☆②─10話 シスター・ラブ!?
それから桜庭家で晩御飯の時間が来た。テーブルにはシチューが置かれていて父さん、母さん、俺が座っている。
凪はまだ2階から降りてきていない。桜庭家はよほどのことがない限り、全員が家にいる場合は揃って晩御飯を食べることとしている。だから今は凪待ちだ。
俺は……俺は、今からとんでもないことをすることになる。ハッキリ言って超キモいことだ。
だが先に言っておくが、凪とまた昔みたいに仲良くなるためにすることだ。決して今からのことで俺を真性シスコンだと勘違いしないでほしい。あくまで仮性シスコンだ。
「あ、私待ちだったんだ。ごめん」
ガチャッと扉が開かれて凪が入ってきた。俺達が席に座っているのを見て急いで自分も席に座ろうとする。
ああ……もうやるしかないよな。うぅ…………クソ! どうにでもなれ!
「おい、凪」
「ん? なに?」
凪が俺の隣の席に座った時、俺は口を開く。
昨日一悶着あったが別に俺と凪の間では大きな問題とは捉えていない。前に言った通り「即座に 素直に もうしない」の3原則さえ守れば凪もわざわざぶり返したりしないのだ。
せっかく関係はまた普通に戻ったのに。俺がまたそれを終わらせるかもしれない。
頼む。もう一度言う。今からやることは決して本心じゃないってことを忘れないでほしい!
よし、さぁ行くぞ! 覚悟を決めろ桜庭楓!!
「座るとこ。そ、そこじゃないだろ」
「へ? ちゃんと椅子に座ってるけど……?」
「お、俺の……おれ、俺の……膝の上、だろ」
俺がそう言った時、父さんはブフッ!と吹いた。母さんは「あらあら」といつもの通りの笑顔だ。そして凪は……
「は………!?……─ッ!……ッ!!─ッ!?」
もう顔が真っ赤とかいうレベルじゃない。動揺しまくって口もパクパクしている。
これはさっき父さんに見せてもらったビデオの中の俺と凪がやっていたことだ。思い出した─いや、思い出してしまったのだが、あれは妹に甘えていた俺が凪にやらせていたんだ。
そしてなんと恥ずかしいことに二人羽織りみたいにして俺が後ろから手を回して凪に食べさせてやったりしていた。ぐわー! クッソ恥ずかしいぞこれ!
「い、いいい、いい意味わかんないし! なんで!? なんでそんなことしなきゃ……!?」
「昔はやってただろ! な? いいだろ?」
これは昔みたいに俺と凪との距離を近くするための作戦だ。
お互いに心を許し合う。心の前にはまずは身を近くする。そうしてお互い信頼しあえた先に、俺たちは思っていることをスンナリと話し合える仲になっているはずだ。……多分!
「そんなことしないもん! ばか!」
「頼む! 先っちょ! お尻の先っちょだけでいいから!」
「お尻の先っちょって何!?」
凪はもう知らない! とスプーンを持って勝手にシチューを食べ始めようとするが……スカッ! そのスプーンは虚空を掬う。シチューの皿は消えていた。
「あれ?」
凪はキョロキョロと周りを見渡す。
そして見つけた。自分の分のシチューの皿の居所を。
そこは……俺の前だった。今、俺の手元には俺の分と凪の分がある。
凪のシチューを俺のところに移動させたのは俺じゃない。母さんだ。
母さんは俺と凪がビデオにあったみたいなことをしてても何にも言わない。それどころか推奨派だ。兄と妹が仲良くするのを期待してる節がある。
「なっちゃん。昔みたいにかーくんのところで食べたら?」
「そうだぞ。な、なっちゃん」
俺も母さんみたいに「なっちゃん」呼びにする。
これで昔を思い出してくれればグッと距離が近づくのではないだろうか。あの、何度も言うが決して妹を攻略しようだとかそんなことでは決してないので勘違いしないでほしい。
「今日のおにぃ変だよぉ…………もうっ」
凪は静かに椅子から立ち上がる。そして………ポスッ。俺の、膝の上に、座った!
「ばか」
凪はそう言いながらも俺の言いなりになっている。
今、凪の頭は俺の顔のすぐ近くにある。超至近距離から首をひねりこっちを見上げて言ってくるので破壊力がすごかった。
それにしても……膝の上に座った時、お尻がフワリと乗ってきたあの感触。小さい頃から成長したんだなと感じさせられる。重いなんてことじゃない。むしろ羽のような軽さだ。妹はエンジェルだった! って何言ってるんだ俺!
