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「はじめは分からなかった。俺も妹も、普通に生まれて普通に生活してたからね。ロールの左目も、生まれたときは青かった。……そのへんの流れも踏まえて、本当に昔のことから、話させてもらうよ」
スティアが生まれ育ったハウアー・タウンは、北大陸の中心からやや南に位置する商都だった。
情報都市ユングや、大陸首都フロイトと比べれば、街そのものの規模が巨大というほどではなかった。だが、南北の大地を横切るセントラル海峡からそれほどの距離もなく、銀鉱山への鉄道ステーションも近かったので、人や物が集まる拠点として栄えていた。
当時のハウアーには、大陸内の物流を手広く管理する大規模な商社が存在していた。その経営者がスティアの父親だったという。
事業は順風満帆で、アリビート家は周囲に豪商と呼ばれる裕福な家だったらしい。街の名士として一等地に邸宅を構え、平和に暮らしていた。八年前までは。
「〈グランド〉の被害規模については、一般的に広まっている情報でほぼ間違いない」
食堂のテーブルに肘をついて、スティアは静かに説明した。
「ある日突然、街の一点が異常に光って、同時に周辺のすべてが跡形もなく消し飛ばされた。本当に跡形もなかった。死体もなかったらしい」
淡々と続ける。
「被災地はユゴー地区。かなりの広さがあった区画だったけど、中心からほぼ壊滅。はじっこだけ微妙に残った程度。俺の家はもろに範囲内だった。親父の会社も」
スティアは、左手で自分自身を指し示した。
「俺が助かったのは、たまたま友達の家に行ってたからさ。実家に金があったから一等地に住んでたけど、学校は普通の所に行ってたから、家からかなり遠かったんだ。学区内はぎりぎり爆発を免れた。地震はひどかったけど」
説明を聞きながら、リリィは悲しくなった。隣で聞いているレイバは、すでに知っているからとでも言うように、特に表情を変えないのだ。スティアの説明も、整然としていて、迷いがない。
言い慣れている。
ゲスト、と表現した、彼の言葉を思い出した。
きっとスティアは、彼に関わってきた様々な人間に、この説明を繰り返してきたのだ。こんな、口に出すのも辛いはずのことを。
スティアはきっと、リリィがそう感じてしまった事を見抜いただろうが、あえて無視するように、冷淡に続けた。
「地震で火災が発生して、火災が爆風で広がって、水道管が死んだから消防団も役に立たなくて――そんな感じで、街は大混乱だった。その混乱をくぐり抜けて、俺は自分の家に戻ろうとした。身ひとつでね。止められたけど、家族や家のことを考えると、いてもたってもいられなくて」
そこで言葉を切って、苦笑した。
「今思うと本当にバカだよね。救助隊も機能しない規模なのに、九歳のガキ一人で、なにができるんだって話だよ。ひたすら走ったけど、道だって分かりゃしなかった。後悔した頃にはもう迷子さ。道路も建物も何もないくらいに、その区画全体が、完全に焦土になってた。暑さも半端じゃなくて、信じられないくらい肌とか喉が乾いて、結局、どこまで走れたかも分からないままで、倒れたんだ」
左手で機械の右指に触れながら、続けた。
「でも走った甲斐はあったんだ。倒れた場所の近くで、妹を発見したんだよ。跡形もなくぼろぼろになった街の中で、気を失ってたロールを」
どこか遠くを見るように、目を細める。
「気絶してたけど、あいつは無傷だった。――今思えば、その時におかしいと思うべきだったんだ。だけどあの時はとにかく必死だったから、気づかなかったよ。六歳の妹が、被災地に投げ出されているのを見つけて、なりふり構わず起きあがって、助けた。まさに火事場の馬鹿力さ。何も分からないながらに、俺はあいつを守ろうとしたんだ」
