「アー ユー ハッピー?」
岩田聡と歩く道
「アー ユー ハッピー?」 編
「……っ」
山田はぶつぶつと独り言を続けている。
「違うなぁ」
それでも頭の中を整理できない。妙な緊張感と不思議な想い、そして一筋の期待感。自分は彼に、岩田社長に何を言伝えれば良いんだろう。
岩田がHAL研で全社員の面談をすると発表してから、一週間。
その初回に選ばれたのが、山田だった。
HAL研の妙に清潔な社内が、嫌が応にも緊張感をあおる。「南アルプスの天然水」なんて買って、飲んで、「山梨の富士山の麓で俺たち何時もこんな水、洗濯とかに使ってるのに、なんでわざわざ買ってるんだ、いや何で売ってるんだ」なんてぼやく。少し足が震えている。社長と一対一で話し合う。そんな滅多にない機会、どうやって有効的に使えばいいんだ? 最初は自分の昇進の件も考えたが、それを考えるたびに自分の見識の浅さが浮かぶようで躊躇う。ならば、最新のあの開発機器について語りあおうか。
カウンセリングルームなんて名付けられた面談室。カウンセリング。なんて流行した言葉を使っているが、その意味を正確に知る者なんていなかったりする。その扉をノックする。入る。
色々と感情がごちゃ混ぜになっていた山田とは対照的に、にこやかな岩田がいた。
柔らかい表情で問いかける。
「あなたは今しあわせですか?」
「えっ?」
山田は思わず顔を上げる。戸惑ってしまう。
岩田は穏やかな表情で繰り返す。
「いやー、あの、幸せですか?」
予想だにしない、なんとも和やかなムードが流れた。
山田は腰が抜けて。
「へっ? そういうのですか? もっと技術的なことを問われるかと」
岩田は少し伸びをして笑う。
「それもアリかもしれませんが、僕としては社員一人一人が何を生きがいにしているのか、この会社を楽しめているかが気になって」
山田は振り返る。今まで歩いた道を。
「そうですね。僕はそれなりに幸せですよ。家族もいて、山梨の自然にも慣れて、仕事もカービィシリーズにやりがいを感じてますし。温泉も温かいし。登山も最近楽しい趣味になったし」
それでもその先を見つめようとすると、曇ってしまう。
「でも、将来が不安ですよね」
岩田は応える。
「わかります、このように頑張れって指示を仰いで必死にオールを漕いだ先が倒産だったわけで。また信頼関係を築くには時間がかかるって」
山田はおずおずと下を見て。
「それもあるんですけど、イマイチビジョンが見えないというか」
岩田は愚直に答える。
「僕も何か将来を見る物差しみたいなものが、まだ掴めてません。それを掴むための面接です。これは山田君のためだけではなく、僕のための面接でもあるんです。一緒に掴んでいきましょう。あなたの理想とする上司は?」
山田は戸惑いながら
「うーん、僕たちはテクニックなら負けないと思うんです。だからそれを有効的に上手く使える人かな? 反対に、岩田さんに聞きますけど、岩田さんが理想とする会社は? 上司は? なんなんです? 僕はそっちの方が興味あります」
岩田は手を組んで応える。
「ボスがちゃんと自分のことをわかっててくれて幸せをちゃんと考えてくれる会社かな? それと人は少しずつ変わっていく。自分が変わっていくことをちゃんと理解してくれるボスの元で働きたいな」
山田は黙している。
「……」
岩田は十分に間を取ってから問いかける。
「どうしたんです?」
山田は応える。
「僕も変わって良いんですかね?」
岩田は組んだ手をほどいて
「お願いします」
*
余りの厚さに驚いた岩田だった。
「これ? なんです?」
若手女子の急先鋒、新山は言う。
「わたしたちが作成した社の改善要望リストです。せっかくの機会ですから。それとわたし、あなたのいうことを聴く気ないですから!」
岩田は少しオーバーアクションで
「これは読むだけでも時間がかりそうですね」
暖房の良く聞いた部屋で、熱い熱弁が4時間続いた。
岩田が切り出す。
「そうですね。要望の3点、モニタールームの増設、テニスコートのラケットの買い替え、それに茶葉を新茶にすることを考えておきます。流石に社内に屋内プールを! なんてのは無茶ですけどね」
岩田の心の中に新茶の匂いがふわんと漂う。
そうしてひと通り笑い
「それで……こちらの要望としては」
新山はほくほくと応える。
「はい! はい!」
次いで
「あれ?」
そんな空気が流れた。
岩田は種明かしをする。
「なんてね、言いたいことを言いきった後って、こちらの言うことも素直に聞いちゃったりするんですよ」
*
ファミコン版カービィ、「夢の泉の物語」と名付けられたそれの制作も山場を迎えていた。テストプレイをする同僚は思わず言う。
「凄いな!桜井」
そのテストプレイは前作のゲームボーイ版の遊びやすさを持ち味にしつつも、絶妙に複雑味や遊びの自由が拡大されていた。
カービィがいつも通り敵を吸い込む。
それから同僚がコントローラーの矢印キーの下ボタンを押すと、効果音が鳴りカービィがコピー能力というものを身につけた。そのままカービィは身につけたコピー能力「カッター」で、真空波のようなものを手から放ち、敵をざんざんと斬りつけ蹴散らしていく。
桜井は言う。
「このコピー能力で遊びのバリエーションを増やせます。上級者でも特定のコピー縛りをして歯応えを楽しむことも出来るし、こちらとしてもコピーできる敵を意図的に配置して僕たちのオススメ的な遊びにも誘導できるし」
同僚は首を振り。
「いや、凄いのはそれもあるけど。桜井! 普通、新しいアイデアを思い付いた場合、ぜひともプレイヤーにそれを遊ばせようとするもんだろ? 新しい必殺技があったら、それを必修的に使うように誘導したり……」
それから
「でもこれにはそういうガツガツしたものがない。コピー能力を使わなくとも吸い込みと吐き出しだけでクリアできるゲームバランス。俺はそっちが凄いと思ったんだよ」
桜井は己の信念を繰り返す。
「ゲームを楽しむのはディレクターの僕じゃなくてあくまでもユーザーですから」
岩田との面談で桜井が言う。
「そんなことがあったんですよ」
岩田は応える。
「僕は最初キミの発想力に驚いたけど、次第にわかってきた。キミの視点にはいつも優しさがある。【ユーザーフレンドリー】というか」
桜井は照れ笑いをしつつ
「優しさについては、流石に岩田さんには負けますよ」
岩田はおどけて
「ほんとに?」
桜井は素直に
「いや、時には厳しさもありますけど」
岩田はふふと
「いや、ここは素直に、優しいということで」
*
女性秘書は嘆息する。
「それにしても凄いですね、社長自ら40名の社員と面談なんて。社内の風通しもだいぶ良くなった感じです」
岩田はまだ満足しきらない顔で応える。
「いえ、これからです。面談は半年に一回。全社員に必ずやります」
女性秘書は少しおどけて
「はは……そのうち過労死しますよ。しゃちょぉ」
岩田もおどけながら
「確かにカービィみたいにわたしのコピーが3人いたら、なんて考えちゃいますね」
秘書はにやりとし
「確かに。社長とカービィって似ているところがあるかも」
岩田は少し照れる。
「僕はそんなに可愛くないですよ」
秘書は「ははは……と笑った。
(……似ているのは、甘いものも愚痴もなんでも吸い込んじゃうとこなんだけど)