それに凪からは良い匂いがする。同じ家族なはずなのに違いなんてあるのかと衝撃を受ける。
そこはやはり女の子なのか。もしくは……これは妹だけが発することのできる特別な「妹スメル」なのか!?
ま、マズイ。今、確実に俺は頭が悪くなっている自覚があるッ!
「食べさせてくれるんでしょ? 早く……やってよ。お腹空いた」
「おう。そう、だな」
なんか凪は満更じゃなさそうなので俺も始動することとする。凪の後ろから手を伸ばしスプーンを手に取る。
シチューを掬って……いざ、妹マウスへ!
「あつ! もうっ……! ばか!」
「痛っ! ごめんなさい!!」
しかし、シチューという相手が悪かった。そう、熱いのだ。
そんなこと考えもせずに凪の口へと運んだばっかりに二人羽織りのお約束ギャグみたいになってしまった。我が妹マウスはデリケート。というか凪は猫舌なのだ。
凪はプンプンと怒り、自分が持っていたスプーンで俺の頬をペシペシ叩いてきた。食器でそんなことしちゃダメ! 二人羽織りしてふざけて食わせている俺が言えることじゃないけど。
「ちゃんと……フーフーしてよ」
「え?」
「ふ、フーフー!」
凪の顔はさらに赤面。あまりの突然のことに「フーフー」って一瞬わからんかった。
つまり「冷ませ」ということか。嘘だろ。現時点でさえ黒歴史生産真っ最中で死にそうなのにさらに死ねというのか!? 地獄はまだまだ深けぇよぉ……
「………はい。な、なっちゃん。どうだ?」
「もう味なんてわかんないし! うぅ……」
満更じゃなさそうと言ったが恥ずかしいのは凪も同じようだ。いっぱいいっぱいになってる。
だが、どっちも止まってるままじゃ意味がない。いきなりのフーフーには殺されるかと思ったが……ここはあえてもう一手打たせてもらう!
「俺にも、くれないか?」
俺はすぐ近くにある凪の耳に囁くように伝えた。
少し息がかかったのか凪は「ひゃっ!」とか声を上げていたが無視だ。気にしてたらこっちがもたん。
「は、はぁ? 自分で……食べれば?」
「わかった。じゃあ自分で食べる」
俺はそう言ってさっき使ったスプーンでシチューを掬った。そこで凪が待ったをかける。
「ストップストップ! おにぃ、それ私が使ったやつ!」
「ああそうだよ。だって俺これしか持ってないし」
「使ってない方渡すから! ほら!」
「2つのスプーンを使い分けるなんて面倒すぎる。もしお前……じゃなかった、なっちゃんが食べさせてくれないならこのままこのスプーンを使う。どんな味のシチューが俺を待っているのかワクワクするぜ」
これが作戦だ。名付けて「間接キス人質作戦」。
さすがの凪でも兄が妹の使ったスプーンを使うとなると嫌なはず。だから強制的に残った道は「あーん」のみ。さぁ、大人しく「あーん」してもらおうか。
……今の俺マジで変態そのものだな。
「もぅ……わかった。口、開けといて」
凪は自分の持っているスプーンでシチューを掬う。もうそのまま自分で食えばいいのに。その考えが浮かんでこないところを見ると……ふっ、落ちたな。
……じゃなくて! 俺と仲良くなろうという気はあるようだ。
危ない危ない。攻略してるわけじゃないんだった。こんな狂ったことをしてたらいつの間にか我を失ってたよ。あれだけ自分に言い聞かせてたのに。
「はい、おにぃ。あーん」
凪はさっきの位置から180°回転。俺と向かい合うように膝の上に座ってこっちにスプーンを向ける。
「あ、あ~……ががががが! あっつ! いも! あっつぅ!!」
しかし、凪の入れてきたシチューは熱いまんま。自分がフーフーしろなんて言ったくせに俺のは全然してくれてない。
しかも放り込んで来たのは妹……じゃなくて芋。じゃがいもだ。あっついホクホクのまま兄マウスにぶち込んできやがった。容赦ねぇなこいつふざけんじゃねぇぞコラ。
「ふふっ♪ あははは! おにぃ面白い顔!」
「は、ははは~……」
けど凪が幸せそうだから怒らず引きつりながらも無理やり笑っておく。上手くいっているようだ。ちょっと舌火傷しちゃったけど。トホホ。
そんなこんなで晩御飯終了。
いつもの3倍くらいの時間がかかって終盤なんかシチュー冷めてたけど……色んな意味で温かい食事だったよ。俺にとっても良いものだったのかもしれない。あ、別に妹とイチャイチャして良かった~なんてことではなく。
