☆8話 才能に壊された子
俺は立花と2人でさっきの公園に戻りお互いブランコに隣同士で座って話し合う。話題はもちろん、
「立花。お前こんなところで何してたんだよ。あ~、いや、大体察しはついてるけど」
「フットサルの練習です」
「やっぱりそうだよな……」
正直言ってこんな子供じゃないと夜中に足をブンブンと振ってる奴なんて変人だもんな。さっきの俺みたいに警察の人と一悶着あるのは間違いない。
「こんな時間に危ないぞ。見たところ1人だろ?」
「防犯ブザーちゃんと持ってますっ!」
「そんなの犯罪をガチで犯そうとする奴からしたら効果も薄いぞ。もし近くに人がいなかったら誰が助けてくれるんだ」
俺の少し強い言葉に立花はしゅん……と落ち込む。まぁその防犯ブザーのせいで俺はさっき大ピンチになったんだけどな。近所の人に俺が警察に連行されてる姿を見られてないといいんだが。
「それにさっきみたいな練習じゃダメだ。もっとちゃんとしたものじゃないと……」
「だって……かえ─監督さん途中で帰ったじゃないですか……」
立花はプイッとそっぽを向いてそんなことを言ってくる。
それはお前のせいでもあるけどな、と言おうとしたがこれ以上追いつめたって仕方ない。ここは素直に自分が悪かったとしておこう。強制的に監督をやらされたからとはいえ途中で帰るのはマズかった。あと、さっきから気になったんだが……
「『監督』って呼びにくかったら別にいいぞ。『楓』で」
「えっ!?」
その言葉で隣にいる立花がビックリしてこちらを向く。隠そうとしているが嬉しそうだ。だって、ずっと言いにくそうだったしなぁ。所々言いかけて直してたくらいだ。
「じゃ、じゃあ……その……私のことも『舞依』でいいです……よ?」
「え?」
「だって亜子は『亜子』って呼んでもらっててズルいですっ! 亜子だけ『亜子』って呼ぶんじゃなくて私のことも『舞依』って呼んでほしいですっ!」
「お、おう……」
「亜子」という名前を連呼されて今度はこっちがビックリする。なんかセリフが亜子だらけで内容がよくわからなかったが、とりあえず自分も名前で呼んでくれってことでいいんだよな?
「なんだか一歩離れて接しているように感じるんです」
「そう……か。わかった。じゃあ……『舞依』」
「楓さんっ」
「舞依」
「楓さんっ!」
……。やばい。いくら小学生とはいえ夜中に妹でもない異性と名前を呼び合っていると変な気分になってきた。これ以上はいけない。
あ……俺はもう監督やらないって決めたのに言いそびれた。これ、この後に「実はもう監督をやろうとは思ってない」って言い出しづらっ!
「楓さん、今日はすみませんでした。ちょっと私も興奮してしまって……」
「それに関しては俺も言い過ぎた。悪かった」
それだけ言うと会話が途切れる。ついさっきまでは良い雰囲気だったのにこれで若干空気が重くなってしまった。どうしようかと俺が困っていると……
「私、小さい頃からずっと走ってたんです」
急に舞依が話を切り出す。その話は……きっと舞依が心の中に隠していたものだろう。
「父と祖父が有名な陸上選手なんです。それで私も将来陸上選手にするために教育されて来ました。」
なるほど。親にやらされてきたっていうよくあるパターンか。しかし親自体がよくあるパターンじゃない。
有名な陸上選手、か。俺は陸上に詳しくない。だが、舞依の言葉からすると……メダル持ってるような陸上選手なんだろうな。
そう考えると、とんでもないのを親に持ったもんだ。ウチの親なんか、のほほんとした母とバカな父なのに。あれ、なんか言ってて悲しくなってきたぞ。
「走ってタイムを計って、走ってタイムを計って、走ってタイムを計って……それをずっとずっとずっとずっと…………」
舞依の心の中にある暗い部分、それが垣間見えた気がする。子供相手でもそんなプロみたいな扱いをするなんてえげつない親がいるんだな。
子供がスポーツをやるのに「楽しい」以外の理由なんて必要ない。嫌ならやめたっていい。
けれど舞依にとって「走る」ことは娯楽ではなかった。「遊び」じゃなかったんだ。
「走ることは辛かったけど、いつかは楽しいと思える日が来ると信じていたんです。続けていればいつかは。でも…………そんな日は来ませんでした。大会で勝っても勝っても周りから嫌な目で見られるんです。泣きながら私を見てる子だっていっぱいいました」
そこで俺は1年前─舞依がまだ5年生の時─の陸上の大会の結果を検索してみる。
