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彼と魔族とお嬢様  作者: 秋雨サメアキ
第2章 変わらぬ想い
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閃槍と瞬刃

――1週間後。


シルヴィア、アリシア、ウェン、クローヴィスの4人は先日エリーとアリシアが訪れたというスサの町にやってきていた。



「とりあえず、エリーの手掛かりを探しますか!」

「待てアークライト。その前に協力者に1度会いたい」


気合いを入れるクローヴィスに、今はもう落ち着いた様子で周囲を見回すアリシア。

シルヴィアは協力者がいたことに驚きつつも、今はアリシアだけが頼りだ。


ウェンはというと、周囲が気になるのか、辺りを見回している。

鍛冶が盛んな町とはいえ、石造りの建物が多いこの町は別段珍しくはないだろう。



「ウェンどうしたの?」

「少々見られているような気がするだけです。特に気にする必要もないかと思いますので、シルヴィアはお構い無く」

「ウェンがそう言うなら、そうするわ」


とはいえ、頭の片隅に置いとくことに越したことはない。

前方ではアリシアが先導している。そのあとにクローヴィス、シルヴィアとウェンとなっている。





……ところで、なぜここにクローヴィスがいるのかというと。






◆◆◆






シルヴィアたちはアリシアの謝罪を、そこまで責任を感じる必要はないと宥め、直ぐ様エリー奪還作戦を考案していた時のことだった。



「…最後にエリーと一緒に訪れたのがそのスサの町なのね?」

「あぁ。あそこに5日ほど滞在していた。あれから日にちが過ぎたとはいえ、もしかしたら手掛かりがあるかもしれない。1度そこへ行くべきだ」

「なら、別れて行動するべきでしょうね。人数も多いことですし、別行動をとった方が効率がいいかと」


今ここにいて、尚且つ戦えるメンバーは7人だ。4人と3人に別れれば捜索の効率もよくなる。



「あーごめん。助けるとか言っといて本当に悪いんだけど、"タスク"でやることが…」

「わたしも…」

「わたくしもマキナさんに言われたものを調達しないと…」


空気が少し凍りついた。


「……了解。じゃあ残りの4人でスサの町に行きましょう」


マキナたちにも用事がある。

それに今回はエリーの足取りを追うだけだ、そう躍起になってやることでもない。




「……僕ら3人にアリシアさんですね。アリシアさん、魔術ってどうですか?」

「すまないが使えない。魔力強化を維持するので精一杯だ」

「わかりました。…考えると、僕1人で魔術を担うのは久しぶりですね。ここ1年はエリーさんやマキナさんがいましたし」


話題を変えるようにウェンが切り出す。

3人で旅をしていたころから魔術はウェンに頼りきりだったのは間違いない。それほどまでに、彼が魔術師として優秀だったからなのだが。





「さて、4人ね。とりあえずアリシアとの連携をとれるようにならないと」


その瞬間、孤児院の入り口から声が聞こえた。

…聞き覚えのある声だ。だがどうにも思い出せない。



「…クローヴィス!?」


レベッカが駆け出した。

マリーとキニジも続く。




玄関から声が聞こえてきた。


「…ほんとにクローヴィスだおかえり! 手紙も寄越さないから私も先生も心配してたんだよ!?」

「どこほっつき歩いてたのです? 連絡しないところまでエリーの真似をしなくてもいいのですよ?」

「…久しいなクローヴィス。聞いてはいたが、まさかそんな武器に手を出すとはな」


どの声も嬉しそうなものだった。

この場にエリーがいたなら…と悔しい気持ちになる。…アリシアを見ると、シルヴィアよりも悔しそうな顔をしていた。

彼女は1人で抱え込みすぎだ。かつてのエリーがまさにそうだった。





「ごめん、ほんとにごめんなさいって。んで、エリーはどこに…へっ?」


クローヴィスはシルヴィアたちがいる部屋に入ると気の抜けた声を出した。

彼の気持ちになって考えると、久しぶりに孤児院に帰ってきたら知らない人が数人いて、尚且つ誰もが険しい顔をしている状況だ。



「なんか知らないぺっぴんさんが4人…いや1人はあの時に見たな…じゃあ3人くらい、いるんだけど、なにこれ。てかガキたちは?」


見るからに混乱している。

クローヴィスと面識がないアリシア、メディア、リディアの3人も状況が飲み込めていない。