悲劇的な過去を語りながらも、スティアの声は、自嘲をするように冷たかった。
「一回倒れたから、方角が分からなくなってたけど、それでもやけくそに走った。でも運悪く、走った方向がハズレで、どんどん街から離れていったんだ。そこで、なぜか突然現れた、見知らぬ人間に襲われた」
展開が、リリィの予想外の方向に転じた。
「大人の男が、ふたりがかりで。ぼろぼろだった俺とロールを、連れ去ろうとした」
「何それ……」
「その時は分からなかったけど、たぶんカンパニーの刺客だね」
スティアはあっさりとそう言って、溜息をついた。
「まあ、それは後で話す。とにかく、何もかもがなくなって、妹は気絶してて、暑いし辛いしわけわかんない――って感じに極限状態だったから、こっからは微妙に記憶が曖昧なんだけど」
彼はリリィの目をまっすぐに見つめて、にやりとした。
「でも、その時に見たガイルさんの顔は、今でも覚えてる」
「え?」
「さらわれそうになってジタバタ喚いてた俺を、助けてくれたのは旅人のガイル・ブルーノ。できすぎた話に聞こえるかな。生きてる人間が誰ひとりいない壊れた街で、タイミングよく救世主が現れたんだし」
呆然としてしまったリリィに向けて、彼はゆっくりと続けた。
「でも、完全に偶然ってわけでもなかったんだよ。ガイルさんがあの日にハウアーに来ていたのは、俺の親父に依頼された仕事を果たすためだったんだ」
「え?」
「俺んち金持ちだったし、親父は道楽に惜しみなく金を使うタイプだった。世界中の珍品を収集するのが趣味だったんだよ。自分じゃ動けないから、人をよく雇ってさ、大陸各所の珍しいものを集めてもらって、飾って見せ物にしてたんだ。家が軽く美術館状態だったね」
言いながら左手をあげて、呆れるポーズを作った。
「俺は親父の趣味になんか興味なかったから、よく知らなかったけど、ガイルさんとは気が合ったんじゃないかな。世界中の珍しいものとか面白いものが好きな、ガキみたいな大人ふたりだから。うちの親父はガイルさんのことを気に入っていて、お抱えのトレジャー・ハンターみたいな意識で、懇意にしてたような記憶がある。ガイルさんにしてみれば、うちはお得意さまだったってワケだ」
リリィは思い出していた。……故郷、スピノザでリリィは金に困った経験がない。病床の母の治療費を差し引いても、日々の生活にゆとりを持てるだけの仕送りが父から届いた。進路を自由に選べる貯金があった。住んでいたのは持ち家だった。
父は、著名な富豪の依頼を達成して一山当ててから、家財にたっぷりと余裕を生んだと聞いた。
逼迫しない生活が、彼の放浪癖に磨きをかけていた事は、幼かったリリィにも分かっていた。
「当時の俺は、ガイルさんと話したことなんかなかったけど。うちの母親がちょっと特徴深い顔だったから」
スティアは自分の顔を指し示すように、手を翳してみせた。
「認めたくないけど、俺もロールも生き写しだし、ガイルさんにはすぐに、俺たちが誰だか分かったみたいだった。今の時代じゃ、北にだって銀髪は少ないんだよ」
「ちょっと特殊な劣性遺伝子だしね」
レイバが、そこだけは口を挟んだ。
「そこんところは、俺としてはもうちょっと詳しく説明したいくらいに面白いポイントなんだけどなー」
「いらない。今はその話題じゃないだろ」
スティアがにべなく、話を戻す。
「とにかくその日、俺たちはガイルさんに助けられた。細かいことはよく覚えてないけど、二対一だったのにあっさりと。不意打ちでもしたんだろうね」
「父さんが……」
「後で聞いた話では、ガイルさんはたまたま前日からその襲撃者たちと、事件の前に会ってたんだって。妙に訳知り顔して怪しかったから、犯人なんじゃないかって決めつけて後をつけた結果、俺たちが襲われてた現場に行き着いたらしい」