するとその結果は、周りとは明らかに「違う」と思わせるほどの驚異的なタイムを叩き出している舞依の名前があった。予選からずっと12秒台を出しており、決勝では11秒で他の子を容赦なく叩きのめしていた。それが運ではないぞと言い放っているようでもある。
「知ってますか楓さん。短距離走では、一番速くて強い選手が一番孤独なんです。独りぼっちなんです」
一瞬、舞依がなんのことを言っているかわからなかった。だが、すぐにピンとくる。
そうか。速ければ……「前に誰もいない」からだ。
常に自分が戦うのは過去の自分。そこには誰かと戦う競技の姿などどこにもない。誰と戦っているのかも次第にわからなくなっていく。舞依はずっと1人で走ってきたんだ。
そして走り終われば才能の差を見せつけられた者は皆、舞依を憎む。それは舞依本人に対してじゃない。舞依の「才能」に対して。
陸上の世界でタイムを縮めるということがどれだけ難しいことなのか。きっとコンマ数秒縮めるだけでも伸び悩んでいる選手からすれば地獄のような苦しみのはず。それでも頑張って頑張って、文字通り死ぬほど頑張ってやっと縮めたタイムも「才能」の前ではたやすく砕け散る。
そんな苦しみをまだ子供の時点で知るなんて辛いなんてものじゃないだろう。
そしてその憎しみを一身に受けてもなお、走らされる舞依の苦しみは一体どれほどのものだったのだろうか。その一端から生まれた言葉が今日体育館で舞依に言われた言葉なんだろうな。
「6年生になってある時、仲の良かった私を含めたあの5人で何かしようって話になったんです。その時に桜庭先生……あっ、楓さんのお父さんがスポーツでもしたらどうかと提案してくれました。そこで何をしようかと悩んでる時に私が勇気を出してちょうど興味を持ってたフットサルをしようって言ったんです。サッカー部の方は男子だけしかなくてグラウンドも取れそうになかったので」
「へ~。そこで父さんが出てきて舞依がフットサルを。って、元からあの子達とは仲良かったのか」
「はい。でも、陸上のことは話せてません。なんだか怖くて……」
俺みたいに言われるのが怖いってことか。「フットサルじゃなくて陸上をやればいいのに」って。
そりゃ言い出せないわな。それにしても父さん、勝手に提案しといて自分が出ていくなよ……
「ん? でも待て。ずっと走ってたっていうのになんでサッカーやフットサルに興味を持ったり俺のファンになったりしたんだ? 聞いた感じ舞依とサッカーが関わってる話なんか1ミリも出てこなかった。しかも俺、東京じゃなくて中学までは広島だった」
聞いてる話からすると走ってばっかりのはずなのに舞依はなぜかサッカーのことに興味を持っている。それが不思議だ。
「それは……その……内緒、です」
舞依は俯いて顔を隠しながらそう答える。耳は真っ赤だった。陸上の事とは違って聞かれたくないって感じじゃないし。まぁいいか。
「あ、あのっ! 楓さんはなんでサッカー辞めちゃったんですかっ!」
「俺?」
「はい。よければ楓さんの事も教えてほしいです……」
俺の事も教えてほしい……か。それで自分の事もこんなに話してくれたのか? でもあんな事を聞かされて自分の事は話さないってのは……通らないよな。
「俺も同じだよ。独りぼっちになったんだ」
「楓さんも?」
「ああ、えっと……どこから話そうかな。…………俺の中学ってサッカー凄く弱かったんだ。地区予選でも1回戦敗退常連の」
「知ってますっ! でも、楓さんが入ってから強くなったんですよね!」
舞依は知ってる知ってる!とはしゃぐ子供のように笑顔になった。今でも子供だけど。
「自分で言うのもなんだけどな。俺は皆で協力できるチームっていうのが最強だと思ってる。だから1年の間はチームワークをとことん強化していって、2年の時にやっと努力が実を結んで全国を目指せるくらいの強いチームになったんだ」
それでも中学2年までの俺は別にそこまで大した選手じゃなかった。チームの中でも皆より少しくらい上手かったかどうかというだけで。ほんと自分でいうのはアレだけどな。
でも注目されるほどの選手なんかいなかったのに全国を目指せるというのはそれこそ「チーム力が強い」と言えるだろう。俺達の結束はとても固かった。
「とにかくサッカーを楽しもう」というのが理念にあって、たとえ大事な試合であっても「勝ちより楽しさ」を忘れずいつもサッカーをしていたのだ。
