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私たちはかつて願った理想世界に生きている  作者: 冰月 ソラ
第一章 三人の女の子たち
4/4

出会い 3

メイン連載でも出ているクララットの町がお話の舞台です。

数年後なのでちょっと発展して町の規模としては大きくなっています(о´∀`о)




~出会い 3~



抱き合ったまま震えることしかできない私とシア。

足も腰もガクガクしていて、力も入らなければ動けもしない。


心と頭の中を占めるのは、とにかく『怖い』という感情だけ。

ある程度の犯罪が横行していたとはいえ、比較的安全で住みやすいと言われていた前世日本での平和ボケした暮らしに慣れきってしまっていた私たちにとって、今目の前で起きていることは恐怖以外の何者でもないのだ。


そんな中、盛大な溜息とともに砂を踏み締めるようなジャリッとした音が耳に入った。


「ホンット、バカって減らないもんだよね……」


呆れたように吐き捨てるこの声は、エマちゃんだろうか。

ジャリジャリと一定の間隔で微かに聞こえてくるこの音は、歩みを進めているからなのか。

音は徐々に私たちから遠ざかっているように思える。


「時期が時期ですから、減るどころか増える一方なのでは?」

「だよね~ぇ?」


砂を踏み締めるような足音がもう一つ増えた。

聞こえた声は、丁寧な口調と合わさったことでミラちゃんだと推測できる。


「催しまではもうしばらく日がありますから、町全体の警備体制も整っていないのでしょうね」

「……ま、準備段階だから完璧な警備は無理があるか」


緊迫した状況のはずなのに、交わす会話はまるで何てことはない日常会話。

さっきも思ったけどこの子たち、動じた様子など欠片も感じさせない余裕の態度だ。


「……さて。どういたしましょうか。頭目(リーダー)と思しき者が一人と、その手下らしき者が……目視できる限りで七人いますね。他にもどこかに隠れていて途中で乱入してくる可能性も考えられますが」

「理想的なのは殲滅だけどさぁ……」

「事が終了する前に自警団の皆さんとかち合ってしまった場合、混戦や乱闘が予想されますね」

「そうなんだよ。下手に巻き込むと……ホラ、ねぇ?」

「ふふっ。そうですね。大惨事になるのは目に見えていますね」


二人してにこやかに会話しながら向かっていく先はならず者たちのいる方向だ。

この状況には似つかわしくない気安い遣り取りは、とにかく違和感しかない。

エマちゃんはあの不思議なピコピコハンマーのような音を出す、鋼鉄製の巨大ハンマーを肩に担いだままだけど、ミラちゃんはそんなエマちゃんとは全くの真逆で完全なる丸腰だ。

だというのに、戦う気満々でいる感が否めない。


『殲滅が理想』とか言ってるし。

『混戦』とか『乱闘』とかいう物騒なワードまで出てきちゃってるし。


どう見ても仕掛けられた罠に自ら嬉々として飛び込もうとしているようにしか見えないんだけど。


「とりあえず、今見えてるヤツらは殲滅の方向で完膚なきまでに叩き潰す。もし増援が来たら……」

「状況に応じて対処……ということでよろしいですか?」

「うん。その方向でヨロシク。あとミラちゃんに一つお願いがあるんだけど……」

「何でしょう?」

「あの親玉っぽいヤツ、私に譲ってくんないかな?」

「? お任せしてよろしいのでしたら、お願いしたいと思いますが。何かいいお考えでも?」

「いい考えなんて立派なもんは持ってないよ。ただ……真っ先に頭を潰しておけば、下っ端は戦意喪失して余計な手間が省けるかもしれないじゃん?」

「……なるほど。一理ありますね。では、あの頭目(リーダー)と思しき者の相手はエマさんにお任せいたしますね?」

「うん、ありがと!」


片や控えめな微笑みで。

片やニッコニコの笑顔で。


まるでこれから楽しいことがあるんだと言わんばかりの様子の二人。


でも決してこれは楽しいことなんかじゃない。

二人が向かう先は、ならず者たちが複数人集っているところなのだ。


「へっへっへっ。ガキ自らお出ましかぁ。よっぽどとっ捕まって売られたいらしいなぁ」

「ガキは若い女同様高く売れる。無駄に傷つけんじゃねぇぞ!」

「分かってやすって。しっかし……近頃のガキは坊主でもお綺麗な顔してるもんだなぁ……」



────……ッ!



