14.それぞれのその後
学園長の応接室には今、主のイーリスとハロルドと、それぞれの従僕が残っていた。
学園長室の執務室、応接室は扉を締め切った段階で、盗聴防止の魔法が作動する仕組みだが、イーリスとハロルドは、さらに盗聴防止端末を握っている。
「――やっと、ですね」
「出鼻を挫かれたが、おかげで思ったよりも早く障害を退けられた」
「陛下と王太子殿下は委細承知の上、ですか」
「そうだ。ここでの会話の録音が決定打になっての、あの命令書だ。あとは、陛下がどのように判断するかだが……」
録音できる魔導具がある。それでずっと録音し、シリウスが執務室の転移陣で送った。事務方が調べた書類の写しも既に提出されていた。そして届いたのが御璽入り命令書だった。
金の流れで内務大臣までは繋がったが、それでも更迭出来るかどうか怪しいところだろう。
どちらにしろ、ソーフィールド公には迂遠に苦情を言うくらいが関の山とみている。
王太子とシリウスが、ソーフィールド公爵周辺を調べていたら、学園の不正発覚へと繋がった。
ハロルドとカイエンが、神殿の寄付金の件を調べていたら、これまた学園の横領と繋がった。
そしてロビンが「特別コース」が始まらず、取り止めになったという噂の元を調べた。
それぞれが、別件から同じところに辿り着いた形だ。
今回の件で、イーリスとハロルドは密に連絡を取り合っていた訳ではない。公金横領の疑いが発覚し、ハロルドが得意先でもあるイーリスに問い合わせたのがきっかけだった。
元は特に親しくはない二人が、名前を呼びあう仲になったのは、ナサニエルが縁を繋いだおかげだ。
アリスをオーディン学園に入学させたいと、意思を示した後のことだ。
「ナサニエル様には思うがまま、手の平で転がされているようです」
「あの方は昔からそうだ」
「アリスの件では、ありがたく思ってはいるのですが、アリス本人が無自覚なので不安は尽きません」
「シリウス君を付けているのだし、学園内にいる間は大丈夫だろう。彼は一度しょい込むとしっかり仕事をするタイプだからな」
ハロルドは、まだ若く生真面目な銀髪の少年を思い浮かべる。
一見大人びてはいるが、真っすぐで危うさを感じてしまう。
「特別コースが設立された本当の理由を、彼は知っているのですか?」
「いや。ハノーヴァ侯はご存じだが。でも、いずれ気づくだろう。側近くに居ることになるのだから」
王太子殿下肝いりで、ハノーヴァ侯爵率いる魔導師団主導の特別コース。
それが、アリスとビアンカのために作られたものだと知っているのは、ほんの一握りの人間のみだった。
◆◇◆
「オディール、匿ってくれ」
茶話室の窓から突然乱入してきた少年を、目を瞬いて迎えた美少女は、ソーフィールド公爵の長女、オディール。
彼女の周りには、いつもたくさんの学生が取り巻いている。今も数人の令嬢たちと、授業が一つ潰れたのでお茶会をしていたところだ。
「まあ、殿下、またかくれんぼですか?」
「ピエールが鬼だ!」
隠れ鬼なのか、追跡の鬼なのか。
無邪気なウイリアム王子は口を尖らせている。
その可愛らしい様に、少女たちはくすくすと軽やかに笑いさざめく。
「追われると逃げたくなりますわね。あの方たち、ちょっと厳しいのではないかしら」
「オディールもそう思うか?」
「ええ。殿下の良いところは、何ものにも屈せず、のびのびとしておられるところですもの」
それは躾のなってない、ただの子供だという比喩だが、王子は全く気付いていない。
「オディールは優しいな。……兄上も見る目がない。あ、いや、すまない」
さすがの“マシラ”も、失言に気づいたようだ。
オディールは微笑みをたたえたまま。ただ、両手に持つ扇だけが、不機嫌を現すようにみしりとしなる。
ずっと、王太子殿下の婚約者になるだろうと言われ、本人もそのつもりで教育を受け育ってきた。それなのに、突然、殿下は隣国の王女との婚約を発表したのだ。
父であるソーフィールド公爵は激怒し、「意趣返しをする」と息巻いていたが、実際何かをしたのか、オディールは知らない。
「俺がオディールの婚約者になれたらよかったのに」
この発言に、同席する少女たちの目に困惑が浮かび上がる。
