リリィと執事長の謎
閲覧ありがとうございます。
お待たせしました。
やっと更新します。
今回少し長めとなってしまいました。
「待たせて済まなかった。すっかりお茶が冷めてしまったな」
話の話題が尽き始めた頃、アルフィード様とサーガさんが戻ってきた。
二人を見るとアルフィード様は生き生きしていてサーガさんは若干やつれた印象を受けた。
サーガさんがアルフィード様を引っ張って行ったのに何故真逆のようなことになっているんだろう?
しかし、誰もそれについては突っ込まない。きっと突っ込んではいけないのだろう。
「さて、これからの行動が決まった」
アルフィード様の言葉にアンリ様がお茶を吹き出した。
「ちょっ、待って!何俺抜きで勝手に話進めてるの!?」
「別に抜いてるわけじゃない。シルヴィア嬢だって同じ立場だろ?」
ニッコリと笑顔で答えるアルフィード様にアンリ様は「うわあ」と頭を抱えた。
きっとこういうやり取りは今回が初めてではないんだろう。
確かにこれは中々大変そうだ。
お疲れ様です。と私は心の中で二人に手を合わせた。
「先程の話でリリィが『黒』なのは間違いないだろう。そして今から彼女を探しても恐らく見つかるまい。だがそれと同時にシルヴィア嬢がここにいると言うこともまだ気がついていないはずだ」
「確かに。誰もここに来ないし、今頃血眼になってヴィーちゃんを探してるだろうね。でもそれならあまりにここに長居をさせるのは良くないと思うけど?」
二人の言葉に私は首を傾げた。
どうも二人の話が見えてこない。
するとアルフィード様は私の顔を見て「どうして?と聞きたそうな顔をしているな」と優しく言って机に足を運ぶ。
そしてあるものを取り出し、私達の前に置いた。
『黒薔薇のカード』だ。
予想以上に禍々しく気持ち悪いカードで一度見たら忘れそうにない。
けれど前世の記憶を辿っても見たことも親友から聞いたこともない。
頑張って思い出そうとしても全く出てこない。結局今の私が出した結論は自らこのカードに触れないこと。それだけだった。
「へえ、これが噂のカードか。俺も見ていい?」
アルフィード様が頷くとアンリ様は嬉しそうにカードを手に取る。
するとアンリ様の顔は次第に険しくなっていった。
「ねえ、アル。このカード、ヤバくない?」
「ヤバいのレベルじゃないだろうな」
アルフィード様はまるで予想していたかのような反応をして笑う。
「シルヴィア嬢はどうだ?何か思うことはあるか?」
そう聞かれて私は置かれたカードに目をやった。
「正直に申し上げて、このカードは気持ち悪いです。触りたくもありません」
「え?マジ?」
アンリ様がギョッとしながら私を見る。「他に何か?」と私が首を傾げると、アンリ様は慌ててカードを手離した。
呪いでもかかっていると思ったのかもしれない。
何事も起こらず大丈夫だとわかってからアンリ様は「ヴィーちゃんはこんな風に思われるような事に心当たりはないの?」と聞いてきた。
「そうですね。身に覚えがありすぎてわかりませんわ」
私がニッコリと笑うとアンリ様とサーガさんは化け物を見たかのように固まった。
失礼ね。と思っているともっと失礼な人がいた。
アルフィード様だ。
彼は笑いを堪えるかのように肩を震わせていたのだ。
私はわざとそれに気がつかないフリをしてアルフィード様に聞く。
「アルフィード様はこのカードの送り主がリリィだとお考えなのですか?」
私の質問に「ほお」とアルフィード様は笑いを堪えるのを止め、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。
「そうでなければこのタイミングでカードをわざわざ出すとは思えませんわ」
冷静に返す私にアンリ様は「へえ」と呟いた。
「ですがリリィもですけど執事長のジョージを含め、この城の者達とは関わった覚えはありませんわ。恨まれる筋合いなどありません」
「それは間違いありませんか?元令嬢やそれに仕えていた者がいたとかはありませんか?」
サーガさんの質問に私は首を横に振る。
「それはお答えしかねます。リリィと執事長とは関わったことがないと断言できますが、この城に仕える者全員というのはちょっと……」
確かにあの場には普段は見ないほどのメイドや執事がいた。
でもそれ以外にもこの城には仕える人間がいるはずだ。
「あー、それならヴィーちゃんがここに来たときに集まってたので全部だよ。漏れはない。俺が保証する」
「アンリ、それはどういうことですか?シルヴィア様はこの城にいる全員に会ったと言うのですか?」
サーガさんがアンリ様に聞くとアンリ様は肩を浮かせた。
私も驚いてあいた口が塞がらない。
「二人はヴィーちゃんがここに来たときに王宮に行ってたから知らないだろうけど、ヴィーちゃんを迎える時に執事長がこの城に仕える全員を広間に召集してたんだよ。まあ、一部の人間はビビってちょっと隠れ気味だったけどね」