あの時は……本当にサッカーが楽しかった。チームの皆もサッカーを心の底から楽しめていたんだ
でも中学3年の全国予選。そこで俺の中にある不思議なことが起こった。
試合中。突如、光の線のような物が見えるようになった。
「光の……線、ですか?」
「ああ。星がキラキラって光ってるような線。それが自分の足元から、前に上がってる味方の選手の足元まで伸びてるんだ。それで……ボールがその線に沿うようにパスを出したらそれが必ずゴールに結び付いた。つまり『勝利のルート』が見えるようになったんだ。不思議な話だけどな」
最初はなんだろうと気になり、見える『光の道筋』に従ってパスを出していた。すると、そのパス全てが得点に繋がっていった。
それが『勝利のルート』なんだと気づいてから俺はそれの言いなりになった。
「この道筋の通りにパスを出せば勝てる」「これがあれば全国優勝どころかもう負けることなんてない」。そう思うようになって俺はひたすらその不思議な物に頼ってパスを出し続けた。
だがこの時の桜庭楓は気づいていなかった。自分の才能が突然開花し、化けてしまっていたことに。
自分が「周りの仲間と比べて少し上手いかどうかの選手」ではなく「周りの仲間とは比べものにならないほどの選手」に成長してしまっていたことに。
その力に頼った結果、俺達のチームは全国大会の予選を圧倒的な点差で勝ち抜け、俺は全国でも有名なプレーヤーとなった。その時になって初めて確信して笑みを浮かべた。
「ああ……俺は強いんだ」って。
そこからが地獄の始まりだった。俺は自分の中にずっと隠れていた才能に魅せられて……変わってしまったのだ。
俺は仲間にもっともっと強くなれと厳しい練習を強制させた。
全ては皆で優勝するため。俺のパスに従ってくれれば絶対に勝てるから、と独りよがりにそう言い続けた。
もう誰も笑顔でサッカーをやっている者はいない。俺の『勝利のルート』に従ったパスに追いつけない奴はいくらでも罵倒していった。「なんで今のが追いつけない」「もっと速く走れ」「俺のパスに追いつけなかったお前が悪い」と。
あの時の自分は狂っていた。いや、狂わされていたんだ。自分の中の才能に。
自分は強い、俺がいれば絶対勝てる、俺の言う通りにしていれば勝てるんだ、とチームで協力しようという考えなんてまったくなかった。ただただ自分の中に現れた「才能」だけを信じて全国に挑もうとした。その結果、
もう誰も、俺のパスを受けてくれなくなった。
全国大会1回戦。誰も俺にパスを回さなくなり、俺が相手からボールを奪って味方にパスをしてもわざとそれをスルーされた。
試合中、味方の誰もが俺をいないように扱っていたのだ。俺は試合に絡むことがほとんどなく、もちろん勝敗は俺達の惨敗。
試合後、チームメイトになんであんなことをしたんだと問い詰めると─
『俺達はお前とは違うんだよ』
『お前に見えてる物でも俺達には見えてないんだよ』
『お前が何を考えてるのかもう……わからないんだよ』
溜め込まれていた苦しみをぶちまけられた。俺は困惑した。ただ勝ちたかっただけなのに。皆と優勝したかっただけなのに。俺が皆を優勝まで連れていこうって思っていたのに。
『お前とはもうサッカーしたくないッ!』
そして、俺のチームは崩壊した。チームメイトは全員サッカー部をその場で辞め、俺もサッカー部から去ることになった。
「そんなことが……」
舞依はまるで自分の事のように沈んだ表情になる。
「プロの選手でもどのコースにシュートを撃てばゴールが決まるってわかる……『天啓』のようなものを感じる瞬間があるらしい。それがたまたま俺にはあった。でも、そのせいで勝利にばかり目が眩んで仲間と楽しむことをいつの間にか忘れてしまっていたんだ」
それからサッカーをしても周りを不幸にするだけと思い、サッカーから身を引いた。また自分が勝利だけを求めるようになってしまい仲間を傷つけてしまうのではと恐れているんだ。
「だから舞依に強く言ったのかもしれない。自分はサッカーから逃げてるくせに、舞依が陸上競技から逃げてるみたいで嫌になったんだ。まるで自分を見てるような気がしたから。ダメだよな、そんなの」
俺は横にいる舞依と目を合わせる。クリッとして透き通った綺麗な目。でもその奥では俺の事をどんな風に見ているのだろう。
「…………ダメじゃないです」
「え?」
「全然ダメじゃないですっ!」
ズイっと顔を近づかせてそう言いながら迫ってくる。顔が近い!
