6年前のお茶会その後で(アルフィード視点)
更新遅くなりすみませんでした。
今回は少し長いですが、お付き合いください。
完全に見失ってしまった……。
俺はとある王宮の廊下でガックリと項垂れていた。
何で王宮で俺の方が彼女達を見失うんだ?
考えられる事は夫人が俺の気配に気がついていたということ。
そうでなければこんな見失うような複雑な廊下ばかりを選ぶ理由がない。流石はダーンの妻。ただ者ではない。
俺は壁にもたれかかり天井を仰いだ。
「考えろ。俺が彼女達の立場ならどこへ行く?」
義母上のお茶会で騒動を起こしたのだ。そのまま帰るとは思えない。
俺が夫人ならまず夫である宰相であるダーンに報告をしに行く。けれど、頭に血が上ったシルヴィア嬢をそのまま部屋へ連れていくだろうか?
頭に血が上った人間が何の発散もせずに落ち着くわけがない。
しかもシルヴィア嬢は聞いている話と印象が違う。
だとすればダーンの部屋にそのまま行くのは得策じゃない。
ダーンは宰相だ。会いに行ったとして一人でいるとは限らないのだから。
だとすればまず頭を冷やさせる。それが優先事項だ。
この王宮の中で人目を気にせずシルヴィア嬢を落ち着かせる事ができる場所はどこだろう……。
俺は腕を組んで考えた。
そして頭の中で王宮の地図を開く。無駄にでかくて複雑な作りのこの城で全ての条件が当てはまる所は一ヶ所しかなかった。
「北の広間か……」
北の広間。
国外からの客人とパーティーをする時に使われる広間である。
しかしもう何年も使われていない。王宮から少し離れていることもあり、警備も手薄。多少大声を出しても気がつかれる可能性は低い。
「いやダメだ。あそこは義弟が使用している」
俺は頭を押さえた。
普段利用されないことをいいことに、義弟は女遊びに利用しているのだ。
その事は俺だけでなく、宰相のダーンも知っている。恐らくグレイス夫人にも話しているはずだ。だからシルヴィア嬢をそんな場所へ連れていくわけがない。
だとすれば他にどこへ行くだろう。
俺は頭の中で考えるが焦りからか答えが見つからない。
「焦るな俺。考えろ」
そう呟きながら俺は歩き出した。
場所がわかったわけではない。
ただその場でじっと止まっているのが嫌だった。
何故そんなに焦るのか自分でもわからない。
確かに俺は彼女に興味を持った。でもそんなに会いたいのならダーンに言えばいいのだ。
『シルヴィア嬢に会わせてほしい』
そう言えば終わる。
けれど俺はそれはいけないとどこかで感じた。だから追いかけてきた。
俺は彼女の事を知らない。彼女も俺を知らない。
だからこそ会うときは対等で会いたい。
「あら、アルフィード殿下?」
「!」
俺は声がした方を向く。するとグレイス夫人が細い目を開いて、驚いた顔をしていた。
俺自身もまさかこんなに早く会えるとは思わず驚くしかない。
しかし、ここで致命的なことがわかる。
会いたいとは思っていたが会ってどうするかなど一切考えていなかったのだ。
「こんな所でどうかなさいまして?」
「あ、いや、別に……。ちょっと人を探していて……」
「人探し?殿下がこんなところですか?」
「あー、いや……」
グレイス夫人の追求に俺はばつ悪くなり歯切れが悪くなる。
夫人から目を離し視線を泳がせていると、シルヴィア嬢らしき人物がいないことに気がついた。
「シルヴィア嬢は一緒じゃないのか?」
「え?」
夫人は再び驚いた顔をした。
俺は慌てて口を押さえた。
お茶会に俺は顔を出していない。流石の夫人も気配は読めても俺だとはわからないはずだ。
それなのにシルヴィア嬢の事を知っている俺は怪しいとしか言いようがない。
俺は恐る恐る夫人の顔を見ると何故か笑いを堪えているようだった。
「……、何か可笑しいことでも?」
可笑しい事言っているのは俺なのだが、夫人が笑う意味がわからない。
てっきり警戒するような反応を覚悟したのに……。
いや、普通はそうだろ。
「いえ、何でもありませんわ。お気になさらずに」
「?」
「娘のシルヴィアでしたらこの先の北の広間でメイドと一緒におりますわ」
俺はそれを聞いた瞬間に走り出していた。
「アルフィード殿下!?」
夫人が驚き声を上げたがそれどころではない。
北の広間にはロードがいる。義母上がお茶会を開くと聞いているから確実にいる。
俺の頭の中はパニックになりかけていた。
夫人はロードがいるという事を知らなかったのか。それとも知っていて敢えてそこに行ったのか?だとすれば夫人は将来、シルヴィア嬢をロードにと考えているのか?いや、そんな事はあり得ない。あってたまるか!
