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幼稚園戦争  作者: あぐり りょう


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1/33

オルディス平原の戦い

 王国暦一八七年、秋。


 後世の歴史家が、この年を特別なものとして記すことはない。

 王国に大きな戦乱はなく、国境は平穏を保ち、凶作も疫病もなかった。


 少なくとも、王国史においては。


 だが、その日。

 王都の外れでは、百を超える兵が二つに分かれ、互いの存亡を賭して対峙していた。


 後に――。

 いや。

 この戦いに、後世へ伝わる名はない。


 戦勝を記念する碑もなければ、敗者を悼む墓標もない。


 王国の正史に、その記録が残されることもなかった。


 それでも。

 確かに、戦いはあった。


 会戦を前に、戦場は奇妙な静寂に包まれていた。


 紅軍と白軍。


 二つの軍勢は、広大な平原を挟み、東西に布陣している。


 その紅軍の中で。

 銀髪の少年が、白軍の陣を見つめていた。


「なあ……」

「なに?」

「オレ、このたたかいがおわったら、アイツにプロポーズするんだ……」


「そうなの?」

「うん」


 ルシアンは頷いた。

 そして、しばらく黙ったあと。


「……オレにもしものことがあったら、アイツに――」

「じぶんでいえばいいじゃん」


「…………」

 ルシアンは隣を見た。


「それも、そうだな」


 再び、戦場を見る。

 まだ戦いは始まっていない。


 兵力では紅軍が勝る。


 白軍の中核をなすのは、スズラン、リンドウの二隊。


 合わせて六十。

 さらにユリ隊がこれに加わる。


 対する紅軍。


 最精鋭スミレ隊、二十。

 主力はバラ、たんぽぽの二隊。


 その後方には、三十余の予備兵力。


 数字だけを見れば、紅軍優勢。

 そう判断するのが当然だった。


「かてるな」


 カイルもまた、そう考えた一人だった。


「あにきがいってた!」


 確信に満ちた声で言う。


「たたかいは、かずだって!」


 アルベルトは答えなかった。

 ただ、敵陣を見つめていた。


 ――戦いは数。


 なるほど。

 その言葉自体は、間違っていない。


 だが、この日の紅軍はやがて知ることになる。


 数で勝ることと。

 戦力で勝ることは。

 必ずしも、同じではない。


 その差は、兵の質にあった。


 白軍の中核をなす六十は、いずれも経験を積んだ古参兵である。


 対して紅軍。


 同等の経験を持つ者は、スミレ隊の二十のみ。


 バラ隊とたんぽぽ隊が主力を担う。


 だが、白軍の中核と正面からぶつかれば、個々の力量で劣る。


 それは明らかだった。


 紅軍の兵数を押し上げている三十余の予備兵力。

 彼らを投入すれば、数の上では圧倒できる。


 だが、アルベルトにその選択肢はなかった。


 彼らは守られるべき者たちだった。

 戦場に立つ以上、戦う意志はある。

 だからといって、最も苛烈な場所へ送り込んでいい理由にはならない。


 彼らを前線へ投入して得る数的優位など、優位とは呼べなかった。


 故に。


 紅軍が実際に前線へ投入できる兵力は、見た目ほど多くない。


 対する白軍は、その大半を最初から戦力として計算できる。


 総兵力では紅軍。

 実働兵力では白軍。


 会戦が始まる前から、両軍の間には数字には表れない差が存在していた。


「アルベルト」


 レオンが隣に立つ。


「どうする?」


 アルベルトは答えず、正面を見た。

 白軍の布陣に大きな偏りはない。


 中央にスズラン。

 その側面をリンドウが支え、ユリが後方に控える。


 堅い。

 正面から当たれば、こちらが先に削られる。


 だからといって、迂回に時間をかければ、白軍はその間に陣形を変えるだろう。


「……カイル」

「なに?」

「ひだり」

「わかった!」

「アーロンは、みぎ」

「うん!」

「むりにすすめなくていい」


 二人がアルベルトを見る。


「むこうを、そこにいさせて」

「たおさなくていいの?」

「いい」


 カイルは少し不満そうだった。

 だが、頷く。


「わかった」

「レオン」

「うん」

「ぼくたちは、まんなか」


