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Episode 1 一日目 移動

 目を覚ますと窓の向こうはまだ暗闇だった。

 私は時間を確認しようと携帯を探す。

 —朝の二時半。いや、深夜の二時半だ。

 さて、どうするか。アラームまであと一時間ある。でも目は覚めてしまっていて、試しに目を瞑ってみても眠れそうにない。

 諦めて起きてみるか。いや、でもこの後の長旅を考えると、休んでおきたいところだ。

 眠れなくても目をつぶっていよう。私はそう思い、目を閉じた。


 三十分後。どうしても眠れず諦めた。

 朝ごはんの支度をしよう。私は部屋の電気をつけてスリッパを履き、寝起きとは思えない俊敏さでベッドから降りた。今まで何度か一人旅をしているが、二十代にもなって旅行が楽しみで眠れないとは驚きだ。それに、自分がベッドからこんなに素早く降りられることも知らなかった。

 ベッドから出ると途端に部屋の寒さを感じた。寝ている間は切っている暖房のスイッチを入れる。部屋が暖かくなるまでは動いているしかない。この間に洗顔と朝ごはんの準備を済ませる。

 今日の朝ごはんはいつもと同じ、お茶漬けと煮物、豆腐を入れた出汁スープ。それに、身長を伸ばすのを諦めていないので、牛乳もつける。もともとこんなに水分を摂るタイプではなかったが、この食事にしてから手足の浮腫みが減り、身体も軽くなったので、最近はもっぱらこの献立で一日が始まっている。体にとって水分はなくてはならないものらしい。知識としては知っていたが、自分で体験するのとでは納得感が違う。

 朝ごはんを食べ始める頃には部屋も暖かくなった。忘れ物はないか考えながら食べ進めていく。

 食べ終わって持病の薬を飲み、後片付け。着替えにメイクにヘアセット。そんなこんなであっという間に出発時間になった。アラームより前に起きてよかったかもしれない。

 忘れ物はないか、最後に確認し家を出る。心配性の私は、暖房は消したか、電気は消したか、冷蔵庫はしっかりしまっているか、玄関の鍵は閉めたか、とにかく確認の回数が多い。その度に靴を脱ぎ履きし、それにより忘れ物がありそうだと思った頃に、やっと車に向かえた。

 まだ朝の五時。もちろん太陽は上がっていない。空を見上げると星も輝いている。

 車にスーツケースを乗せ、やはりもう一回玄関の鍵が閉まっているか確認してから駅に向かった。


 駅近くの駐車場に車を置き、荷物を持って駅に向かう。

 公共交通機関は久しぶりに使う。学生時代に使っていたICカードの残高を確認すると二千円入っていた。どのくらい使うかわからないので、とりあえず一万円をチャージしておく。

 改札を通り、ホームで待っていた特急列車に乗る。土曜日の朝五時半にも関わらず、何人かの乗客が既に座っていた。

 指定席を取っていたため、自分の席に向かう。

 隣の席は空席だったが、この後乗ってくる可能性も考えて、荷物は足元と膝の上にまとめる。あとは乗り換えまでゆっくり過ごすだけだ。私は後ろに乗客がいないことを確認し、背もたれを少し倒した。そして、出発のアナウンスと同時に目を閉じた。


 乗り物の揺れとは面白いもので、電車が発車した後、すぐに眠ってしまったらしい。次に目を覚ましたのは降りる予定の駅まであと二駅のところだった。

 隣の席は空席で、ありがたく膝の上にあった荷物を置かせてもらう。

 降りる準備が終わり、電車が止まるのを待つ。次は新幹線だ。人生初の新幹線移動のため、改札が見つかるか、乗り換えは間に合うか、不安なことはたくさんあるが、人の流れについていけば改札には着けるだろう。そう思いながら私は電車を降りた。


 実際のところ、案内看板と人の流れでスムーズに乗り換えはできた。ホームに新幹線も来ていたため、号車を確認して乗り込む。

 さすが新幹線。朝の八時前にしては人が多い。ほぼ満席で発車し、途中駅でも人を乗せていく。


 約二時間新幹線に揺られ、もちろん睡眠を挟み、名古屋に着いた。

 初名古屋だが、ここも乗り換え。岐阜へ向かう。名古屋から岐阜は近いらしい。快速で二駅だ。


 岐阜に着き、携帯の案内に従って、発券機で乗車券と特急券を発券する。ここから先はICカードで出入りできない駅があるらしい。ネットで調べた限り、目的の駅ではICカードが使えそうだが、使えなかった場合が怖いので、おとなしく乗車券も申し込んでおいた。

 乗車時間まで少し時間があったので、軽食も買っておく。前々回の旅行でカツサンドのおいしさに気づき、軽食はカツサンドと決まってしまった。毎回カツサンドを買ってしまうのだが、他におすすめがあれば教えてほしい。

 特急に乗り込むと空席を見つける方が大変なくらい席が埋まっており、指定席を取っていた過去の自分に感謝した。席は窓際だったので、通路側の人に声をかけ、奥に座らせてもらう。

 朝の特急のように、荷物を足元と膝に乗せる。少し落ち着いて周囲に注意を向けると、外国語が聞こえてきた。というか、日本語が聞こえてこない。乗客のほとんどが外国人旅行者らしい。小学生くらいの子どもを連れた家族や、若いカップル、中年の夫婦など、年齢層は様々だ。

