鮮血
「さぁて、踊ってくださいねぇ!」
ルーシーの足元から氷が次々と針のように生え、それらが意思を持ったかのように襲いかかってくる。
「……地獄の釜戸よ開け、"ヘルフレイム"ッ!」
エリーは急いで炎属性の魔術を唱え、氷の針を溶かして事なきを得る。
「詠唱無しで魔術を? どうやって……」
ルーシーにはウェンのような莫大な魔力はないはずだ。
仮にあるとするならばわざわざ魔族を利用して町の防備を崩すのではなく、はじめからその莫大な魔力による魔術で滅ぼせばいい。
「既にここはルーシーの劇場。あなたたちはそこで踊る人形もどうぜんなんですよぉ」
そうしている間にもルーシーは次々と氷の針を生み出してくる。
「エリー、来るわよ!」
「……仕方ない、カナヒメ!」
――あいわかった!
カナヒメの声が響いた直後、数多の剣が氷の針を打ち砕く。
「これで時間を稼げる。そのうちにルーシーの魔術の秘密を破らないと」
「私も『影』で援護するわ!」
"魔剣センチュリオン"の剣の雨に加えて、シルヴィアの『影』が氷の針を徹底的に破壊していく。
ちらりと横目にリズを見ると、エリーたちの戦闘に巻き込まれない範囲まで逃げている。これなら安心して戦える。
――しゃらくさいのぅ! 吹き飛ぶがよいわ!
(えっ)
カナヒメはいきなり何を言い出すのかと思えば、今までの倍の剣を取り出しそれらをルーシーに向けて射ち出した。
それらはルーシーに怒濤の勢いで突き刺さった。
「無駄ですよぉ!」
……ように見えた。
ルーシーの体だと思っていたものが霞のように揺らいでいる。
針山のような死体になるはずだったルーシーは、どうにかして剣の雨を切り抜けたのだ。
「避けた……? いえ、これでわかるはず!」
シルヴィアは『影』を操り、ルーシーを薙ぐ。
しかしそれは揺らぐだけで致命傷はおろか傷すらつけられない。
「どうやら攻撃は無駄みたいね」
「言いましたよねぇ? ここはルーシーの場所だと。ルーシーを傷つけることはできないと。言葉すら理解できない猿以下なんですかぁ!?」
ルーシーの煽りは無視して、対策を練る。
彼女はここは自分の場所だと言った。そして彼女に攻撃は通らなかった。であればここは彼女に攻撃を無効化、もしくは外させていると考えられる。
「劇場……場所……自分の場所……領域……。そうか!」
エリーはカナヒメに頼んで今まで氷の針に向かって射ち出していた剣を、今度は天井へ射出した。
「エリー!?」
「ウェンやマキナさんから聞いたことがある。魔術には予め陣を敷き、そこに敵を招き入れることで効果を発揮するものがあるって」
予想が正しければ、既にここはルーシーの陣地の中だ。
そしてその陣となるものは恐らく「氷」。この場に漂う冷気はその陣があるからだ。だからこそ、ルーシーは詠唱もなしに次々と魔術を唱えられた。
いや、既に唱えているからこそ、あれほどの氷の針を生み出せた。
――エリー、天井が崩壊しかかっているぞ。
(これでいいんだありがとう。後は)
太ももにあるナイフホルダーからナイフを取り出し、そこに魔術を込める。
最近は使っていなかった触媒魔術だ。
そこに炎属性の魔術を宿らせ、そして天井にむけて投げる。
「何をしているんですかぁ!」
「させないわよ!」
エリーが何をしようとしているのか知ってか知らずかルーシーは倍の量の氷の針を生み出したが、それら全てをシルヴィアの『影』が切り裂く。
そしてエリーは、投げたナイフが天井に刺さったのを確認し
「吹き飛べ、"エクスプロージョン"!」
天井ごとナイフを爆破した。
多くの剣が突き刺さり、崩壊しかけていた天井は爆発が起きたことにより、崩れ落ちた。
閉ざされていた空間に、太陽の光が降り注ぐ。
さらに今の季節は夏。氷を溶かさんとばかりに太陽が輝いている。
無論、それだけではすぐには溶かしきれない。
「……吹き荒れよ、そして焼き尽くせ! "フラムマ・テンペスタース"!」
自分とシルヴィア、そしてリズが巻き込まれないように調整し、今エリーたちがいる部屋を 炎の嵐で焼き尽くす。
氷が融解し水になり、さらにその水が気体となる……つまりは蒸発し、辺りは水蒸気に包まれ、視界が阻まれた。
「リズさんを奪還してくるわ」
「わかった。気を付けて」
この機に乗じて、リズの保護のためシルヴィアはリズのところへと走り出す。