「じゃあ私が説明するね…」







レベッカが一通り説明をすると、クローヴィスはやれやれと肩をすくめた。



「こりゃ長期休暇とって正解だったなぁ。俺もエリーを探すわ」

「休暇?」

「あぁ、連絡してなかった。俺、ギルドから抜けてスチュアート国王の護衛やってんだよね」


その場にいた全員が驚いた。

元よりクローヴィスが国王オルクスの護衛をやっていたのは知っていたが、あの戦争の時はギルドメンバーとしての依頼だったはずだ。



「あの戦争の後に、正式に護衛になったってことかしら?」

「そ。お陰で時間がとれなくてさ。そうでなくても最近はオルクスさんと王権増長派の貴族とは対立してるからあまり護衛が離れるわけにはいかないし」


オルクスは継承戦争後、国王の権力を弱め、最終的には国民が主体となる政治を目指している。

元より国王と議会と裁判所が分立しているため、国王の権力は王政がある他国に比べると弱い。

その中でさらに王権を弱めようとすれば、貴族も無関係ではない。当然反発するような者も出てくるだろう。



「それを知ってるくせにオルクスさんに休めって言われちゃってさ。あの人強情だし、フィレンツェが大変になってるしで結局休んで今に至る」

「陛下は変わらねぇな…いい意味で。そういやまだ身分隠して遊んでんのか?」


以前エリーとともに宮殿を散歩していた時に彼に声をかけられたのを思い出した。

直後クローヴィスがオルクスにエリーの性別を明かしたが、あの時の顔は国王に対して無礼なのは重々承知しているがかなり面白かった。



「いや最近はないよ。元々、遊ぶっても精々出会った女性に酒奢るくらいだったみたいだし。王族の血を引いたものが出てこないようにするためではあるんだろうけど」

「王様も色々と大変なんだね…。玉座でふんぞり返ってるだけかと思ってたよ」

「流石にそれはない。簡単に話しても書類仕事に視察、大臣たちとの会議だのなんだの…すごい忙しいんだぜ?」


小説で得た知識なのだろう、どこか吹っ飛んだ予想をしていたレベッカが可愛らしく思えてしまう。

それに仲良さそうに話すレベッカとクローヴィスを見て、またエリーが幼馴染みと笑いあえるようにしなければと一段と気合いを入れる。





「とまぁ、細かい話は置いといて。そこの3人には名乗ってなかったな。俺は――――クローヴィス・アークライト。好きに呼んでくれていい、よろしく頼むぜ」


アークライト。

この姓を耳にする度に、シャルルの顔が浮かぶ。

クローヴィスはシャルルのことをわかっているのだろうか? ただ覚えていないのか、覚えているのに忘れたふりをしているのか…。



「アリシア・アリーナだ。アリシアでいい、よろしく頼む」

「め、メディア・ロンバルディア、です…。メディアでいいよ…」

「リディア・ロンバルディアですわ。好きにお呼びくださいな」




自己紹介もほどほどにエリー捜索の段取りを決めていく。

先程決めた4人にクローヴィスを加えた5人で出発、のはずだったのだが、


「クローヴィスもいるなら俺ちょっと外れていいか? 急ぐほどでもないけど用事があってさ」

「急にどうしたのよ。……わかったわ。最近はずっと頑張ってくれてたものね、たまには休まないと。ねぇ、ウェン?」

「……えぇ、そうですね。僕らに任せてください」


アイコンタクトで互いの意見を合わせるシルヴィアとウェン。

そして今のギュンターが何を考えているのか、というのも2人にはわかっている。





「ギュンターくん、何するの?」

「ん、ちょっとした剣の改良だな。ついでにその間に行くところあるから数日姿消すわ」

「わかったわ。無理はしないのよ?」


恐らくはナハトとの共闘の際に武器に魔力結晶を埋め込むのを見て、何か思い付いたのだろう。

それにギュンターは色々とシルヴィアたちのために動いてくれていた。少しくらいは休ませたい。



「じゃあ、私、ウェン、アリシア、クローヴィスの4人ね。今回のだけでエリーを引きずってても取り返す気持ちでいくわよ」

「あぁ。バウチャーは私が必ず取り戻す」






◆◆◆






「んで、アリシアの協力者ってどんなやつなんだ?」

「…妙に馴れ馴れしいなアークライト。…まぁいい、やつとは1度交戦している。なにせやつは私とバウチャーを襲った組織の雇われだっからな」


大丈夫なのかと疑心にかられる。

今は敵対していないようだが元敵を信用できるのかと考えたものの、マキナやメディアとリディアとも1度戦っている。

