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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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33/33

戦場は池から競り場へ

 力自慢の用務員が青筋を立てて引っ張る。


「見えた!!」


 水面から青く光る爪が覗く。

 釣り針に掛かったエサを、がっしりと掴んで離さない。


「よし、そのままイケるぞ!」

「んー!! せいやー!!」


 用務員の掛け声で、一段と引き上げられる。

 ようやく全貌を見せたラピス・シザー。


 ラピスという名に相応しい、青。

 クロウとは大きさも違う。

 子どもの手で掴めたクロウ。

 子どもの腕よりも太いラピス・シザー。


 攻撃するための水の供給が絶たれ、エサへの執着だけでここまで引き上げられたのだ。


 用務員たちはラピス・シザーの状態を確認し、子どもたちを近づけても問題ないと判断して合図を送る。


「みんな! よくできました! 用務員さんたちから、ラピス・シザーを観てもいいと合図がありました。行きましょう」

「ただし、ハサミはとても凶暴です。挟まれると痛いだけではすみません。絶対に触らない! 守れる人?」

「はーい!!」


 丘側から移動した子どもたちが、用務員の周りを囲む。


「見せて!!」

「わぁー。ピカピカの青だ!!」


 子どもたちの歓声をよそに、園馬車から事務長が降りてくる。


 それを待っていたかのように、いつのまにか増えていた馬車から、大人たちが戦いに挑むような目で降りてきた。


「皆さま、お待たせいたしました」

 事務長がにこやかに一礼する。


「本日の獲物は、ご覧のとおり。ラピス・シザー、一体。甲殻、爪ともに損傷はございません」

「本当に無傷なのか!?」

「おい、あの青を見ろ!」

「生きているのか?」

「生きております。先ほどまで、こちらの用務員たちに盛大に水魔法を浴びせておりましたので、たいへん元気でございます」

「……こりゃ、とんでもない上物だぞ」

「ぜひ、うちに譲ってくれ!」

「待て! うちだって買いに来たんだ!」

「金なら出す!」


 途端に騒がしくなる大人たち。


「皆さま」

 事務長が声をかける。


「まずは、園児たちの見学が終わるまでお待ちください」

「いや、しかし!」

「先に話だけでも!」

「皆さま」


 事務長は笑顔を崩さない。


「こちらはオルディス学園幼稚舎の野外活動でございます。園児たちの活動を妨げる方には、お引き取りいただきます」

「…………」


 大人たちが一斉に口を閉じる。


「ご理解いただけましたようで、何よりです」

 事務長は満足そうに頷いた。


「それでは皆さま。販売会の準備が整うまで、今しばらくお待ちくださいませ」


 子どもたちが順番にラピス・シザーを見学するのをジリジリとした気持ちで見つめる大人たち。

 常に隣人の懐具合が気になって仕方がない。


「それでは、最後の園児も見学を終えたようです。お財布のご準備はよろしいでしょうか?」


「オォ!!」


 事務長が片手を上げる。

 途端に大人たちが静まり返った。


「さぁ、さぁ! ご覧ください! この青! この大きさ! 爪の先まで傷一つない、見事なラピス・シザー!」


 事務長の声が一段と高くなる。


「銀貨百枚から参りましょう! 百! 百二十! 百五十! そちら二百!」


 次々と手が上がる。

 指を立てる。

 手のひらを返す。

 また指を立てる。


「三百! 四百! 五百! おっと、そちら六百! 八百! 千!!」


 買い手たちは無言。

 事務長の威勢のいい声だけが響き渡る。


「千二百! 千五百! 二千! まだあるか!」

「に、にせん!?」


 園児たちが顔を見合わせる。


「二千五百! 三千!」


 手を下ろす大人たちが増えていく。

 残ったのは二人。


「三千二百! 三千五百!」


 一人が僅かに指を動かす。


「四千!!」


 もう一人が腕を下ろした。


「四千! 四千! ほかには!」


 事務長の視線が買い手たちを一巡する。


「決まりました! 四千で落札!!」


 鐘が高らかに鳴った。

 勝者が大きく拳を突き上げる。


「よっしゃあああ!!」


 周囲から盛大な拍手が湧き上がった。

「……ねえ」


 レオンがアルベルトの袖を引っ張る。


「あの人たち、何してたの?」

「……ラピス・シザーを買っていたのでしょう」

「なんで指だけで?」

「……それは、私にもわかりません」

「パパが買った!!」

 いつの間にか隣にいたトーマスが高らかに宣言した。


 トーマスの父は手に入れたラピス・シザーを保管する箱へ丁寧に納めたあと、足早に去って行った。


 集まった馬車もいつの間にかいない。

 あるのは、事務長が乗ってきた園馬車のみ。


「皆さん、ラピス・シザーは見ましたね? 今日は終了します。お片付けしてください!」

「せんせーい! 捕まえたリバークロウやシザークロウはどうしたらいい?」


「持って帰りたい人は、一人二、三匹までにしましょう。他のクラスのおともだちにも見せてあげてくださいね」


「えー!! 釣ったのみんな持って帰れないの?!」

「必要な数だけにしましょう。あとは池に帰してあげましょう」

「はーい!」


 子どもたちは捕まえたリバークロウやシザークロウを掴み池に投げこむ。


「バイバーイ! もうつかまるなよ!」


 来た道を戻る。

 警護は来た時と一緒。

 送り迎えの先生たちと用務員が左右を警戒する。


 持ち帰る子どもたちは、それぞれバケツに戦果を収めている。

 スミレ組は皆、やり切った顔でオルディス学園の門を潜った。


 送り迎え担当の先生が、幼稚舎の門を開ける。


 すると、通路の両側には、他のクラスの子どもたちが並んでいる。

 まるで歴戦の勇者一行を讃えるように。


「スミレさん、捕まえたやつ見せて?」

「大きい?」

「コレ、何?」


 次々と声が上がる中を、園児たちは堂々と園舎の奥の教室まで歩いていった。

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