「何ですって?そんな話聞いてません!」
「言ってないからね。言うタイミングもなかったし?」
「アンリ、貴方って人は……」
サーガさんが怒りで震えているとアルフィード様がサーガさんの肩に手を置いた。
「落ち着けサーガ。アンリが言ったことは間違いじゃない。実際そんなタイミングはなかっただろ?」
そう言われてサーガさんは一瞬何か言いたそうな表情になったけれど押し黙ってうつ向いた。
「それで?執事長がそんな阿呆な事をしたのは何故だ?」
何となく予想はつくが。とアルフィード様が言うと、アンリ様は頷く。
「それ、ほぼ当たりだと思うよ。執事長が全員を集めてヴィーちゃんを出迎えたのは威圧して尚且つ恥をかかせて追い出すためだったからね」
「何と愚かな……」
サーガさんが頭を抱えた。
アンリ様も呆れた顔をする。
「普通の貴族令嬢ならともかく、ヴィーちゃんはジャイル国の宰相の娘なのにね。この事がおっさんの耳に入ったら極刑に処されるかもしれないのに……。あ、もう死んでるか」
まるでどうでもいいことのようにアンリ様は語った。
「そもそも執事長がそんな下らない事をした理由はアルが悪いんだよ!ヴィーちゃんの為に特注ドレスを送るなんて柄にも無いことしようとするから!」
そう言われてアルフィード様は複雑そうな顔になる。
「執事長があのドレスを見たときに何て言ったと思う?『おお!素晴らしい。クラリス様にぴったりだ』だよ?」
「理解できませんね。あのドレスはシルヴィア様の為にアルフィード様がデザインした特注品ですよ?」
私はそれを聞いてギョッとする。
あのドレスはアルフィード様のデザインだったの!?
「サーガ言いすぎだ。俺はデザイナーにドレスのイメージを伝えただけだ」
いや、それはそれですごい気がしますけど?
「でもあの執事長にはそれがクラリス宛てだと本気で思い込んでた。だからサイズ確認をして違う!ってわかったら茹でダコみたいに真っ赤になって怒ったんだよ」
ケラケラと笑うアンリ様。しかしすぐにその笑いは止まる。
「問題はここから。逆上した執事長はあのドレスを切り刻もうとした」
アンリ様がそう言うとそれまで黙っていたマリエッタが身を乗り出した。
「お待ちください。アルフィード様はもしかしてその事をご存じだったのですか?だからあの時、わたくしにドレスをお嬢様のお部屋に運ぶように命じたのですか?」
マリエッタの質問にアルフィード様は首を横に振る。
それを見たアンリ様が「違う違う」と声を出した。
「流石のアルも執事長のそんな行動までは知らないよ。ただ、アルはこの城の者を信用はしてなかったから君にドレスを運ばせただけ。サプライズと言っても男であるサーガに令嬢の部屋の中へそれを運ばせる訳にはいかないでしょ?」
「かといってアンリを名指しで指名し、運ばせるわけにもいきませんでしたからね」
サーガさんの言葉にマリエッタは納得し頷く。
「それで?ドレスを切り刻むのを止めたり、全員を召集するように発案したのは貴方なのですか?」
サーガさんの質問に今度はアンリ様が首を横に振った。
「いや、ドレスを切り刻むのを止めさせたのも発案したのもリリィだよ」
「何ですって?」
サーガさんが驚き固まる。
アルフィード様の表情も険しい。
「俺の記憶では彼女は一端のメイドでしかないはずだが?」
「アルの言うとおり。リリィの立場は俺と同じメイドの一人」
「そんなメイド一人の意見をあの執事長は簡単に受け入れたというのですか?」
ついにサーガさんが執事長を愚か者とまで言うようになってしまった。
でもサーガさんが言うのは無理はない。
それ程までに執事長はおかしくなっている。
メイドは所詮メイドでしかなく、執事長に対して簡単に意見できる立場じゃないのだから。
「言っとくけど執事長とリリィは男と女の関係じゃないよ」
「ですが先ほど貴方が言った言葉はそう受け取られてもおかしくありませんよ」
サーガさんに睨みながら言われたアンリ様は「だから人の話は最後まで聞いてよ」と呟く。
「リリィはねクラリスって子の熱烈な信者なんだよ。この城では執事長の次くらいにね」
アンリ様の言葉にマリエッタは首を傾げた。
「ずっと気になっていたのですが、クラリス様と言う女性はそんなに素晴らしい方なのですか?」
「別に」
「全く」
「あり得ませんね」
男性陣が全員同時に答える。
主人公なのにこんな反応されるって何だか可哀想に思えてきた。
そういえばクラリス様に会ったことがないアンリ様はともかく、アルフィード様とサーガさんがクラリス様をよく思わない理由は何だろう。
同じ疑問ならクラウド様もそうだ。町で聞くほどクラリス様に夢中になってる様には見えなかった。
何かがズレている?
