34.覚醒
帰宅時――
予想していたので馬車の扉が開かれた時、「やっぱり」と思うだけだった。
「ごきげんよう、伯父さま。毎週お会いしている気がしますね」
「全くだな」
大層ご機嫌麗しいらしく、眉間にしわを寄せながら口元は笑みの形を作るという、なかなか器用な表情のハリー伯父さまへ、馬車に乗り込む前に初顔合わせの人物を紹介する。
「伯父さま、こちらがわたくしの護衛騎士を務めてくださるという奇特な、シリン・エーデル様です」
シリンさんは片手を胸に当て、頭を下げる。
「お初にお目にかかります。騎士団警護隊所属のシリン・エーデルと申します。騎士団長より、アリス・ロイド様の護衛騎士を拝命致しました」
挨拶する姿も生真面目さがうかがえるわー。
シリンさんの呼び方についてはちょっとすったもんだありまして、結局「シリンさん」呼びで妥協された経緯がありました。今は紹介するので「様」付けしたけれど。
伯父さまは馬車を降りてきて、シリンさんに頭を上げるように言い、薄い笑みを浮かべて挨拶を返した。
「それにしても、エーデル子爵のご令嬢が護衛騎士とは恐縮です」
詳しい履歴はもう伯父さまの所に情報がいっているのね。
シリンさんは子爵家令嬢。ウチより身分が上なのに、本当にいいのかなぁ。
次いで、伯父さまの視線が後ろにいたカイエン先生に移る。
「お邪魔しますよ、ハロルド卿。先月ぶりですね」
カイエン先生が帰省に同行すると聞いたのはついさっき。伯父さまや母さまには連絡済みだというけれど。
へぇ、先月ぶりなんだ。結構会っているのね、この二人。
「今回の事や、他にも色々と話を聞かせてもらいたいものです、カイエン卿」
どことなく引きつった笑みの伯父さまと馬車に乗り込む。エイダさんも一緒で、わたしが小さくても結構中がきつい。
こちらも予想通り、ヒース君は別の馬車で帰宅しているということで、まっしぐらにロイド家へと向かう。
ああ、2週間ぶりの我が家!
ようやくわたしの癒し、ほのぼの一家に会えるよぉ。
会える……会える前に……なんだこれ!?
我が家を取り囲む空気がおかしい。玄関前の花壇が荒れているし、え? 窓が割れてる!?
何事ーーー!!!
門まで出迎えてくれた執事のダルトンさんの顔色が悪い。しかも出血してる!?
馬車を飛び降りようとしたわたしを全員が引き止め、まずシリンさんとカイエン先生が降り、周囲への警戒の目を走らせる。
伯父さまが馬車の中から、挨拶もそこそこ、ダルトンさんに事情を訊いた。
「さきほどリオン様の風魔法が暴走しましてこの有様です。中は更に荒れておりますが、リオン様を落ち着かせなければ被害が広がるかと……」
そこまで聞いて、わたしは飛び出した。伯父さまとエイダさんが止めるのも聞かず、門の中へ入ろうとした時、カイエン先生に後ろ襟首を掴まれて引き戻された。目の前にはシリンさんが立ち塞がる。
「魔力暴走している中へ迂闊に入ってはならない!」
我が家の敷地周辺には防御魔法が施されている。主に外敵への備えだけれど、内側からの魔力も防いでくれたみたいで、ご近所への被害はないようだった。
でもとにかく、わたしは中が気になる。家族が気になる。他の使用人さんたちもどうしているだろうか。
「まずは自身にシールドを張る。それから魔力検知をする。中に入るのはそれからだよ」
カイエン先生の冷静な忠告に従い、家の中を探る。
居間のあたりでまだ風が渦巻いているようだけど、思ったほど強力な魔力は感じなかった。
しかし、その居間にいるのは母さまとリオンだ。
「これくらいなら行けるだろう。ただ、刺激しないように、そっとだよ」
防御魔法を施したのはわたし。防衛機能が発動している今、部外者のカイエン先生はこのままでは入れないので、わたしと手を繋いで踏み込もうとしたら、シリンさんが逆の手を握ってきた。
え? シリンさんも一緒に行くの?
