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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act5 フラジール・マジシャン
27/36

 リリィが驚いた顔のまま停止したのは、予想通りではあった。

 スティアはほんの少しだけ視線をそらした。淡々と、事実を告げる。

「シェルターの完成が約七年前、〈セカンド〉が三年前、差し引いてだいたい四年間だね。その間、あんたの父親を借りていたんだ」

「で、でも」

 リリィは言葉をつかえながら、声をあげた。

「私は、五年前に一度だけ父さんに会ったことがあるけど、その時あなたはどこにもいなかったよ。それに――」

 そこまで言って、はたと気づいたように、言葉を止めた。

「あの時、『人を待たせてる』って、父さん、言ってた……」

「うん」

 スティアは頷いた。

「俺は、五年前にスピノザ・タウンに行ったことがあるよ」

 リリィは愕然と、目をまん丸にした。

 本当にリアクションの大きい人だな、と思いながら、スティアは続けた。

「五年前。初めてデカルトに来た帰りに、ガイルさんの家があるっていうスピノザに寄った。……ガイルさんは、リリィに会わせてやるからうち来いよってうるさかったけど、断った。宿で待ってたんだ」

「どうして……」

「会わせる顔がなかったから」

 リリィには、意味が分からなかったのだろう。やはり呆然としたままだった。

 どう話してやろうか思案していると、レイバが横から口を挟んだ。

「なに、兄さんあの時、リリィに会ってたの?」

「そ。レイバには内緒なって言われたけど」

「んー? 意味が分からない。口止め工作とか、あんま兄さんらしくない気がするけど」

「内緒って言葉で察しろよ。ガイルさんはあの時に、リリィに〈イエロー〉を渡したんじゃないかな。マターの跡もあったし」

 スティアがじっとリリィを見ると、リリィは驚いているようだった。

「たぶん、そうだよね?」

 念を押すと、リリィはあっさりと頷いた。

「どうして分かるの? いや、その前に、〈イエロー〉って、結局……」

「待って。やっぱり、このへんは順序通りに話した方がいい」

 スティアは、左手をあげて脱線を制した。

「七年前から、俺とロールはガイルさんと旅を始めた。彼の放浪に付き合いながらサバイバル生活をしてたんだ。俺が森育ちだって話は、学校でしたよね。そういうこと」

「サバイバル」

 リリィはその言葉を繰り返しながら、何か言いたそうに、スティアの痩身をじっと見た。

 本当に、ものすごく正直な人だと思いながら、一応笑ってみせた。

「その頃はここまで痩せちゃいなかったよ。普通にメシも食えたし、薬がなくても生きていけた。デカかったわけでも頑丈なわけでもなかったけど。……それに対して。俺の妹は本当に健康だった。病気は寄せ付けないし、怪我の治りも早かった」

「へえ、意外」

「どんなにひどい怪我を負っても、気がついたら治ってるんだ」

 スティアが念を押すと、リリィは不可解そうに瞬きをした。

「どんな環境に置かれても、絶対に風邪なんか引かない。足を切って血塗れになっても、すぐに傷跡が消える。どれほど紫外線に当てられても、肌が荒れることなんか絶対にない。気温がどれだけ高い場所でも、熱中症なんか起こさない。……俺とガイルさんが、うっかり謎の植物の毒でぶっ倒れた時も、明らかに食べごろを過ぎすぎたもので腹を壊した時も、ロールだけは、いつだってけろっとしてた。……普通じゃないでしょ?」

 リリィがなんの言葉も返せないことは予測していたので、淡々と続けた。

「もちろん、生まれた時からそうだったわけじゃない。少なくともハウアーに住んでいた頃は、そんなことはなかった。いつからそうなったかは分からなかった。最初は気のせいかと思ったくらい微々たる変化だったから。だけど、だんだん顕著になってきた」

 過去を思い浮かべながら、我知らず目を細めていた。

「本人も不気味だったみたいで、医者にも相談したんだけど、原因はなにも分からなかった。だから、どうしようもなかったんだけど……五年前。レイバから、ガイルさんに連絡があったんだ」

「レイバが?」

 リリィが繰り返すと、隣のレイバは頷いた。

「俺が兄さんに最初の依頼をした時期なら、たしかに五年前だ」

「レイバはその時、テンプルの技術開発局に転職したばかりだったらしいんだ。ガイルさんは例の難民の件で、テンプルの関係者とは仲がよかったし、何より実の弟の頼みだから、ある品物の回収の依頼を受けたんだよ」