常人なら、そんな行動をとらない。
だが、父なら確かにそうしていた気がする。いや、そうしていたに違いなかった。鮮やかに想像ができた。
奇妙な現実感に、リリィの胸はじわりと熱くなった。
「とにかく、俺たちは助けられたけど、その二人を撒くために慌ただしかったから、街の方角には戻れなかった。どのみち火災が広がって、大変なことになってたから無理だったんだけど」
スティアは、淡々と続けた。
「で、気づいたら街の外に出てて、その森で野犬に襲われた。初期のビーストさ。ガイルさんはそれも倒した。森の中でようやく落ち着いたけど……あくまで、森の中だ。それから二度とハウアーには戻れなかった。両親がどうなったかは知らないけど、あの様子じゃどこにも死体はないだろうね。俺が覚えてる〈グランドクロス〉の記憶は、これで終わり」
リリィが思わず黙ってしまうと、スティアは快活に言った。
「リアクションに困ってるみたいだけど、別に気にしないし、思うままにしてくれていいよ。こんなのは、ただの事実にすぎないから」
それこそ彼の方が気遣うように、大らかに笑う。
「あんたが嘘をつけない事は知ってるし、どう受け止めてもらっても構わない。これからの説明に必要なことを、俺が勝手に話しただけだ」
笑顔を保ったスティアの横から、レイバが言葉を投げた。
「でもスティア、『哀れまれるのは嫌い』とか言ってなかったっけ」
「……空気読めよ」
スティアはレイバをじろりとにらんでから、ため息をついた。
「ごめん、気にしないで。……まあ確かに。俺をかわいそうだと思ってしまったのなら、あんたは後悔するかもしれないけど」
「え?」
「残念ながら、あんまりかわいそうじゃないんだ。俺もロールも」
つぶやいてから、空気を改めるように、彼は左手を動かした。
「その話はあとでする。とにかく、俺たち二人はガイルさんに引き取られて、とりあえずはビーストから逃れるために、近くの街に急いで逃げた。あとはたぶんあんたも経験があるんじゃないかな。商都ハウアー・タウンの壊滅と、森の活性化と獣の狂暴化で、治安も流通も情報も、どこもかしこも大混乱。〈シェルター〉が完成するまでの慌ただしい時代だよ。ガイルさんは、自失状態だった俺とロールの面倒を見てくれたんだ」
リリィは当時の自分を思い出していた。〈グランドクロス〉によりあらゆる情報が混乱し、父の生死が分からなくなって、レイバに冷淡な言葉をかけられて、母親と抱き合って泣いていた……あの時期だ。
「自分だって家族と連絡が取れなくなって大変なのにさ。施設に預けろって感じだよ。まあ、ハウアーから流れた難民は大勢いて、近隣の街は全部キャパオーバーだったから無理だったのかもしれないけど。でも、ガイルさんが俺たちに構ってくれた理由は、そういうのじゃなかったと思う。だってあの人、子供の世話してると楽しそうだったからね」
懐かしむような口調で、彼はそう言った。
「たぶん、俺があんたと同い年だったことと、ロールが女だったことが決定打だったんじゃない? ふたり合わせて、自分の娘と立場が重なるわけだから」
「私?」
スティアは頷いた。
「本人にどう接してたかまでは知らないけど、あの人の親馬鹿オープンぶりはすごかったよ。こっちは街も家族も失ってどん底なのに、自分の娘の話題とかで、マイペースにデレデレしてんの。正直、うるせー知るかって感じだったよ。最初」
リリィが気恥ずかしさに閉口すると、スティアはその表情を笑い飛ばした。
「リリィは四月十三日生まれのA型で、男勝りなおてんばだけど、実は料理や掃除が得意な気だてのいい女の子だとか、もう覚えちゃって離れないよ。甘いケーキより肉が好きで、嫌いな野菜は嫌々食べるけど、セロリだけはどうしても無理でこっそり残そうとするんでしょ? 今は違うかもしれないけど」