今更だということだ。




「1回戦ったってことは勝ったの? 負けたの?」

「悔しいが惨敗だ。私は何もできなかった。バウチャーは少しは戦えていたが…」


それほどまでの強者を例の組織は陣営引き入れていたことになる。

何があったのかは知らないが、アリシアの協力者が例の組織を裏切ってくれたのは助かったと言える。


アリシアの実力はスサの町に来るまでに見せてもらったが、かなりのものだ。

それがエリーと2人がかりで手も足もでなかったとなると、シルヴィアたちの中ではキニジくらいしか対抗馬がなくなってしまう。

そのキニジも右腕を失っている。下手をすればこちらの勝ち目がなくなるところだった。




「その協力者はどの様な方なのですか?」


アリシアは一瞬黙ると


「…食えないやつだ。飄々として掴み所がない。それに、戦いでは…速いんだ。離れたところで生半可な距離では一瞬で詰められる。恐らくは魔力の放出バーストを応用した急加速なのだろう。…バウチャーの受け売りだがな」


流石のエリーの慧眼だ。

戦いで敵のことを見抜く力は彼の右に出るものはいない。



「それにやつの武器自体にも秘密があるはずだ。あれだけの高速戦闘、武器にも細工があって然るべきだ。…こ、これはバウチャーからの受け売りではないぞ? 」

「ふふ、わかってるわよ」


エリーへの対抗心からか、少しむきになるアリシア。ここ数日でわかったことだが彼女は少しぽんこつ気味なところがあるのではないだろうか。





「――随分と賑やかだなアリシア。おっと、変な気は起こすなよ魔術師の兄ちゃん。近接戦闘で勝てると思うほどお前さんは馬鹿ではないだろう。それに俺は敵じゃない」

「そうですか。それにしたって物陰でこちらを伺うのは褒められたことではありませんが」

「気づいていたのか。ただの魔術師じゃないな、お前さん」


突如シルヴィアの後ろで聞こえる緊迫した声。

見ればウェンの後ろに男が立っていた。




「ガストッ!何をやっているッ!?」


アリシアが続けようとした言葉を男は遮った。


「何って…お前さんが一旦この町で落ち合おうって言うから来たのに、知らないやつを連れてたら警戒するだろうよ、違うか?」

「気配消してたやつの台詞じゃないよな、おっさん」

「しれっと自分の得物の間合いに入ってるやつがよく言うぜ。珍しい武器だが、見映えを良くしたくて握ってんならそんなもの捨てちまえ」

「…なら捨てさせてみろよ。おっさんの首が落ちる前にな」


一触即発の空気が漂うなか、その空気を壊したのはアリシアだった。




「黙れッ!アークライトにガスト!少しは私の話を聞けこの馬鹿どもがッ!」


本気で激怒しているアリシアにクローヴィスも男もその気迫に押され黙る。



「まぁまぁアリシア。それで、この方がアリシアの協力者かしら?」

「…あぁそうだ。やつの名はグリード・ガスト。ギルドの一員ではない、傭兵だ」


ばつの悪そうに頭をかいている男――グリードは、シルヴィアたちを一瞥すると、


「ご紹介に預かったグリードだ。…すまなかったな、別件で少し苛ついてたもんでな」

「俺も悪かった。あんたの得物…刀か。おっさんも大概だな」

「違いない」


笑いあうクローヴィスとグリード。

何故か奇妙な友情が出来上がっている。いまいち男同士の友情がわからないが、きっと川辺で殴りあって認め合うみたいなものなのだろう。







「…『影』の使い手クロムウェルに、大陸最高クラスの魔術師、暗殺一家アークライトのご子息様。そうそうたるメンバーだなアリシア。お前さんにそんな知り合いがいたとはなぁ」

「私の知り合いではない。この3人は全てエリーの仲間だ」


互いに自己紹介を終える。



「ま、そのアークライト家ももう終わりだと思うけどね。俺も姉さんもあの家から逃げ出してきたし」

「!? …姉がいたのね、クローヴィス」

「まぁな。…といっても、よく覚えちゃいないけど…な」


勘づかれないようにそれとなく質問する。

シャルルは彼が姉を覚えていないのをどう思うのだろうか。いや、きっとシャルルは悲しそうな顔をして喜ぶのだろう。



だが今はその思いは振り払わねば。


「よし、行くわよ」


グリードを加えた5人でシルヴィアたちはエリーの痕跡を追った。

次回で2章は終わります。

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