「それは何?」

「〈カラーストーン〉」

 リリィが硬直する。その反応を見ているうちに、レイバが説明を勝手に継いだ。

「俺が、あれを使った発明の構想を始めた時期がちょうど五年前だったんだ。そもそも〈カラーストーン〉がなんだかは、リリィ知ってるんだっけ?」

「よくは知らないけど……セイ・ホワイトは、アニマの結晶だって言ってた気がする」

「あ、やっぱりお前セイに会ったんだ。まあ、大雑把には合ってるかな」

 まるで旧知の仲のような口調で、セイの名を転がす叔父に、リリィは不可解そうな視線を投げた。だが、レイバは何事もなかったかのように(彼にとっては本当に何事でもないのだ)、受け流す。

「正確には、アニマの六属性、それぞれの結晶なんだ。レッド、グリーン、ブルー、イエロー、シアン、マゼンタ」

「光の三原色と、色料の三原色。全部で六種類」

 スティアが補足すると、レイバは嬉しそうに続けた。

「これは森人の視覚・色彩感覚が人間と等しく、なおかつ、魔法という力が極めて主観的で恣意的なものであるという何よりの証明だね。人間の基準で見える世界の色に、魔法の事象が分類できる。出力機関が目であるという点も、こことつながるからすごく重要なんだ」

「レイバの説明は理解しなくても問題ないから、無視していいよ。要するに、カラーストーンは全部で六種類ある、森人の遺産なんだ」

「森人の?」

 リリィが首を傾げる。信仰対象として知られる大陸の先住民と、自分の父親のイメージが結びつかないのだろう。

「……そうだな。少し話はそれるけど、こっちから話すか。ガイルさんとは直接関係しないけど、昔話を聞くような気持ちで、聞いてほしい」

 スティアが言うと、リリィは素直に頷いた。

「むかしむかし、大陸は森人と呼ばれる種族が支配していました。森人は、アニマという不可視の粒子の存在を、先天的に感じられました。そのアニマを操ることで、不思議な力を扱い、魔法文明を築き、発展していきました」

「うん」

「森人の多くは魔法を使えましたが、使えるすべての魔法には限界がありました」

 さっそくリリィはきょとんとしてくれた。苦笑して、続ける。

「指紋みたいなもんかな。先天的に、ひとりひとりに属性が定まっていたんだ。俺の右手で光ってた、ランプの色を覚えてるでしょ?」

 問うと、リリィは頷いた。

「あれと同じ。グリーンが定められていたら、レッドを出力できない。そんな具合で、先天的に定められていた属性と異なるイメージは、誰もが魔法にできなかった」

「……どういうこと?」

「魔法ってのはそもそも、イメージだけで構成される主観的な力さ。出力に必要なのは、効果を想像する強い意志力と、想像の根源的な部分にある、〈色〉のイメージなんだ」

 機械の右手を広げ、リリィに指し示した。

「学校での俺の戦い方だと、グリーンを思い出してもらうと分かりやすいかな。木の葉っぱを飛ばすなんて芸は、見たままの単純なイメージだけど、緑イコール森イコール風、って連想から風を出すなんて、俺の個人的なイメージというか、妄想の域でしょ。それを全部カバーできる」

「…………」

「術者の頭の中の問題なんだ。色と、事象のイメージを結びつけて、発動を強く確信すればなんでもできる。アニマっていう世界中を構成する粒子が、魔法使いの意志に従属して、その配列を願い事を実現する形に変化させる」

 言い放ってから、自嘲ぎみに笑ってしまった。

「口で言うほどは、簡単じゃないけどね」

「なんでもできるの?」

 リリィが、信じられないとでも言うように、顔をしかめている。スティアは頷いた。

「森人は自分の属性の範囲でなら、想像力と集中力次第でなんでもできた。ただし属性の範囲内だ。個人でできる事には限界があった」

「あなたは、ポンポン色を変えていたけど……」

「この右腕は、ちょっと違うんだよ。まあ、その話はあとでするよ。普通は、定められた自分の属性は、何が何でも変えることができなかった」

「じゃあ、六種類しかなかったの?」

「いや、六属性は〈カラーストーン〉の話だから、魔法使いの先天属性それ自体には森人の数だけ色があったらしい。俺が一回作ったオリーブ色だって、魔法として成立してたでしょ。あれと同じだよ。全色をアニマ一粒単位で分解すれば最終的に六種になるから、その六種が原色と呼ばれてるだけで」

