第78話 花籠を断る記録
花籠は、受け取らなかった。
それだけなら、たった一行で済む話だった。
――ベアトリス侯爵夫人より花籠持参申し出。贈答品一律辞退方針により受領せず。本人了承。返却。
受付の女官が記録した文は、簡潔だった。
だが、その一行が持つ意味は軽くない。
小さな春挨拶会の最中、リリアナは何度も受付の記録台へ視線を向けた。
花籠は、もう馬車へ戻されたはずだ。
それでも、そこに見えない花籠が残っているような気がした。
華やかな花。
春らしい香り。
「返礼不要」と添えられた、柔らかな罠。
以前のリリアナなら、喜んで受け取ったかもしれない。
綺麗だから。
せっかくだから。
相手の厚意だから。
断るのは失礼だから。
入口に飾れば、会場が少し華やぐから。
そう言って。
そして、その後に何が生まれるかは見なかった。
返礼。
例外。
他家からの追随。
関係維持費。
贈答記録。
また、見えにくい支出。
花は悪くない。
だが、花籠は扉になる。
ミリアム夫人の言葉が、今日ほどよく分かったことはなかった。
会場では、春挨拶会が続いている。
アデレード老伯爵夫人が、若い夫人たちに古いショールの話をしている。
クララ子爵未亡人は、庭師の覚書をヘルマン監督官へ資料として提出し、受領記録に署名していた。
エミリア伯爵夫人は、窓布の番号札について本当に興味があるらしく、リリアナの説明を聞きながら何度も頷いている。
そしてベアトリス侯爵夫人は、扇の陰から会場全体を見ていた。
花籠を断られたことを、腹立たしく思っているのか。
面白がっているのか。
それとも、次の言葉を探しているのか。
リリアナには分からない。
分からないから、怖い。
だが、怖いからといって花籠を受け取るわけにはいかない。
「リリアナ様」
声をかけてきたのは、エミリア伯爵夫人だった。
「はい」
「先ほどの花籠のこと、よくお断りになりましたね」
リリアナは少しだけ身構えた。
褒められているのか、困惑されているのか判断がつかなかったからだ。
エミリア夫人は、少し苦笑した。
「あのように言われると、私なら受け取っていたかもしれません。返礼不要と言われれば、断る方が悪いような気がしてしまって」
「私も、そう思いかけました」
リリアナは正直に答えた。
「綺麗な花籠なら、会場も明るくなりますし」
「ええ」
「でも、今日は一律に辞退すると決めていました。花籠だけ受け取ると、他の方のものも受け取る理由になってしまいます」
「一つだけ、が難しいのですね」
「はい」
エミリア夫人は、少し考えた。
「私も夫人会で覚えがあります。古着仕分けの時、一着だけなら見栄えのよいものを先にしても、と考えてしまいました。でも、一着だけが続くと、結局全部そうなってしまう」
「一つだけが続く」
「はい」
リリアナは、その言葉を手帳に書きたくなった。
だが今は会の最中だ。
代わりに、心の中で繰り返す。
一つだけが続く。
花籠も、刺繍も、髪飾りも、関係維持費も。
最初は一つだけ。
でも、その一つが道になる。
だから止める。
最初の一つで。
エミリア夫人は、ふとリリアナのドレスを見た。
「そのドレス、本当に素敵です」
「ありがとうございます」
「前より、好きかもしれません」
リリアナは思わず目を瞬いた。
「前より?」
「はい。前は、綺麗なドレスだなと思いました。今日は、リリアナ様が着ている感じがします」
それは、アデレード老伯爵夫人の言葉にも似ていた。
前より、顔が見える。
リリアナは、少しだけ胸が温かくなった。
「新しい刺繍を足さなかったので、少し不安でした」
「私なら足していました」
エミリア夫人は小さく笑った。
「でも、足さないで立つのも、勇気がいるのですね」
「はい」
「今日、それを覚えて帰ります」
そう言って、エミリア夫人は小広間の方へ戻っていった。
