05.学び舎と神殿 [改]
アトラス王国では、七歳に神殿で洗礼を受け、やっと人の子として扱われるんだって。
七歳までは神の子というような扱い。
小さいうちって病気とかなにかで命を落としやすいので、七歳まで生き延びた子供を国民としてカウントしてるってことかしら。
そういえば日本でもそういう古い考え方があったなぁ。
神殿とは――我が国の国教で、アストラス神を主神として祀る教会の神殿。
王都にあるのが本神殿で、各地に小神殿がある。
本神殿の神殿長を務めるのは神官の頂点『大神官』で、小神殿の神殿長は大神官の下の階位『小神官』が務めてるそうです。
神殿での洗礼は全国民が受けなければならないって法律で決められてるそうで、近くに神殿がない地域には神官が出張するんだって。
そして必ずセットで行われるのが魔力測定。
魔法頼みの我が国ならでは、もれなく魔力量豊富な人材を逃しません!って意気込みを感じるわね。
その魔力測定の結果、子供たちのだいたいの道筋が見えてくるから大事ではあります。
やっぱり第一に、属性が多く魔力が多い子供は、魔法を極める魔導師の道へ。
中程度であれば、かえって色んな職業への道が開く。
しかし属性が一つで魔力が少ない者も、職業が限られてしまうとか。
それらを踏まえて、次の段階へ進まなければならない。
七歳から九歳が通う『小学』という学び舎。
入学金・月謝が割高で、裕福な平民の中流以上の家庭から、下級貴族が対称。
中流向けの一般的教養やマナーを学べるほか、初心者用の魔導師コース、騎士コース、文官コースの選択科目があるそうです。
魔力量に関係なく、『小学』に入れない家庭の子供たちは『神殿教室』へ通うそうですよ。
神殿内で無料で教育を受けることが出来るってステキな政策!
ただ『小学』よりはレベルが低くって、ある程度は寄付金も必要なんだって。
お心づけみたいなもんかな。「御心のままに」で募られる寄付金は、逆にハードルが高い気がする。
身分の高い中級から上級貴族、王族の子供たちは家庭教師を雇うんだってさ。
それぞれの分野で一流どころを雇うって、月謝いくらかかるんだろうって庶民はいらぬ心配をしてしまうわ。
十歳からは高等学園に入学。
六学年制で、一・二学年は初等部、三・四学年は中等部、五・六学年が高等部。
最終学年の一五歳で卒業。翌年の年初めに成人式で貴族はこれがデビュタント。
一六歳で成人……て早いよねー。
わたしの感覚だと高校一年生で成人だよ、どんだけ早熟なんだ。
王族・上級貴族が通う国内トップクラスのオーディン学園と、中級貴族以下が通うファリス学園。わたしはこっちだな。
平民が通う学園も、町の名士・大店の商人の子供が通う学園と、それ以外の子供たちが通う学園に分かれてて、どちらにしても学費は有料で、もちろんランクが上の学園の方が高い。
そして平民で、残念ながら入学できない子供もいる。
理由は様々で、金銭面の場合もあるし、職業的に高等教育を必要としない場合もあるんだって。
アトラス王国は魔力が多い者を囲い込もうとする方針があるので、金銭面ならば学力・能力に応じて特待生制度があり、奨学金が付与される。貸与じゃなく付与だから返さなくてもいいんだよ!
特待生になるためには、『小学』で優秀者に選ばれて推薦を受けるか、神殿教室出身だと試験に合格し、かなりの名士の推薦状が必要になるんだと。
かなりの名士って、どのくらいの身分の人を言うのか分からないけど。
更に、高等学園を卒業後、専門分野で高みを目指したい人達向けに、『魔法学院』と『文部アカデミー』がある。
上級魔導師を目指して入学する『魔法学院』。
上級文官や法律家など、王宮官吏を目指して入学する『文部アカデミー』。
どちらも二年から四年学び、試験合格を目指す。
最長六年学んでも試験に合格出来ないまま卒業を余儀なくされる学生は結構多いらしい。
因みに騎士の養成学校はこの国にはないんだな。
高等学園騎士コース卒業後、騎士見習いとして騎士団に入団し、そこで実地で鍛えられるそうだ。
現役の騎士として活動できる期間が短い為、早く現場に慣れろという感じなのかな。
そういえばここ二・三十年の話だそうだけど、王都の学園に入学せず、領地の学園で学ぶ子供たちが多くなっているらしいのよ。
都会の学校でなくても、カリキュラムが充実してきているっていうのも理由らしいけど、学費とか安いらしい。
王都の学園のバカ高い学費に寮費を払ってまで学ぶメリットがないとか?