「才能……っていうのが自分の中にあるのかはわかりませんが、それでも楓さんは仕方なかったですっ! だって皆と優勝したかっただけですもんっ! そんなの何も悪くありませんっ!」
「いやでも、周りにキツイこと言ったりしたし……」
「それは……悪いことですけど……とにかく楓さんは悪くないですっ!!」
悪いのに悪くないってもうわからないなこれ。舞依はとにかく俺は悪い奴じゃない!と言いたいそうだ。その必死な顔に俺は思わず笑ってしまう。
「な、なんで笑うんですか~!」
「だって……ふふ、必死だから……ははは!」
舞依は「む~っ!」と頬を膨らませる。子供っぽいその反応に俺はさらに笑ってしまう。
笑ったのなんか久しぶりだ。中学の頃、サッカーをやってる時なんかいつも簡単に笑顔になれたのに。
サッカーを辞めてから笑うことなんかほとんどなかった。高校でもサッカーから逃げて、ずっと1人のままで。
いつから自分の世界はこんなに色褪せていったのだろう。この子がその色を少しだけ取り戻させてくれて初めて、そのことに気づいて自分がすごく退屈な人間になってたんだとも思った。
やっぱりもう一度、サッカーしたいなぁ……
そんな想いを胸に夜空を見上げると、キラッ……と星が一筋流れるのが見えた。
流れ星……? そういえば流れ星を見た時、消えないうちに3回願い事を言えたら叶う……とかあった気がする。
そんなの無理だよな。だって速すぎる。まるで星から「願っても叶えてやらないぞ」と言われてるみたいだ。
いや、「その願いは自分で叶えろ」ってことか。
「……なぁ舞依。フットサルは楽しいか?」
「はい、楽しいですっ!」
「ド下手くそでもか?」
「そんなこと言わないでくださいよぉ……でも、それでも楽しいですよ。フットサルが好きですから」
「そうか…………」
俺は夜空を見上げる。光る星空を見て、俺の中にあったとある決意を消し去る。
「けど、上手くなったらもっと楽しいぞ」
「わかってますっ! だから、こうやって1人でも練習を─」
「俺が強くしてやる」
そう言った時、舞依が「え」と声を漏らす。俺が消した決意─それは「監督はもうやらない」というもの。それを消して、新たなものに変える。
「俺が監督になって、お前達がフットサルを心の底から楽しめるようにしてやる」
「監督、まだやってくれるんですか? なんで……」
どうやら舞依も今日俺と揉めてしまったことを気にしていたようだ。俺が監督を辞めたいと思ってるだろうと薄々感じていたんだな。たしかに辞めたいと思っていたが……今はそんなこと思っていない。
俺は……もう一度だけサッカーと、そしてあの子達と向き合おうと思う。もう逃げずに。こんな俺でもあの子達が必要とするなら。俺と一緒に歩んでくれるなら。……俺に、やり直すチャンスをくれるなら。
俺はブランコから立ち上がり舞依の正面に移動する。そしてまだブランコに座っている舞依と目線を合わせるようにしゃがみ、両肩をガシッと掴んでしっかりと目を見る。
不意に楓が迫ってきたこともあり舞依は一気に茹でタコのように顔が赤くなった。
「舞依。好きなことをしていいんだ。嫌だったら陸上なんてしなくていい。いくら父さんが強制したってやらなくていい。サッカーは、フットサルは、本当は才能なんてなくても……楽しいスポーツなんだ!」
「でも、強くないと……すごくないと……父……お父さんは、絶対辞めさせ……ます……」
ポロ……ポロッと宝石のような涙が落ちる。ずっと親からの鎖で縛られ走らされてきた舞依。その言葉からするにフットサルをやっていることを父に隠しているんだな。
言ったら絶対辞めさせられるから。また走って周りから憎まれる暗い苦しい世界へと放り込まれるから。それがたまらなく怖かったんだ、舞依は。
「じゃあ……俺がお前を、陸上の時よりもっとすごい選手にしてやる。それで父さんを黙らせてやれ」
「かえ、で……さん……う、うぅ……ああ……あぁぁぁ!!」
ずっと塞き止めていた想いが決壊したかのようにとうとうボロボロと涙を流す。突進するように俺の胸に飛びついてきた。ギュウゥゥ……!と俺の服を掴み、俺の胸に顔を押し付けて泣き続けていた。
もう失敗しない。勝利だけなんかにこだわらない。この子達にフットサルってこんなに楽しいんだって思わせたい。俺の手で、今度こそ。
星が瞬くこの夜空の下、天から才能を与えられた孤独な2人は己の過去に抗った。
もう気づいた人もいるかもしれませんが本作の不思議要素、不思議な能力っていうのは主人公が持っていた「勝利の~」っていう才能のことです。
さすがに序盤でバンバン出すのはインフレに繋がって難しいですが、これからどこかで出てくるキャラとかにこういった能力を持った「特別な選手」が出てきます。そいつがいるかいないかで試合シーンの様子がガラリと変わると思います。