの両親、美男美女でしょ!と何気に自慢です。
実はリオンもいる。というか、我が家の家人全員来てるの。
エイダさんとマリーさんにリオンを任せて、控えの間でお留守番。ジェムさんが付いているので安心です。
ダルトンさんは、護衛任務に就いているそうだけど、どこに潜んでいるのか見つけられなかった。
あの人もちょっと謎だ。
こういう事態なので、今日の花壇教室はお休み。
乗合馬車を用意して、神殿まで来てもらうようにしたって聞いたわ。
なんでしょう、こう皆が着飾っていると、すごい式典が始まるみたいじゃない?
緊張してくるわー。
3刻(午前6時)に朝のお祈り、その後朝食、準備でてんやわんやしてもう疲れている。
お披露目式は5刻(午前10時)からで、女神官長さんが迎えに来た。
衣装が重くてすぐに椅子から立ち上がれなくても大丈夫。さっと差し出される手に掴まるから。
もうね、慣れました。最初の頃はすっごく戸惑って、差し出された手を見て、なんだろうと首を傾げていたのにね。
シリウス様の右手に左手を載せ、立ち上がろうとしたら思った以上に重くて、結局両手を引いてもらいました。恥ずかしー。
え、なんかちょっと笑ってる?
そのまま手を引かれて両親の元へとバトンタッチ。いやでも静々と歩くわたしは亀の歩み。
祭壇に向かう廊下の途中で、父さまに横抱きにされてしまったわ。わたしの体重プラス10キロくらいありそうだけど、難なく運ばれた。
この廊下で伯父さまと合流したの。
「遅れてすまない」
「まぁ、伯父さま、2週間ぶりですね」
そうなんですよ、伯父さまとはあれ以来会ってなかったのよね。
忙しいんだろうと想像がついたので、敢えて訊かずにいましたが、やっぱり窶れている。
ようやく調整が出来てきた祝福をしましたよ。目を瞬いている。
「兄上一人ですか?」
「今日は俺一人だ」
今日は……ね。いずれある、王宮での正式お披露目の場では全員揃うのかもね。こわいこわい。
「お姫様は歩けないのか?」
にやりとした笑みを浮かべてからかってくる伯父さまに、わたしは口を尖らせる。
「歩けますよ! ただ、ちょっと、少しだけ、人より遅いだけで」
怪我をしたとかいう発想はないんですかね!
ああ、わたしの事なんか、事細かに情報が行っててお見通しなんですよね!
こんな掛け合いをしていたら、緊張がほぐれました。
あら? わざとだったのかな?
祭壇に続く扉の前で床に下ろされ、スカートやローブのヨレやシワを整えて深呼吸。
神官が開けてくれた扉から、神殿長ナサニエル様、女神官長、わたし、両親、伯父さま、シリウス様とピエール様が続いた。その後にヒューゴさんや護衛騎士の皆さんが続く。
ここに来たのは洗礼式の時だけ。あの時は参拝者が誰もいなくて、がらんと寒々しかった。
それが今、息苦しいほどの人の群れがひしめき合っている。
マジか! どこからこんなに集まって来たの?
祭壇近くの席には身なりの良い人たちがいて、後ろに行くにしたがって服装が質素になっているから、こういう場所でも身分順なんだろうな、と残念に感じた。
「集いしアトラスの子らよ。我が国に、神の祝福を受けたる聖なる乙女が現れた。まだ幼き少女ではあるが、慈悲の心を持ち、民に手を差し伸べる聖女である。今日は聖女より、皆に祝福を与えようとこの場を設けた」
マイクとスピーカーもないのに、ナサニエル様の声は朗々と響いた。
言われた内容は、わたしとしては気恥ずかしい限りですが、気合を入れて笑顔を作った。
「皆さんが健康で笑顔で過ごせますように!」
わたしの声は恐らく前列の人達辺りにしか聞こえないだろう。
でも、聞かせる言葉じゃなく、祝福を与えるための心づもりだ。
体の内側から湧き出す魔力。大勢を目にしてちょっと多目になりそうなのを、気持ち抑え込む。
わたしには見えてなかったけど、皆の頭上に金の光が降り注いだそうだ。
祭壇に降るガラス越しの陽光が、金の魔力と相まってとても幻想的だった、と父さまから煩いくらいの感想を後で聞かされた。
歓声が上がる。
集団心理が働いたものか、涙ぐむ人たちまでいた。
ま……まあ、喜んでいただけたようで何よりです。
「アリス様、神殿の外にも大勢が詰めかけておりますので、そちらにもお願い致します」
女神官長さんが屈んで伝えてきた。
大勢って、ここより多いのかな?
