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いやあ、短い黄金時代だったね。
とでも言えばいいのかコレ、つーか今までの歴史基本的に暗黒の時代ばっかりなんだけどなにこれ。
そしてこっから先も真っ黒なんだろうなあ、心躍る要素がまるでないんですけど。
あー、何はともあれ大陸全土で恐ろしいまでの物資不足が巻き起こったわけだが。
更に山林伐採やらで土壌の治水効果の低下による水害やらが多発して食糧不足まで起こり、人口が増加していた分その影響は深刻だった。
この世の春を謳歌した商人たちは多くが没落し、巷には職を失ったものが溢れ、そうでない人々も困窮に喘ぐことになった。
もちろんそうでない国と言うのも多数あったが、そうでない国の方が圧倒的に多く影響を受けるのは免れなかった。
物資の不足による困窮で治安が悪化し、地域によっては身売り、人買いすら行う所もあった。
そんな中でもなんとか各国は状況を立て直すべく奮闘した。
色々とやったらしいが代表的なのは、『炉』の効率化と物をくべる以外のやり方でエネルギーを、魔力を得られるようにする改良らしい。
まあ、当然っちゃ当然か、元々そう言う改良をすべく試みられていたらしいんだが、それが完成する前に資源が枯渇してしまったんでその開発を急ピッチで進めたらしい。
でもそんなもんが一夕一朝で出来るわけもなく、その間は景気の低迷は続くと考えられた。
だがそれ以上に深刻なのは食糧問題だった。
生活水準の低下は我慢で何とかなるかもしれないが、飢えは我慢できるものでもない。
そして治安の悪化も問題だった。
元々の民度と言うか倫理観というか道徳観というか、そういった物がまだ半端にしか育っていない状態であり、一度大きく崩れればまたぞろ反乱などが多発する恐れすらある。
そうなってしまえば今までの前例からいって、この状況では絶対に各国共に持ちこたえられないだろう事は明白だった。
で、この状況に活躍したのが『五星教』だった。
民に道徳心を、倫理観を植え付けるのに最適とされ各国で後押しを受けていたこの教団は、元々が世界に満ちる属性の信仰、自然信仰の面の強い宗教だった。
だから『炉』が爆発的に普及し、土地の開拓・開発が進む中でもあまりそれに傾倒しておらず。
各地にかなりの規模で存在した教団用地には自然を残し、その中でかなりの農業用地も持っていた。
そして孤児院や貧救院などの慈善事業もかなり手広く行っており、炊き出しのための物資の蓄えもかなりのものを持っていた。
もちろん全ての人を救済できるような潤沢なものではないが、蓄えを放出し炊き出しを行い、路頭に迷う人々を拾い上げ、広範囲に渡り人々を救い、慰撫して回った。
この活動はかなりの効果を上げ、教団はこれにより大陸における唯一にして絶対の宗教、と言われる程の確固たる地位を築いたらしい。
ただ、余りにも漠然とした教義の癖に広がりすぎた所為で、地域によってローカルな教義が多々出来上がってしまったらしいが。
ともかく、その浸透した教団の力もありなんとか崩壊をせずに踏みとどまっていた各国だったが、それもいつ崩れるか分からない危うい均衡の上に立っていたらしい。
ところが、そんな物資不足、食糧不足の国々の中で一国だけそういった翳りを感じさせない国があった。
幾らか前の話で出てきた、えーっと王様達が逃げ出した国、だったかな。
混乱の波及を恐れて周辺国から人の行き来を制限され、鎖国状態になったというかされたというか。
混乱は何とか治まった後も、人も物の行き来も制限されたままの状態が続き長らく陸の孤島と化していた。
ただいつの頃からかその封鎖も部分的にはゆるくなり、物のやり取りぐらいは行うようになっていた。
その頃には逆に周辺国からではなく、その国の方から人の出入りを制限するようになっていたようだが。
よって物のやり取りはあるが、国の内情はよく分からず、他の国と違い民達の代表が治めているらしい程度の情報しかなかった。
随分前から関わりをほぼ断っており、自国の事で手一杯だった事もあり、その国の事はそういえばそんな国があるね、程度の完全に空気のような存在になっていたらしい。
そこから輸出される品も他の国々の物と比べて目を引くようなものもなく、むしろ大概が一枚も二枚も落ちるような物だった。