「いま騎士は必要ないよ」
そっけなく言うカイエン先生に、シリンさんは首を振る。
「そういう訳にはまいりません。魔術で守れずとも、盾となることは出来ます」
うう、真面目に任務を果たすんですね。頑張るよ、わたし。
シリンさん自身でシールドを張っているけど、その外側に三人分の防壁結界を構築する。
最初の一歩は恐る恐る。抵抗なく皆門の内側へと入れて、少し息を吐く。
馬車の傍では、待機させられた伯父さまたちが固唾を呑んでいる。
あ――泣き声が聞こえる。リオンの泣き声だわ。
走り出しそうなわたしを、カイエン先生の手が引き止めた。
どうどう、わたし。落ち着け、わたし。
そっとドアから中へ、居間へと向かうと、廊下にメイドのマリーさんを見つけた。顔と手の甲に傷がある。
マリーさんはわたしたちに気が付くと、安堵の色を浮かべたあと、すぐに表情を引き締めた。
「わたくしたちは大丈夫です。中に旦那様と奥様が――」
わたくしたち?
マリーさんの背後をひょいと覗くと、若いメイドのララさんが、隠れるように床に座り込んでいた。
居間の入り口には父さまがいて、暴れまわる風を抑え込んでいた。そよ風くらいの魔力しかないはずの父さまが頑張ってる!
室内の状況を見て、カイエン先生がざっくりとした指示を出す。
「アリス、中心の二人に守りを! 暴走する風はなんとかする!」
父さまはぎりぎり限界だったのだろう。カイエン先生が引き継いだとたん、床に頽れた。
母さまとリオンを見つめ、シールドを張り巡らす。
カイエン先生が手を振ると、風が勢いを無くした。詠唱は聞こえないけれど、居間いっぱいの魔力の粒子が、カイエン先生の手元へ収束されていくのが見える。凝縮され、両掌に収まると、魔力の風は鎮まった。
でも、リオンを抱きしめていた母さまが、力尽きたようにぱたりと倒れる。
「母さまー!! リオン!」
待ちかねて駆けだし、二人の元にしゃがみ込んだカイエン先生の肩越しに、倒れた姿を見て足を止める。
なんで赤いの?
「――これは酷い」
わたしを追ってやって来たシリンさんの呟きを聞いて、ぎくしゃくと足を運ぶ。
ヒドイ? 確かに酷い。
母さまは負った無数の傷から流れだす血で、全身を赤く染めていた。
「ああ!」
血を止めないと!!
怪我を治さないと!!
それだけが頭にあって、倒れた二人に覆いかぶさる。
胸の奥が熱くなって、大量の魔力が溢れていくのを感じた。
わたしは自分の魔力の色は見えないけど、居合わせた人たちは、金色に輝く光を見た、とあとで教えてくれた。
しばらくして、頭が真っ白だったけど、名前を呼ばれ、肩を揺さぶられて、ぼんやりと我に返る。
「アリス! ――よかった」
気が付いたとたん、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
あー、うん、父さまだ。
あれ? 何してたっけ? 確か……
「母さまは? あ! リオンはどうなったの!?」
抱きしめられて視界が塞がれてるから状況が分からない。
「大丈夫だよ! アリスのおかげで皆無事だよ!」
うん、だったら無事な姿を見たい。
そうしたら、頭を柔らかく撫でられた。やっと父さまが腕を解放してくれて、頭を撫でてくれた人を振り返る。
「母さま……ああ! 血みどろ!?」
母さまのドレスは血まみれのままで、血の気が引く。
そんなわたしに天使の笑顔を見せ、両腕で優しく抱きよせてくれた。
「大丈夫よ、アリスが傷を治してくれたから」
頭を撫でられて、ほっと安堵の息を吐く。
あー良かったー! でも出血量多いんじゃない? 輸血? いやいや、そんな医療技術、この世界にないから。えーとじゃあ安静にして、貧血に良い食べ物を……はっ!?
