出発
「…ということでハンティンドンに帰らないといけなくなったの。ごめんなさいね」
「うぅんいいの!こっちこそ1ヶ月も孤児院の事とか手伝わせちゃってごめんね!後は私と先生でなんとかなりそうだから大丈夫!」
本来ならもう少しフィレンツェに滞在する予定だったが、スチュアート王の急死とあれば仕方ない。
各々準備をしている中、エリーはシルヴィアに聞いてみた。
「スチュアートでしょ?フィレンツェからすぐに行けるような距離じゃないよね」
少なくとも気軽に行けるような距離ではない。
「そこはお父様が珍しく気を使ったわ。既にフィレンツェの南門に馬車が到着してるそうよ。準備が整ったらすぐにでも行けるわ」
シルヴィアは散らかった自分の部屋を片付けながら答えた。
相変わらずシルヴィアは長期滞在した場合部屋に物が溢れかえっているため、この光景が必ず繰り返される。
どちらかと言えば綺麗好きなエリーは普段から片付けて欲しいのだが、片付けろ言っても無駄なのはここ半年で学習した。
1ヶ月前にほぼ全ての荷物が燃えてしまってもまたこう部屋に私物が溢れかえっているが、シルヴィアはこの荷物の量をどうする気なのだろう。
(というかこの荷物の量はシルヴィアの鞄に入りきらないはずなんだけどなぁ。どうやって強引に入れてるんだろ)
以前ウェンにシルヴィアの荷物について聞いたことがあるが、ウェンもシルヴィアの荷物に関しては全くもってわからないようだ。
「ねえエリー」
「手伝わないよ」
シルヴィアが何かを言う前に断つ。
既にエリー自身の支度は済ませてある。だからシルヴィアの手伝いをしてもいいのだが、ギュンターとウェンに手伝うなと言われている。
…のだが。
「エリー…」
シルヴィアが涙混じりに懇願しているのを見ると、考えを改めたくなる。
今回だけだと決め、シルヴィアの手伝いをすることにした。
………何度めの今回だけなのかは数えたくない。
「…わかったよシルヴィア。手伝うよ」
「ありがとうエリー!大好き!」
シルヴィアの笑顔を見るとまた手伝ってもいいかと思ってしまうのはきっと直らないと思う。
こればかりは仕方ないとエリーはシルヴィアの手伝いをし始めた。
◆◆◆
「……はぁ。敵わないなぁ」
レベッカがそう呟きながらシルヴィアの部屋を覗いているのをギュンターは発見した。
「エリーのことか?」
「ひゃあっ!?」
少し驚かせてやろうかと思い、後ろから声をかけたのだが予想以上の反応に逆に驚いた。
「なんだギュンターか…驚かさないでよー」
「はは…悪い」
ギュンターは頭をかきながら続ける。
「シルヴィアの部屋に入らなくていいのか?」
「邪魔できないし、いいよ」
レベッカはそう言うと立ち去ろうとする。
このままでは後味が悪い。せめてフォローくらいしないととギュンターは付け加える。
「人の関係にどうのこうの言える立場じゃねぇけど、悩みがあるならいつでも言えよ。相談くらいはできるからさ」
お互いアレな幼馴染み持ってる同士さ、とあえて軽く笑いかける。
「うん、ありがと」
レベッカはそう言うと小さく笑った。
◆◆◆
全員が各々の準備を終え、ついにハンティンドンに行く時間になった。結局一番時間がかかったのはシルヴィアだったがいつも通りである。
フィレンツェの南門にはシルヴィアの言葉通り馬車があった。
「これが馬車なの?」
エリーの知る馬車ではないことは確かだ。
そこには馬車、と言うには大きすぎるモノがあった。
「個人の部屋あり、魔水結晶によるシャワーありってところかしら。正直ここまでしなくてもよかったのだけれど」
庶民代表のエリー、レベッカ、マリーは唖然とするばかりだ。
「馬車というのも色々あるのですね。私、驚いたのです」
「先生、そこは感心しちゃダメな気がします」
感心するマリーに冷静に突っ込むレベッカ。
「なんとなく僕も準備しちゃったけど、これ僕行ける?」
とりあえず準備はしたが、この一件はエリーとなんら関係はない。
シルヴィアたちだけが国に戻り、自分はフィレンツェに残るということもありえる。
「実はあの後にお父様に手紙を送ってエリーが来ることは知らせてあるから大丈夫よ。ただ…」
流石話がはやいと少し感心するエリー。
「ただ?」
「この馬車、私が手紙を送った時には既に出発していたからエリーの部屋の分の部屋があるかどうか…」
「それは仕方ないよ。最悪廊下で」
乗せてもらえるだけありがたい、部屋がないことくらいなら大丈夫だ。
「ということで聞いてきました」
ウェンがいつの間にか隣に立っていた。
「どうだった?」
「部屋は僕とギュンターとシルヴィアさんの3人分しかないそうです。どうします?」
こればかりは仕方ないと廊下で寝る覚悟を決める。
じゃあ僕は廊下でいいよと言おうとした矢先だった。
「じゃあエリーは私の部屋ね」
シルヴィアに肩を捕まれる。逃がす気はないということか。
エリーはウェンにすがるような目を向けるものの。
「そうそう。シルヴィアさんの部屋は僕とギュンターより広いそうですよ」
その望みは儚くも潰えた。
まさかのウェンの裏切りにエリーは何も言葉が出せないまま、馬車に連れ込まれる。
「これは…予想以上かも」
シルヴィアの部屋に入ったエリーは予想以上の大きさに驚きを隠せないでいた。
これなら2人分の生活スペースはあるかもしれない。
問題はシルヴィアの荷物だが、
ここまで考えてエリーは思考を止める。
(ダメだダメだ。普通にシルヴィアと同じ部屋になることを受け入れちゃってる。ここはガツンと言ってやらないと…)
「シルヴィア」
ここは男らしく部屋を分けるべきだと言おうとする。
「なにかしら?」
しかしシルヴィアの嬉しそうな顔を見て、思わず躊躇う。
「うぅん、なんでもない」
(何だかんだでやっぱり甘いな僕は)
でもシルヴィアが嬉しそうだからいいかとここは素直に甘んじることにする。
「じゃあそろそろ行かないと」
荷物を詰め込み、エリーはレベッカとマリーに別れを告げ馬車に乗り込む。
「いつになるかはわからないけど、また帰ってくるから!」
「後手紙とか寄越してね!」
「わかった!」
盛大な別れはいらない、また帰ってくるのだ。
シルヴィアはレベッカに手を振り
「レベッカ!また一緒に買い物とかしましょう!」
「もちろん!シルヴィアといると楽しいし!」
マリーはそんな2人を嬉しそうに見つめると
「ギュンターさん、ウェンさんのお二人も色々ありがとうございました」
ギュンターとウェンに深くお辞儀をする。
「こちらこそ。この1ヶ月楽しかったです!」
「子どもたちに慕われるっての悪くなかったっすよ」
2人もまた名残惜しさはあるが、ハンティンドンに行かねばならない。
「それじゃあね!また帰ってきます!」
エリーの言葉と同時に馬車は進み始める。
レベッカはその馬車が見えなくなるまで、手を振り続けた。
「行ってしまいましたね」
「でもまた帰ってくる。なら悲しむことはないのです」
「ふふっ、そうですね。今度帰って来た時に驚かせるために頑張りましょうか」
「はい先生!」
一時の別れだ、ならば前を向くだけ。
遥か先に続く道を眺めながら、レベッカはそう決意を固めた。