こんな感じでワイワイしながら飯食ったこと自体、最近はなかったんだ。学校では根暗で友達と呼べるものなんてなかったけど。家に帰ってくればこんなに温かい場所が俺を待っている。
そんな当たり前のことを思い出せて、良かった。
☆
「ねぇ、おにぃ。入っていい?」
「おう。いいぞー」
その後、狙い通りと言っていいのか凪が俺の部屋に来た。
前回はせっかく相談しに来てくれたのにフットサルの本が見つかったばっかりに変なことになってしまったんだ。
もうあんな失敗はしない。ちゃんと部屋に変な物が置かれていないかチェックしておいた。
「どうした凪?」
凪が入ってくる。まだ顔は赤くなっておりこっちまでなんだか変な気分になってくるぞ。もじもじしてて、いっつも俺の部屋に入ってくるくせに今回は緊張しているようにも見える。
「あ……もう『なっちゃん』って呼んでくれないんだ……」
凪はあからさまにショボーンとした顔をする。
えぇ……まだ『なっちゃん』って呼ばなきゃダメなの? さすがにもう勘弁してよ。これ以上続けると頭おかしくなりそうなんだって。
「その……前も話した、フットサルに誘われたってことなんだけど」
「ああ。その件な。それなんだが……うーん」
くどいようで申し訳ないが俺としては凪に女子小学生の監督をやっているということをバレたくないため、フットサルはちょっと……となってしまう。
本当に凪が入ってくれればとんでもない戦力確保になる。俺としてもそっちの方がいいのかなとなるんだが……ぐぐぐ。
「さ、サッカーの……マネージャーとか………どうだ?」
逃げて、しまった……!
「サッカー部のマネージャー?」
「そうだ。父さんから聞いたけど初等部でもマネージャー募集をしてるらしい。それに凪はサッカーやったことあるからサポートも上手いと思う。ほら、ここって初等部のくせにサッカーは男子だけだろ? 女子サッカー部があれば良かったんだけどなー」
「だからサッカーじゃなくて女子フットサルに誘われたって言ってるじゃん」
「ん? サル? 猿がなんだって?」
すっごい苦しいけど俺はとにかくフットサルという話題を排除しにかかる。もう見苦しいくらいに。
舞依ごめん。せっかく頑張って勧誘してくれたのに監督がそれを無にするようなことしてしまって。今の俺、本当に最低だ。
「おにぃは私がマネージャーする方が良いと思うの?」
「俺は……そ、そう……思う、けど」
嘘は、言ってない。
中等部に上がってもサッカーに関わるとなればマネージャーという道もあるわけで。初等部の頃からマネージャー経験があれば中等部の男子サッカーでも重宝されると思う。必然的に同年代のサッカー部とは初等部の頃から知ってる仲になるのだから。
「そっか。うん。おにぃが言うならそれも考えてみよっかな。……ありがとね」
凪は両手をグーパー、グーパーと落ち着きなく開いたり閉じたりした後、こっちに儚げに微笑んで部屋を出た。俺はその笑顔を見た時、心が痛んだ。
パタンと閉じる扉。1人になって、溜息が出た。
「何年の付き合いだと思ってんだよ。…………嘘なんかつきやがって」
落ち着きなく両手を開いたり閉じたりしてたのは凪の昔からの癖。……俺に嘘をついた時の。
最低を越えて、父さんを笑えないくらいのクズだな俺。兄失格、まさにおにぃ失格だよ。
せっかく仲良くなったのに凪のサッカー始めた理由と辞めた理由も聞きそびれた。それを聞いてからでも遅くはなかったはずだ。
俺は今から凪の部屋に行ってそれだけでも聞きに行こうかと思った。でも、あんな顔させた後でそれを聞くのは……なんとなくだがもっと最低な行為にも思えた。
(父さんが言ったことじゃないが……もっと凪と仲良くなろう。それから俺の考えを話して、凪の考えを聞いて。そうして最後に答えを出せばいいんだ。大丈夫。今は慌てるような時じゃない)
俺は凪の問題の解決は長期的な期間を想定していたこともあって、完全に気が抜けていた。
(舞依のLINEに『勧誘についての現時点での結果などを聞きたいため、明日も活動するよ。体育館に集合』………送信っと)
すぐに舞依の個人チャット画面に「わかりましたっ!(#^.^#)」というメッセージが表示される。この子絵文字好きだなぁ。
後に、明日の活動が……嵐の幕開けになるとも知らずに。




