☆7話 監督と不審者は紙一重?
「う~ん」
で、課題に手を付けてはみたがあまり進まない。俺自体そこまで頭がよいかと言われれば平均程度くらいなのだ。ノートはしっかりと取るのだが「取るだけ」タイプ。考えて理解しようとするほど意識は高くない。
そして目の前の問題に行き詰まると、ふと今日のフットサル部でのことを思い出す。
『足が速かったらっ! フットサルやっちゃいけないんですかっ!? サッカーだってやっちゃいけないんですかっ!?』
立花が目に涙を溜めながら言ったこの一言。ずっと心に残っていて時折頭の中をその言葉が駆けていく。
陸上をやった方が幸せじゃないのか? と、俺の言葉が浮かび上がってくるがすぐにそれを打ち消す。それを言ったから失敗したんだ。
そこから課題のことに集中できず、ずっとグルグルと立花のことを考えてしまっていた。……ダメだな。ちょっと頭をリセットしなきゃ。
俺は何か悩み事があって物事に集中できない時、よくランニングしに外に出る。運動することでモヤモヤとした気持ちを吹き飛ばすのだ。
最近は心が落ち着かないのかほぼ毎日走ってて日課みたいになってるけどな。これもサッカーを辞めたせいなのかね。
今回もそれに頼ることとなり走るための服装など準備を済ませて玄関でランニングシューズを履く。
「おっ? 楓、お前どっか行くのか?」
「ちょっと走ってくる」
「あ~、じゃあビール買ってきてくれ」
「未成年に酒を買わせるな」
最後の言葉は忘れて玄関の扉を開けた。夜はまだ寒いな。けど走っていればすぐ温まる。少しの辛抱だ。
寒い風が吹き抜ける住宅街をただひたすらに走る。温まっていく体と寒い気温。これを感じながら走るのが気持ちいいのだ。気持ちいいのだが……
(まだ気分は晴れないな)
いくら走っても立花のことが頭から離れない。いつもならもう切り上げるくらいには走っているのに。
どれだけ走っても足を止めた時にはあの言葉が浮かび上がる。自分はとうとうおかしくなってしまったのかと疑うくらいに。
「はぁ……意味わかんねぇ……はぁ……はぁ……クソ!」
走り始めていったい何キロ走ったのか。さすがに疲れた。一旦休憩でもするか。
俺は近くに公園があったことに気づき、その中に入ろうとした。のだが……
(ん? 誰かいる?)
人の気配を感じて足を止める。物陰に隠れてその存在を確認する。もしや……ホームレス? それで思い出したが昔、俺がまだ幼い頃に父さんが言っていた……
『楓、公園でホームレスに出会ったらすぐに逃げろよ~』
『ほーむえす? なんでー???』
『奴らは視界に入った者全てにプロレス技をかけるという肉体派集団だ。俺の父さん─楓の爺ちゃんはそいつらの筋肉バ〇ターによって帰らぬ人となった……』
『きんにくあすたー??? なにそれー???』
もちろんそんなことは嘘だったわけだが。だって爺ちゃん今もまだ生きてる。
ほんと昔から嘘ばっかり教えてくる野郎だったよ。父さんから教えられたことでまだ嘘と気付けてないことがあるかもしれん。そもそもこの話ホームレスの人に失礼すぎるだろ……。
そんなことは嘘とわかってはいてもだ。子供の頃の恐怖というのは拭いきるのが難しいもの。まだ出会ったこともないため心の奥では、嘘じゃなくて本当にプロレス技をかけてくるんじゃ……という変な警戒心も湧き上がってくる。
「ふっ! ふっ!」
うぅ……なんか激しく運動してる声が聴こえるぞ? ま、まさか例のプロレス技の練習なのか!? いや、でもなんか声が妙に高くて可愛らしいというか……まるで小さな女の子のような、
(あ、……あれ、立花だ!)
なんとそこにいたのはプロレス技の練習をしているホームレスではなく、おそらくフットサルの練習なのだろうか、シュートのように足をブンブンと振ってる立花舞依がそこにいた。練習内容はちょっとアレだが汗の量を見るにかなり頑張っているようだ。
それよりもこんな時間に1人なのか? 危ない気がするぞ。もし、不審者なんかが来たらどうするん─
だ、と考えた時。後ろからポンポンと肩を叩かれた。こ、この感じ何やら覚えがあるぞ……!
「君、こんなところで何やってるのかな?」
警察の人がニコニコとした笑顔でこちらを見てくる。だが、俺が見ていた公園内をチラリと覗いて立花の姿を確認するとたちまち笑顔が消えて真顔になった。あれあれ、おかしいなぁ。俺を見る目も変わった気がするぞ。
「いや、ここにはたまたま通っただけでして……」
「物陰から女の子を鼻息荒くして見てたみたいだけど……?」
「あの、俺さっきまで近くを走ってたんで。それでちょっと息が上がってたっていうか」
「ふ~ん。走ってた……ねぇ? あの子を追って?」
「いやいや……ははは、やめてくださいよそんな。それに俺、高校生なんですけどこう見えてあの子の監督というか─あっ、あの子は初等部の女子フットサル部でして、そのぉ……」
「最近いるんだよねぇ。妄想と現実の区別がつかない子。大丈夫。君はどこもおかしくないよ。さ、おじさんと一緒についてきてもらって話聞かせてもらっていいかな?…………被害者は小学生、被疑者は高校生、と」
「なんでそうなるんだ!? って、今何書いた!? おい、被疑者とか言わなかったか!?」
俺と警察官のおじさんが揉みあいになってギャーギャーと騒いでいるとさすがに気づかれたのか立花がこっちに駆け寄ってくる。
「あれ……かえ─監督さん?」
「立花! すまん。今すぐ俺の疑いを晴らして……」
「あ、あうっ!」
と、駆けよってくる途中でステン!と転ぶ。すると、おそらく不審者用に持っていたであろう「防犯ブザー」が手から零れ落ち……
ピルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!
防犯ブザーの思わず耳を塞ぎたくなる音が静かな公園内に響き渡る。え? え? えぇ!?
「やはりお前で間違いないようだな!」
「ちょっと待て! 今見てただろあんた! あと『やはり』ってやっぱり俺のこと疑ってたな!」
「つべこべ言い訳せず来い!!」
警官は俺を無理やり連行しようとする。ちょ、ちょ待っ、待って待って。一旦待って。
「楓さーん!!!!!」
「立花ー!!」
ドラマの1シーンのように俺と立花の声が夜の公園にこだました。
ちなみに俺はこの後、逮捕……なんてことはなく、立花がついてきてくれて必死に誤解を解いてくれた。誤解が解けた時はドヤ顔してやったが「傍から見ると完全に不審者だったぞ」と言われて地味にショックを受けた俺だった……。