☆9話 スタートラインは崖っぷち
「そういえば舞依。いつからこんな夜に練習なんて始めたんだ?」
舞依が泣き止んだ後、妙に恥ずかしくなった俺達はもう切り上げて帰ることにした。さすがに1人で帰らせるわけにはいかないので送っていくことに。こうして見ると俺の方が不審者に見えるしまた警察の人に止められないか心配だ。
「今日からですよ」
「そうなのか。しかしなんで急に今日から?」
上手くなりたいって話ならいくら活動始動からまだ1週間といえどもっと早めにやってそうなのに。……何度も言うがこんな夜中に子供1人で練習なんてするのは危ないんだがな。
「今日の部活の後、楓さんのお父さんの……桜庭先生が『あいつどうせ夜中に外を走るだろうから会いたきゃ会えるぞ』って言ってくれて。だったら公園で練習していようかなと思ってたら本当に会えてビックリでしたっ!」
あのバカ……! 自分の教え子に夜中に出歩けとか言う教師なんてどこにいるんだよ。
しかも俺が何か悩み事を抱えるとよく外を走るっていうのも父さんは知ってるからそれを利用された感あって腹立つ。お礼に帰ったら一発ボディーに拳をプレゼントしてやろうか。
「ほんと悪いな。俺から父さんにキツく言っとく」
「いえ! 練習に関しては元からやろうかなと考えていたので」
俺としては危ないからもうやめてほしいんだけどな。こりゃ明日も公園でやりそうだ。
止めてもどうせやるだろうし俺が何も言わないでいると今度は舞依の方から話が出てくる。
「あの、違っていたらすみません。もしかして楓さんって妹さんいますか?」
「え? いるけど……もしかして同じクラスなのか? 『桜庭 凪』っていうんだけど」
「いえ。同じクラスではないです。でも、やっぱりそうだったんですね。今日、楓さんが高等部にいたっていうことを知ってもしかしたら……って思ってたんです」
てっきり同じクラスかもと思ってたから少しだけホッとしたが……それでもいつか俺がフットサル部の監督をやってるっていうこともバレるかもしれないなぁ……うぅ……なんか嫌だな。
「あいつちゃんと友達できてるか? 引っ越してまだ数週間くらいだけど」
「お友達いっぱいですよ。隣のクラスに用があった時に見えますけどいつも休み時間はお友達と話してます」
そっかー。父さんも妹も環境に溶け込むの早いしなー。俺も中学の頃は明るい奴だったんだが例の過去のこともあってか今ではすっかり捻くれてしまった。学校で俺だけボッチみたいじゃないか。
「妹さん、いつも楓さんの話をしてますよ」
「えぇ……なんでまた。いくら人気スポーツだからってサッカーのことなんか話しても最近の女の子からすればまだ面白くないんじゃないか?」
「いえ、サッカーのことは言ってません。ほとんど『昨日お兄ちゃんがこんなことやってくれた』『お兄ちゃんと昨日こんなことがあった』とか楓さんとの日常の話ばっかりです」
「え」
凪がそんなことを……? 皆の前で俺のことを話題にするような奴じゃないと思うんだが。
昔は仲良かったけどお互いサッカー辞めてしまってから微妙な感じになってしまったのだ。兄妹で仲良くやっても変じゃないとは思うが、もう俺も高校生だしあいつも年頃だしでそのままでいいと思ってた。
あいつ、俺とまた仲良くなりたいのかな? あと人前では「おにぃ」じゃなくて「お兄ちゃん」って呼んでるんだな。今度イジッてやろう。
「妹さんの話によると楓さんって妹さんのこと大好きなんですよね? 昨日は一緒にお風呂に入ろうって言いだしたとか」
「いやそんなこと言ってないぞ俺!?」
前言撤回。奴は俺を犯罪者にでも仕立て上げたいのか?
