15.閑話:ヘンリーの葛藤
フォード辺境伯が治める領地は、北の大国と国境を接している。
魔獣が多く、小競り合いも多いからか、フォード家は代々武門の家柄だ。
だから、僕が魔導師になりたいと言った時、父も、二人の兄も、大反対だった。
「魔導師など軟弱な!」
世間の魔導師の皆様にお詫び申し上げる。
でもウチではそれが当たり前なんだ。
父も兄たちも、騎士に向いた体格で身も幅も厚い。
対して僕はどこまでも細く華奢な体つき。多分、母に似たんだろう。
顔つきも女の子のようだとよくからかわれるから、早く髭が伸びる年齢に達したいな。
父上は反対したけれど、周囲の教師が、魔力が高く四大属性を持つなら魔導師にした方がよいと説得してくれ、最終的には2番目の兄も後押ししてくれたおかげか、王都で魔導師の指導を仰ぐことが許された。
ハノーヴァ家縁の師匠の元で、サザーランド公爵の娘と一緒に学ぶことになった。
だから、ビアンカ嬢とは兄妹弟子になる。
洗礼式後の3年間、それ以来の付き合いだ。
ビアンカ嬢はその身分から、黙っていても周りに人が集まる。
オーディン学園に入学してからは、妙に高飛車に振舞っているきらいがあるけど、本当は面倒見の良い優しい子だって僕は知っている。
ナントカ伯爵の令嬢たちが、妙にビアンカ嬢にくっついて回ってるけど、彼女、そういうの多分嫌いだよ。
僕も彼女たちは好きじゃないから、わざわざ教えてやらない。
だって、僕のことを見てはひそひそ、好奇の眼差しで見てて気分が悪い。
それに、僕が気になっている女の子の悪口を言ってたからね。
僕の密かなお気に入り、アリス・ロイド嬢。
みんなは眼鏡を気にしているけど、見慣れてしまえば、それも込みで可愛く見える。
あの髪型がいいよね。左右の耳の下でくるんとまとめている髪型。
殿下から眼鏡を取り返そうとぴょこぴょこ、取られないようぴょこぴょこ、隠れてひょこっと様子を覗ったり、その動きが可愛い。
耳の長い、ぴょこぴょこ跳ねる魔獣・ピコの動きに似ているんだ。
それにしても、殿下がうざい。
声を掛けたいのに、殿下のせいで機会を逃してばかりだ。
殿下とは入学前から何度か顔を合わせていた。
同じ年の同性だからか、遊び相手にと考えられたんだろう。
ビアンカ嬢の婚約者ということもあって、魔法の訓練時にも一緒にいたことがあったけど。
まず座って教師の説明を聞けない。
魔法の練習で一度失敗するとすぐにへそを曲げる。
飽きて勝手に部屋を飛び出していく。
それを様子を見に来たシリウス様が止めていたっけ。
僕たちの師匠は、シリウス様の叔父上だから、時々シリウス様も一緒に学んでいたんだ。
あの頃から殿下の捕獲作業をしていたからか、学園での世話係に任命されてしまったのかな。
言葉での説得は無理だと身に染みているから、免罪符は予防対策の一環だったんだな。
王宮の殿下の周辺はおべっか使いばかりだ。なんでこの状態を放置されているのか、逆に訊きたいくらいだよ。
学園の教師も問題あるよね。
身分の高い生徒を預かっているせいなのか知らないけど、妙に選民意識が高い気がする。
僕のお気に入りを、無意味に差別しているのは許しがたい。
彼女は優秀だからこそ、1年生から『特別コース』の特待生として入学が許されているというのに、ただ男爵家の者だからって、ぞんざいに扱う意味が分からない。
教師の役目ってなに? 上級貴族の子供におべっか使う事?
