戦場は池から競り場へ
力自慢の用務員が青筋を立てて引っ張る。
「見えた!!」
水面から青く光る爪が覗く。
釣り針に掛かったエサを、がっしりと掴んで離さない。
「よし、そのままイケるぞ!」
「んー!! せいやー!!」
用務員の掛け声で、一段と引き上げられる。
ようやく全貌を見せたラピス・シザー。
ラピスという名に相応しい、青。
クロウとは大きさも違う。
子どもの手で掴めたクロウ。
子どもの腕よりも太いラピス・シザー。
攻撃するための水の供給が絶たれ、エサへの執着だけでここまで引き上げられたのだ。
用務員たちはラピス・シザーの状態を確認し、子どもたちを近づけても問題ないと判断して合図を送る。
「みんな! よくできました! 用務員さんたちから、ラピス・シザーを観てもいいと合図がありました。行きましょう」
「ただし、ハサミはとても凶暴です。挟まれると痛いだけではすみません。絶対に触らない! 守れる人?」
「はーい!!」
丘側から移動した子どもたちが、用務員の周りを囲む。
「見せて!!」
「わぁー。ピカピカの青だ!!」
子どもたちの歓声をよそに、園馬車から事務長が降りてくる。
それを待っていたかのように、いつのまにか増えていた馬車から、大人たちが戦いに挑むような目で降りてきた。
「皆さま、お待たせいたしました」
事務長がにこやかに一礼する。
「本日の獲物は、ご覧のとおり。ラピス・シザー、一体。甲殻、爪ともに損傷はございません」
「本当に無傷なのか!?」
「おい、あの青を見ろ!」
「生きているのか?」
「生きております。先ほどまで、こちらの用務員たちに盛大に水魔法を浴びせておりましたので、たいへん元気でございます」
「……こりゃ、とんでもない上物だぞ」
「ぜひ、うちに譲ってくれ!」
「待て! うちだって買いに来たんだ!」
「金なら出す!」
途端に騒がしくなる大人たち。
「皆さま」
事務長が声をかける。
「まずは、園児たちの見学が終わるまでお待ちください」
「いや、しかし!」
「先に話だけでも!」
「皆さま」
事務長は笑顔を崩さない。
「こちらはオルディス学園幼稚舎の野外活動でございます。園児たちの活動を妨げる方には、お引き取りいただきます」
「…………」
大人たちが一斉に口を閉じる。
「ご理解いただけましたようで、何よりです」
事務長は満足そうに頷いた。
「それでは皆さま。販売会の準備が整うまで、今しばらくお待ちくださいませ」
子どもたちが順番にラピス・シザーを見学するのをジリジリとした気持ちで見つめる大人たち。
常に隣人の懐具合が気になって仕方がない。
「それでは、最後の園児も見学を終えたようです。お財布のご準備はよろしいでしょうか?」
「オォ!!」
事務長が片手を上げる。
途端に大人たちが静まり返った。
「さぁ、さぁ! ご覧ください! この青! この大きさ! 爪の先まで傷一つない、見事なラピス・シザー!」
事務長の声が一段と高くなる。
「銀貨百枚から参りましょう! 百! 百二十! 百五十! そちら二百!」
次々と手が上がる。
指を立てる。
手のひらを返す。
また指を立てる。
「三百! 四百! 五百! おっと、そちら六百! 八百! 千!!」
買い手たちは無言。
事務長の威勢のいい声だけが響き渡る。
「千二百! 千五百! 二千! まだあるか!」
「に、にせん!?」
園児たちが顔を見合わせる。
「二千五百! 三千!」
手を下ろす大人たちが増えていく。
残ったのは二人。
「三千二百! 三千五百!」
一人が僅かに指を動かす。
「四千!!」
もう一人が腕を下ろした。
「四千! 四千! ほかには!」
事務長の視線が買い手たちを一巡する。
「決まりました! 四千で落札!!」
鐘が高らかに鳴った。
勝者が大きく拳を突き上げる。
「よっしゃあああ!!」
周囲から盛大な拍手が湧き上がった。
「……ねえ」
レオンがアルベルトの袖を引っ張る。
「あの人たち、何してたの?」
「……ラピス・シザーを買っていたのでしょう」
「なんで指だけで?」
「……それは、私にもわかりません」
「パパが買った!!」
いつの間にか隣にいたトーマスが高らかに宣言した。
トーマスの父は手に入れたラピス・シザーを保管する箱へ丁寧に納めたあと、足早に去って行った。
集まった馬車もいつの間にかいない。
あるのは、事務長が乗ってきた園馬車のみ。
「皆さん、ラピス・シザーは見ましたね? 今日は終了します。お片付けしてください!」
「せんせーい! 捕まえたリバークロウやシザークロウはどうしたらいい?」
「持って帰りたい人は、一人二、三匹までにしましょう。他のクラスのおともだちにも見せてあげてくださいね」
「えー!! 釣ったのみんな持って帰れないの?!」
「必要な数だけにしましょう。あとは池に帰してあげましょう」
「はーい!」
子どもたちは捕まえたリバークロウやシザークロウを掴み池に投げこむ。
「バイバーイ! もうつかまるなよ!」
来た道を戻る。
警護は来た時と一緒。
送り迎えの先生たちと用務員が左右を警戒する。
持ち帰る子どもたちは、それぞれバケツに戦果を収めている。
スミレ組は皆、やり切った顔でオルディス学園の門を潜った。
送り迎え担当の先生が、幼稚舎の門を開ける。
すると、通路の両側には、他のクラスの子どもたちが並んでいる。
まるで歴戦の勇者一行を讃えるように。
「スミレさん、捕まえたやつ見せて?」
「大きい?」
「コレ、何?」
次々と声が上がる中を、園児たちは堂々と園舎の奥の教室まで歩いていった。




