04.王子と公爵令嬢
ウイリアム王子は悪びれることなく、にやにやして階段を下りてくる。
教室の造りは扇型で、生徒の座席は階段状になっているため、最奥が一番高い場所。わたしたちがいたのは教壇前だ。
上から下への攻撃は当て易かったろうに、なんで20個以上も水球を投下するかな。
絶対当てるという意気込みを感じるわ。
王子がわたしへ執着するのは、ただ単に珍しい、眼鏡というおもちゃを触りたいからじゃないかな。
わたしの素顔の差異を気にしている風ではない……と思いたいけど、あれから数日、眼鏡を外せ渡せとまとわりつかれ、イラついた心をなだめすかし、社交スマイルで、
「そんなにわたくしの顔がお気に召しましたか?」
なんて煙に巻こうとしたけれど、
「誰が気に入るか!」
と全く通じてない返事をされ、機嫌を損ねさせました。
助けて、エイダさん! 王族対応が難しすぎる!
それで痺れを切らしたんでしょう。思い切ったことをなさる。
おかげでびしょびしょ。王子の思惑通り、勢いで眼鏡は外れて床に転がってしまった。
壊れてないといいなぁ。
水圧でちょうど俯いたので、素顔を隠せたのはいいけど、さてどうしよう。
目を細めて変顔を作ってみるかな。なんてちょっと呑気に考えていたのは、やはり直接攻撃にショックを受けていたからだ。
とにかく眼鏡を回収するのが先決、と思い至るのに時間がかかり、顔を隠しながらのそのそと手を伸ばしたところ、王子に先を越されちゃいました。
魔法で引き寄せておくんだった! 後悔先に立たず。
王子の手が眼鏡を持ち上げていく、それを変顔で見上げるわたし。
「――なんだその顔」
「眼鏡がないと眩しいのです。だから返してください」
光過敏症を押し通しますよ。
目を細め、眉間にしわを寄せた顔で訴えます。
そこへパシャンと水音が。
――怒気漲るつま先で水たまりを弾くおみ足。
「魔力で生み出されし水よ、わが手に集え」
スカートを濡らしてしまったビアンカ嬢から、ふわりと魔力が放出されると、周囲の水が彼女の手に集まっていく。
わたしの全身からも、伯爵令嬢の脚からも。
水が体の表面を流れていく感覚は、妙にくすぐったく、その後は服も髪も乾いていた。
水風船約20個分の水が集約された大きな水球。それを華奢な白い掌から、上空へと浮かばせるビアンカ嬢。
ちらりと浮かべた笑みが黒いわ。
「殿下、思い知りなさい!」
わたしはビアンカ嬢の意図に気づいて、咄嗟に立ち上がり、床を蹴る。
王子の側にいた男子生徒も飛び退る。
それと入れ替わるように、ウイリアム王子の頭上から水球が叩きつけられた。
避け損ねた王子の半身は濡れ、水圧で尻もちをつく醜態に目を白黒させている。
大丈夫なんでしょうか、色々と。
「ビアンカ!!」
我に返った王子が顔を赤くして怒るのに対し、扇で口元を隠してクスクス笑う公爵令嬢。
やられたらやり返す、倍返しは基本なようですね。
二人以外、誰も口を開かない、開けない静まり返った教室。
これどう始末をつけるんだと、ちらちらと視線が交わる中、場違いなほどの明るい声が割って入って来た。
「あっはっはっは、何をやっているんですか。あーあ、殿下、びしょ濡れですねぇ」
声の方を振り返ると、ピエール様がいた。この人もメンタル強いわね。
王子は恥辱でプイっと顔を逸らしたけど、ピエール様は全然気にしない様子。
思いがけない人物の登場で、ビアンカ嬢の毒気も抜かれたみたい。
「仕方がないですねぇ」
少し苦笑を浮かべ、両掌を上に向けて呪文を唱える。温かな風が王子を中心に渦巻いて、瞬く間に乾かして行った。
しゅわわーと効果音を付けたいな。
風と熱を効率的操る魔法を簡単にやってのけるとは、さすが侯爵家のご令息。魔力量も豊富と見たわ。
王子を乾燥させたピエール様は、本人が呆気に取られている隙に、その体をひょいと肩に担ぎ上げてしまう。
そしてつかつかとわたしの傍にやってきて、「はい、これ」と、いつの間にか王子の手から奪い返した眼鏡をわたしに返してくれた。
やっぱりイイ人!