そこまで詳しい事情は知らないけれど、地元の学園から『魔法学院』や『文部アカデミー』入学を目指している生徒が年々増えていってるんだって。
えー、じゃあ、オーディン学園とかファリス学園に入学しても、同学年の生徒数って予想以上に少ないのかもなぁ。
◆◇◆
さて、こういう事は六歳までに教え込まれるそうで、わたしも五歳くらいには聞いていて、色々面倒くさいんだなぁと他人事で構えていたけれど、そうは問屋が卸さない。いえ、伯父様がね。
「わたしは小学へ進むのですか?」
魔力量も分からないのに?と言外に尋ねてみると、怪訝な顔をされたわ。
確かに魔力が多そうで危険だからって、魔導師の先生を付けられたのだし。
「何のために高い金払って家庭教師を付けていると思っている!?」
ですよねー。
わたしの教育に関しては伯父が主導権を握ってます。両親は否応なく頷くしかない状態。
元々父が伯父に相談したんだしね。
無碍に扱われているわけではないし、家庭教師の月謝も伯父が払っているので拒否権がない。
それでも「無理しなくていいんだよ」って言ってくれる優しい両親に対し、「甘やかすな」と厳しい指導が入ります。
なんだか親子揃って教育されているような日々を過ごし、いよいよ洗礼を受ける日がやってきましたよ!
ようやく七歳かぁ。ちょっと感慨深い。
美佐子としていつ死んだかも解ってない状態で、どうにか転生していることを受け入れ、新たな人生を歩んでいけてる。
大きな病気をすることもなく、優しい両親(これポイント高い!)と、世話好き(?)な伯父さんのおかげ。
頭が下がるわー。いつか恩返しするからね!
前もって神殿には予約済みで、何週間も前から色々準備してましたよ。
腐っても鯛、いえ、下級でも貴族なので支度は念入りにされました。
この日のために仕立てられた白いドレス。
洗礼式には白い衣装が定められてるそうです。
何ものにも染まっていない、新しい生を授かるため……とかなんとか。
ふわりと裾の広がるスカートには小さなビーズが縫い留められていて、時々光を反射してまぁキレイ。
朝早くから支度して少し寝不足だけど、鏡の中の自分は照れ笑いを浮かべてる。
ベビーピンクの髪は両親譲りのウェービーヘアを活かし、白いレースのリボンで括りツインテールに。
ふんわりしたパフスリーブから伸びる華奢な白い腕。
胸元には白い花を象ったネックレス。
それらを見つめるチェリーピンクの瞳はキラキラとしている。
うん、可愛い。自画自賛。
見た目キレイだと、自分も気持ちが上がりますねー。
両親も伯父様も出来栄えに満足そうだからなお嬉しい。
さぁ、いざ神殿へ!
わたしは自宅周辺から外に出たことがなかったから、初めてこの世界を、王都の街並みを目にするのでワクワクが止まらない!
用意された馬車のお馬さんからすでに興味津々。
元の世界の馬とはちょっと違ってて、毛足が長い。鬣はサラサラの長髪で、足元もふっさふさ。毛の色は青みがかったグレーで体躯は少し小さめ。そして目が鈍い金色!
目を丸くして馬を眺めていたら、さっさと乗れと伯父に急かされました。
伯父と父、向かいに母とわたしが乗り込み、メイドのエイダさんが馭者さんの隣に座って出発。
お貴族様の子女のお出かけに、侍女が付いて行かないのはあり得ないんだって。だからって馭者席に座らせるっていうのがなんだか申し訳なくて。
エイダさんは四十代、この世界では初老に入るお年頃(わたし的には物申したい!)、そろそろ体を労わってほしいのだけど、本人は当然の顔です。
若干居心地悪さをよそに、馬車が街中へ進むともう何もかも新鮮で、すっかり目の前の風景に釘付けですよ! ごめん、エイダさん。
街並みは、あれだ、ヨーロッパのとある国の風景に似ている。
おとぎ話に出てきそうな、古めかしく整った赤色系石造りの建物に、舗装された石畳の道を軽快に馬車が行く。
窓から身を乗り出す勢いで街並みを眺めていたら、向かいに座る伯父に首根っこ掴まれて引き戻されたんですけど!
猫じゃないんだからね!
……あれ、猫とか愛玩動物はいるのかな? 見たことないけど。
わたしの今までの世界はとても狭くて、本当に箱入り娘でした。貴族の子供は皆そうなんだって。
でも平民の子供たちは違うみたいね。
駆けていく馬車を興味深そうに眺める、わたしと似たり寄ったりの年齢の子供たちと目が合っちゃったよ。
そういえば神殿教室があったわね。もしかしたらそこに向かっている子供たちなのかもしれない。
服装は、だいたいの形でいえば現代日本でも通用しそうな、七分袖シャツにサブリナ丈のズボンというもの。
おそらく素材も綿あたりかな。靴はスリッポンみたいな平べったいものだ。
色合いはちょっとの汚れは目立たない、アースカラーとか言えばいいのかしら。
対して髪の色はカラフルだわー。緑とか青とかマジかぁ。
だったらわたしやお母さんのピンク色の髪だって、別に珍しくないってことだよね。
赤ちゃん時代、あれほど戦々恐々としていたのに、最近はあまり思い出すこともなくなってたな。
乙女ゲームと似た世界にいるんじゃないかって?
今ではなんであんなに気にしていたんだろうって、そっちが不思議だわ。
教育機関の説明が長くなりまして神殿に着けませんでした(汗
次回は洗礼式です。