「くそっ!!」
俺は生まれて初めての感情にどう対応すればいいのかわからないまま北の広間の扉を開けた。
ドーン!!
扉を開けたのとほぼ同時に眩しいくらいの光と共に爆発音がした。
風圧で飛ばされそうになるのをグッと耐える。
「シルヴィア嬢!!」
叫ばずにはいられなかった。
俺は煙の中を進む。
ユラリと動く人影を見つけ俺は迷うこと無く近づいた。
するとメイドが一人の女の子を抱いてパニックになっていた。
「お嬢様!お嬢様!しっかりしてください!」
「怪我人を無闇に動かすな!」
俺はメイドを女の子から引き離した。
メイドがお嬢様と呼んでいた彼女はベールをしていた。
しかしそのベールも半分近く焦げ落ちている。
ドレスもボロボロで出血もひどい。俺は邪魔なベールを剥ぎ取った。
するとサラサラとした黄土色が現れる。グレイス夫人と同じ髪だった。
間違いない。この子がシルヴィア嬢だ。
「頭はベールに守られたのか……」
「何をしてるのですか!お嬢様から離れなさい!!」
メイドが俺を彼女から離そうとするが、俺はメイドを突き放した。
「やめろ!お前の主は重症だ!無理に動かしたらどうなるかそんなこともわからないのか!」
「!!」
その言葉にメイドの顔はこの世の終わりが来たかのように真っ青になる。俺の腕に抱かれた彼女が余程大事なのだろう。
その気持ちはよくわかる。
俺だってこんなところで彼女を失いたくはない。
俺は辺りを見回した。
さっきの音、広間の被害。そしてシルヴィア嬢の姿を考えると彼女が何者かからの攻撃魔法をわざと受け止めたのは明白だった。
「おい、簡単に説明しろ。何があった」
「お、お嬢様は私に防御魔法をかけた後、ロード様の魔法を止めようとしたのですが……」
メイドの言葉が詰まった。
俺はそれで大体のことを察する。理由は下らないものだろうが、こんなところで魔法を繰り出したらどうなるかくらい普通はわかるはずだ。
それを義弟は理解していなかったのだろう。大方、止めに入ったシルヴィア嬢に驚いて詠唱を間違えたに違いない。あいつはそういう奴だ。
「もうその話は後でいい。シルヴィア嬢の手当てをするから少し離れておけ」
「手当てって、未婚の女性の体に触れるつもりですか!?」
メイドの意味不明な発言に俺は眉間にシワを寄せるが、その言葉が何を言っているかわかり俺は顔を熱くさせる。
「変な妄想をするな!俺はロードとは違う!!回復魔法をかけるだけだ!」
「いいえ、信用できません!何処の誰だか知りませんが、変な詠唱を唱える前に人を呼んでください!お嬢様は私が守ります!」
「そんな事をしてたら手遅れになるぞ!」
「!?」
「心配いらない。俺は無詠唱魔法を使える」
そう言うとメイドは渋々納得し、半信半疑だが俺との距離を取った。
俺はすぐに高回復魔法をシルヴィア嬢にかける。
彼女の傷口が塞がっていくのがわかるが俺は違和感を持った。
傷口は塞がるのだが、治っている気配が全くしない。
「お嬢様、よかった。そんな深い傷では無かったのですね……」
「いや、まだだ」
「え?」
「確かに傷は塞がっているが、治っている気配がしない」
「そんな!」
メイドが叫ぶのを合図にするかのようにシルヴィア嬢が血を吐いた。
「お嬢様!?」
「不味いな……。このままでは死ぬぞ」
「なっ!!」
「見ろ、治した所とは別の箇所から血が滲み始めている」
「そ、そんな……」
メイドは真っ青になり、その場に座り込んでしまった。
俺も唇を噛む。
ロードは一体どんな攻撃魔法を使おうとして、詠唱のどこを間違えたんだ?
「救護班を…、救護班を呼べば助かるかも……」
「無理だ。今からでは間に合わない」
「では、どうすればいいんですか!!」
メイドは俺にすがるように訴えてきた。
俺は覚悟を決める。
「時間がない。一か八か別の魔法を使う。お前のありったけの魔力を俺に渡せ。今の俺の魔力だけじゃ魔力が足りなくて発動できない」
「どんな魔法なんですか?私は高回復魔法より効き目のいい回復魔法など、知りません!」
「回復だ」
「回復?そんな魔法聞いたことありません」
「古い魔法だからな。城でも扱えるのは老師くらいだ。魔力を大量に消費するが、うまく使いこなせれば無くなった腕や足だって戻せるし、場合によっては蘇生も可能と言われている」
「!?」
「そうは言っても俺も実際に使ったことはない。知識として知っているだけだ。だが、このまま何もしないよりはずっと助かる可能性がある」
「……、どうしてそこまでしてお嬢様を助けようとしてくださるのですか?」
メイドの問いかけに俺は固まった。
どうして?