 左右で敵を拘束する。


 その間に、最も信頼できるスミレ隊を中央へ集中させる。


 敵全体を倒す必要はない。


 一ヶ所。

 ただ一ヶ所でいい。


 白軍の戦列に穴を開ける。


 そこから内部へ入り込めば、数で劣る白軍は対応のために兵を動かさざるを得ない。


 動けば、隙が生まれる。

 その隙を、さらに広げる。


 アルベルトは勝とうとしていなかった。

 まず、敵に動かせようとしていた。

 静かに構える白軍を、自分たちの望む形へ崩すために。


 その時。


 高く、鋭い音が戦場を貫いた。


「いくぞ!」


 カイルが真っ先に飛び出した。


「カイル! はやい!」


 アルベルトの声は届いていた。

 だが、カイルは止まらない。


「だいじょうぶ!」


 何が大丈夫なのか。

 アルベルトには分からなかった。

 だが、すでにバラ隊は動き始めている。


「アーロン!」

「いく!」


 右翼も動いた。

 たんぽぽ隊が前進する。

 紅軍両翼の動きを見て、白軍もまた左右へ兵を展開した。


 アルベルトはその動きを見逃さない。


「レオン!」

「うん!」

「いま!」


 スミレ隊が前へ出た。


 中央突破。

 紅軍最精鋭二十が、一気に白軍中央へ迫る。


 開戦直後。

 アルベルトの策は機能した。


 最初に激突したのは左翼だった。


 カイル率いるバラ隊と、リンドウの一隊。

 カイルは止まらない。


「すすめ!」


 両軍が接触する。

 直後。

 紅軍左翼の前進が止まった。


「……!」


 カイルの顔から笑みが消える。

 押せない。

 人数では負けていない。

 それでも、押せない。


 一人を囲もうとすれば、その隙に別の一人が抜ける。


 抜けた者を追えば、戦列が乱れる。

 乱れた場所へ、別の敵が入り込む。


 戦場のいたるところで、小さな綻びが生まれていく。


「ばらばらになるな!」


 カイルが叫ぶ。

 だが、叫んだ本人が最も前にいる。


「カイル! まえにでるな!」


 アルベルトの声が飛ぶ。


「だいじょうぶ!」


 やはり、何が大丈夫なのかは分からなかった。


 一方。

 右翼のアーロンは、カイルより慎重だった。


「まって!」


 前へ出ようとする者を止める。


「ならんで!」


 たんぽぽ隊は大きく崩れない。

 だが。

 前にも進めなかった。


 白軍は攻め急がない。


 たんぽぽが前へ出れば下がる。

 止まれば、また距離を詰める。


 アーロンは次第に、自分たちが戦っているのではなく、動かされていることに気づき始めた。


「……いやだな」


 呟く。


「アーロン!」


 遠くからアルベルトが呼ぶ。


「すすめる!?」


「むり!」

 即答だった。


「こっち、つよい!」


 それだけで十分だった。

 アルベルトは中央を見る。


 スミレは前進している。

 左右は止められた。


 だが、それは当初の想定内。


 両翼の役目は敵を倒すことではない。

 拘束することだ。


「レオン! そのまま!」

「うん!」


 スミレ隊がさらに深く入る。

 白軍中央が下がった。


 一歩。

 さらに一歩。


 突破できる。

 そう思った。


 白軍中央が、突然左右へ割れた。


「……え?」


 レオンが止まる。


「とまるな!」


 アルベルトが叫んだ。

 だが、遅い。


 開いた中央の奥から、待機していたユリ隊が前進する。


 同時に。

 左右へ割れた白軍が、スミレ隊の側面へ回り始めた。


「レオン! もどれ!」

「わかった!」


 スミレ隊が反転する。

 しかし、前へ出すぎている。


 退路が狭い。

 白軍は追わない。


 ただ左右から圧力をかけ、スミレの進路を限定していく。


 その光景を見た瞬間。

 アルベルトは理解した。

 誘われたのは、白軍ではない。


 自分たちだった。


「カイル! もどれ!」

「え!?」

「アーロンも!」

「でも!」

「ちゅうおうをたすける!」


 左右から紅軍が動く。

 白軍はそれを待っていた。

 カイルが離れれば、リンドウが前進する。

 アーベルが中央へ寄れば、その空いた場所へ白軍が入り込む。


 一つを救えば、一つが崩れる。

 一ヶ所を塞げば、別の場所に穴が開く。