王子の自覚のない無神経な言葉に、少女たちはオディールの顔色を窺う。
美少女の微笑みは崩れない。
「まぁ、そのようなこと、軽々しく口にしてはなりませんわ」
でも……と続ける。
「わたくしもそうであったなら嬉しく思います」
王子には、他の少女たちが目に入っていないのかもしれない。微かに頬を染めている。
「――オディール」
艶のある淡い金髪の上半分をゆるく編んで、保存の魔法をかけた赤い薔薇を簪にしているのが、この少女にはとてもよく似合っている。美貌は言うに及ばず。
「殿下……」
白く細い手が伸ばされ、よく磨かれたバラ色の爪が光を弾く。
その爪先が届く寸前、若い騎士が飛び込んできた。
「殿下!! 見つけましたよぉ!」
「げっ、また見つかった。すまぬ、オディール」
王子はあだ名の”マシラ“の如く飛び上がり、鬼の手を逃れるべく姿を消した。それを追うピエールが、ちらりと視線を向けて「失礼」と言って、すぐに殿下を追っていく。
見送ったオディールは、扇で口元を隠し、誰にも聞こえないような小さな呟きをこぼす。
「可愛い殿下。わたくし、人のおさがりなどいりませんわ」
◆◇◆
食堂で、ロビン先生と昼食を摂ってます。
シリウス様は、生徒会の仕事があるということで一緒じゃないです。気まずいんで丁度いいです。
号泣して赤くなった目元は、もう自分で回復させましたよ。
人前であんなに泣いたのって、赤ちゃん以来じゃない?――て、赤ちゃんは泣くのが仕事だわ。
「明日、魔導師団から一人、教師役が派遣されてくる。でも顔合わせ程度で、来週から本格的に指導に入るからね」
ビーフシチューに浸した一口大のパンを口に運ぶけど、なんだかあまり味がしない。もっと軽めのメニューにすればよかったかな。
「教師の方は、ロビン先生と、その魔導師団の人だけなんですか?」
「いや、得手不得手があるからね。授業の進捗を見て変更するかもしれない」
「あのー、先生は『特別コース』の他の生徒をご存じですか?」
今日、あの場に連れていかれたのは自分一人。内定者があと二人いるってシリウス様が言ってたけど。
「うん。1年生でビアンカ嬢とヘンリー君だよ」
「え? 三人だけなんですか?」
ロビン先生は、ロールキャベツもどきを食べる手を止めて、うーんと唸る。
「君たち三人は四大属性持ちなんだ。それに魔導師コースを希望しているだろう? 優秀な魔導師を育てる名目だからね。他の学年で三属性だけど魔力量が多い生徒に声を掛けたら、本人に断られたり、上級生で今更コース変更したくないという生徒もいたり……改めて本人たちの意思確認をしないといけないんだけどね。あ、シリウス君は監督役だからね」
シリウス様の真面目で厳しい指導が入りそうだと、ちょっと気分が沈む。
あとで知ったことだけど、特別コースを蹴った生徒たちは、例の別件逮捕の人たちに圧力を掛けられていたらしいです。
「午後の授業はなんだったっけ」
「……ダンスです」
「もしかして、それも苦手?」
あ、バレテーラ。
「音楽よりはマシ……でも、ステップは覚えてますよ! ただ優雅に踊れているかというと、怪しい限りですし、だいたい先生にいない者として扱われていたので」
「ああ、本当にごめんね。音楽にしても、教師がアレだったから苦手意識が出来たかもしれないけど、音楽に罪はない!」
ごもっとも。
「せっかく昨日、ビアンカ嬢と特訓したのにね」
「なぜそれを!」
「ふっふっふっ、まぁいいじゃないか。でも、うん、そうだな、午後の授業はフリーとなるんだし、せっかくだから音楽堂の練習室で昨日の特訓の続きでもしたらいいんじゃないかな。授業時間なら練習室は空いているし、シリウス君に付いててもらえば問題ないし」
「えっ!?」
「ビアンカ嬢とヘンリー君にも声をかけておくよ」
ロビン先生って、つかみどころがない。
勝手にどんどん話を進め、伝書鳥であちこちに連絡取って、本当に音楽の練習をすることになってしまいました。
なんでロビン先生が決めるの? 特別コースの担当教官だからですね。
「僕は今週、一般の魔術の授業が割り振られてて、急にシフト変更出来ないからごめんね。明日は魔導師訓練場に朝から集合だから」