「もっと厳密に言えば、三色でも作れるんだけどね」

 レイバが補足した。

「たぶん、はるか大昔には森人にも二種類いたんだよ。俺は、銀髪種と金髪種だったってにらんでるけど。そのへんが統合したせいで、多少複雑になったんじゃないかな」

「話をややこしくすんなよ。誰もそのへんには興味ないんだから」

 楽しそうなレイバを、冷たく遮った。

「とにかく森人の魔法には、限界があった。……だから、魔法を突き詰めるうちに、ひとつの理想に行き着いたんだ」

「どんな?」

「そのままだよ。全ての属性を無限に増幅・制御できる存在さ」

 スティアは皮肉に笑った。

「今の人類にとっては、森人が神様みたいなもんだけど、この時の森人も森人でまた、神様を作ろうとしたんだ、って言えば分かりやすいかな」

「神様……」

「すべての属性を制御する完全生命。それを作るために、森人はある二つの生物兵器を作り出してしまった。それが――〈ブラック〉と〈ホワイト〉」

 リリィの表情が、固まった。

 ばか正直ではあるが、そこまで鈍くもないらしい。スティアは小さく息をついて、続けた。

「簡単に魔法のプロセスを解説させてもらうよ。だいたい二ステップに分けられる。第一に〈増幅〉。自分の属性を中心に、付随するイメージの分だけアニマの絶対量を増やす、あるいはひきつけることをこう呼ぶ。第二には〈制御〉。増やしたアニマを思い通りに動かすことで、間接的に事象を変化させる。結果として、『願いを叶える』という現象が発生するんだ」

「……うん」

「森人が目指したのは、全部の属性を増幅・制御できる存在。だけどさすがに、それをいきなり作るのは無理だったから、力を二分することにしたらしい。全てのアニマを増幅できる〈ブラック〉と、全てのアニマを制御できる〈ホワイト〉。その二つの存在を成立させ、将来的に性質を掛け合わせることで、完全生命の誕生をもくろんだ」

 そこまで言って、肩をすくめてみせた。

「結果、制御を失った状態でひたすら増幅した〈ブラック〉が、この大陸を二つに割って、森人の時代をぶち壊した」

 リリィが目を丸くする。

「このへんは神話の範囲だから、嘘っぽいんだけど。この大陸がノースグラウンドとサウスグラウンドに分かれたきっかけは、〈ブラック〉の暴走で起きた大爆発が、大陸に巨大な亀裂を生んだことだと言われている」

 『大陸』という総称は、実の所、正確ではない。上空から見れば円形になっている島の中心に、横一直線の海峡がある。それを隔てて、北大陸をノースグラウンドと呼び、南大陸をサウスグラウンドと呼ぶ。二つを合わせてようやく『大陸』と呼ばれる。ハンバーガーのような形だと、幼い日のロールは喜んでいた気がする。

 間に隔たるセントラル海峡は、大海にはほど遠い小さな海だが、それでも川と呼ぶほどには狭くない。帝国エンパイアが台頭した中世には、すでにこの海峡が存在していたことは調査の上で歴史に残っている。

 信じられない、とリリィの顔面いっぱいに書かれていた。スティアは、何度目かの苦笑を投げた。

「ま、さすがに大げさに伝わっているとは思うよ。それだけの威力があったなら逆に、地脈とかがどうにかなって、大陸自体が沈んでそうだし」

「……そうだよね」

「そんな伝承が残ってしまう程度には、すさまじい爆発だった。栄華を極めていた森人が、滅びてしまうきっかけになるほどだったから」

 リリィは、きょとんとした。

「森人はアニマをの存在を感じられる種族。つまり、人間には感覚的に分からない存在と、共存して生きていた。だから〈ブラック〉の暴走で、世界に漂うアニマが爆発的に増えたなら、感じられるアニマの量も、爆発的に増える。それが、許容量を越えたんだ」