リリアナは、その背中を見送りながら、少しだけ息を吐いた。
理解してくれる人がいる。
全員ではない。
笑う人もいる。
でも、一人でも「足さない勇気」を見てくれる人がいるなら、今日この場に立つ意味はある。
その時、受付の方が少しざわついた。
リリアナが振り向くと、女官が困った顔でエレノアへ視線を送っている。
エレノアはすぐに近づいた。
リリアナも後を追う。
受付台の前には、ベアトリス侯爵夫人の侍女が立っていた。
手には小さな包み。
花籠ではない。
淡い布に包まれた、平たい箱だった。
女官が低い声で説明する。
「ベアトリス侯爵夫人付きの侍女より、こちらを“忘れ物ではなく、資料”としてお預けしたいとの申し出です」
「資料?」
エレノアの声は静かだった。
侍女は丁寧に礼をした。
「はい。奥様より、春の枝物を美しく見せるための飾り紐の見本でございます。贈答品ではなく、参考としてご覧いただければと」
リリアナは、思わず包みを見た。
飾り紐の見本。
資料。
クララ夫人の庭師覚書が資料として受理されたばかりだ。
そこを見て、ベアトリス夫人は別の入口を探したのだ。
花籠が駄目なら、資料。
資料が受け取れるなら、飾り紐。
飾り紐なら贈答品ではない、と。
エレノアはすぐには答えなかった。
受付の女官も、判断を待っている。
リリアナの胸がざわついた。
これは難しい。
クララ夫人の資料は、紙だった。
庭師の覚書で、実務に使える。
ベアトリス夫人の飾り紐は、物だ。
参考と言いながら、実際には装飾品に近い。
受け取れば、会場に飾ることを期待されるかもしれない。
あるいは、後で「参考に差し上げただけですのに」と言われるかもしれない。
エレノアが口を開く前に、リリアナは小さく言った。
「中を見ずに返す方がいいと思います」
エレノアがリリアナを見る。
リリアナは、自分でも緊張しているのが分かった。
でも続けた。
「紙の覚書なら資料です。でも、飾り紐は物です。見本でも、飾りに使えるものです。今日は贈答品も手土産も受け取らないと決めています」
侍女の顔に、わずかな動揺が走った。
エレノアは頷いた。
「その通りです」
そして侍女へ向き直る。
「ご厚意に感謝いたします。ただ、本日は物品の受領を一律に辞退しております。紙の資料であっても、事前に確認したもののみ受領します。こちらはお持ち帰りください」
「しかし、奥様は資料として」
「資料として扱う場合でも、事前確認と受領記録が必要です。本日は受け取れません」
侍女は一瞬だけ困った顔をしたが、深く礼をした。
「承知いたしました」
包みは戻された。
受付の女官が記録する。
――ベアトリス侯爵夫人より飾り紐見本を資料名目で預託申し出。物品に該当するため受領せず。事前確認なき資料受領不可として返却。
リリアナは、その文字を見て、背中にじわりと汗をかいた。
花籠だけでは終わらなかった。
扉は、別の形で何度も現れる。
エレノアが小さく言った。
「よく気づいたわ」
「クララ様の資料を使われた気がしました」
「ええ」
「資料も扉になるんですね」
「なるわ。だから、紙か物か、事前確認があるか、実務に必要かを見る」
リリアナは頷いた。
手帳が欲しい。
今すぐ書きたい。
でも会は続いている。
覚えておく。
紙か物か。
事前確認。
実務に必要か。
小さな春挨拶会は、思っていた以上に実務の試験だった。
やがて、ベアトリス侯爵夫人本人が近づいてきた。
表情は相変わらず優雅だ。
しかし、目の奥には薄い笑みがある。
「エレノア様。飾り紐の件、失礼いたしましたわ。資料としてならよろしいかと思ったのですけれど」
エレノアは静かに答えた。
「お気持ちだけ頂戴いたします。今回は事前確認のない物品受領を一律に控えております」
「まあ。紙でなければ資料ではない、ということ?」
問いの形をしているが、罠だ。
