35.ロイド家
2週間ぶりの花壇教室。
集まってきたメンバーの多さに、ちょっと引いてしまった。
「……大人がいる!?」
「そう、びっくりしたろ?」
ブルー君とグリン君がにやりと笑う。
芽吹きの季節初旬では十名だった生徒が、十五人に増えている上、三人が大人だった。男性一人、女性二人。
「付き添いじゃないの?」
「最初はそうだったんだけど、一緒に教えて欲しいって事になって、今週は生徒だぜ」
下町あたりの平民だと識字率がすごく低い。大人だって読み書きくらい出来る方がいいって分かっているから、付き添いで来てはみたものの、自分たちにも教えてもらえるか訊いてきたという。
先生が子供で、生徒が大人。見た目、おままごとみたいな状況だわね。
「でさ、あの人誰?」
ずっとわたしの後ろに付いて歩くシリンさんの存在が、さっきから気になっていたようだ。
護衛騎士、と言って通じるだろうか。もっと分かり易く言った方がいいかな。
「わたしを守ってくれる人で、シリン・エーデル様というの。常に一緒にいることになるから気にしないでね。というかお仕事してるんだから邪魔しないであげてね」
こう言えば、グリン君とブルー君は分かるはずだ。分からないだろう子供たちは君たちが止めてくれ。
わたしはシリンさんに二人を紹介した。
シリンさんには、花壇教室の説明をざっとしてある。子供たちだけって教えたのに、大人が混ざっていたのでちょっとピリッとしている。
護衛が付くという事態に、彼らは何か訊きたそうだったけど、シリンさんの生真面目お仕事モードの表情に口をつぐんだ。
ごめんね、二人共。
「あ! そういえばさ、アリスから伝書鳥が来てたんだけど、どうやったら帰るか分かんなくなって、そのまま持ってきた」
グリン君は、鞄から小さめな籠を取り出した。中に伝書鳥が入ってる。一見本物の小鳥に見えるから、生き物を鞄に閉じ込めた動物虐待に間違えられそう。
なんでグリン君に伝書鳥送ったんだっけ?
ポンコツのわたしは、昨夜の件ですっかり忘れていた。
「あ! そうだ、お客様が見学に来るんだった!」
「うん、それ。忘れてたのかよ」
呆れた顔をされたけど、どうか許してほしい。
執事さんにも伝言したから、わたしのように忘れてはいないと思うけど、ちょっと心配になってきたわ。
一旦家に戻って、エイダさんに訊いてみた。
「大丈夫でございますよ。ダルトンがぬかりなく手配しているようです」
念のため、厨房も覗いてみた。甘い美味しそうな匂いが立ち込めている。
「ジェムさん、これ、いつから作ってたの?」
料理やお菓子が所狭しと並んでいたのだ。もう朝食は食べたし、昼食用?
「いやぁ、寝るに寝られなくてずっと仕込みして……作り過ぎましたかね」
「……お客様がたくさん来るから、きっと大丈夫よ」
安心させるように、にぱっと笑って見せる。ジェムさんも笑い返してくれた。
昨日の今日だけど、態度に変化がなくってほっとする。
シリンさんは朝一で顔を合わせたら、跪いたのよね。びっくりしたわー。
またサーシャ夫人宅に戻って、わたしは改めて伝書鳥の扱いをレクチャー。
すると他の子供たちが寄って来て、キラキラと興味津々な目で見つめられたので、最初からやって見せた。わぁっと歓声が上がる。
その時、別の伝書鳥がわたしの腕に停まった。
「――アリス、到着した」
おお、シリウス様の声だ。可愛い小鳥から低めの男性の声がすると、子供たちがびくっとした。
うん、びっくりするよね。わたしも最初慣れなかったわ。
「ブルー君、グリン君、先に始めてて。わたしはお客様たちを案内してくるから」
執事のダルトンさんとエイダさんに、お客様が到着したことを伝えて、父さまとカイエン先生を探す。
カイエン先生は泊まり込んだのではなく、いったん帰宅して早朝に戻って来ていた。奇獣に乗って。
奇獣の移動は早いんだそうだ。そうですか、わたしは乗りたくないです。
父さまとカイエン先生は、2階から降りてきた。
主一家の私室と寝室は2階にあって、リオンはわたしの部屋に寝かせたままだ。
あれからずっと眠りっぱなしで時々様子を見ている。母さまもまだふらついていたから、大事を取って寝かせていた。
「リオンはどうですか?」
「うん、安定してる。今日いっぱいは目を覚まさないかもしれないな」
ほっとしたけど、眠りっぱなしで脱水状態にならないかな。後で経口補水液を作って飲ませよう。