目の前で怪我をしている人がいたら助ける。ただそれだけではないのか?
俺はそう答えようとしたが、違うと気がつく。
確かに手当てはする。けれどここまで必死になるだろうか?
恐らくならない。
理由はもっと単純なのだろう。
「……、やっと見つけた大事な人だからな」
「え?」
「何でもない。気にするな。それよりもどうする?やるのか?やらないのか?」
メイドの顔に明らかに動揺の色が現れる。
俺だってそうだ。成功するかしないのかわからないのだから、不安でしかない。
「俺は彼女を、このまま死なせたくない。それはお前と同じだと思ってくれていい」
「……、わかりました。貴方様を信じます」
「わかった。俺の肩に触れろ。魔力を貰う」
メイドは頷き俺の肩に触れた。決して高くはないが、発動するには十分だ。
「ありがとう。もういい」
そう言うとメイドはニッコリと笑い、その場に倒れた。
「おい!」
「……」
「気を失っているのか。限界ギリギリまで俺に魔力を渡したのか……」
余程このメイドにとってシルヴィア嬢は大事なのだろう。
「必ず助ける」
俺はそう呟いてシルヴィア嬢に回復をかけた。
予想以上の魔力の消費に吐きそうになる。
しかし、さっきとは違い、確実に効いている。シルヴィア嬢の体から黒い何かが抜けていくのを俺は見た。
呪いの類いかもしれないが、今はそれを気にしている余裕はない。
「後、少し……っ」
俺は最後の力を振り絞って魔力を注ぎ込んだ。
辺りが光に包まれ、何も見えなくなった。
光が消えた後、俺の荒い息だけが広間に響く。
シルヴィア嬢を見ると、傷口は勿論、服も全て元に戻っていた。呼吸も何事もなかったかのように落ち着いている。
俺はそれを見てやっと安堵した。魔法は無事に成功したのだ。
「よかった……」
俺がそう呟くとシルヴィア嬢が笑ったように見えた。
俺はそっとシルヴィア嬢の髪を手に取る。
「綺麗な髪だな」
起きている時に会えたらよかったのに……。
俺はそう思いながらシルヴィア嬢の髪にキスをする。
忘れない、君の顔。
忘れない、君の髪の色。
忘れない、君のあの声。
俺は深く息を吸い込み、シルヴィア嬢をそっと床に寝かせた。
俺はフラつく足で立ち上がる。
俺の仕事はまだ終わっていないのだ。
俺は息を大きく吐いてから、人の気配のする方を睨んだ。
「ロード。今のでお前も多少は回復したはずだ。隠れてないで出てこい」
俺の声に反応したのか、空気がピクリと動く。おずおずと柱から出てきたそいつは完全に無傷だった。
「あ、兄上……。これは違うのです。そこのグレイスの娘がその……、俺の命を狙って……。俺はそれを防ごうと……」
「ならば何故お前は無傷なのだ?俺の魔法の恩恵とはいえ、回復し過ぎのようだが?」
「それは俺の魔力が強いからです!」
威張るように言う義弟を俺は笑みを浮かべながら見た。
「この俺よりも……と言うつもりか?詠唱しかできないお前が……」
「ま、まさか!兄上にはまだまだ敵いませんよ。俺はそこに横たわってるシルヴィ……」
ロードがそうしてシルヴィア嬢を見ようとした瞬間俺はロードに飛びかかった。
「ひっ!」
「お前の薄汚い目で彼女を見るな。彼女の名前を呼ぶな」
「あ、兄上はそういうのが好みなんですか?それならば良く似たものを今度見繕いましょう!」
「黙れ!カスが!」
「ひぃっ!!」
俺は腰に着けていた短剣をロードの首に向けた。
怒りに任せてこいつの喉を貫いていないだけ俺は大人だ。
「……、あ……あ……」
「いいことを教えてやろう。シルヴィア嬢も詠唱魔法を使わない。つまり、詠唱魔法を使うお前より遥かに魔力は高い」
「!?」
「ここで攻撃魔法を使えばどうなるかわからなかったのか?ここは脆い。全て木っ端微塵に吹き飛ぶぞ!彼女はそうさせないために自らを犠牲にした!お前の魔力が高いからじゃない!」
俺が怒鳴るとロードは父上と同じような顔でニヤリと笑った。
俺にとってその顔が反吐が出るくらい気持ち悪かった。
「俺にこんなことをしたと父上が知ったら兄上の立場がもっと悪くなるぞ?」
