98.リリアの進化
「それじゃ行ってらっしゃい。終わったら戻って来てね。進むにしてもとりあえずフォウル君が歩ける程度まで回復するまで待つ必要があるからさ。」
今から出かけようとする俺たちにサリアが声をかけてくる。フォウルを人質のように扱って戻ってくるように言ってくるのは前に置いていかれたからか……そんな気がするな。
「うん! ショウタさんを無理やり引きずってでも必ず戻って来るからね!」
「そんなことされなくても逃げやしないって……」
「いーや信用ならないね! 翔太さんは状況によっちゃ僕たちを置いていくからね!」
そんなに言わなくても……悪いことしたとは思ってるんですよ、はい……
目立たないように隠された遺跡への入り口は、地面に穴を開けたようなものだった。穴の先には人一人通るのがやっとなほどの幅の階段が続いており、3段以降先は見えないほどの暗闇に包まれている。
「暗いな……リリア、なんか明かりとかないか?」
「ふふん、もちろんありますよ! これが!」
そう言ってリリアは太さがしっかりとした棒を取り出す。しかしよくみてみると先端には布が巻き付けられており、それが松明だと理解する。
「松明……? 使ったことないけどそれで明るくなるもんなのか?」
「これは自作したものじゃなくてきちんと買ったものですからね。一本で1時間くらいは保ちますよ。予備は5本なんで限界は6時間ってところですね。」
6時間か……なら少なくとも二宮がいるところまでは3時間でたどり着かなきゃならない。もしこの遺跡の最奥にいるんだとしたら確実に足りない。なんせ未だ前人未到の領域なんだから。
「6時間か……ないよりいいけど内部構造がわからないから足りるかどうか……」
「その辺は抜かりありません。私の魔法を見せてあげます! 《探音》」
リリアが魔法を唱える。リリアに使える魔法は音魔法だけだったはずだから何かしら音が出ると思って身構えていたが無音だ。
「……なるほど。このフロアにはそのニノミヤさんはいないみたいですね。何匹か魔物はいるみたいですけど人型のものはいません。次のフロアに移動するなら最短距離をたどって20分ってところですね。こっちです。」
火をつけた松明を持って迷いのない足取りで道を進んでいく。それはまるで道筋を知っているかのようなどこか確信のある歩き方だった。
「……は? どゆこと?」
「とりあえず話は歩きながら……まあそう難しいことじゃないんです。膨大な音を発射してその反射を利用して内部構造を理解するっていう……」
それは……簡単にいうけどとんでもないことじゃないか? 少なくともこういった構造の建物の探索では無敵だ。敵の位置にフロアの構造までわかるなら時間をかければ敵と遭遇することなく最下層までたどり着くこともできる。
「あっ、今ショウタさん私のこと見直しましたね? もちろんこれだけじゃなく他にも色んな種類の魔法覚えてるんで期待してくれていいですよ!」
「……いやまじですげぇな。ちょっとなめてたわ。」
「やっぱり舐められてたんですね……あ、この先に魔物いますけど迂回します? 迂回したら結構時間とられますけど……」
「まっすぐ行こう。」
いけるとはいえ無駄に時間をかけたくはない。ニーズヘッグのある今ならそこそこの魔物でもなんとかできる自信はあるし、なんなら別に死を重ねても構わない。
「じゃあいきましょうか……《音殺し》」
リリアがさらに魔法を唱えるとリリアと俺の発する音が消える。足音も、松明の爆ぜる音も、呼吸音すらも消え存在が希薄になる。
音の消えた世界でリリアが進行方向を指差す。するとその先にはこちらに背を向けた二足歩行の巨体の生物が鎮座している。こちらには気づいていないみたいだ。
全力で駆け出し魔物の無防備な首めがけて剣を振る。するとそのその首は無抵抗に切り落とされ、噴水のように血を噴き出す。
理解した……たしかにリリアは強い。
そう思った途端に周囲の音が蘇る。
「……ぷはっ、なんですかそれ!? いつの間にショウタさんオークの首切り落とせる程強くなってたんですか!?」
「いやそりゃこっちのセリフだ。あの魔法があれば適正なんてなくてもそりゃ強いだろうよ。」
どれだけ魔法の達人でも、人間相手なら背後を取って心臓を一突きで終わりだ。もし魔物相手ですらさっきやったようにある程度は無傷で安全に倒せる。
「でしょう!? 音魔法すごいんですよ!」
そう言ってはしゃぐリリアは年相応の少女のようだった。