「あ、ありがとうございます!」
ほっとして、うっかり変顔を解除していたようで、ピエール様が「ん?」と首を傾げた。
やばい! 細目細目、渋面を作らねば!
「ピエール! 放せ!!」
「ははは、ダメです。殿下は午後の授業は受けなくて結構です。騎士コースで予習しましょう」
我に返った王子が暴れだしたので、それ以上の追及はなく、肩に担いだまま教室を出ていってしまったわ。
入れ替わりに教師がやって来たけど、それに関して何も言わないまま授業に突入。
ウイリアム王子、入学後5日目にして教師から匙を投げられたか。
自業自得ではあるんだけどね。
ほとんどの割合で授業を抜け出してしまうので、もう別枠で授業したらいいんじゃない?と思ってたら本当にそうなりそう。
それにしてもビアンカ嬢はすごい。
サザーランド公爵家の令嬢で、伯母がウイリアム王子の母なので従姉弟の間柄であり、婚約者なのだそうだ。
幼い頃からの付き合いだからか、結構容赦がない。
ビシバシ苦言を呈し、たまに扇で打つこともある。
王子が「無礼だぞ!」と憤慨すれば、「わたくしに対して失礼でしてよ」と言い返す。
どちらも引かないので、教室内がピリピリするんだけどね。
ビアンカ嬢は360度隙なしの完璧美少女。
艶々の金髪の巻き毛に、透明なサファイヤの大きな瞳はきらっきら。白磁の肌に薄紅色の頬、珊瑚色の唇。
お人形さんみたい、とはまさにこれだと思ったわ。
それに背筋が常にピンと伸びて、俯くことがない。
扇で口元を隠して笑う様は、「悪役令嬢」を彷彿とさせるわね。
そういえば、ビアンカ様に呼び止められて、教壇前にいたんですよ。
すぐに水球攻撃を受けたので、何の用なのかまだ聞いてなかったな、と勇気を出して放課後に尋ねてみました。
「あの、恐れ入りますサザーランド様、わたくしへのご用はなんだったのでしょうか」
えーと、こっちから口を聞いちゃいけなかったんだよね。でもねぇ。
時々、もの言いたげに見られていることがあって、どうにも気になってるんですよ。
「……もういいわ」
つんとそっぽを向き、扇で一仰ぎ。
あれ? 実は大したことじゃなかった?
ここで「左様でございましたか」と引き下がっても良かったけど、せっかくなので言っておきたいことがある。
「あの、先ほどはありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をしてから気が付いた。
間違った、これじゃない! 体を折り曲げての礼は淑女の礼とは違うんだった!
うっかり日本人の習性が出てしまったー。
「……なに、なさっているの?」
「あ! あの、感謝の気持ちを込めてのお辞儀です!」
慌てて言い訳するも、ビアンカ嬢は眉をひそめ、後ろの令嬢たちが、「なにあれ」とかひそひそ言い合っている。
礼儀を知らないやつとでも思って流してくれないかなぁ。
パチンといい音をさせて、ビアンカ嬢が扇を閉じた。閉口する令嬢たち。
「そうなの? まあいいわ。でも、あなたにお礼を言われる筋合いではなくってよ。あれはわたくしのためにした事だもの」
「それでも、結果的に助けられましたので、お礼を申し上げたかったのです」
両腕を胸の前で交差させ、膝をかがめて礼をする。今度は間違えずにね。にっこりと。
「ありがとうございました」
ビアンカ嬢は目を細め、そんなわたしをしばし見つめていたけど、結局何も言わず、「ふん」と踵を返して教室を去ってゆかれました。
「ビアンカ様、お待ちになってー」と数名の令嬢が追っていく。テンプレな布陣だなー。
うーん、難しいです。高位貴族への対応。
今日の反省と今後の対策については、あとでエイダさんに訊くとして、わたしも急いで教室を飛び出しました。
だって明日は待ちに待った休日。これから迎えの馬車に乗って帰宅するんです!
わたしの癒し、ほのぼの家族が待つ家で、充電してきます!
王子は騎士コースの授業に強制参加です。