「ふん、元々良いものではないから構わないさ。落ちろと言うなら落ちてやる。それよりも心配するなら己の身を案じた方がいいんじゃないか?いくら父上がお前を気に入ってるとは言ってもこの国の宰相の娘を手にかけたと聞けばただで済むわけないだろ?特にお前の大好きな義母上が手を下すぞ」
「なっ!?」
ロードの顔が瞬く間に青白く変わっていくのが、わかった。
そう義弟にとって、義母上は大好きではない。大嫌いなのだ。
恐らく世界中の誰よりも……。
「そんな笑えない冗談はやめてくれ!母上に知れたら俺は殺される!!」
「なら俺の言う通りにした方が賢明だな」
ロードは涙目でコクコクと首を縦に動かした。
どうやら本気で怖いらしい。
「あそこに見えている足の主と共に今すぐにここから立ち去れ。後は俺が全て上手く納めてやる」
「は、はい。兄上……」
そう言って押さえていた力を緩めると、一目散に足の主を抱き抱え一瞬で消えた。もしもに備えて転移魔法が、施されているのだろう。
本当に逃げることだけは用意に抜かりがないし、無駄に素早い。
俺は呆れながらため息を吐いた。
「殿下!」
ダーンと夫人がタイミング良く入ってくる。様子を伺っていたのかと問いたいくらいだ。
しかし、ダーンも夫人も息が上がっているのを見ると、そうではないらしい。
俺は何事もなかったかのようにダーンへ歩み寄った。
「他の人間が来る前に彼女達を別の場所へ運んでおけ」
「シルヴィアちゃん!マリエッタ!」
俺が指した方に二人を見つけグレイス夫人は真っ青になって二人の元へ行く。
どうやらマリエッタとはあのメイドの名前らしい。
「心配ない。二人とも気を失っているだけだ。特にメイドは主の為に魔力を注ぎ込んだ。目が覚めたら誉めてやれ」
「殿下。それよりも何があったかご説明をしてもらえますか?」
「詳しくは後で話す。今は賊の侵入と言うことにしておけ」
「賊……、ですか?」
ダーンの少し濃い眉毛がピクリと動いた。
俺は黙って頷くとダーンは察したのだろう。夫人の元へ行き、転移魔法をさせて戻ってきた。
「賊の侵入となるとまた厄介ですな。警備を増やさなければなりません」
「丁度何処かの兵士達が人件費削減とかで、切られようとしてたな。彼らを使えばいい」
「簡単に言いますな」
そう言いながら、ダーンは嬉しそうだ。口元が笑っている。
「新しく雇って一人前にするまでの時間と手間が省ける上に新しく給与の査定もしなくていい。何の問題もあるまい?」
「殿下の仰る通りですな」
「その殿下は止めろ。俺は王位につく気はない」
そう言うとダーンは「がっはっは」と大声で笑いながら俺の背中をバシバシ叩き始める。正直痛い。
「いいでしょう。このダーン・グレイス、アルフィード殿下のお気に召すままに動きましょうぞ」
「ならば一つ、頼みがある」
俺はダーンの手を逃れ、ダーンに向き合った。
相変わらず笑っているがダーンの目の色が変わっているのがはっきりとわかった。
「シルヴィア嬢とそのメイドがこの件に関して何か聞いてきても、俺が関わったことは一切伏せといてくれ」
「それは構いませんが、何故にですかな?」
ダーンの鋭い青い瞳が俺を見る。俺の瞳も同じ青だが、全く違う物だとつくづく思う。
その瞳には嘘偽りが効かないのだ。
俺は深く息を吸い込んではっきりと答えた。
「いつか出会う時の為だ」
「娘が大好きな父としては、そう簡単に出会わせる訳にいきませんな」
間髪を入れずにダーンに笑いながら返されて、俺は悔しくて頬を染める。
もっと色んな事を学んでこの男を越え、認められなければとても彼女に再び会えそうにない。
この時の俺はそう感じた。
そこから六年という歳月をかけて俺達は再び直接会うこととなる。
ただし、俺はその前に彼女のもう一つの姿を知ることになる。
自国ではなく、他国で……――。
読んでいただき、ありがとうございます。
ブックマークもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
今回で6年前のお茶会の話は一区切りとなります。
次回からはまた戻りますので、気長に待ってもらえると嬉しいです。