「ところで、お客様たちが到着しましたよ。父さま、ご挨拶してくださいね」
「……お客様……あっ!」
忘れてましたね? わたしもだけど。こんな所で親子だなぁと実感したくない。
それに父さまたちはあまり寝てないみたいで、ちょっと窶れているのよね。こちらには後で回復薬を進呈しよう。
父さまと二人で玄関ホールに向かうと、人がひしめき合っていた。すみませんね、狭くって。
シリウス様にピエール様、そして予告通りビアンカ様とヘンリー様というお客様に、それぞれのお付きの方々がいるのでもう大変。
応接間に同行するのは護衛騎士一人ずつにしてもらい、残りの人達をダルトンさんとエイダさんが采配して控室に案内する。この状況を見かねて馬車で待機する人たちも出る始末。
馬車ってどこに停めているの? 我が家の前だって何台も停まれないわよね。まあそれはダルトンさんにお任せしよう。
四人には、貴族区画の端っこで周辺は皆平民の屋敷だから、一番質素な服装で来てくださいとお願いしたんだけど、本人たちがとても目立つ美貌の持ち主だからなのか、全然質素じゃない。
隠しようもなく、みんなキラキラしているわ。
「ようこそおいで下さいました。ロイド家当主のハリスです。あばら家ではありますが、どうぞ中へお入り下さい」
寝不足と疲れと男子率の高さに、どうやら父さまの顔面筋肉は、きつい笑顔を作り上げたようだわ。いつもののほほんとした穏やかさがなりを潜めている。
ただ何故かみんな無言で、何かしら失礼があったかと、焦って口を添えた。
「前もって言っていましたが、本当に狭くて申し訳ございません。どうぞこちらにいらして下さい」
応接室兼居間へと案内しようと、先導するように歩き始めてようやくビアンカ様が反応した。
「――突然の訪問をお許し下り、ありがとう存じます、ロイド男爵。ビアンカ・サザーランドでございます」
「サザーランド公のご息女に訪問頂き光栄です」
父さまのいつにない、きっちりとした立ち居振る舞いと、妙な色気のある眼差しに、今度はわたしが固まった。
ビアンカ様をエスコートして行く父をぽけっと見送っていると、戻ってきたダルトンさんが案内に立ち、やっと全員が動き出す。
シリウス様とピエール様が特に変なのよね。なんだろう、ちょっと釈然としない。
なのに、居間ではすでにカイエン先生がくつろいでお茶を飲んでいた。
「カイエン先生の我が家感がすごいね」と、ヘンリー様が小首を傾げる。
「勝手知ったるなんとやらですよ。8年越しのお付き合いですから」
「そうそう。ロイド家は気取らず過ごせるし、落ち着くからねぇ」
わたしと先生の掛け合いに、少し空気感が和らぐ。
ソファになんとか皆を座らせると、そこへレインちゃんがお茶を持ってきてくれた。
緊張しているのが分かるわ。わたしがハラハラ見つめている中、無事にお客様へとお茶を配り終わる。
そのレインちゃん、目を瞬いてヘンリー様を見つめているわ。可憐な美少女か美少年か、悩んでいるのかしら。とにかく目を奪われる美貌だものね。
今日のレインちゃんは、我が家のお手伝いをしてくれてます。メイドのララさんが、急遽仕事に来れなくなったというので。
本当の理由は曖昧に誤魔化されて教えてもらえなかった。
昨日の今日だよ? 深読みしたくなるじゃないですか!
そんな中、一通りの挨拶が済み、改めてシリウス様が尋ねてきた。
「少し邸への防御陣が強いのではないだろうか。それに周囲を警戒する見張り役も数が多い。我々の為、というよりはこちらで何かがあったと思うのだが」
これには、父さまがカイエン先生を一瞥してから、オブラートに包んで説明する。
「昨夜、息子が少々魔力を扱いかね、家の中を荒らしましたので、心配した兄が警護を手配したのでしょう。今日は子供たちが来る日ですから。防御陣はカイエン先生が強化したものです」
「見つけにくかったかい?」
感情の窺えない笑みを浮かべて、カイエン先生がシリウス様に目線を向けた。
シリウス様は眉を顰める。
「いいえ、明らかでしたから」
へ? 何が?
「あー、まだ残滓が残っていたか」
先生、だから何が?
このやり取りに首を傾げていると、ビアンカ様が口を挟んできた。
「アリス、あなた例の“特殊能力”を使ったでしょう? この邸周辺にキラキラした魔力が浮遊しているのよ」
ぎゃー! どんだけ持続性あるんだ!