見上げるとナサニエル様に頷かれた。
祭壇から神殿の大扉まで一本の道が出来ている。この観衆の中を歩いていくのか。
若干怯んだものの、両脇を父さまと母さまに守られ、通路にも神官たちが立ち、ガードマンよろしく守りを固めている。
あ、ダルトンさん、めっけ! 神官に扮していたわ。
「通路には防御壁を構築している。人がなだれ込むことはない」
後ろからシリウス様の囁きが聞こえた。わたしは振り向いて笑顔を見せる。
色々守られてるなぁ。
右手を父に、左手を母に引かれ、通路を今の出来る限り早く歩く。
大扉が、左右から神官の手で開かれた。
ああ、明るい。暖かいなぁ。
ずっと神殿の奥に籠っていたから、あまり天気もよく分かってなかったよ。
鐘の音が響いていて、それと一緒に人のざわめきが聞こえてきた。
喧騒に目を向けると、神殿の階段下までびっしりと人々が集まっているじゃありませんか!
びっしり? うようよ? とにかく神殿前の広間からはみ出すほどの大勢。あんまり多くてマヒしてしまったわ。
でもあんな遠くまで、祝福届くかなぁ。
ナサニエル様は今度こそマイクを持ち、先ほどと同じ言葉を伝える。
歓声はさっきの比じゃない。空気がうねるようだ。
ここで何かあったらパニックになる。そうなったら怪我人だけじゃなく、人死にまで出るかもしれない。
余計な怖い事を考えてしまう小心者は、皆が落ち着いて安全にいて欲しい、という思いを込めて祝福を送る。遠い後ろの人にまで届くように出し惜しみはしない。
風に載せて隅々に届くよう、両手を差し伸べるように魔力を放出した。
「壮観だな」
ぽつりとナサニエル様の声が聞こえたと思ったら、
「出し過ぎだ」
という伯父さまの声が背中にぶつかった。
これだけの大勢が、前方から順に上を見上げていく。
みんな見えてるのかな? 魔力探知できないほど魔力が少ない人には、金の魔力が見えないって聞いたんだけど、祝福となると別なのかしら。
ぽかんとしていた顔が笑顔に変わっていく。それを見たら大盤振る舞いも、まあいいかと思ってしまう。
群衆の中でわりと前方に、ブルー君とグリン君の顔を見つけた。
間にオレンジの髪が見え隠れしているから、レインちゃんもいるのね。
まさかちびっこたちもいるのかしら。潰されなきゃいいけど。なんて考えて、つい手を振った。わっと歓声が上がる。
依怙贔屓はいかんよね。彼らに何かあってもいけないし。ということで、左右まんべんなく手を振った。
こんな子供相手に嬉しそうに手を振り返してくれる人々に、思わず笑顔になる。
余韻もそこそこ、その後すぐ退場しました。長居は無用ってことらしいです。
◆◇◆
神殿長の応接室に戻ったら、ビアンカ様とヘンリー様が待っていた。
「え! いつの間に!?」
「裏口からこっそり来たのよ。正面は人だかりで無理でしたもの」
警備面でも無理でしたよね。護衛騎士の方々、お疲れ様です。
「とてもきれいだね。すごく良く似合ってる」
ヘンリー様が笑顔で褒めてくれた。滅多にない事なので、ちょっとにやける。
「ありがとうございます。でもすごく重いんですよ」
一番重量級だったローブを脱がせてもらい、ほっとして椅子に座る。
エイダさんが入れてくれたハーブ茶を飲み、一息ついていると、もう出て行こうとする伯父さまを見つけた。
「伯父さま! 回復薬を是非飲んでいって下さい!」
わたしの売り物に出来ない回復薬を、神殿に持ってきてもらっていた。
ナサニエル様に差し上げる為だったけど、警護してくれている皆にも分けていた。
「まったく。大きな声を上げるんじゃない」
「だって、伯父さまはすぐにも飛び出して行きそうだったから」
お行儀が悪くたって、過労死を阻止するためには大声だって上げますよ。
そして伯父さまは律義に回復薬を飲んでから出て行った。
「大変ですわね。御三家会議など全員代理でしたのに、あの方の代わりはいないのですわ」
ビアンカ様は呟きながら、ちらりと父さまを見上げた。
視線の意味に気づいたものか、父さまは苦笑を浮かべる。
「まだ父が健在ですので、分担は出来ているはずですよ」
父さま関わらないんですね?