完全に二人とも男の子だと思われてる。

この様子じゃあ、手荒なことをされてもおかしくないかもしれない。


未だうまく動かせない身体を必死に捩り、二人を止めようと身を乗り出しかけたその時、目の前にサッと手が伸ばされその先の動きを封じられてしまった。


「大丈夫。全く問題ないですから。あのまま二人に任せておいてください」


こちらを振り向かないまま、手だけで私を制止しそう言ったのはレイちゃん。

真剣な眼差しで彼女が見据えるのは、ならず者たちへと向かっていく二人の後ろ姿だった。


「下手に動けば、お姉さまの方が巻き込まれてしまいますよ?」

「え……? それってどういう……」


訊ねかけたと同時に、ミラちゃんが駆け出した。

その直後に、エマちゃんが巨大ハンマーを担いだままミラちゃんの後へと続く。

ちょうど二人が縦に並んだような位置関係で、真正面にいるならず者たちからはミラちゃんの影になってエマちゃんが完全に隠れているような状態だ。

先に走り出したミラちゃんの上着が駆ける時の風圧で不規則にはためくことで、エマちゃんの巨大ハンマーさえもがうまくカムフラージュされる形となっている。


そしてミラちゃんはと言うと、先ほどとは全く変わらず武器を何一つ手にしていない丸腰状態だ。

当然のことながら、ならず者集団たちの目に留まるのは、丸腰で抵抗らしい抵抗ができそうにないミラちゃんの方だ。

ならず者たちの注意が全てミラちゃんへと向かったとほぼ同時に、ミラちゃんの後ろについていたエマちゃんの走るスピードが上がった。

そのままダッシュでミラちゃんを追い越しかけたその時、一瞬だけ二人の掌同士が軽く合わさったように見えた。


直後。

ダッシュの勢いを殺さないまま、エマちゃんが巨大ハンマーを大きく振りかぶりながら高く跳躍した。

ちょうどミラちゃんの頭上を飛び越えていく形で。


ほんの直前までミラちゃんへと向けられていたならず者たちの注意は、突如エマちゃんがミラちゃんの後ろから大きく飛び出してきたことで一斉にエマちゃんへと標的を定め直した。

けれど、勢いのまま跳躍したエマちゃんはそれに目もくれることなく集団の上を軽く飛び越え、ならず者たちのリーダーと思われる相手へ迷わず一直線に向かっていく。


「畜生! このガキ!」

「親方の手を煩わせるまでもねぇ!」

「俺らで捕まえんぞ!」


ミラちゃんへ向かっていた全ての者が、エマちゃんを捕らえようとその背中を追いかけようとした。

だけど、それよりも早く、ミラちゃんが集団に目掛けて大きく()()を振り抜いた。

まるで布の塊でも当てられたかのような『ボフン』という弱い音とともに、その場を舞ったのは黄色と金銀を交えたような細かい粒子による弾幕のような靄だった。


「ぶゎッ!?」

「な……なんだ、こりゃあ……!?」

「ゲホッ……ゴホッ……!」

「息、が……くそ、苦しい……」


ちょうど顔面にクリティカルしたのか、リーダー格を除いた全てのならず者たちが顔を覆いながら咳き込み、酩酊したようにふらふらと覚束ない足取りで二、三歩動いたと思ったら、そこで力尽きたように足から崩れて倒れ伏していった。