「そんなこと言いふらしてたの⁉︎」
今でも肉料理は大好きだった。
かーっと耳まで赤くなってしまう。
「あの時、うちですっごい心配してたのに、ほんとバカみたい!」
噴火したリリィを見て、スティアは大笑いした。
「確かにね。バカは同意。でもガイルさんのバカさには、ずいぶん救われたんだ。俺もロールも」
その笑みに、どこか暗い影を落とす。
「その街に滞在してる間、俺たちはテンプルの寺院にいたんだ。公共の体育館とか、空き地に作ったキャンプとか、いろいろ難民のために解放されてたんだけど、たまたま寺院の礼拝堂が割り当てられた。当初は雰囲気が悪かったね。助ける側も助けられる側も余裕がなくて。毎日どこかで喧嘩があった。……でもガイルさんは違った。すごかった。あの人が笑うと、場の空気が変わるんだ。いつのまにかテンプルの人間と、すげえ仲良くなってたよ」
懐かしむような瞳の色で、彼は語った。
「やがてカンパニーの台頭やシェルターの発達を経たあと、森の開拓に迫られた世界に向けて、カンパニーがスペシャリストの必要性を発信して志願者を募った。のちの〈ガード〉や〈ハンター〉さ。ガイルさんは街を出るチャンスに飢えていたから、当然、志願した。そしてあの人はハンターになった。ライセンスでもって、自分の裁量で街を出る資格を得たわけだ」
リリィは、かつての父の言葉を思い出していた。――職業としての〈ハンター〉さ。こんなご時世じゃ、外を出歩くには専門家としてのライセンスが必要だから。
〈ハンター〉とはガードと同じく、ビーストと森へ対抗する専門家だ。ガードが人命や物流などあらゆる通行者の守護者であるのに対し、ハンターは自ら森に挑んでビーストを狩る者だ。森を開拓・調査して地図の空白を埋めるためにそれをする者。研究者の依頼でビーストを狩猟し死骸を売りさばく者。獣の毛皮や肉を市場に流すため仕入れる者……
動機は数あれど、おおまかには、ガードが守りでハンターは攻めだ。だからこそ自衛を理想とするリリィはガードに惹かれたし、自由を愛する父はハンターであることを選んだ。らしい。が。
「でも、これは……」
リリィは眉間に皺を寄せて、そっと、テーブルに置いたライセンスを指差した。
受け取った時からずっと気になっていた。ガイル・ブルーノの名が刻まれたライセンスは、ハンターのものではなくガードのものだった。身分証明それ自体がシェルターを開くための鍵になっているという、機能そのものは変わらないが、表面に刻まれたマークが違う。名前の隣に彫られた盾のモチーフは、ガードライセンスの証だった。ハンターライセンスならば、ここに刻まれている絵は剣であるはずだ。
「ライセンスがガード仕様なのは、ちゃんと理由があるんだ」
意図をくみ取ったスティアが、答えた。
「ガイルさんはハンターとして生きてた。ガードの仕事で金を稼いだことはないはずだ。でも、仕事以外のところでガードと同じことをしていた。……守護対象と行動を共にしていたんだ」
リリィは目を丸くした。
自分のためだけに生き、家族すら顧みなかった父が誰かと旅を共にしていたことも、その人物を守っていたこと含め、予想外だった。
「そのカモフラージュのためさ。ハンターは危険地帯に自ら飛び込む生業だから、子連れの人間なんて、まず外出検問で引っかかる。だから彼はガードの職について、ハンターと勝手に名乗ることを選んだんだ」
「子連れ……」
「ガイルさんは、最初の街を出る時に、俺とロールの身柄を引き取った」
すぐに、意味がわかったわけではなかった。
ただ、変わらないスティアの顔が、どこか寂しげだったことは、理解した。
「シェルターが完成した頃から、〈セカンド・グランドクロス〉の日まで、俺たち兄妹とガイルさんは旅をしたんだ。一緒にね」