 アルベルトは必死に戦場を見渡した。

 総兵力では勝っている。


 なのに、どこにも兵が足りない。


「アルベルト!」

 カイルが叫ぶ。


「どっち!?」


 中央へ行くのか。

 左翼へ戻るのか。

 アルベルトは答えられなかった。


 一瞬。

 ほんの一瞬だった。


 だが、戦場ではその一瞬が長い。

 白軍が、一斉に動いた。


 中央。

 左翼。

 右翼。


 三方向から圧力が増す。

 紅軍の戦列が、目に見えて縮み始めた。


 ここで初めて。


 アルベルトは勝つための手を探すことをやめた。


 どうすれば、負けずに済むか。

 考えるべきは、それだった。


「レオン!」

「なに!?」

「みんな、もどす!」

「どこに!?」

「こっち!」

「でも、むこうが――」

「いい!」


 アルベルトは敵陣を見た。

 白軍は勝っている。


 だからこそ。

 必ず来る。


「さがるぞ!」


 紅軍に、撤退命令が下された。

 命令を受け、最初に動いたのはスミレ隊だった。


「ひらけ!」


 レオンが叫ぶ。

 中央に固まっていたスミレ隊が左右へ散る。

 その間を、バラ隊とたんぽぽ隊が抜けていく。


「カイル! さき!」

「わかった!」


 カイルが走る。


「バラ隊! こっち!」


 乱れていた兵たちが、その声を追う。

 アーロンもまた、分かれていたたんぽぽ隊を拾い集めながら後退した。


「こっち! こっちだよ!」

「アーロン!」

「いるよ! そのままきて!」


 一人。

 また一人。

 紅軍の兵が中央へ集まっていく。

 完全な敗走には、まだなっていない。

 誰もが自分の隊を探し。

 声を聞き。

 命令された方向へ動いている。


 ならば。

 まだ軍として機能している。


「レオン!」

「うん!」

「さいごにさがる!」

「わかった!」


 ルシアンは、後方へ下がっていく仲間たちを見た。

 そして。

 何も言わず、帽子を深く被り直した。


 スミレ隊が最後尾に残った。

 白軍が迫る。


 両軍が接触する。


 一人が腕を伸ばす。

 身をかわす。


 別の一人が回り込む。

 それを仲間が遮る。


「さがって!」


 一歩。

 スミレが下がる。


 白軍が詰める。

 その時だった。


「ルシアン!」


 銀髪が翻る。

 迫った白軍の一人を避ける。


 だが。

 その背後から、もう一人。


 手が伸びた。


「――っ!」

 ルシアンの帽子が、宙を舞った。


「ルシアン!!」


 戦列から、一人が消えた。

 それでも。

 戦いは続く。


 また接触する。


「いま!」


 さらに一歩。

 戦いながら退く。


「さがって!」


 一歩。

 スミレが下がる。


 白軍が詰める。

 また接触する。


 それは、ただ走って逃げるより遥かに難しい。


 一人が焦れば列が崩れる。

 一人が立ち止まれば、その後ろが詰まる。

 敵だけを見れば、隣が見えなくなる。

 仲間だけを見れば、敵の手が迫る。


 それでもスミレ隊は崩れなかった。


 二十人が欠けていく。


 紅軍で最も経験を積んだ者たちが、後退する味方の最後尾を支えていた。


「アルベルト!」


 レオンが叫ぶ。


「まだ!?」

「もうすこし!」

「ちかいよ!」

「わかってる!」


 白軍は止まらない。

 紅軍の後退を見て、さらに勢いを増した。


 当然だった。

 勝っている。

 そう見えている。


 紅軍中央は崩れた。

 左右も退いた。


 残るは、逃げる敵を追うだけ。


 ここで手を緩める理由はない。


 白軍の前衛が速度を上げた。

 その後ろが続く。

 さらに後ろも続く。


 紅軍を逃がすまいと、前へ。

 前へ。

 前へ。


 アルベルトは走りながら、何度も後ろを見た。


 白軍が来る。

 近い。

 しかし、見ていたのは、先頭ではなかった。


 その後ろ。

 さらに、その後ろ。


「…………」


 最初は、ほんのわずかな違いだった。


 白軍の先頭が速い。

 紅軍へ追いつこうとする者が、前へ出る。


 その後ろも走る。


 だが、全員が同じ速さで進めるわけではない。

 少しずつ。

 白軍の列が伸び始める。

 前と後ろの距離が開く。


「アルベルト!」


 カイルが前方から叫んだ。