「えーと、確かに使った……と思います」
金色の魔力は意識して使ったことがないうえ、自分では魔力の色を認識出来ない。
昨日の『回復魔法』とかの影響なのかな?
「魔力探知出来る者は、みな気がそぞろになっている」
シリウス様の眉間にシワが寄っている。
ああ、もう誤魔化しきれないんでしょうか。
俯いて頭を抱えていると、父さまが肩をぎゅっと抱いてくれた。
「困った顔をしなくてもいいんだよ。アリスの力は皆を幸せにするんだから」
柔らかい声音に顔を上げると、いつものように穏やかに笑う父さまがいた。
「アイリスとリオンが助かったのはアリスのおかげ。皆が怪我に苦しまずに済んだのもアリスのおかげ」
まるで言い聞かせるように、わたしの頬をぐにぐにと両手で揉みしだく父さま。お客様の前で何やってるんですか!
「神様から頂いた力なのだから、なにも気に病むことはないんだよ」
本当に、お客様がまるで眼中にない言葉だけど、わたしは嬉しかった。
聖女の魔力が表に現れると、面倒な事になるってずっと思ってたから、どこかしら罪悪感があったんだと思う。だから肯定されて肩の力が抜けた気がした。
たぶん、今後色々面倒ごとが起きるんだろうけど。
「すみませーん、アリスは……」
突然、場の空気をぶった切った声に、全員がはっと振り向く。
声の主のブルー君は青くなって、ざざざと音を立てて後退って行った。
「も・も・も・申し訳ありません!!!」
すんごいどもってる。
そりゃそうだね。これだけのキラキラの貴族子女が揃ってるんだから。
わたしは父さまに笑顔を向けて、さっと立ち上がる。
「少し失礼します」と、皆に頭を下げてから、ブルー君の元へ向かった。
◆◇◆
「アリスは罪悪感を持っているのかしら」
ビアンカ嬢がアリスの背を見つめながら呟いたので、興味を持って尋ねた。
「どうしてそう思うんだい?」
「先日、学園長とマーリン先生が、アリスを巡る対処で少し対立しましたわ。色々面倒が起きる事は承知していて、だからこそ出来るだけ隠そうとしてますの。まるで“いけない力”を持っているかのように」
「うん。隠すように仕向けてきたからね」
「まあ! カイエン先生の仕業ですの!?」
「いやいや、僕のせいだけではないよ。知る者の共通認識かなぁ。本人も知られたくない方向だったし。でもご両親は違うんだよね」
視線をハリスに向けると、感情を抑えた眼差しを向けられた。
家族がいると実に穏やかに優しく笑っているが、他人へはその視線はどこか鋭い。アリスにはきれいに隠しているが、この男は優しいだけではない。
「アリスは洗礼式で分かった属性にショックを受けていたよ。特別な存在にはなりたくないようでね。それから周囲も危機感を持って隠すよう隠すように進めてきたからか、どうやらあの魔力を使うこと自体に罪悪感を持つようになったんだと思う。そんなことはないのに」
「そうなんだよねぇ。ちょっと良くない方向に行きかけているかな」
「良くない方向?」
シリウス君も分かっていないようだ。
「聖なる魔力は慈しむ心が生み出す力。否定してはならない」
ハリス以外の者がはっとした顔をする。アリスの父親は本能的に悟っているのかもしれない。
「政治的にどうだとか、面倒なことが起きるとか、それはアリス以外の者が考えてやるべきだろう。アリスを悩ませてはいけないと僕は思っている」
ビアンカ嬢に顔を向けてゆっくりと告げる。
「ビアンカ嬢、君もだよ。いざとなればお父君に一切合切任せて、引き籠るというのもありだね」
令嬢は驚きに目を見開いて、次いでクスリと笑む。
「いざってなんですの? でも、そんな事がないように祈りますわ。それに、わたくしはアリスを守りたいと思ってますの」
自身が危うい立場に置かれるかもしれないのに、アリスをも庇護下に置こうというのか。
公爵令嬢としての傲慢さか、それとも純粋に友を思っての事かは知らないが、娘を溺愛する男には嬉しい言葉だろう。
「アリスを気にかけてくれてありがとう」
ハリスは男でもどきりとする美しい笑みを浮かべた。
本当に、家族第一、親バカなのだ。
ブックマーク・評価・感想をどうもありがとうございます!(≧∇≦)
えー、花壇教室の見学が出来ませんでした。次回に引っ張ります。