「残りはアンタ一人だよッ!! 仲間と一緒に、地面で仲良くおねんねしてなッ!!」

「ぐあッ!?」


大きく振りかぶった巨大ハンマーを振り下ろし、それがリーダー格の男の脳天を直撃したと同時に、相も変わらず気の抜けるような『ピコーン!!』という音が響く。


「もいっちょ!!」

「ぐ……がは……ッ!」


着地したその勢いのまま掬い上げるように振り抜かれた巨大ハンマーが、今度は男の顎下から跳ね上げるように打ちつけられた。

それでもやっぱり響く音は気の抜けるような『ピコーン!!』だ。

打たれて痛そうな男の様子とは真逆の、全く痛くなさそうなかわいい音には正直違和感しかない。


身の丈ほどもある鋼鉄製巨大ハンマーでの脳天チョップとアッパーカットという流れるような大技。

それを食らった男はどう見ても大ダメージを受けているというのに、本当に打撃音は全く大したことのないかわいい音しかしないのだ。


何度でも言おう。

この場と状況に似つかわしくない、非常にかわいらしい心が和むようなかわいい音しかしないのだ。


「「………………………………」」


最初の時と同じく、私とシアは抱き合ったままポカーンとその場を見ていることしかできなかった。

それも、レイちゃんの後ろに庇われている、という状況で。


「親玉のアンタにはサービスでもう二、三発ほどお見舞いしてあげるねっ♪」


『えへっ♪』という副音声が聞こえてきそうな楽しそうな声色で、エマちゃんが地に伏せたリーダー格の男を更に複数回殴打した。

それもご丁寧に、背中を足蹴にしつつ高速で『ピコピコピコーン!!』と。

その度に男の口から断末魔のような苦しげな声が上がり、私とシアは身を寄せ合ったままその声を遮るべく耳を塞ぐ。

聞いているだけで震えそうだからだ。

ただ、救いだったのは何発も殴打されるという暴力的な場面であるにも関わらず、鈍い音を聞いたり血みどろで残虐なシーンを目撃するようなことがなかったことだろうか。


「……それにしても。害獣対策で作った『痺れ大金槌(ビリビリハンマー)』の試用テストを、まさか人間相手にやるハメになるなんて思いもしなかったわ」


巨大ハンマーを担いだエマちゃんが、軽い調子でそんなことを言いながらトントンと肩を叩くようにハンマーを揺らしている。

軽い調子の言葉とは裏腹に、その表情はどこか嫌悪を滲ませているようにも見えた。


「別にいいんじゃない? 人攫いをするような悪人なんて善良な民にとってはただただ()でしかないから。そもそも人間と呼ぶのも烏滸がましいケダモノも同然でしょ。コレも括りとしては害獣で合ってるんじゃないの?」


……と、続いた辛辣な言葉は嫌悪の表情を隠しもしないレイちゃんのもの。


「組織的な犯罪の可能性が大きいですから、身動きができない状態で捕縛できるこの方法が一番最適だったのではないのでしょうか? 試用テストが予想外なことになってしまった感は否めませんが、結果としては理想的な片のつけ方で終わらせることができたと思いますけれど」


更に続いたミラちゃんの言葉はレイちゃんの言葉を肯定するような内容だった。


「こちらとしても、いい結果を得られましたし」

「それってユリの花粉だよね?」

「ええ。魔法錬金で巨大化させたこちらのユリの花粉の中に、フラーガの鱗粉を紛れ込ませて吸わせてみました」

「うわぁ~……ユリの花粉だけでもかなり強烈だってのに、そこに更にフラーガの鱗粉まで混ぜちゃったの? アイツらザマァ……って言いたいとこだけど、ある意味お気の毒さまでもあるね……」

「フラーガの鱗粉て……確か、アレ吸いすぎると脳の奥までじわじわ侵食してって最終的に神経やられるんだよね……? よくて酩酊状態、最悪幻覚症状が出て発狂するんだっけ?」

「ひぃぃぃ!! 恐怖しかない……ッ!」


軽く表情を引き攣らせるレイちゃんと、ぶるっと震え上がりながら腕を擦るエマちゃん。

けれど言われたミラちゃんは涼しい表情のまま……というより、この場の状況にはそぐわないふんわりとした笑みを浮かべてこう言い放った。


「悪人に容赦なんて必要ありませんので」


清々しいまでのその言い切りに、思いっきり納得してしまった。


その後に続いた


「……そりゃそ~だわ」


なんていう、軽い調子のレイちゃんの頷きにつられるように、私とシアもまた『同意だ』と言わんばかりにコクコクと大きく頷いてしまった。

それほどまでに、ミラちゃんの発した言葉は説得力のありすぎる正論中のド正論だったのだ……─────











フラーガ:巨大な蛾のモンスター。森林地帯の奥地に初夏から初秋にかけて発生する。吸入すると危険な鱗粉は中毒性の高い麻薬のような症状を引き起こすが、少量であれば吸引麻酔薬として使えるので割と重宝する。鱗粉そのものは討伐することでドロップアイテムとして入手できる。ただしドロップ率は渋め(笑)

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