「どこまでさがるんだ!?」

「まだ!」

「まだ!?」

「まだ!」


 アルベルトは白軍を見る。

 まだ足りない。

 敵は追っている。


 だが、まだ一つの軍としてまとまっている。


 もっと。


 こちらが完全に逃げていると思わせる。


 もっと深く。

 もっと前へ。


「さがれ!」


 紅軍がさらに退く。

 白軍がさらに追う。

 距離が縮む。


「レオン!」

「もう、くるよ!」

「まだ!」

「アルベルト!」

「まだだ!」


 レオンは歯を食いしばった。

 スミレ隊がまた一歩下がる。

 その横を、白軍の一人が抜けようとした。


「そっち!」


 別のスミレ兵が回る。

 進路を塞ぐ。

 その間に、さらに後退する。


 少しずつ。

 少しずつ。


 紅軍は戦場の端へ向かっていた。

 そして白軍は、その背を追い続けた。


 やがて。


 アルベルトの目が細くなった。


 白軍の最後尾が、遠い。

 前衛との距離が、明らかに開いている。

 追撃に夢中になった前の隊ほど速い。


 後方は遅れている。


 戦列が一本の長い線になっていた。


「……レオン」

「なに!?」

「もういい」

「え?」


 アルベルトが止まった。

 レオンも止まる。


「カイル!」


 前を走っていたカイルが振り返った。


「なに!?」

「みぎへまがれ!」

「みぎ!?」

「アーロンも!」

「わかった!」

「なんで!?」


 カイルだけが聞き返した。


「いいから、まがれ!」

「わかった!」


 紅軍の進路が変わった。


 それまで一直線に後退していた隊列が、大きく右へ折れる。


 白軍も追う。

 紅軍が曲がれば、白軍も曲がる。


 逃がさないために。

 距離を詰めるために。

 その背を追って……。


「もっとみぎ!」


 アルベルトが叫ぶ。

 紅軍がさらに進路を変える。


「アルベルト!」

 レオンが隣を走る。


「どこいくの!?」


 アルベルトは答えなかった。

 見ていた。

 白軍の前ではない。

 遥か後ろ。


 長く伸びた列の先。

 最後尾。


 逃げ続けたことで遠ざかっていたはずの場所が、旋回したことで、少しずつ自分たちの正面へ近づいてくる。


「……みえた」


 アルベルトが呟いた。


「なにが?」

「あっちの、うしろ」


 レオンが前を見る。

 そして。


「……あ」


 気づいた。

 白軍は紅軍を追っている。

 だから、白軍の先頭は紅軍の後ろにいる。


 しかし、紅軍そのものが大きく回り込めば……。


 その先にあるのは。

 白軍の後ろだった。


「カイル!」

「なに!?」

「もっとはやく!」

「さっきまで、さがれっていってたじゃん!」

「いまは、すすめ!」

「どっちなんだよ!」

「みぎ!」

「わかった!!」


 カイルが速度を上げた。

 バラ隊が続く。


「アーベル!」

「こっちもいく!」


 たんぽぽ隊も走る。

 紅軍の撤退は終わった。


 だが。

 反転したわけではない。


 白軍の正面へ戻ったわけでもない。

 その外側を回る。

 ただひたすらに。

 敵の後背を目指して。


 白軍も異変に気づいた。


「まがった!」

「おう!」


 前衛が紅軍を追う。

 白軍全体も進路を変える。


 だが、長く伸びた列はすぐには曲がれない。


 先頭が右へ動く。

 中央が遅れて続く。

 最後尾は、さらに遅れる。


 その結果。


 白軍の戦列は、さらに大きく湾曲した。


「いける!」


 レオンが叫んだ。

 白軍最後尾が見える。

 近づいている。


 あれほど紅軍を苦しめた白軍の中核。


 その背が、今は無防備にこちらへ向いている。


「おいつくぞ!」


 カイルが叫んだ。

 バラ隊が走る。

 アーロンも続く。


 スミレ隊が後方から押し上げる。

 一気に距離が縮まった。


 白軍最後尾の一人が振り返った。


「……え?」


 紅軍がいる。

 前ではない。

 後ろに……。


「うしろ!」


 声が上がった。


「うしろからくる!!」


 その声が白軍の列を走る。

 最後尾から中央へ。

 中央から前衛へ。


 白軍の動きが変わった。

 追うだけではいけない。


 このままでは後ろから食われる。


 だが。