エレノアは答えた。
「いいえ。物品の資料もありえます。ただし、本日は贈答品辞退を明記しているため、実物見本は事前確認のない限り受け取れません」
ベアトリス夫人は扇を開いた。
「ずいぶん細かいのですね」
その言葉に、リリアナは少しだけ反応した。
細かい。
以前なら、そう言われると恥ずかしかった。
細かいことを気にするのは、華やかな社交の場に似合わない。
そう感じただろう。
でも今は違う。
細かいところから、空欄が生まれる。
細かいところから、関係維持費が戻る。
リリアナは、自分でも驚くほど自然に言った。
「はい。細かくしています」
ベアトリス夫人の視線が、リリアナへ移る。
「まあ」
「細かくしないと、後で分からなくなるので」
言った。
言ってしまった。
エレノアは止めない。
リリアナは続けた。
「花籠も、飾り紐も、綺麗です。でも、今日は受け取らないと決めています。綺麗だから例外にすると、後で何を受け取って、何を断ったのか分からなくなります」
ベアトリス夫人は、少しだけ目を細めた。
「リリアナ様は、すっかり帳簿の方になられたのね」
帳簿の方。
それは褒め言葉ではない。
華やかな令嬢から、紙と数字の人間へ落ちたと言いたいのだろう。
リリアナの胸が痛んだ。
だが、すぐに別の声が胸の中に浮かぶ。
記録を書いてくれた人。
ノルの言葉だ。
帳簿の方。
記録を書いた人。
どちらを選ぶか。
リリアナは、少しだけ微笑んだ。
「まだ学んでいる途中です。でも、知らないままよりはいいと思っています」
それは、先ほどと同じ答えだった。
繰り返しになる。
でも、今のリリアナの芯にある言葉だから仕方ない。
ベアトリス夫人は、しばらく彼女を見ていた。
そして、ふっと笑った。
「強くなられましたのね」
「強いかは分かりません。怖いです」
正直すぎる返事だった。
周囲で聞いていた数人が、わずかに息を呑む。
リリアナは続けた。
「でも、怖いからといって受け取るのは違うと思います」
今度は、ベアトリス夫人もすぐには返せなかった。
その沈黙を破ったのは、アデレード老伯爵夫人だった。
「ベアトリス様。若い方が怖いと言いながら立っている時に、年寄りが扇で押すものではありませんよ」
ベアトリス夫人の笑みが、少し固まる。
「まあ、アデレード様。私はただ、お気持ちをお届けしたかっただけですわ」
「お気持ちは軽い方が届きやすい。花籠も飾り紐も、少々重かったのでしょう」
老伯爵夫人は平然と言った。
ミリアム夫人が扇で口元を隠す。
何人かが、笑いをこらえた。
ベアトリス夫人は、優雅に礼をした。
「勉強になりますわ」
「学びはいつ始めても遅くありません。私も最近、贈答品を持たずに出かけると馬車が軽いと知りました」
また少し笑いが起きた。
場の空気が、ベアトリス夫人の手から少し離れた。
リリアナは、体の力が抜けそうになるのをこらえた。
ここで安心して座り込むわけにはいかない。
会はまだ続いている。
しばらくして、茶の時間になった。
菓子は一種類だけ。
蜂蜜を控えめに使った小さな焼き菓子。
以前なら、三段の菓子台に色とりどりの菓子が並んでいた。
今日は違う。
皿の上は、驚くほどすっきりしている。
それを見た一人の若い夫人が、小声で言った。
「本当に一種類なのね」
悪意は薄かった。
驚きの方が強い。
リリアナは、その声に気づいたが、すぐに反応しなかった。
代わりに、給仕の女官が説明した。
「本日は、同じ菓子を皆様へお出ししております。追加の菓子はございません」
これも記録された方針だった。
客によって菓子を変えない。
特別な相手へだけ隠し菓子を出さない。
関係維持費の小さな入口を作らない。
老伯爵夫人は焼き菓子を一つ取り、満足そうに言った。
「一種類だと、選ぶふりをしなくて済みますね」
クララ夫人が笑う。
「確かに。どれを取れば失礼でないか、迷わなくて済みます」
