41.聖女判定
神殿にやって来て3日後、聖女判定をすることになった。
神殿上層部の神官たちが会議など開く広間で行われる。
神殿には魔力測定器とは別に、聖属性を判定する魔石があった。
一片の長さが15センチくらいの箱の中、黒い布に包まれて入っていた。
見た目は丸い水晶玉。その中央には、ある一定以上の魔力がないと見えない文字が刻まれているという。
金色の文字で『聖』と浮かんでるわ。まんまだね。
「文字は読めるな? アリスには今更ではあるが、聖女候補やその兆候がある者を判別する為の判定器だ。持ってごらん」
こういう判定器があるのに、わたしって今まで試された事がないよ?
内緒にしたかったから?
判定器を使うこと自体が、聖女候補だと知れてしまうから?
うん、後者の理由だろうな。
しばらくは秘密の存在とするべく何も試されてなかったけど、今回は隠しようもなくなったしねぇ。
聖属性があるなら、魔石は虹色に光るらしい。
神官の上層部の方々が見つめている中、ナサニエル様に手渡された魔石を両掌に載せる。
魔力測定の時のように、魔石に魔力を流すのかなと思ってたら、持った瞬間に虹色の光が四方八方に広がった。
「おおっ!」
どよめく神官たち。
わたしもびっくりしたわ。光が派手で。
神官たちは取るべき行動を迷っているようにざわざわしている。
まぁ300年ぶりだっけ? 仕方がないよね。
どうすればいいのか分からなくて視線を彷徨わせる彼らの中、女神官長さんが前に出てきて、わたしの足元に跪き、スカートの裾を恭しく取り唇を落とす。
「聖女アリス様、どうか皆に祝福をお与えください」
そう言うと女神官長さんは数歩下がり、また跪いた。
彼女の行動が契機になり、他の神官たちがその場に跪いていく。
対してわたしは固まった。固まっているうちに魔石は回収され、ヒューゴさんが丁寧に黒い布で包み、蓋をして両腕に抱えた。
「アリス、祝福は相手を慈しむように、魔力のおすそ分けをするつもりで与えるのだ。やってみなさい」
ナサニエル様に促され、我に返る。
わたしの顔を見つめる神官たち。初日には若干胡散臭げに遠巻きにされてたのに、今は期待に満ちたかのような潤んだ瞳で見つめている。
赤の他人に慈しむ心は芽生えないけど、こうして視線を合わせていると、なにがしかの感情は芽生えるのね。
聖なる乙女にふさわしいかどうかはさておき、「お疲れ様です」と思うのが関の山だけど、それでちゃんと内から魔力が動いていくんだから、相手を思いやるという事が大事なんだな、と自分なりに納得した。
相変わらず、わたしには見えないんだけど、どうやら金の魔力がふわりと降り注いだらしい。
「ああ」とか「おお」とか感動されている。
「――ふむ、十分だ、アリス。皆も立ちなさい」
一様に頭を垂れてから、皆立ち上がる。
「皆も見た通り、アリスは聖属性を持つ聖女であることが確認された」
ナサニエル様は一同を見渡して宣言する。そしてわたしに視線を戻した。
「後日改めて王宮で、並み居る貴族が見つめる中、同様にやってもらうことになっている」
測定器は魔石を両手に乗っけるだけだから問題ない。ただ、祝福はどうだろう。”並み居る貴族“ってどのくらいいるのかな。
「日程はまだ決まっていないが、ヴィンスリ―家、ロイド家が王家の血筋である件の発表と共に行われる予定だ」
ヴィンスリ―家のみが王家の血筋云々になるのかと思ったら、我が家もなんだって。わたしに箔を付けるため?とか。
「……国王陛下の御前でですか?」
「そうだ。わたしも付き添う予定だが、万が一があれば神官長とヒューゴが同行する」
万が一って……やはり健康不安があるみたい。
新しい神官長は、50代くらいの穏やかな顔をした男性だ。
更迭された前の神官長が、あまりにも俗物っぽかったので落差がすごい。
そういえばヒューゴさんて謎。ほとんど喋らないし、ナサニエル様の側仕えの神官という事くらいしか知らない。
40歳は過ぎているかな。ナサニエル様よりは背が低く痩せていて、白いものが混じった薄茶色の髪を後ろで一括りにしている。
このあと解散となったのだけど、神官さんたちが一人ずつナサニエル様とわたしの前で礼をしてから退出していった。
気持ち的に身の置き所がなくて、そわそわするわ。
でも今日は父さまが来ていて、一緒に立ち会っていたから、精神安定に非常に良かった。
しかしまぁ、すっごくいい笑顔を浮かべている。神殿長の応接室まで手を繋いで移動している間もニコニコでした。
シリウス様とピエール様が、ちょっと呆れているっぽいのは気のせいでしょうか。
いや、普段はこういう父さまなんですよ!