日に日に萎れていくような彼女に、僕だけは味方にならなくては!と思ってたのに。
ミレー先生にはまいる。
伯爵夫人があんなにあけすけに振舞うなんて、どういう社交をしているんだろう。
そんな疑問を持つのは僕だけなのかな? 他の生徒は当然のことのような顔をしている。
……実は君たち、みんなバカだろう。
そんなことを考えてたら出遅れた。
ビアンカ嬢においしい所を持っていかれてしまったよ。
他のみんなは気づいてないみたいだけど、練習室確保はロイド嬢のためなんだよ。
じゃあ僕は何をしよう。
今まで殿下のせいで接触してこれなかったから、急に話しかけると警戒させてしまうだろうな。
ピコだって、可愛いけど野性の魔獣だから用心深くて、馴らすのに時間がかかったしね。
音楽堂の練習室に、頃合いを見計らってビアンカ嬢を訪ねてみようかな。
そうして向かっていたら、初老のメイドがあちらこちらと彷徨っていたのに気づいた。
生徒が帯同させている使用人は、みんな比較的若い。40代以上の人は稀だから、すごく気になって。
ロイド嬢が連れているのが年を取ったメイドだと、悪口の一つで聞いたことがあったから。
「なにかお困りですか?」
特に僕が困ることもないだろうと、声をかけてみた。
フォード家は武門の家系。騎士たるもの、女性と老人には礼をもって接すること。我が家の家訓は僕にも根付いている。
老齢のメイドは畏まって礼をしてくれた。
「恐れ入ります。わたくしはロイド家の使用人でございますが、当家のお嬢様の帰りが遅く、探しておりました」
やっぱりだ。それなら僕は役に立てる。
「アリス・ロイド嬢なら行き先の心当たりがあります。ご案内しましょう」
「ご丁寧に痛み入ります。お願い致します」
僕の言い方に驚いているみたいだ。でも僕としては、老齢の女性、ということでこんな喋り方になったんだけど。
道すがら、音楽の授業でのあらましを説明した。メイドは「左様でございましたか」と、声を抑えていたけれど、握りしめた拳が震えていた。
音楽堂に到着してまもなく、ロイド嬢とビアンカ嬢が出てきたから、本当にいい頃合いだったんだ。
令嬢とメイドが手を取り合って、お互いを心配しあう様子がとても微笑ましく、暖かい何かが溢れているようにも感じた。良いものが見れたな。
「フォード様、ありがとうございます!!」
涙目の満面の笑顔、て表現が妙だけど、ちょっとクラっと来た。
やっと喋れて嬉しくて、もっと話したくてうずうずしてたんだけど、この日は時間的に無理だった。
これを機会にフォード様じゃなく、早く名前で呼んでもらえるようにしないとね。
それで次の日には、どさくさ紛れで名前で呼んでもらうことに成功した。強引なことは承知の上だよ。
ひっそりと喜びを噛みしめていたら、殿下がのこのこやって来て邪魔をする。
でもすぐさま、『殿下を捕獲し隊』のピエール様が回収してくださった。
一安心する間もなく、今度はアリスがシリウス様に連れ去られてしまった。
なんなんだろう。僕とアリスの間には、目に見えない障壁が存在するのかな。
すぐに魔法初級編の授業が始まって、ビアンカ嬢と話すことも出来ず、つまらない授業が終わるのを待った。
ロビン先生に思うところがある訳ではなく、授業内容がとっくの昔に習ったものばかりだからだよ。
先生もそれは承知していて、個別に少し先のことをやらせてくれる。でも……本当は魔法に特化した『特別コース』を受講できるはずだったのに。
授業が終わり、ロビン先生が話しかけてきた。
「例のコースの件だけど、ようやく始動できる目途が立ったから、明日から授業できるよ」
「やっと」だよ。
「いったいなんだったんですの? アリスは戻って来ませんし」
「うん。まあ、色々」