エミリア夫人も続けた。
「味が分かりやすくて好きです」
支援的な客たちが、さりげなく場を支えてくれている。
リリアナは、それを感じた。
今日の挨拶会は、公爵家だけで成り立っているのではない。
理解してくれる人たちが、少しずつ場の空気を作ってくれている。
それも、社交なのだ。
ただ華やかに見せるだけではない。
方針を支えてくれる人を見極め、関係を結び直す。
そう考えると、社交は少し怖いだけではなくなる。
会の終盤、ヘルマン監督官のもとへ受付記録が集められた。
花籠一件。
飾り紐見本一件。
返礼不要の菓子箱申し出一件。これは別の家からだったが、同じく受領せず。
資料受領一件。クララ夫人の庭師覚書のみ。
贈答品なしでの出席、多数。
ヘルマンは、その場で簡易集計を出した。
「贈答品辞退方針は、初回としては維持できています」
エレノアが頷いた。
「問題は?」
「資料名目での物品差し込みが今後も出る可能性があります。次回以降、招待状に“資料持参は事前確認をお願いします”の一文を入れるべきです」
「採用しましょう」
リリアナが手を上げた。
「資料は紙だけとは限らないけれど、物なら事前確認、ですね」
「はい」
ヘルマンが記録する。
――次回招待状注意書き案。資料をご持参の場合は、事前に内容をお知らせください。物品見本等は当日受領できない場合があります。
リリアナは頷いた。
今日の失敗、というほどではない。
でも、次に直す場所が見えた。
それだけで少し安心する。
春挨拶会が終わりに近づいた頃、ベアトリス夫人が帰り際にリリアナへ近づいた。
今度は扇を閉じている。
「リリアナ様」
「はい」
「本日は、失礼いたしましたわ。花籠も飾り紐も、少々余計でしたわね」
謝罪、なのだろうか。
それとも別の含みがあるのか。
リリアナにはまだ完全には読めない。
だから、深読みしすぎないことにした。
「お気持ちは、ありがとうございます。でも、本日は受け取れませんでした」
「ええ。よく分かりました」
ベアトリス夫人は、リリアナのドレスをもう一度見た。
「そのドレス、最初は少し寂しいと思いましたけれど」
また来る。
リリアナは身構えた。
「見慣れると、悪くありませんわ」
意外な言葉だった。
ベアトリス夫人は微笑む。
「ただし、次に同じものをお召しになる時は、裾の揺れを少し整えた方がよろしいかと。新しい刺繍ではなく、縫い方の問題です」
リリアナは、一瞬返事に困った。
それは嫌味なのか、助言なのか。
エレノアがそばで聞いている。
アデレード老伯爵夫人も、遠くからこちらを見ていた。
リリアナは、少し考えてから答えた。
「ありがとうございます。補修として確認します。新しい装飾は足しません」
ベアトリス夫人は、扇の先で軽く頷いた。
「ええ。それでよろしいのではなくて?」
そう言って、彼女は去っていった。
リリアナは、しばらくその背中を見送った。
「今のは……?」
小さく呟くと、ミリアム夫人が横から現れた。
「半分嫌味、半分助言ですわね」
「半分ずつ……」
「社交界には、そういうものがたくさんあります」
「全部嫌味にしなくてもいい?」
「ええ。使える助言だけ記録すればよろしいですわ」
リリアナは深く頷いた。
――半分嫌味、半分助言。使える助言だけ記録。
また手帳に書きたいことが増えた。
挨拶会が終わり、最後の客が帰った後、小広間は静かになった。
菓子皿には、少しだけ焼き菓子が残っている。
花瓶の枝物は、まだ凛としていた。
床に落ちた花びらは少ない。
香水の残り香も、例年よりずっと薄い。
リリアナは、急に疲れが出て椅子に座った。
「終わった……」
「お疲れさま」
エレノアが隣に座る。
「花籠、断りました」
「ええ」
「飾り紐も」
「ええ」
「菓子箱も」
「ええ」
「……疲れました」
「当然よ」