「リオンは!?」
「寝てるよ」
声の方に目を向けると、カイエン先生が片膝を立てて床に座り込んでいて、腕にリオンを抱いていた。
「大丈夫、なの?」
「魔力切れを起こしているだけだ。このまま寝かせておいていいだろう」
今度こそ安心して、ようやく周囲に目を配る。
マリーさんにララさん、それにシリンさん?
みんなびっくり眼ですね。
あ、伯父さまたちもやって来たわ。ダルトンさん、エイダさん。
あれ? 一人足りない。と思ったら、遅れてのっそり姿を現した料理人のジェムさん!
「どうしたんですか! その姿」
シェフの制服が上右半分なかった。布が黒く焦げている所を見ると、燃えたってこと!?
筋肉流々とした浅黒い肌がむき出しで、ちょっと恥ずかしそうにもじもじしている。ガタイがいいのに、乙女のように恥じらうミスマッチ。
「ええと、オーブンの火が突然噴き出して、半身火傷したはずなんですがね、治ってしまったんですよ」
もしかしたら、リオンが起こした暴風が、厨房で逆巻いて炎となってジェムさんを襲ったのかも。
焼け落ちたのだろう服の範囲から想像すると、かなりの重傷だったはず。
おおお、治って良かった!!
……て、わたしが治したのかな? それって『回復魔法』?
安心して笑顔になるわたしとは対照的に、後から居間にやって来た人たちが、惨状に顔色を青くする。
そういえば、室内目茶苦茶、床には血溜まり。いかーん!
「『復元』!」
両手を天井に向けて、全部修復出来ますように! と願いを込めた。
また、胸の奥から熱が広がり、ぱぁーっと魔力が放たれる。
じわじわと床から上へと色んなモノが復元されていく。気づいたら母さまのドレスもほとんどきれいになっていた。
でもジェムさんの制服は中途半端な修復となって、まるでオフショルダーのセクシーな服になってしまったわ。
『復元魔法』かぁ。やってみるもんだね。
みんな辺りを見回し、呆気に取られてますが、どうしましたか? もしかしてわたしはやり過ぎましたか?
目を瞠っていたシリンさんが、わたしの前で片膝を着き、頭を垂れる。
「あなたは特別な存在なのだと聞いていましたが……『聖女』様だったのですね」
そしてわたしの右手を恭しく取り、額に推し抱く――って、えー!?
聖女確定認識ですか!?
「ははは、初日にバレるとはねぇ」
取り繕う手間が省けたねぇと、カイエン先生が苦笑を漏らす。
「し、シリンさん、『特殊能力』です! 『特殊能力』と言い換えてくださいー!」
“聖女”禁句だから!
「でも、しかし……」
きりっとした美人が戸惑いを見せている。
だよねー。でも飲み込んでください! お願いします!
伯父さまは片手で額を抑えている。頭痛ですか?
他の皆さんも呆然と突っ立ってるけど、怪我が治ったし、家も修復出来たし、良かったじゃない?
父さまと母さまだけはにこにこの笑顔で、わたしは少し安心した。
その後、さすがに魔力を使い過ぎたことで睡魔が襲う。
9歳女児の体力は乏しいもんね。
回復薬を飲み、リオンと一緒にベッドで休むことにしたわ。
万が一、目を覚ましてまた暴走しても、今度はわたしが止めるからって。
使用人の皆さんが挙動不審になってたけど、大人たちがちゃんと説明しくれるわよね?