そう思ったときだった。
「シルヴィア様、何か気になることでも?」
サーガさんに話しかけられて私はハッとする。
顔を上げると皆が私を見ていた。
「えっと、あの、何故皆様はクラリス様がお嫌いなのかなあ……と」
「え?ヴィーちゃんはクラリスのこと好きなの?」
「いいえ。あんな事を言われて好きにはなりませんわ。ただそれさえなければ別に毛嫌いすることもないかと……」
私の答えにサーガさんとアルフィード様は顔を見合わせた。
そしてため息をつく。
「そう言えばその事はまだシルヴィア様にはお話していませんでしたね。実はあの小娘、クラウド様の婚約者候補でありながらアルフィード様と私にも言い寄ってきていたのです」
「なっ!?」
マリエッタが声をあげる。
マリエッタが驚くのも無理はない。
この世界は一夫一婦が常識だ。数人の女性もしくは男性をべらすなんて、最大権力者または常軌逸脱者以外あり得ない。
しかもそれは本当に稀だ。
それを思うと執事長のジョージは私をそんな扱いにして追い出したかったのかと思うと腹立たしい。
「勿論私もアルフィード様も気に止めることはしませんでした。ですが、あの小娘はしつこくまとわりつきてきました」
私は舞踏会の事を思いだし、遠い目をする。
クラウド様をガン無視してアルフィード様に一直線でくる姿。
可愛かったけれど今の私には計算高い、女子から嫌われる女子としか思えない。
同性の私がそう思うくらいだ。アルフィード様達が相手にするわけがない。
「そしてそれに続くように執事長が俺にクラリス嬢を推してきてこのカードが俺宛てに送られてきた。このカードと執事長が繋がっていると考えるのはごく自然なことだ」
アルフィード様がうんざりするようにカードを睨む。
そこまでわかっていたのに動いていないのにはまた別の理由もあるのだろう。
「そういえば、アンリ様はいつからそのお姿でここに?」
「アルがここに留学するちょっと前からここに紛れ込んでたから、かれこれ二年くらいかな?」
「そんなにもそんなお姿で!?」
「だって同時に入ったら疑われるじゃん?先に入って情報収集はスパイの基本でしょ!」
にっこりと笑顔を返すアンリ様。何だかんだ言ってその姿気に入っているんじゃないかしら?と思わせた。
それにしても二年もこの城で性別を偽りメイド姿でいられるアンリ様はすごい。
確かに私もこうして話すまでは普通のメイドにしか見えなかった。
私も見習わねばと心に思う。
「でも実際掴んだ情報は一握り。特にここ最近の出来事は全く掴めてないんだよね。リュークが消えた事もサーガから聞くまで俺も気がつかなかったし……」
「それだけ今起きていることは異常なのですよ。私だってあの腕っぷしだけが取り柄の男が消えたなど未だに信じられません」
アンリ様とサーガさんは悔しそうな顔つきでテーブルへと視線を向けた。
「だからこそ今が動く時だ。どちらも不測の事態。このチャンスを逃す手はない。そう思わないか?」
そう言ってアルフィード様は自信満々に私達を見た。
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