自国の市場を圧迫するわけでもなく、そしてこちらから何かを購入する事もあまりない。
周辺国からすれば以前は政情不安定な火中の栗で、最近は空気のような鎖国中の三等国といった感じだった。
『炉』の爆発的普及の波にもかなり出遅れ、元々の各種基礎的な技術が、基盤が貧弱だった所為かそれを元に作り出される品々もやはり二枚どころか三枚落ちもいい有様だった。
というより、『炉』を購入したのは確認できたが、ちゃんと運用されているのか、普及したのかすらまともに関心を持たれていなかった。
更に取るに足らない国になり、以前にも増して埋没していくかに思われたその国だったが、全土の資源枯渇という状況でそれは一変した。
各国が資源の欠乏でろくに物資を生産出来ない中にあって、その国は変わらずに物資を生産し続けた。
元々の取引が少なかったため実際の生産高というものがまるで不明だが、各国の物資欠乏による需要の急騰を見て、その国は輸出を急激に増加させていった。
それまでは見向きもされなかった粗悪品であった筈のそれを、人々は挙って求めた。
しかし、物資の不足によって急激に価値が低下しつつあった貨幣による取引に、その国はあまり乗り気ではなく。
既に貨幣価値の低下によって民達の間で多くなっていた物々交換による取引を主に行った。
しかし、物資不足なのだから当然だが交換するべき物がない。
なら何を持って取引するのかと言えば、『人』だ。
他の物での取引もそこそこに、その国の連中は今まで閉じこもっていたのが何だったのかと言わんばかりの積極性を持って、各国に足を伸ばし人を買い漁って行った。
多くの人々がその行いに眉を顰めつつも、困窮した状況に手を差し伸べる事が出来ず、連れられていく人々を見ている事しか出来なかった。
そうして、各国の施政者達が、五星教団の者達がその行いを掣肘できるほどに辛うじて状況を安定させた頃には、かなりの数の人間がその国へと売られていた。
大抵が生きるか死ぬかの状況で止むに止まれず売り飛ばされていったその人々だったが、当然その急場を乗り越えた後に、その窮余の行いを悔いる人間が大多数出るわけだ。
大半は諦めたまま、傾いたままの暮らしぶりを立て直す事に必死にならざる負えなかったが、それでもやはり連れ戻すなり買い戻すなりが敵うならばそうしたいと考える者も多かった。
売られたのではなくとも混乱の中で住んでいた場所から離散し、その国に流れて行った者もいる。
そう言った者を連れ戻せないまでも、無事かどうか確認ぐらいはしたいと思うものだ。
しかし、その国は人の出入りを制限しており、国から出てくるのは物を売り買いしに来るものだけであり、国に入る事も流民の受け入れこそ行ったが普通に入国するのは厳しい制限があった。
人は流れていくし買われていくが、そこから出てくる者はおらず、どうしているかもわからない。
まだ暮らしぶりは傾いたままの者が大多数だったが、売られたり流れていった人々はそれよりも辛い思いをしているのではないか。
未だその国から流れてくる物資は量も多く、最近は質も三流以下だった物が二流程度にはなっているし、自分達よりはむしろマシな生活かもしれないが。
兎に角、今どうしているかだけでも確認したいと言う各国の関係者達の願いだったが、その国はそういった者達の所在も現状も一切を明らかにしようとしない。
以前であれば少しは強気に出れたかもしれない各国だったが、物資不足を辛うじて持ちこたえただけの状況でその国に強く出る事ができなかった。
秘密裏に調べようにも、当時の大陸各国は基本的に自国の内側にばかり目が向いており、対外的な諜報機関と言うものを持っていなかった。
というより、外に向ける軍事力すらまともに持っている国はなく、殆どが国内向けの治安組織の整備ばかりに力が入れられていた。
施政者達は未だにいつ崩れるか分からない足元、民衆の動向にばかり目が行き、他国に目が向いたとしてもそれは政情不安などが起こらないかどうか、それが自国に飛び火しないかどうかという物だった。
そして、その国に対しては周辺国が行っていた封鎖が緩んだ後も、自主的な鎖国に入った事もあり全くと言っていいほどに情報がなかった。
言ってみれば『臭いものに蓋』をしたままでそのまま放置されていたと言うべきか。