朝、目覚めたら、またいつも通り接してくれるといいなぁ。
……なーんて思ってたのよね。
帰宅したとたんの弟の魔力暴走で、その対応に全部意識が持っていかれて終わったこの日。
聖女として覚醒した件は、我が家だけの中で終息すると思っていたわ。使用人さんたちに口止めしておけば、またいつも通り過ごせると思っていたの。
とても浅はかだった。そんな訳なかったのだ。
そして、翌日の見学者たちの事も、すっかり忘れていた。
◆◇◆
「シリン嬢、少しこちらで話を伺いたいのだが、よろしいか」
子供たちが眠る寝室のドアを守っていたシリンに、ハロルドが手招きする。流し目が妖しい光を宿しているように感じた。
「しかし、わたしの職務はアリス様を守ることですので」
「防御陣を強化しているから、僕以上の魔導師でもやってこない限り大丈夫だよ」
カイエン卿が断る暇を与えてくれなかった。
今日、初めて顔を合わせたヴィンスリ―子爵ハロルドは美男で、実業家として成功を収めている自信からか風格がある。
そして、その弟のハリスは、下級貴族とは思えないほど造作が整っていた。夫人もおっとりと美しく、なるほどアリス嬢のきれいな顔立ちは両親譲りなのだと納得した。
護衛騎士としての初日。
色々と葛藤の末引き受けた仕事だった。
男爵令嬢ごときの護衛騎士になるというのには、心情的になかなか納得し辛いものがある。
専属が決まるまで、そう己に言い聞かせ結局引き受けたのは、あの方に認めて頂きたいという、邪な思いからだ。今は恥じ入るばかりだが。
とても重要人物の護衛を任されていたのだ。想像も出来なかった。まさか聖女様の護衛だったとは。
応接室兼居間というこじんまりした室内には、この家の主に子爵、魔導師のカイエン、得体のしれない気配を纏う執事と、まるで冒険者のような料理人、年上のメイドが同席していた。
夫人は先ほど夫に促されて、子供たちと一緒に寝室に籠っている。あとは通いだという若いメイドたちだけがいない。
「さて、シリン嬢。今日の出来事は胸に秘めておいて欲しいのだが、剣にかけて誓ってもらえないだろうか。アリスのために」
「聖女様だということを公になさらないのですか?」
「今はまだ。この存在をただめでたく祝ってくれるのは、恐らく平民だけだろう」
これに全員が頷いている。
「あなたは騎士団長のミンツ侯爵と、魔物討伐隊隊長のマーリン伯からの推薦だ。人となりは、このお二人に保証されている。だから我々としても信用したい」
ここで否と言えばどうなるのだろう。
返答を躊躇っていると、執事と料理人から、その職業に似つかわしくない威圧を受けた。
それに気づいたものか、ハロルドは言い足した。
「執事のダルトンと料理人のジェムは、アリスを守るために雇い入れた者たちだ」
ああ、そうか。わたしの「否」という返答は、初めから選択肢にないのだと気づいた。
もしここを無事にやり過ごしたとしても、騎士団長とマーリン様がわたしを見逃さない。彼らも承知の上なのだろう。
貴族令嬢としてはいかがなものかと思うほど、屈託ない笑顔の少女。
家族も使用人も同じように案じる心優しい少女。
類まれなる力を宿した、この国の至宝となるべき少女。
この少女を守る一柱となる事に否やはない。
左腰に佩いた剣を鞘ごと抜き取り、眼前に掲げ、少しだけ刃を現し宣誓する。
「わたくしシリン・エーデルは、アリス・ロイド様を身命に掛け守り、不利益をもたらさぬと誓います」
カチンと刃を鞘に戻す。
誓約はなされた。
ロイド家の使用人さんたちの名前初出。
名前を考えるのって本当に悩ましいです(;^ω^)
後半を次回に回そうかと思ったけれど、キリが悪かったので入れました。なので少し長めになりました。
6千文字未満ですけどね。
次回は花壇教室です。




