12.謝罪ですか?② [改]
「俺から少し補足させてもらおう」
ほぼ一方的にわたしが喋っていたのを傍観していた伯父さまが、ようやく口を挟んできた。
「俺の妻でヒースの母親は、今は別居中だ。実家で療養している」
「そうですか」
亡くなってるんじゃなかった! 良かった! ん? 良くないか?
「母上と……まぁ、色々折り合いが悪くてな、体調を崩した」
あのおばあ様相手じゃねぇ。
いまだお会いしていない伯母様へ、お見舞い申し上げたい。
「そうでしたか」
「母上はあの通りで、今度はバルドを溺愛している。父上も俺も忙しく家にあまりいないからな、ヒースにはずいぶん寂しい思いをさせていたんだ」
今度は……ね。
おばあ様は父さまを溺愛し、おそらく伯父さまを一顧だにしなかったのだろう。それがまた繰り返されているなんて、一刻も早くあの“おばあ様”を子供たちから遠ざけるべきよね。
それは分かる。だがしかし!
伯父さまは情状酌量を狙ったのだろうけど、それではわたしは納まらないし、ヒース君にもよくないと思うのよ。
「だからと言って、人にパンをぶつけていいという訳ではありませんよね? 食べ物を粗末に扱ったこともいけませんし、母子仲良くしていたからカンに障った? 三つも年下の女の子に向かって、癇癪起こして? 高等学園に入学した貴族の子息が感情もあらわに? 全くなっていませんよね」
ぐっと喉が詰まった音がして、伯父さまは黙る。
ヒース君は、自分の父親がたった七歳の女の子にやり込められて、さぞかし驚いたのだろう。目を瞬いている。
元はと言えば、キミが素直に「この間はごめん」と一言謝っていれば済んだ話なんだよ。なんで“被害者”が諭しているんだ!
「あ、あのね、アリス、そろそろ勘弁してやって?」
今度は父さまが口を挟んできたわ。ヴィンスリ―家の男どもめ!
「なぜですか? わたしはマナーの先生に、相手から嫌なことを言われて悔しく怒りを感じていても、意に介していないと微笑みを浮かべて対処なさいと教わりました。十歳にもなって実に子供っぽい言動をヒース君には改めてもらわないと。それに謝罪がまだです」
口喧嘩で女の子に勝てると思うなよ!
今度はわたしが、つんと顎を上げそっぽを向いた。
最後のチャンスだよ、ヒース君!
ぐぬぬと唸り、顎を引き上目遣いにわたしを睨むヒース君。
唇を引き結んでなかなか言葉を発しない。
でも待つ。更に待つ。待ってじれてきたらしい伯父さまが口を開こうとした時――
「……悪かった」
小さくぼそりと。
一応聞こえたけど、あまりにも小さなつぶやきだったから、わたしはわざと聞き返す。
「え? なんて?」
ヒース君にまた睨まれたけど、このくらいの意趣返し、どうってことないでしょ?
さあもう一度、と左耳に左手を当てて、聞きますよーという姿勢をみせる。
それに対してヒース君はわたしの耳に顔を近づけて大きな声で言い放った。
「悪かったよ!!」
キーンと耳鳴りがして思わず耳をふさいだ。やり返されたわー。
「おまえ、いったい何なんだよ! 七歳だなんて嘘だろう!?」
ピンポーン、正解!
七歳プラス美佐子三十歳だよ。言う訳ないけど。
悔しいやら怒っているやらで頬を上気させて憤慨するヒース君に、わたしは取り澄まして正面に相対する。
「あら、一昨日七歳の誕生日を迎えたばかりでしてよ?」
こてんと小首を傾げる。お祝いだったはずのジゴクの晩餐に行ったよね? と言外に匂わせて。
ヒース君はむっとまた口をつぐむ。
ああ、面倒くさいけどフォローが必要かな。
わたしはふっと気配を和らげ、ちょっと微笑んでみる。
「でもまぁ、謝罪を確かに承りました」
さらににっこり笑ってみた。美少女に育つ予定のわたしの笑顔の効果はいかに?
ヒース君の頬は上気して赤く、せっかく上げた視線をまたわたしから逸らした。
さっきから怒って上気してたから、笑顔効果があったのかよく分からないけど、まあいいか。
わたしは伯父さまに向かって、にこーっと笑った。
これで終わらせて! 伯父さま!
心の声を正確に読み取ってくれたらしい伯父さまが、ヒース君の頭をぽんぽんと叩いて苦笑する。
「これで手打ちといこう。ありがとう、アリス」
おお、伯父さまからお礼を言われたわ。気味が悪い。これから何か起こるかしら。
「しかしアリスはいったい、どこでこんな言い回しを覚えたんだろうな」
伯父さまは父・母・控えるエイダさんへとぐるっと視線を向ける。
ふふふ、七歳児にはあるまじき、ですよねー。言い過ぎた感は否めないわー。
でもわたしは対策を講じてます。
「伯父さま、わたしの周りは大人しかいないのよ? ご近所さんだって老齢の方々ばかりなんですもの、自然と覚えてしまったのです」
不思議なことじゃないよ、ちょっとマセてるだけだよ、と匂わせてまた笑う。
伝家の宝刀、「笑って誤魔化せ」を発動する。
そんなわたしを、ちょっと胡散臭げに見下ろし、それでもこれ以上の追及は止めてくれた。
代わりに母さまから小言を頂いてしまったわ。
「アリス、『ヒース君』なんて呼んではいけないわ。『ヒース様』でしょう?」
「はい、母さま」
わたし的には「ヒース君」で上等なんだけどしょうがない。
しょうがないからアフターケアしておこう。
テーブルを迂回してヒース君の側へとことこ歩いていくと、少年はびくっと身構える。
そんなに怖がらなくてもいいのに。
ヒース君の袖をくいっと引っ張り、つま先立ちになって少年の耳元に口を寄せる。
驚いているヒース君へこしょこしょと耳打ちした。
「生意気なことばかり言ってごめんなさい、ヒース様」
かぁっと真っ赤に顔を染める少年に、わたしは満足する。
ふっ、キミ、本当に素直だね。将来が心配だよ。大丈夫かな、ヴィンスリ―商会。
でもきっと伯父さま似のいい男になりそうだし、まだ十歳だしね、これからの成長に期待しましょう。
こんなわたしたちを見守る大人たちの目は生暖かかった。
★補足:ヒース君の通う高等学園は全寮制じゃなく、通学してます。
王族・上級貴族が入学する学園が全寮制です。