「え? でも……『保健の宿題を手伝ってやるぞー! 一晩中な!』って言って無理やり部屋の中に入ってきたとか、いつも妹さんのお箸を使ってご飯を食べてるとか」
「なんでウチの妹はそんなド変態との同居を嬉々として話題にしてるんだよ……。言っとくけど全部嘘だからな」
「えぇ!? そうだったんですか!!」
「おい、そこで今日一番の驚愕の顔になるな」
凪め。もう俺は初等部では指名手配犯レベルの変態になってしまってるじゃないか。こうなってしまっては根っこの部分─凪自身をどうにかせねばならん。どっかで話す機会があったら軽く怒っておくか。
「でもでも! 楓さん、女子からの評判はすごく高いですよ?」
「いや、そこが一番わからんわ……」
最近の女の子は理解不能すぎるだろ。
でも、イジメられたりなんかはなさそうだ。そこだけは良かった良かった。俺自身が知らないところで身内からイジメられてたという事実を知ってしまったのだけれども。
☆
「ここで大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか」
舞依と他愛もない話をしていたらどうやら舞依の家の近くまで来ていたらしい。割と近くだな。そこまで離れてないっぽい。
「じゃあ、また明日だな」
「はい!……あ、」
これで別れると思ったら舞依は何かを思いだしたかのようにピタッと止まった。止まったと思えば今度はカアアァァ……!と顔が真っ赤になっていった。なんだなんだ。
「その、公園ではすみませんでした。泣いちゃったりして」
「いいよ。気にする事なんかない」
「いや、その……だ、抱きしめられたりして……そ、その……」
「あ~。すまん。嫌だったか? 汗臭かったよな?」
そのことか。思い出すと自分も恥ずかしくなってくる。いくら状況が特殊だったとはいえ小学生の女の子を抱きしめたとは……。やっぱり嫌だっただろうな。もしかして臭かった?
「いえいえ!! 全然嫌じゃなかったです! ただ……体が大きいとか、暖かいとか、か、か、カッコいいなぁとか……」
「は?」
「な、なんでもないでしゅっ! 帰ります!!」
噛んだせいで「でしゅ」とか言っちゃってた舞依は真っ赤な顔のままパタパタと小走りで俺の元から離れていく。
さて。俺も家に帰るか。やることもあるしな。
☆
「ただいま」
「おう。おかえり~。随分遅かったな」
玄関で靴を脱いでいると、なんとも腹の立つ父さんの声が後ろから聞こえてきた。こいつ……!
「なーにが『遅かったな』だ。全部父さんが仕組んでたことだろ。舞依から聞いたぞ」
「あれー? 舞依に会ったのか。そりゃ変な偶然もあるもんだ」
ワハハと笑う父さん。まぁいい。そのおかげでこっちも前を向く決心がついたんだ。ムカつくが今日のところは許そう。
「そこで色々あってな。監督、やってみようと思った。深くは聞かないでくれ」
「そうかそうか。そりゃ良かったぜ。今からルールとかちゃんと覚えなきゃなー」
「たしかに」
そうだった。サッカーとフットサル、同じように思えるんだが……確認しといた方がいいよな。
ネットとかで検索したらわかるのだろうか? でもネットってピンポイントの情報を調べるのには向いてるんだけど全体的で大まかな情報を調べるのには少し骨が折れる。その情報が嘘か本当かもわからない。こういう場合はルールブックでもあれば……
「こんなこともあると思ってな。困っている我が息子、のび太君にはこんな秘密道具を渡そうか。テッテレレッテ、テッテレレッテッテー♪ 『フットサル ルールブック』~♪」
父さんはドラ〇もんの秘密道具を出す時の音楽を口ずさみながら近くに置いてあった自分のカバンを取り、その中から宣言通りフットサルのルールブックを出してきた。
俺はそれを見た時、「ふんっ!」と父さんのボディーに一発拳を打ちこむ
「ぐほっ! なんで急に殴るんだよぉ……」
「全て計算づくって感じがムカついたからだ。あと誰がのび太君だ。それならあんたはジャイアンか?」
俺が夜に走りに行って、そこで舞依と会って、監督をやることを決める……というところまで予期していたから今度はルールで困ると思っていたのだろう。また先回りして用意してやがった。一体何手先の未来まで読んでるんだこの男は。
「しかし……助かった。これはありがたく貰っておく」
「それが父に対しての言葉かよ。悲しくなるなぁ」
「なら少しは父らしく息子のことを大切にしてくれ。例えばそうだな、『急に監督なんかやらせようとしない』とかな」
そこまで言うと父さんは口笛を吹きながら明後日の方向を向く。まったく……。
俺が2階の自分の部屋に戻ろうと階段に足をかけた時、父さんは思い出したかのように俺に声をかける。
「あ、そうだ。忘れてたわ~。ちょっと知り合いに頼んで2週間後に練習試合組ませてもらったから。しかも相手は強豪だぞ~」
「はぁ!? お前何言ってるんだよ」
あまりに予想外すぎる言葉に思わず父さんのことを「お前」とか言っちゃったよ。にしてもなんでそんな重要情報を忘れる!? そしてなぜ監督がいるかいないか危うい状況で練習試合なんか組む!?
「初めての試合でボコボコにされて……本当の楽しさを知らないまま傷心の状態でフットサルを辞めちゃう……そんなことにならないように。……絶対勝てよ?」
ニヤニヤとこっちを見てくる父さん。こ、い、つ……! 頭おかしいんじゃねえのか!?




