6年前のお茶会(アルフィード視点)
遡る事6年前。俺は15歳だった。
当時、留学から戻ったばかりの俺は義母上に呼ばれた。
俺の義母上はこの国の王の妻。
つまり、妃だ。
美しい姿だが、俺から言わせれば女狐でしかない。
「アルフィード、今日行うお茶会に出なさい」
「私がですか?」
はっきり言って面倒臭い。
何が好きで婦人達の集まりに顔を出さなければいけないのか俺には理解できなかった。
「貴方に婦人達のお相手など期待していません。ただ、その会場内に居ればいいのです」
「私を笑い者にでもするのですか?」
「生意気な口を聞くようになったこと」
「……」
「宰相から要らぬ知恵を学んでるようですね」
あっさり見破られて俺は唇を噛んだ。
そんな俺を見て義母上はニヤリと笑う。
「お前はまだまだ詰めが甘い。また近い内に他国に行き、精進するがいい」
「かしこまりました……」
そう言って俺をこの国から離すのがこの女のやり口だ。王位などに興味はないが、戻る度に仕事を押し付け、何だかんだと理由をつけて他国へ行かせる。
仕方がないとは思う。俺は義母上の子どもじゃないからだ。
妾の子の方がまだマシだった。俺の母親は何処かの娼婦で美しさだけが取り柄だけの女。
俺を生んでから精神を壊し、今や会話もままならない。そもそも、あの女に育てて貰った記憶もないから興味はないが。
しかし、義母上にはそんなこと関係なかった。
同じ時期に父上の子を宿したが、その子は死産。そして娼婦の女との間に出来た子はのうのうと生き、王子という身分。 好きになれと言うのは無理な話だ。
「お茶会にはご指示通りに行きます。ただし、姿を見せ婦人達の餌になるつもりはありません」
「それでかまわぬ」
義母上は興味無さげに言った。
本当に何を考えているかわからない。
俺はため息をつきながらお茶会が行われる庭へと向かった。
庭ではメイドや執事達が慌ただしく用意をしている。
俺は面倒だと感じながら、会場内で人目につかない穴場を見つけた。
ガゼボがあり、その周りは腰くらいの高さまで花で覆われている。
この花の向こうなら姿も見えないし、木が立っている為に人も入ってこない。
ここならお茶会の多少の話し声も聞こえるし文句も言われまい。
あくまで、会場の何処かにいればいいのだから。
腰を下ろし上を眺めると二羽の小鳥が木の枝に身を寄せあって止まっている。
「いいねえお前らは。自由に飛ぶ羽も、心を通わせる相手もいて……」
俺は小鳥達を見ている間に眠りに落ちた。
どのくらい眠っていたのだろう。うるさい女達の声が頭に響き俺は目を覚ました。
「わたくしは断然、次の王はロード様だと思いますわ」
「いいえ、長男であるフィリップ様です」
どうやら次の王候補の話をしているらしい。
そんな話を持ち出すということは近くに義母上が居るのだろう。
義母上は義兄上派と義弟派を競わせるのが好きだからだ。
俺の義兄上フィリップは前の妃の息子。今の妃は義兄上にとって継母になる。そんな人を何故か義兄上は惚れ込み、王子としての職務もせずに夢中なのだ。
まあ、俺には興味はない。
義弟のロードは俺より三つ下となる。
そして当然の如く、ロードも義母上の息子ではない。
どこかの貴族との間に出来た子どもらしい。
俺は義兄弟の中でロードが一番嫌いだった。バカな上に頭の中は女の事しかないのだ。更にいうと金遣いも荒い……。
義兄弟の中で一番父上の血を濃く受け継いでいるだろう。
どちらにしても、あの二人に王位を継承させようということ自体がおかしいのだ。
ここに出ている婦人達はこの国を滅ぼす気なのか?
俺は頭を抱えた。
「グレイス夫人はどちらをご支持なさいますの!」
「え?わたくし?」
グレイス夫人?ということは宰相の妻か……。俺は少し会話の内容が気になった。
我が国の宰相は切れ者で、この国が落ちないのは彼の成すところが大きいと思っている。そんな宰相の妻の発言はとても気になるところだった。
「えっと、わたくしは……」
「フィリップ様ですわよね?」
「ロード様でしょ?」
「主人と違ってわたくしはこの手のお話は苦手ですの。ですから、わたくしの変わりに娘が答えますわ」
娘?
宰相の娘が来ているのか。
しかし、どの娘なのだろう。宰相は王族に次いで子が多い。
ただ、父と違い夫人は一人だが……。
そんな事を考えていると、義母上の声が聞こえた。
「その娘が噂のダーンの末娘か」
末娘?