今更手の者を忍ばせようにも封鎖が厳しく、尚且つ言語の訛りが非常に強くなっていたらしく、上手く入り込めても余所者である事が即座に露見する環境にあったらしい。
元々が民達の混乱が波及しないように隔離したのだから、当然だが草の根的な繋がりは何処ともないし、五星教も一切浸透していない。
無理に何某かの諜報活動を行いそれが露見した場合、要らぬ火種を抱えてしまう事を恐れて放置し続けてきた。
そして今更それを行うにしても、物資不足を辛うじて凌ぎ、立て直す途上だった各国には未だそんな余裕が存在しなかった。
傾いた現状を持ちこたえ、徐々にそれを立て直しながら、数こそ減ったものの施政者達や五星教団の手が届ききらず、未だ売られ流れていく人々は完全に無くならない。
その人々に紛れる形で、苦しい中なんとか都合した人員を密かに忍ばせて送り出すも、すぐに連絡が取れなくなった。
ただでさえ苦しい状況に、他国への内定などという任に就けるような人間を無闇に使い潰す事など出来ず、そして下手に藪をつついてまわすゆとりも無かった各国の施政者達は、早々に手を拱いてしまった。
五星教団の関係者はそもそんなものに人員を使い潰す事はしない、というよりもそんな風に人を潜り込ませるぐらいだったら、そもそもその人々を引き止め救い上げる立場だった。
こうして人々の流入を完全に阻止する事が敵わないままに、暫しの時が流れた。
物資不足は未だに残るもののかなり改善され、新型の『炉』、地脈だか龍脈だかからエネルギーを汲み取る物が開発され、旧型の物をくべるタイプの物も数を大幅に減らしたが改良が施された。
未だ暮らし向きは苦しいながらも、徐々に戻りつつある生活に比するように、離散した者達との再会を求める動きも大きくなった。
しかし、他の地域へと流れていった者の消息は掴めれども、鎖国を行っているその国へ行った者の消息はおろか、その内情すらも全く掴む事ができない。
未だその国からの物資に頼るところが大きかった各国だったが、一切の情報を寄越さず、そして調査を行う人員の派遣も拒み続けるその態度に、いい加減に苛立ちを隠せなくなりつつあった。
元より売られていったり、食うに困って流れていった人間が全うな扱いを受けているなどとは誰も思っていない。
恐らく今まで自分達を支えていた物資の幾分かは、そういった人々を酷使する事で賄われていたのだろうと言うのも想像がついた。
でなければいくら今まで互いに交流がなかったからと言って、消息が誰一人として掴めない、それをこちらに隠すわけがない、と。
だからこそ暮らし向きが戻れば戻るほどに、日に日に消息を求める声は大きくなり、その国への反感は大きくなっていった。
だが、この時点で各国の誰もが売られ、流れて行った人々の現状をある意味楽観視していたと言える。
元々が大多数の民が家畜に等しい状態から、現状の人としての扱いになった経緯を知る各国の人々は、『家畜を無闇矢鱈に使い潰すことはしないだろう』という共通の先入観があった。
自分達が家畜であった時代がそう遠くない時代にあった事を知っており、その時の基準で底値を、考えうる最低の扱いと言うものを考えていた。
昔の支配者達が、『家畜』を意味もなく殺さなかったように、生かさず殺さず酷使するのが底値だとばかり考えていた。
だからこそ、多くの人間が断腸の思いで家族を、仲間を売り渡した。
場合によっては明日をも知れぬ我が身よりも、生き残れる可能性が高いのではないか、とすら考えながら。
だが、それが大きな間違いであると、その底値が大きく割れていると言う事に、見積もりが甘すぎたと言う事に気がつく日が遠からずやって来た。
その日、その鎖国を行っている国から、全身傷だらけの一人の男が息も絶え絶えにとある村に辿り着いた。
村の人間に保護されるも、その男は間も無く息を引き取ってしまった。
だが、息絶えた男が必死に、正に必死の様相で発した言葉、それを聞いた村人は戦慄した。
男は今際の際までうわ言の様に、だが切に切に、まさに断末魔と呼ぶに相応しい重みを持って繰り返した。
あの国は、人を『炉』にくべている。
売られてきた人間、流れてきた人間は、余所者は全て『炉』にくべられて魔石に変えられてしまう。
あいつらは、俺たちを、『材料』としか見ていない、と。