「僕に代役は出来ないなぁ。なにもかも壊してしまうだろうし」
壊すって……父よ、破滅型だったんですか!?
余計なことを言ってしまったのに気づいたのか、父さまはいつもの笑顔をわたしに向けて頭を撫でる。
「アリスは今日本当に良く頑張ったね! すごかったね! きれいだったよ、あの金色の光」
誤魔化しましたね? でも褒められたので笑っておきますけど。
「そういえばカイエン先生はどうしたんでしょう」
絶対来ると思ったのに。と残念に思っていると、背後から呆れた声を掛けられた。
「酷いな、アリス。ずっと側にいたのに」
声の主を振り向くと、神官の装束に身を包んで、苦笑を浮かべたカイエン先生が立っていた。
あれ、そういえばヒューゴさんの隣にもう1人神官がいたっけ。それか!
「ああ、すみません! でもどうして神官服なんですか?」
「今日限定で復帰した、という所かな」
元神官だからこそ、複雑ではないのかな。でもダルトンさんも護衛として神官に紛れていたし、そんなでもない?
先生の個人的なことは何にも知らないし、勝手に想像していても仕方がない。
それからしばし、今日の事で色々みんなと話し合っていると、ナサニエル様の執務室の方から物音と声が聞こえてきた。
そういえばナサニエル様が私室に戻ってからしばらく経つ。
何事かとシリウス様がすぐに向かって執務室のドアを開けると、ヒューゴさんが真っ青な顔で転げ出てきた。
「ナサニエル様が!」
それだけしか言えずにいる。誰の目にも緊急事態だと分かった。
シリウス様が駆け出すのを、わたしも追う。
私室は執務室の奥にある。そのドアが開いていた。
この先に入ったことはないけれど、緊急事態だし躊躇っている場合ではない。でも、一旦カイエン先生に止められて見守っていると、隣にビアンカ様がやってきた。
ずっと体調がすぐれない様子だった。ビアンカ様に治癒魔法を掛けてもらい、毎日祝福をし、回復薬も進呈していた。それなのに今日も顔の影が濃かった。
「アリス! ビアンカ嬢!」
堅い声に呼ばれて踏み込んだ私室で、ナサニエル様がシリウス様とカイエン先生に抱えられていた。
白い顔が更に青白く、身を包む魔力がとても頼りなかった。
咄嗟に体が動く。後先なんて考えられなかった。
ナサニエル様の傍に膝を着き、胸のあたりに両手をかざし、魔力を注ぎ込む。
大量の祝福をしたばかりで、魔力量が乏しい。
ああ、でもずっと奥にまだ魔力がある。大きな魔力を使うのはいけないと、無意識に溜め込んでいたものだとその時に気づいた。
まだ体が冷たい。もっともっと、回復させるための魔力を!
人から見たら眩しいほどだったという。
わたしはあらん限りの魔力でナサニエル様の回復を願った。
そしてわたしの視界は暗転する。
――魔力切れだわ。みんな、後のことはよろしくね。
前後不覚に倒れ、爆睡し、目が覚めたのは2日後だった。
ブックマークしてくれてどうもありがとうございます!
誤字報告も大変助かりました!(≧∇≦)
さて、一応これで第二章の本編終了です。
あと一話、閑話休題を入れて、第三章に進みます。