 そんなこんなで外を見ると、道の端や山の向こうに少し、本当に少し雪が積もっていた。雪なし県民の私にとってはテンションが上がる光景だ。ここから少しずつ雪が増えていくのだろう。想像するだけで楽しみだ。


 時間が少し経ち、時計を確認するとお昼近かった。そして、お腹が空いていることに気がついた。それもそうだ。四時に朝ごはんを食べてから何も食べていない。私は買っておいたカツサンドを取り出して口に運んだ。

 窓から見える景色は少しずつ雪が増えていて、道の端に山になった雪を見つけることも多くなってきていた。

 その時、トンネルに入った。このトンネルは長いのかなと思っているとすぐに外に出て、窓の外の景色に息を飲む。

 川底が見えるくらい水が透き通った大きな川に、見渡す限り雪に埋まった街並。山だけでなく、空気も真っ白になっている。思わずその景色を写真に収め、祖母にLINEで送った。すぐに既読がつく。

「うわー、川端康成の雪国じゃん!」

 最近私の口調を真似するようになった祖母から、今時の若者言葉にそぐわない返事がきた。

 確かに、そうだ。川端康成もこんな気持ちだったのかもしれない。『雪国』は読んだこともないし、川端康成という名前も高校入試のために覚えたくらいの、日本文学には本当に縁のない人生を送ってきたが、すこし親近感が沸いた。旅行から帰ったら読んでみてもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら窓の外を見ると、大きな川には街並が映っていた。私も田舎で育ったが、民家が立ち並ぶ場所にある川で、こんなにも透き通っている川は見たことがない。

 自然の素晴らしさに驚きながら外を眺めていると、途中駅の下呂を告げるアナウンスが流れた。

 下呂は三日目に訪れる予定だ。今は見るだけ。楽しみはとっておこう。


 下呂に着くと、乗客の半分は降りただろうか。途端に座席の色がわかるようになり、列車の中が広くなったように感じた。

 私の目的地は終点で、次は終点の高山。ということは、今乗っている乗客は全員終点の高山で降りるということだ。年齢も国籍も、誰と一緒に来ているかも全く知らない人たちが、同じ場所を目的地として電車に乗っているこの状況に少し感動する。


 外の景色を見ていると終点まではあっという間だった。

 列車の中は暖かいが、外に出たらすごく寒いのだろう。カバンに入れておいたマフラーと手袋を取り出し、身につける。普段は邪魔だなと思えるくらいの冬の暖かさの中で生活しているが、ここはどうだろうか。


 電車を降りると、冷たい空気が顔に触れた。マフラーと手袋がなかったら、冷気で痛かっただろう。でも心地よい澄んだ空気だ。

 改札に向かうと、駅員が乗車券と特急券を確認していた。人生で改札に駅員が立っていて、切符の確認をしているところは見たことがない。新鮮で少し見とれてしまった。

 私も切符を取り出し、改札で駅員に渡す。

無事改札を出て一息つくと、外国人に話しかけられた。

 「すみません、この電車に乗るんですけど、どこに行けばいいですか?名古屋まで行きたいんです。」

切符を見せながら声をかけてきた外国人は、彫の深い、ザ・外国人のような顔立ちで、最初は日本語を話していることに頭が追い付かなかったが、なんとか外国人の持っている切符を確認した。

 確かに名古屋行の特急列車の乗車券だ。時間は次に出発する列車になっている。

「そこの改札で駅員さんに切符を見せて、一番線だと思います。入って左側です。」

案内看板を見ながら説明する。

「そう。改札に行ったら、そっちで待っててくださいって言われたんです。」

「え?」

改札に入れない?なんでだ?

声をかけてきた外国人もお手上げだというように笑っている。

 私も帰りはこの駅から名古屋行に乗るし、なんで改札に入れないのか確認しておきたい。少し周囲を確認すると、改札前に行列ができていた。その先頭には、外国人が持っている切符に書かれた出発時刻と同じ時刻が書かれた看板があった。

「もしかしたら、改札に入るために並ばないといけないのかもしれないです。」

「あー、わかりました!聞いてみます。ありがとうございます!」

解決したかはわからないが、外国人は笑顔で手を振って行列に向かっていった。

 あれだけ外国語を話せたら楽しいだろうなぁ。

 最近英会話の勉強を始めた私は、声をかけてきた外国人のガッツに感動した。もしかしたら日本生まれの日本育ちなのかもしれないが、母国語でも知らない土地で知らない人に話しかけるのは勇気がいる。もしそれが母国語でなかったら、より勇気がいる。中学英語もおしい部分が多く、チャットで外国人とやりとりをするにも単語や文法を調べながらの私にはまだまだ到底追いつけないが、目標ができた。

 ほかほかした心のまま、コインロッカーにスーツケースを預け、一時間後に乗る予定のバスの切符を買っておく。コインロッカーを求めて彷徨い歩いていた時にたまたま券売機を見つけただけだったのだが、ラッキーだった。

 少し高山散策でもしよう。私は駅前でまったり過ごせる地元のカフェがないか、歩き始めた。

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