にっこり笑って、しゃべる気のなさそうなロビン先生。
なにか良くないことが起こっているんじゃなければいいと思いつつ、
「じゃあ先生、外に騎士団員がうろついているのは、何か関連があるんですか?」
「警備兵ではなくて?」
「違う。特務の徽章をしているから」
何度も言うけど、フォード家は武門の家。騎士の事には詳しいんだ。
騎士団の特務隊は、情報収集や工作活動をする部隊だ。隠密活動が多いのに、なぜ学園にいるのだろう。
つまらなくて、授業の合間に窓の外を見ていたら、たまたま通りかかったみたいだった。
「ヘンリー君、目ざといね。でも今、時間がないから、改めて話すよ」
そそくさと立ち去ったロビン先生。僕とビアンカ嬢は顔を見合わせた。
次の授業、教師が遅れるということで、ちょっとビアンカ嬢と話してた。
「アリスが何かしら巻き込まれていなければよいのだけど」
「どうもタイミング的に無関係という訳じゃないかも」
「なになに? ロイドの眼鏡ブスが警備兵に連れていかれたのか?」
言葉尻を捕えての曲解、許しがたい! だけど僕が言うより早く、ビアンカ嬢の言葉の鞭が飛んだ。
「そんなことは言ってませんわ! それにアリスに対し許しがたい下卑た揶揄! 二度とわたくしに話しかけないでくださる?」
公爵令嬢の剣幕に、彼はみるみる青ざめた。さらに僕が追い打ちをかける。
「メガネブス? あの愛らしいアリスが? 君って目が悪かったんだね。良い治療師を紹介しようか」
一応妥協点も提示してあげたよ。彼は確か、内務大臣を務めるフェロー侯爵の末っ子だから。
これらのやり取りを聞いて、ナントカ伯爵令嬢たちが踵を返していく。賢明だ。
「愛らしい、ね。ヘンリー様、もしかしたらアリスを、ピコのようだと思っているのではなくて?」
……なぜ、バレたんだろう。
「え? 似てない?」
「似てる似てないで言えば似ているかもしれませんわ。でも、アリスはピコではなくてよ!」
「……うん、分かってる」
「お屋敷のピコのように、愛玩なさろうとしてはいませんわよね?」
領地で捕獲して飼い馴らしたピコを、僕は王都の屋敷に連れてきていて、一度ビアンカ嬢にも見せたことがあるんだ。
ビアンカ嬢だって、可愛いと愛でていたじゃないか!
「アリスは人間だから、ペット扱いなんてしないよ」
うん、本当に、人間性を疑われるようなことはしない。しないと思う。たぶん。でもアリスは可愛いから、気持ちを抑えられるかどうか。
こんな葛藤が透けて見えるのか、ビアンカ嬢からジト目で睨まれた。
それから昼休みの頃にはそこかしこで、「教頭とミレー先生が捕縛された」と噂がささやかれ始めた。
ミレー先生はとかく悪い噂のある人物だ。アリスをいじめていたから僕としては、せいせいしたくらいの気持ちだし、噂にアリスが含まれていないのでほっとした。
僕は他人に絡まれるのが苦手だから、いつも寮で昼食を摂っている。そうしたらロビン先生から伝書鳥が飛んできて、「午後の授業は音楽堂の練習室で」、という指示が来た。
ダンスはどうなるのかな。受けたい訳じゃないけど、一応従僕に確認してもらったら、変更になったということで間違いなかった。
それで行くのが少し遅くなったんだけど、ビアンカ嬢と一緒に行ったら、なんだか愉快なメロディがもれ聞こえてきたよ。聞いたことがない曲だったな。でも、隣のビアンカ嬢の様子がにわかにおかしくなった。
「どうしたの?」
「……この曲……」
珍しくノックもせずに、彼女は練習室のドアをいきなり開けた。
とたんにあふれ出す音! かなり強めに弾いていたらしい。しかも弾いていたのはアリスだった。
「……なに、今の……『ネコフンジャッタ』?」
ビアンカ嬢、それなに?
こんなところで閑話(;^ω^)
次はビアンカ嬢のお話です。




