25 愛は痛みである。
愛は痛みである。
迷子たちの遊び その一 鬼ごっこ……。
……ねえ、僕たち(私たち)と鬼ごっこしようよ。もちろん、鬼は君だよ。そう言って、ロストチャイルドたちはにっこりと鋭い牙のある赤い大きな口を歪ませて、けけけっと、楽しそうに笑った。
「なるほど。それで、かげろうくんは急にあなたの前からいなくなったのね。よぞらくん」
「……はい。そうです。ひまわり先生」
三日月よぞらは浮雲ひまわり先生にそう質問されて、素直にそう言った。
二人は今、王女の間、と呼ばれる幽霊の学校の最上階(十三階)にいる。本来このエリアに幽霊たちは立ち入ることを禁止されている。
では、どうしてよぞらがこの場所にいるのかというと、よぞらがひまわりの選んだ、『幽霊たちの行動を内側から監視している、嘘つきの狼』だったからだ。
「なるほど。わかりました。相変わらず、あなたはとても素直ですね。よぞらくん」
にっこりと笑ってひまわりは言う。
「……ありがとうございます。ひまわり先生」下を向いて、小さく笑いながら、(頬を赤く染めた)よぞらは言う。
ひまわりはよぞらが撮ってきたカメラの写真を一枚一枚、大きな白いスクリーンに古い映写機を使って映しながら、そこに写されている写真を見て、外の様子を観察していく。
王女の間の窓は開いている。
そこから、地下世界に吹く冷たい風が、二人のいる部屋の中に吹き込んでいる。
浮雲ひまわりは、その顔にいつものように薄いシルクのようなヴェールをかけていない。その代わりひまわりは今、『その顔に新しい仮面をつけていた』。
中世の貴族たちが仮面舞踏会に参加するときにつけるような、派手な飾りのついた白い仮面をひまわりはその顔につけている。
それだけではない。
王女の間の壁には無数の仮面がある。
数百種類の無数のあらゆることなった仮面がある。『この仮面の数だけ、浮雲ひまわりという名前の人間がこの世界には存在している』。(それは比喩ではない。本当のことだった)
浮雲ひまわりは『多重人格者』だった。
ひまわりの中には、数百人のひまわりたちがいる。それは結構有名な話で、浮雲ひまわりという天才のことを知っている人ならば、ほとんどの人が、そのことを知っている。ひまわりは自分が多重人格者であることを、とくに外部の人たちに秘密にしているわけではなかった。
ただ、実は『秘密にしていることもあった』。
みんなには内緒にしていることがあった。
それは人格の数だ。
ひまわりは、周囲の人間たちに自分の人格の数を数百人だと言っていた。でも、それはひまわりたちの嘘だった。
ひまわりの中には、もっともっとたくさんのひまわりたちがいた。
その数は、実は『数千万。あるいは数億』と言った数にもなった。
それはつまり、もう一個の国。あるいは一つの共通の記憶(神話)を持った共同体(あるいは一つの民族。もしくは新しい人類そのもの)と言ってもいいほどの数だった。
しかもその数はひまわりが生まれたときからずっと、彼女の内側の世界の中で増え続けていた。
このまま行くと、もしかしたら、この世界に存在する人類の数(百億)をひまわりたちの数が超えることもありえるとひまわりたちは推測していた。
つまり、浮雲ひまわりとは、その命一つがすでに人類に匹敵する、もう一つの『まったく新しい生命体』だった。(それをひまわりたちは『劇的な進化』と呼んでいた)
「よぞらくん。こっちに来なさい」ひまわりは言った。
「はい。わかりました。ひまわり先生」よぞらは言う。
よぞらはひまわりに言われた通りに行動をする。幽霊たちにとって、ひまわりの言葉は神様の言葉と同じだった。よぞらはひまわりの座っている椅子の前まで移動をする。
それからひまわりはそっと、『その顔についている仮面をとった』。
ひまわりは仮面をとって素顔になった。
そこにはとても美しい人形のような白い顔と、夏の太陽を浴びて育った麦のような金色の長い髪と、それから闇の中で強く光り輝く青色の(深い透明な海のような)二つの色をした瞳があった。
「私の可愛いよぞら。こっちにいらっしゃい」妖艶な声で、にっこりと笑って、ひまわりは言う。
「……はい」
その声に魅了され、誘われるようにして、三日月よぞらは、浮雲ひまわりの小さな(でも美しい形をした)胸の中にその顔をそっと埋めた。(……ひまわりの胸の中で、……お母さん。とよぞらはそう『自分の心の中』でつぶやいた)