有無を言わせない勢いにただただ頷いて、気づいたら昼休みが終わっていた。
仕方なく、また音楽堂へとぼとぼ向かうと、入り口にシリウス様がもういた。
「遅い」
「すみません!」
ぱたぱたと(うっかり)駆け寄ると、シリウス様が一人ではないことが分かった。
「……なぜ、殿下がご一緒なんですか?」
しかも縛られている。すっごく睨んでる。
「この時間帯の引き取り先がなかった」
王子様だよね? と確認したくなる雑な扱い。
殿下からぎゃあぎゃあ文句が出そうなのに、ふてくされているだけで静かだわ。
もしかして、ひとしきり暴れた後なのかもしれない。だから縛られているのかも。
なんて、この扱いに疑問を持たないわたしっておかしい? いいえ、当然だと思うわ。
わたしは殿下を擁護しない。心配なのはシリウス様の方よ。
「急な事だったので、ビアンカ嬢とヘンリーは少し遅くなるそうだ」
「はい、分かりました」
練習室へ向かうのに、シリウス様は縛られた王子をそのまま担ぎ上げる。
ピエール様もそうだけど、殿下が荷物扱いですよね。
さらに練習室の一人用の椅子に、王子をぐるぐると縛り付けた。ほんと、容赦なし。
「おまえといい、ピエールといい、いくら免罪符があろうとやり過ぎではないか!」
じっとりした目で睨みつける王子に、シリウス様の冷気溢れる視線が注がれる。
傍にジュースがあったらいい感じに冷えるかも。ごほごほっ。
「殿下が逃げずに、じっとしていればいいだけのことです」
入学以降、毎日こういうやり取りをしているんだろうなぁ。ちょっと気の毒になって来たわ。
もちろんシリウス様とピエール様がね。
シリウス様はそれ以上王子に構わず、楽譜を持ってピアノに向かう。
「1年の課題の円舞曲……これぐらいなら弾けるだろう?」
何故弾けないんだ?という副音声が聞こえます。
ポーンポーンと音を確かめ、おもむろに弾き始めました。
なんという事でしょう! 天は彼に二物も三物も与えたようです。
華麗なる円舞曲の演奏が終わり、素で惜しみない拍手を送りました。
「こんなものかな。じゃあ次、ロイド嬢、弾いてみたまえ」
「遠慮しますぅ」
「昨日、特訓したんだろう?」
「なぜそれを!」
みんな知ってるんですかね! あ、ロビン先生か!
しかしですね、あんな華麗な演奏のあと、わたしのへっぽこ演奏なんて辛すぎる。
でもシリウス様が手招きしているわ。応じるしかないキレのある手招き。
仕方なーく、肩を落としてピアノに向かう。
ビアンカ様の特訓の成果を今ここに!
……………
「――なんだ、それで練習したのか?」
小ばかにする王子に、わたしはジト目を向ける。
「恐れながら、殿下は弾けるのですか?」
あ、明後日の方を向きやがった! 自分のことは棚に上げたのね!?
「円舞曲ではなく、別の曲ならまだマシなんですよ! ちょっと庶民向けですけど」
ファリス学園の課題曲は、サーシャ夫人にしごかれてきたもの。
こちらは明るくテンポの良い楽曲で、久しぶりだけど指が音を覚えていた。が――最後の最後でミスタッチ。
「……最後の音は、それが正解か?」
シリウス様が重箱の隅をつついてくる。
「くっ……間違えました」
弾けないのにバカにしてくる王子とか、いちいち間違いを指摘してくるクールビューティーとか、怖い思いもしたし、わたしのストレス値はどんどん上がってきている。
いや、練習なんだから、間違いを指摘するのは当然だろうけども!
ちょっとプツンと切れた。
ガン! 10本の指で鍵盤を叩く。
からの、渾身の「猫ふんじゃった」を熱演!
前世でピアノを習ったことはない。でも音楽室のピアノで、遊び半分に「猫ふんじゃった」をよく弾いていた。ピアノは弾けなくても、これだけは両手で伴奏付き演奏が出来る。ウチでも弾いてたし。
ジャン! わたし的にすっきり終わったあと、シリウス様も殿下も唖然としてらっしゃる。
そしてもう一人――
「……なに、今の……【猫ふんじゃった】?」
練習室の扉の前で、驚きに目を瞠るビアンカ様がいた。
それぞれ・・・を書いてたらちょっと文字数多くなりました。
サブタイトルもそのまんま(;´▽`A``
2/27:誤字報告ありがとうございます!助かりました( ^∀^)