あの噂の病弱令嬢か……。
俺の興味は一瞬で無くなった。
引きこもりの意見など聞いたところで無意味だ。
宰相の娘だからおかしな事は言わないだろうが、どちらか一択ならマシな義兄だろう。
俺はもういいだろうと、その場を離れようとした。
「ダーンの娘よ、発言を許す。メイドを通さずに自らの声で答えよ。次の跡継ぎは誰を候補にしたらよいと思う?」
「!」
義母上の言葉に俺は動きを止める。
あの義母上が興味を示している?
俺は一度無くした興味の火が再び灯るのを感じた。
「恐れながら、私はアルフィード様が適任だとおもいます……」
「っ!?」
驚きの発言で俺は思わず声を上げそうになったが自らの手で口を塞いで何とか耐えた。
しかし、か弱そうな声だけれど何処か違和感がある。この感じ、一体何なのだろう。
しばらく沈黙が続いたが、それを遮る声が聞こえた。
「ははははははっ」
義母上が笑っている声だ。
俺は今までこんなに楽しそうに笑う義母上の声を聞いたことがない。
驚きの連続に俺は離れるのを忘れて夢中で聞き入っていた。
「ダーンの娘も落ちたものよのう。流石病気で屋敷に臥せって世間の常識を知らぬわけだ」
嘘だ。
義母上の声からは悪意が感じられない。
この声はただただ楽しい。それだけだ。
「お妃様の仰る通りですわ」
「よりにもよって、あの風来坊王子なんて……」
「本当に、あれは王子であって王子ではありませんわ」
義母上の言葉を鵜呑みにした貴婦人達が口々に賛同し始める。
「よいか、ダーンの娘。この国の貴婦人の一員となるならば、アルフィード等と汚れた王子の名を出すでない」
「そうですわ!第二王子はどこの娘かもわからない女の子どもとか……」
「あら、百姓の子どもじゃなくて?」
「わたくしは踊り子と聞いたわよ?」
「どちらにしても、国の為に働くのは当然の償いですわ」
償い。
やはり、俺の認識などこの程度だ。
俺はため息を付いた。
「シルヴィアちゃん?」
グレイス夫人の声だろう。
そうか、末娘の名前はシルヴィアと言うのか。
俺は顔も知らぬ彼女の名前を覚えた。
女性の名前をこういう風に覚えたのは初めてだ。
「アルフィード様のどこがいけないと言うのですか!」
「!!」
シルヴィア嬢の声が響いた。
さっきのようなか弱いものではない。力強く、はっきりした声だった。
そうか、さっき感じた違和感はこれだ。彼女はさっきの声を無理にそう聞こえるように出したのだ。
つまり、今のが彼女の本当の声。本来の彼女の声なのだ。
俺はその声がとても美しい物に聞こえた。
「血に拘るというののなら、誰が母親であったとしても、父親が国王陛下である以上、アルフィード様は立派な王子です!」
「!」
「そこの貴女は先程国の為に働くのは当然の償いと言われましたね?償いとは何ですか?母親が誰だかわからないからですか?」
「な、何て図々しい……」
「それはこちらの台詞です。償い等と貴女に言う権利などありません!それを言う資格があるとすれば、そこにいらっしゃる正妻のお妃様のみです!」
俺はその時、微弱ではあるが、魔法の気配を感じる。
何の魔法かはわからない。けれど、このまま発動すればまずい。それだけははっきりとわかった。
止めるか?
だか、今出るのは不味い気がする。俺が手をこまぬいているとグレイス夫人がシルヴィア嬢を呼ぶと共にパチン!と音が聞こえた。
それと同時に魔法の気配が消える。
「シルヴィア嬢が出そうとしていたのか……」
俺が呟くのと同時にグレイス夫人の謝罪の言葉が聞こえてきた。
グレイス夫人は気がついていたのだろう。
勿論、義母上もだ。義母上はシルヴィア嬢が気に入ったのだろう。楽しそうにシルヴィア嬢を挑発した。
そして、シルヴィア嬢はその挑発に乗ってしまう。
「このように誰かを見下すようなお茶会など、私は嫌いです!それに、私は間違った事など言っておりません!!」
シルヴィア嬢の叫びとも言える言葉の後に何かが爆発する音と悲鳴が聞こえた。
そっと影から覗くと騒ぎの中を、逃げるように去る人影達があった。
恐らくシルヴィア嬢達だ。
俺はそっと後をつけることにした。
読んで頂きありがとうございます。
一度やってみたかった、互いの視点からの話です。
お楽しみいただけたらと思います。
次くらいまで同じパターンになる予定ですので、是非、またお付き合いください。
ブックマークもありがとうございます!
とても嬉しいです。