「いやぁ、参りましたねぇ。まさかこんな手段でルーシーの陣を突破するとは。こうなってしまってはもう勝てません。降参ですよ降参」
何処からか聴こえてくる声。
今の魔術では倒すには至らなかったようだ。
「降参って言うのなら、姿を見せてくれてもいいんじゃないかしら?」
「それは悩み所ですねぇ」
……おかしい。
降参と言いつつ余裕の態度を崩さない理由がわからない。逃走手段を既に整えているとも考えられるが、そうではないだろう。
マキナが言っていた「妙な魔術」。魔術戦で彼女が遅れをとったのはそれが理由にあるはず。ならばルーシーの余裕の態度もその「妙な魔術」に起因しているはずだ。
「……なんだ……?」
それにしても、目が霞む。水蒸気で視界を奪われているわけではないのは確かだ。
だが、今はそれに気をとられている場合ではない。
「……ではルーシーご登場と行きましょうかねぇ! 主演が思い通りに動いてくれて、演出は大変満足してますよぉ!」
「きゃあっ!?」
「リズさん!!」
何事かとリズの方向を見ると、ルーシーがリズの後ろに回り首筋に剣を突きつけていた。
「はい。そこまで。これ以上進めば大司祭サマのお命はありませんよぉ?」
「く……卑劣な」
「勝てばいいんですよ勝てば。まどろっこしい正々堂々やら騎士道なんて、豚にでも食べさせればいい。ルーシーはぁ…そんなくだらないものを…潰すためにここにいるんですぅ」
ルーシーの猫なで声がただただ腹立たしいものでしかない。
だが、あちらがその気ならこちらも容赦はしない。全力でやるだけだ。
「まぁまぁ怒らないでくださいよぉシルヴィアさぁん」
「随分と無理難題を押し付けるのね」
「ルーシーは優しいから、大司祭サマを解放しようと思うんですよぉ」
不愉快な猫なで声のままルーシーは喋る。エリーはこの状況を見ているしかない自分に腹立ちながらも何があっても即動けるように準備をしていた。
「それでシルヴィアさん。武器をそこに置いて、こちらに来てください。"アイムール"は頂きますが、大司祭サマのお命だけは助けますよ」
黙りこむシルヴィア。
人命を優先するか、"魔剣"を優先するか。
……悩むまでもないか。
シルヴィアはルーシーの近くに寄ると
「わかったわ。リズ大司祭をかえしてもらうわ」
自分の剣を置き、両手を上げて武器がもうないことをアピールする。
「そうそう、それでいいんです。ルーシーは約束を守るエライ子ですらかね。大司祭サマはおかえししますよ」
乱暴に押され、バランスを崩してシルヴィアのところへと彼女より少しエリー寄りの位置に転びながら帰って来た。
……彼女の抱えられていた"魔槌アイムール"はルーシーの手にある。なに、奪われたなら取り返せばいいだけのことだ。
「リズさん大丈夫!?」
バランスを崩し、倒れたリズに手を貸すため、シルヴィアが一瞬ルーシーに背を向けたその瞬間である。
「馬鹿が! なんで背を向けるんですかぁ!!」
「え――――!?」
その僅か一瞬の隙を狙い、ルーシーはシルヴィアへと剣で突いた。
シルヴィアはそれに反応し、ルーシーの方を向くも……。
「油断大敵ですよぉ、シルヴィアさぁん」
――――シルヴィアの腹部を、ルーシーの剣が深々と刺し貫いていた。
「―――あ……」
それを見た瞬間、エリーの視界は真っ黒に染まり、何かに心を捕まれたように感じた。
◆◆◆
――視界が黒く染まったように見えたのは、一瞬だった。全てが変わったかのような錯覚を覚える。
ただひとつ変わらないのは。
「甘い、甘いんですよぉ!」
「し、シルヴィアさん!」
あいつがシルヴィアを刺したことと。
「…………………」
シルヴィアが、血を流したこと。
ならばやるべきことは既に決まっている。
「どうしましたぁエリーさん? 声も出ませんかぁ?」
――ふざけるな。
「ん~? 聴こえませんよぉ?」
何故かカナヒメの声が響かないが、今はそんなことどうでもいい。
「……僕は、誰も殺すつもりはなかった」
「へぇーそうなんですねぇ!」
四肢に力を込める。
「それは"あなた"も同じだ。なんとか倒して、"魔槌アイムール"さえ守れば命を奪う必要はないから」
だが――――――。
「気分が変わったよ。……これだけ怒ったのは初めてだ」
今目の前にいる人間だけは。幾星霜の時を超え、六道輪廻巡りても、赦すことはできない。
「――――"お前"だけは、今ここで殺す」