ところで今度の休日、神殿での聖女のお披露目があるそうです。
その時の為の白い衣装とローブを新調していて、現在金糸で絶賛刺繍中だそう。
職人さん、大忙しですね。すみません。
他にも服を何着か新調していて、誰がお金を出したの?という庶民魂を縮こまらせて訊いたら、やはりというか、それしかないというか、伯父さまでした。
わたしが持っている服は古着がほとんど。母さまの子供の頃の服を手直しして着てたんですよ。
そういう服は、これからは着るなと伯父さまに言われたわ。王家の血に連なる聖女なんだから、貧乏くさいとイメージが崩れるって。
別にきれいな服が嫌なわけじゃないんだけどさ、子供服ってすぐに着れなくなるのにもったいない!って庶民は思ってしまうんだよー。
せめてもの救いは、採寸から仕立てるものじゃなく、既製品のブラウスやスカート、ワンピースをサイズ調整するものだったこと。
何気に白っぽいものばかりです。これもイメージ戦略ですか?
そして今日の服は、先ほどの聖女判定もあったので白いワンピースです。
襟ぐりにレース編みの小花があしらわれ、裾がふわっと広がるんですよ。胸の下あたりで髪色に合わせたピンク色の帯状リボンを結んでて、清楚で可愛らしいです。
今朝の支度時、エイダさんに言われたんだけど、
「新しい衣装を着ると、お嬢様はおしとやかに姿勢が良くなりますね」
「汚したくないですから」
「服にとらわれず、いつもそのように居て下さると良いのですが」
と、ちょっと残念な子を見るようでした。
その通りなのでぐうの音も出ません。
神殿での生活は、学園にいる時同様の座学と魔術を、シリウス様を教師に教わっている。
あと神学というか、ナサニエル様からお話を聞いたり、神殿の蔵書から選んで読書したりしてましたが、
「アリスは少し、祝福を与える練習をした方がいい」
と、ナサニエル様に追加されました。
わたしも自信がないから納得です。
「丁度いい、ここにいる皆に祝福を与えてみなさい」
頷いて、さっきと同様に魔力を動かす。すぐに出来たわ。なのに、みんなの目が驚きに見開かれている。
この様子にナサニエル様が溜め息をこぼす。
「アリスと親しい者と、そうでない者とでは、祝福の魔力量に差があり過ぎる。同じ程度に出来るよう訓練が必要だな」
「そんなに違いますか」
先ほど立ち会っていた全員が頷いた。
「会議室では部屋にまんべんなく降り注ぐ程度だったものが、今は溢れるばかりだ」
シリウス様の指摘に、今度はわたしが溜め息をこぼす。
目に見えるとやりやすいんだけど、感覚頼みでどう調整しよう。
今度は内に湧き上がる魔力を、抑え込むイメージを持つ。それでやっと会議室での祝福くらいに量が減ったようだ。
次の日から、女神官の棟で祝福を与えたり、男性神官の棟に行って祝福したり、機会があるごとに祝福しまくった。
すべてに同行していたシリンさんとシリウス様に、魔力量の変化を確認してもらって、感覚を掴んでいく。
ちなみに、一般の人たちが参拝に訪れる所には行っちゃダメって言われてる。もちろん、神殿教室も覗くのもNG。
巷に溢れた聖女の噂で、結構な人数が神殿に毎日訪れているという。
でも、わたしは神殿の正面側に全く近づかないので、その喧騒を知らなかった。
夜はカイエン先生が時間を見つけてやって来ている。もちろんカイエン先生相手にも祝福の練習をしている。