ヘルマン監督官が、受付記録をまとめて持ってきた。
「本日の贈答品辞退記録です。確認をお願いします」
リリアナは、思わず少し笑った。
「終わった後も記録」
「終わった後が記録です」
ヘルマンは真面目に言った。
その通りだった。
リリアナは疲れていたが、記録紙を受け取った。
花籠を断った記録。
飾り紐を断った記録。
菓子箱を断った記録。
資料を受け取った記録。
それらが、一枚の紙に並んでいる。
今日、開けなかった扉の一覧だった。
「これ、残るんですね」
「残ります」
ヘルマンが答える。
「次回以降の基準になります」
リリアナは、花籠の行を指でなぞった。
「花籠を断るのって、冷たいことだと思っていました」
「場合によります」
エレノアが言った。
「今日は?」
「今日は、必要だったわ」
「はい」
リリアナは、小さく頷いた。
その夜、北翼で開かれた簡易報告会で、春挨拶会の初回結果がまとめられた。
出席十七家中、実際出席十五家。
贈答品持参申し出三件。全件辞退。
資料受領一件。事前趣旨に合致、紙資料のみ。
含意ある発言複数。ただし大きな混乱なし。
ベアトリス侯爵夫人より花籠、飾り紐見本の申し出あり。いずれも辞退。
アデレード老伯爵夫人、クララ子爵未亡人、エミリア伯爵夫人らが場を支援。
茶菓子一種類への苦情なし。
花飾り削減について、一部含意あり発言。大きな問題なし。
リリアナ薄桃色ドレス再利用について、複数言及あり。本人対応済み。
リリアナは、自分の名前が入った最後の行を見て少し恥ずかしくなった。
「本人対応済みって」
「事実よ」
エレノアが言う。
「対応できていましたか」
「できていたわ」
「怖かったです」
「それも書く?」
「書きます」
リリアナは自分の報告書を開いた。
――春挨拶会、終了。
――花籠を断った。飾り紐見本も断った。菓子箱も断った。
――綺麗なものを断るのは、思ったより怖い。相手が笑っていると、受け取った方が楽だと思う。でも、受け取ると例外になる。
――半分嫌味、半分助言の言葉もあった。使える助言だけ記録する。
――薄桃色のドレスは、前より自分の顔が見えると言われた。嬉しかった。
――花籠を断る記録は、冷たい紙ではなく、次の扉を閉めるための紙。
書き終えると、彼女は少しだけ笑った。
「花籠を断る記録、変な言葉ですね」
「でも、今日には合っているわ」
エレノアはそう言って、自分の報告にも付記した。
――贈答品辞退方針は、挨拶会中維持された。花籠、飾り紐見本、菓子箱はいずれも受領せず。例外を作らなかったことにより、今後の基準が明確になった。
――ただし、資料名目での物品差し込みが確認されたため、次回から事前確認規定を追加する。
――社交界の含意ある発言に対し、リリアナは方針を説明し、受領拒否を維持。今後も精神的負担に注意。
付記。
――花は悪くない。だが、受け取ることで開く扉がある。扉を閉めた記録もまた、家政再建の一部である。
夜遅く、セレスティアから短い伝言が届いた。
――春挨拶会の報告を受けました。
――花籠を断ったと聞きました。胸が痛みましたが、よく断ったと思います。
――昔の私なら受け取っていました。
――足さない春、受け取らない春を、私も覚えます。
――セレスティア。
リリアナは、それを読んで目を潤ませた。
「お母様も、受け取ってたって」
「ええ」
「私も、前なら受け取ってました」
「今日は断ったわ」
「はい」
リリアナは、手帳の最後にもう一行足した。
――お母様も私も、前なら受け取っていた。今日は断った。
それは、誰かを断罪する記録ではなかった。
変化の記録だった。
小さな春挨拶会は終わった。
華やかではなかった。
傷つかない会でもなかった。
笑われ、探られ、試された。
それでも、花籠は受け取らなかった。
その一行が、明日以降の公爵家を少しだけ守る。