 止まれば、紅軍に追いつかれる。


 反転すれば、それまで追っていた紅軍の主力へ正面からぶつかる。


 ならば。

 逃げるしかない。


 白軍が、さらに右へ曲がった。


「にげる!」


 カイルが笑った。


「おえ!」

「まって!」


 アルベルトが叫ぶ。

 カインが振り返る。


「なんで!?」

「ばらばらになるな!」

「わかってる!」


 そう答えながら、やはりカイルが一番前だった。


 紅軍が白軍の後背を追う。

 白軍は逃げる。


 だが白軍も、ただ逃げたわけではない。

 さらに旋回すれば。


 その先には。

 紅軍の後背がある。


 白軍前衛が、それに気づいた。


「むこうの、うしろ!」


 進路が変わる。

 白軍が紅軍の後背を目指す。


「アルベルト!」


 レオンが叫んだ。


「むこうもくる!」

「みぎ!」


 紅軍も曲がる。

 白軍も曲がる。


 紅軍は白軍の背を狙う。

 白軍は紅軍の背を狙う。


 双方が相手の後ろへ回り。


 双方が、自らの後ろを守るために逃げる。


 戦線は、弧を描いた。

 さらに曲がる。

 弧は大きくなる。


 やがて。


 ひとつの巨大な円環が、戦場に生まれた。


「すすめ!」


 アルベルトが叫ぶ。

 紅軍が走る。

 白軍も走る。


「もっと!」


 走る。

 だが。

 距離は縮まらない。

 前にいる敵も走っている。


「カイル! はやく!」

「はしってる!」

「もっと!」

「むり!」


 白軍も同じだった。

 追いつきたい。

 だが、追われてもいる。


 速度を落とせない。


 一方が速くなれば、もう一方も速くなる。

 一方が遅くなれば、背後から迫られる。


 止まることはできない。


 紅軍が白軍を追う。

 白軍が紅軍を追う。


 戦場から、前と後ろの概念が消えた。


「アルベルト!」

「なに!?」

「これ、いつまでやるの!?」


「…………」

 アルベルトは答えなかった。


「アルベルト!」

「わからない!」

「ええ!?」


 だが、止まれない。


 紅軍も。

 白軍も。


 互いの後背を目前に捉えながら。

 決して届かない距離を追い続けた。


 この時。

 紅軍にも、白軍にも、もはや決定打はなかった。


 戦況は膠着していた。


 極めて高度な機動戦の末。

 紅軍は敗北を回避した。


 白軍もまた、優勢を失いながら決定的な損害は受けていない。


 双方が相手の弱点へ回り込み。

 双方が、その回り込みを阻止し。


 ついには。

 互いの存在そのものが、互いを拘束する形となった。


 後世。


 この局面を研究する軍略家がいたならば。

 紅軍の撤退判断と、その後の旋回機動を高く評価したかもしれない。


 あるいは、最終的に両軍すべてを巨大な円環へ巻き込み、誰一人として止まれなくしたことについて。

 首を傾げたかもしれない。


 だが。

 その評価が下されることはなかった。


 なぜならこの会戦に終止符を打ったのは……。


 紅軍でも。

 白軍でも。

 軍略でもなかったからだ。


 ピーーーーーーーーーッ!!


 高く、鋭い音が。

 再び戦場を貫いた。


「そこまでー!!」


 円環が止まった。


「みんなー! 帽子取り終了でーす!!」


 砂埃が舞う。


「…………」


 アルベルトが止まる。

 レオンが止まる。

 カイルが止まる。

 アーロンが止まる。


 白軍も止まる。


「つかれた……」

 誰かが言った。


 王国暦一八七年、秋。

 王都郊外。


 オルディス学園幼稚舎、秋季運動会。


 午前競技。


 紅白対抗――帽子取り。


 後世の歴史家が。

 この戦いを記すことはない。


「……これ、なんか遠い昔に観たような?」

 一人の呟きは誰の耳にも届かなかった。

お読みくださって、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
壮絶な始まり方で、壮絶な戦い方で、赤白帽取り合戦ww 的確に指示するアルベルト。 この戦いどーなるのかなーと見守ってて途中で気付く。 あれ?これ、ただぐるぐる回ってるだけじゃね?ww そして戦いに勝…
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