線の繋がる時
「んー、これはいらないかな」
「じゃあこれはこっちね。あれはどう?」
マキナの任務を終えた翌日。
シルヴィアはレベッカとマリー
の3人で、アズハル孤児院でひとつ作業をしていた。マリーは少し席を外しているが。
他の仲間はウェン、マキナ、メディアの3人はキニジとともに、朝早く第2研究室"タスク"へと向かっている。
ギュンターはやることないからと依頼をこなしに行き、リディアもそれについていっている。
「孤児院に子どもがいない今がチャンスって片付けはじめたのはいいけど、結構、大変だね…」
「そうね…。あ、絵本以外にも小説とかあるのね。『救国の剣姫』……気になるけど、どうなのかしら」
表紙には剣を抱えた何処かの国の姫……というシルヴィアの予想とは反し、何故かただ一振りの剣が描かれているだけだった。
「あーそれねー。詳しくは言わないけど、タイトル通りの内容じゃないかな。…探してみると色々あるな小説。ほとんど私が買ったのばっかなんだけど」
他にも色々あるんだよーっと、大量の本を見せるレベッカ。
中でも目を引いたのは『堕天恋慕』と名付けられた本だ。パラパラと捲ると、その小説の中では人間の上位存在
だという『天使』と『人間』の恋が描かれた恋愛ものの小説らしい。
あまりこれは褒められたことではないが、小説のラストを見てみた。
すると人間は天使の子を身籠るも、天使は天界へと記憶を消されて連れて帰られ、人間もまた同じように記憶を消されたという救われない結末だった。
「レベッカって、こういう恋愛ものが好きなの?」
「うん。昔から好きなんだよね、恋愛小説」
「私読んだことないのよね…。おすすめを紹介して貰えないかしら」
「いいよー。読んだことないならまずはこれかな、話がわかりやすくて、無駄に拗れた話とかないからはじめて読むならおすすめだよ」
「なるほどなるほど…」
レベッカに渡された小説を読んでいく。レベッカもまた久しぶりに読みたくなったのかシルヴィアの隣で例の『救国の剣姫』を読んでいた。
(読んでみると面白いものね。 書物なんて勉学に関わるものしか読んだことなかったけど、これはこれでいいかもしれないわ)
これもエリーと出逢ったからこそだ。
エリーと出逢わなければレベッカたちのような友人と会えなかった。
だからこそ、エリーが帰ってきたら笑顔で迎えようと固く決意する。
「レベッカ、シルヴィア。お茶を淹れたので休憩しましょう」
「はーい!」
マリーは席を外して何をしていたのかと思えば、飲み物を持ってきてくれていたようだ。
こういう細かい所に気が利くのは見習いたいとシルヴィアは考えている。
一旦――途中から読書で進まなかったとはいえ――休憩ということでシルヴィアたち3人はテーブルに座る。
「やっぱりマリーさんの淹れる紅茶はおいしいわ。料理も上手だし、見習いたい……」
「伊達に18年も子どもたちの母親やっていませんよ。でもまだまだだと思うこともあるのです。子どもたちを育てるというのは、剣を振るうよりも、遥かに難しいのです」
暗そうな言葉とは裏腹に、彼女の顔は実に楽しそうだ。
マリーが秩序の守護者No.1だという事実に驚きはしたが、だからといってシルヴィアは見る目は変えたりはしない。
今の彼女にとっての戦いは、孤児院で子どもたちを育てることなのだから。
そうだ、とマリーはクッキーを取り出した。
「クッキーも焼いてみたのですけど、食べてみます?」
「いただきます。……おいしい!」
「おいしいよ!」
「そうですか? よかったのです」
聞けばエリーやレベッカに料理を教えたのはマリーだという。
後で教えてもらおうと密かに考えているなか、荒々しく孤児院の扉が開かれた。
「皆さんいますか!?」
扉を開けた人物はウェンだ。その息はかなり荒れており、"タスク"からここまで走ってきたのではないかとさえ思ってしまう。
「私とレベッカとマリーさんだけよ。ウェンどうしたの? 他の皆は?」
「マキナさんたちは後から追って来てもらってます。とりあえず、このことだけは、シルヴィアさんたちにいち早く知らせるべきだ、と思いましたので…」
いつも冷静なウェンがここまで焦るとはかなり珍しい。
それだけに、事の重大さがはっきりと認識できる。
「……落ち着いて聞いてください」
隣のレベッカから息を飲み込む音が聞こえる。
マリーも先程までの明るい表情から一転、少しだけ恐い顔をしていた。
全員の顔を一瞥して、ウェンは暗い顔にさらに影を落とす。
「――エリーさんが、失踪しました」