父さまは2日に一度くらいの頻度で日中にやって来る。家を留守にするのも気がかりなので我慢しているらしい。安定の親バカっぷりです。
毎日夜にやって来るのはジェムさんだ。シリンさんと交代する為で、晩ご飯の支度を済ませてから神殿にやって来る。おやつ持参で。
「どうかなぁ、今日の出来映えは」
ジェムさんは元冒険者だけど、料理が趣味っていう人で、現在ロイド家の料理人をしている。
でも、前の料理人ダンさんよりはレパートリーに幅がなく、お菓子作りは若干苦手にしているようだ。
スポンジケーキがあまり膨らんでいなくて、ちょっと硬い。
本当はシフォンケーキが出来たらなぁと思ってる。でもその前段階で足踏み状態です。
わたしはジェムさんに事細かなレクチャーをし、明日の課題にする。
今日の失敗作は、2センチ幅ほどに刻み、蜂蜜と泡立てたクリームを掛けて食べることにした。
「ハンナならもっと美味しく出来るわ」
ちょっと自慢気にビアンカ様が言い、刻んだスポンジケーキを口に運ぶ。
ヘンリー様は首を傾げながら、同じものを食べている。デフォルトの無表情だから、可もなく不可もなくってとこかしら。
これには、ジェムさんが肩を落としていた。
ビアンカ様の料理人、ハンナさんは専属の料理人。対してジェムさんは趣味の料理作り。この差は仕方がないですよ。
ビアンカ様とヘンリー様は、放課後にピエール様が連れて来てくれた。
わたしのダンスレッスンの為だけど、2人共心配してくれてたから、二つ返事だったそうです。
最初はシリウス様やピエール様を相手にダンスレッスンをしてたんだけど、いかんせん身長差が辛くって。それでピエール様が、
「ヘンリーなら丁度いいんだろうけどなぁ」
と言い出し、早速伝書鳥でやり取りして、翌日には外出届を出して連れ出して来た訳です。
ビアンカ様は嬉しそうにワキワキしてて、ビシビシ指導してくれました。ピアノの時もそうだけど、基本スパルタ。
疲れたので蜂蜜とクリームの甘さが嬉しい。
もちろん、ビアンカ様やヘンリー様、ジェムさん相手にも祝福の練習をしたわ。
慣れることが一番だものね。
こうして、入れ代わり立ち代わりやって来る人に祝福の練習をしている間に、なんだか神殿の中が暖かく明るくなってきたように感じていた。
それは気のせいじゃなかったようで、ある日、女神官長さんに言われた。
「神官たちの表情が明るくなりました。それに裏庭にある畑の作物が元気よく育っています。アリス様の祝福が神殿内に広がっているおかげですね」
女神官長さんはエイダさんと同年代。白いベールを被っているからよく分からないけれど、薄いグレーの髪は長く、邪魔にならないよう一纏めにしている。
ベテランの教師みたいな、ちょっと取っつき難い感じだったんだけど、何かと気を配ってくれていて、とても感謝している。
しかしね、こういう年上の方に「様」付けで呼ばれるのに慣れてないから、いつもちょっとそわそわしてしまうんですよ。
そういうのが態度に出てないか気になって、ついつい笑顔で誤魔化してしまうんだけど、そんな笑顔にも微笑みを返してくれます。
こうして平穏無事に過ごし、ついに神殿でのお披露目の日を迎えた。
誤字報告ありがとうございました!
大変助かりましたー( ^∀^)




