1話:エルフの遊牧民
今、前を歩いている女は神らしい。名乗られたが、聞き取れなかったので女神と呼ぶことにした。
天国と呼ぶに相応しい、花園を歩いている。空には雲ひとつなくて、遮るものがないからか太陽の光がいつもより眩しく感じるのも、天国らしさが際立つ。
私は死んだ。実際、死ぬ直前の記憶があるし、それは間違いないのだが女神曰くそれは直接的な原因ではないのだそう。思い返してみるが、お風呂場が最後の記憶なのは間違いない。
「それで、直接的な原因って何なんです?」
あからさまにため息を着きながら、耳馴染みのない言葉で何か言われている。眉をしかめたりブツブツと囁いているのは文句を言われているようだ。
実家の風呂場で滑って死んだ。それが私の死因のはず。
では女神の言う“直接的な死因”とは何?
いつの間にか足元には深い霧が立ち込めていた。それでも女神は進み続ける。気がつけば霧ではなく、雲のようなものの上を歩いていた。
「あなたは誤って死にました。よって、あなたに異世界転生を実行します」
「…はい?」
振り返った女神と目が合ったかと思えば額を軽く突かれ、私は落っこちた。大きな雲の切れ間から、女神がこちらを覗き込んでいる。雲に遮られた太陽よりも、女神の金髪のほうが眩しかった。
「き、きゃあぁああぁ!」
死んだからといって浮遊できるわけではないようだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
私は魔法の存在する異世界に転生した。
アールヴィ国。精霊族と呼ばれる、人型の人外が多く暮らしている場所らしく、私もエルフに生まれ変わった。
それもタランドゥスの民というトナカイと共に生活する民族の一員として。
「べリス」
この人はアルマ、私の母親だ。空から落とされた困惑と恐怖で泣き叫ぶなか、輝く銀髪はよく目に止まった。
そしてべリスというのが私の名前。中々良い響きだと思う。気に入った。
タランドゥスの民は遊牧民族だ。数ヶ月に一回、家畜を連れて移動する。
(まさかエルフに転生した上に遊牧民族になるとは…)
現代っ子の私が遊牧民の生活に耐えられるか、はまた今度の話だ。
アルマに抱えられて家の外に出た。春風が冷たい。
(そういえば私の死因って結局なんだったんだろう)
『それは直接的な死因ではありません』と女神は言った。転倒死でないのなら、転んだ後に意識を失って浴槽の水で溺死の可能性もある。
(時間が経てば経つほど雲の上の話が思い出せない)
そもそも、あの花園も雲の道も夢や幻覚だった可能性も捨てきれない。
(うーん…。えぇい!忘れちゃうってことは大事な記憶じゃないってこと、気にしてもしょうがない!)
ぶんぶんと頭を振ろうとしたが、首が座っていないせいで手足をジタバタさせてしまった。アルマは驚くと私を地面に置いた。
「おむつか?」
(違います!!)
情けないことに赤ちゃんの私は何もできない。そう、自分のお尻を見られても抵抗できないし、そもそもトイレも一人で行けない。
見渡せば緑の草原や山、あとは茶っぽい動く生き物。多分タランドゥスか馬だろう。その中にお尻丸出しの私。
(アルマさん、野外でおむつ替えは勘弁してください!!)