「どういうこと?」

「今のビーストと同じさ。増えすぎたアニマを体内で持て余して、制御しきれずに暴走、発狂する奴が増えたんだ」

 ビーストに例えると、ガード候補生の彼女はすぐに納得した。

「それだけじゃない。魔法は術者のイメージを体現するから、そのイメージを『絶対にそうなる!』って確信しなくちゃ使えない力なんだ。アニマの氾濫で、アニマを持て余して、うまく魔法を使えない奴が増える。すると、自分の能力に自信がなくなる。自信がなくなったら最後。以後、魔法はまったく使えなくなる」

「確信をすることが、発動の絶対条件だからね」

 レイバが口を挟んだ。

「信頼のない力は維持されない。より所を失えば、崩壊するしかなかったってワケさ」

「アニマという不可視の自然に頼りきりだった種族は、皮肉にも、そのアニマが増えすぎたことで滅びたんだ。んで、アニマに鈍感な種族である人間はピンピンしてたから、滅びた森人に代わって台頭するってわけ。そんな話まですると、歴史の授業になっちゃうけどね」

 スティアが一息つくと、リリィが訊いてきた。

「カラーストーンは、結局なんなの?」

「〈ブラック〉が暴走して、森人の社会は崩壊したけど、全員が全員死んだわけじゃなかった。そいつらが、どうにかして〈ブラック〉を制御して、元の状態に戻すために――あるいは、単に完全生命を作るためのリベンジに、作り出した道具の、第二段が〈カラーストーン〉なんだ」

「二分割してダメなら、六分割してやろうって腹だったんだと思う」

 レイバが楽しそうに補足した。

「増幅と制御を分けると、暴走することをふまえた上で、今度は、各属性ごとに増幅・制御のすべてを可能にする、結晶体を作り出したんだ」

「えっと……。ちょっと待って。そもそもは、色の壁を超えるための〈ブラック〉と〈ホワイト〉なんだよね? ……自分の色の魔法を、完璧に使うだけなら、普通の魔法とは何が違うの」

 リリィが質問する。思っていたよりは理解が早いと感じながら、スティアは答える。

「今度は、生物兵器を作り出したんじゃなくて、結晶体……石の形に固めたんだ。たとえば赤い石なら、原色〈レッド〉を司るアニマを結晶化させたものなんだ」

 右手の、今は消灯されているランプに指で触れた。

「最近シェルターとか発電所とかいろんなところでめっちゃ使われてる〈ストーン〉ってのは、カラーストーンの劣化版だよ。あれよりはるかに威力があって、そして、あれよりはるかに扱いが難しい燃料なんだ」

「燃料……」

「今度は生物なんかじゃなく、文字通り完全に制御下における『道具』を作ろうとした。無限に出てくる絵の具みたいなものだと思ってもらえば、分かりやすいかな」

「そだな。特長を二つあげるなら、混色ができることと、使い方を覚えれば誰にでも使えること」

 レイバが自分に酔うように目を閉じながら、まとめに入る。

「六つのカラーストーンを、森人が作ったしかるべき装置に設置すれば、理論上は誰にでも力が引き出せる。そうなるはずだった」

「……失敗したの?」

「そう。頼りにしていた『しかるべき装置』が壊れたんだ。人間との抗争で、たまたま破壊された。同じものを作り上げるだけの力は、もうその時の森人には残されていなかった」

 そのまま調子に乗って、レイバは手を広げて見せた。

「で、森人が大陸から姿を消して、この伝説は人間には伝えられないままで、うやむやになってしまった。俺は五年前くらいにこの話を知ったから、興味を持ったんだ。結晶体のアニマを観測できるレーダを開発して、旅に出てた兄さんに頼んで、とりあえず散り散りになってた現物を回収してもらってたってワケ」

「そのひとつが〈イエロー〉?」

「そ。なんで兄さんが、わざわざお前に渡していたかだけが、分からないけど」

 心底不思議そうにレイバはこちらを見るが、スティアはあえて、気づかないふりをした。ため息をつく。

「話を元に戻すよ。そんなワケで、俺とロールは、カラーストーンを回収するガイルさんの旅に同行したんだ。最初にレイバに依頼された〈イエロー〉と、次に見つけた〈グリーン〉。苦労はしたけど、順調に回収していったんだよ。で」

 スティアは思わず、目を細めていた。

「その旅が終わるのが三年前。〈セカンド・グランドクロス〉の日。ガイルさんが亡くなったあの日に、俺たちは初めて、セイ・ホワイトに会った」

 静かな口調を意識したが、うまくいったかは分からなかった。

「あいつは、ロールを迎えに来た」

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