83. 「明の星の下へ~星の左腕ベリィ・星の双眸ゼフォン」その3
「起きないッスね。一向に――」
お尋ね者【死超星】の行き倒れという、多額の懸賞金を手に入れる絶好の機会だったのに、あろうことかその介抱を申し出たベリィ。
「大丈夫ッスかね。こいつ――」
そしてそれをなぜか、黙認したわたし。命令違反をした上しかもふたり一緒に、などと知られては間違いなくただでは済まないのに。
「オッ、気づいたのか! ああよかった、生きててっ!!」
やがてこの山小屋など軽々崩落させるほどの、雷鳴のごとし叫びが室内に響き、
「ベリィッ!! テメェこのクソ野郎ッ、なぜここに!!」
それを超える剣幕の左拳の烈風が、当人を床に強く叩きつけたことで物理的にかき消します。こっ、怖い。これが、最強の賞金首――
「痛てて……! へへッ、腕っぷしも強くなったんだな?」
そう、ただでさえベリィと同等の体格に加え敵対者を確実に倒す、という能力の使い手を前に、気づけば壁を背に震えるのみでした。
「テメェ……よくもぬけぬけと俺の前に再び顔を出せたな」
「すまねえ、だがどうしても助けたかった。いわれなき疑いで追われてたんだろ」
「あ? ――なぜそう思うンだ」
「お前からはオレを弟同然に育ててくれた姐さんと、同じ雰囲気を感じるからさ」
「何っ……」
「とにかく行動で示したかったんだよ。本心だって証にな」
「……」
訴えを受ける死超星。次第に先ほどのその激昂の赤もどこか哀愁を帯びた青へと変容し、ベリィもベリィでこんな顔は初めて見ます。
冷酷非道と称されているはずの敵と、日々の奴隷扱いを甘受するばかりの生気なき仲間、両者に抱いた印象が一転し始めていました。
「そこまでの相手と悪の道に走ってンじゃな。世話なしだ」
「ああ、その通りだ。結局オレらも弱さに呑まれちまった」
「あの女はどうした。あンな身体で今もまだ、一緒なのか」
「報いを、受けたよ」
「あ?」
「これもいい機会か。先輩にも一緒に聞いといてもらおう」
やがてベリィはその過去を語り始めました。かつて仲間と数多の悪事に手を染めていたこと。
当時の死超星を慰みものとした挙句に部隊より追放したこと、その後再会し戦った時は完膚なきまでに敗北したが、助命されたこと。
けれどその後は他に恨まれていた者たちからの逆襲に遭って自らは半殺しの目に遭い、仲間のリリスは人買いに連れて行かれたこと。
そしてかつて毒牙にかけた女性が今の雇い主ナールの妹で、その報復で目と腕を奪われたこと。すべては“因果応報”と悟ったことを。
「当然だろうな。で、当たり前のことをしないのかお前は。俺への復讐っていう当然のことを」
「もう言ったはずだ、悪いのはオレたちの方だったんだぜ。んなこと思ってるはずねェだろう」
「……何?」
「それにあの時お前、言ったろ。『本当の強さは、怨嗟の連鎖をそこで止めることだ』ってな」
「……!!」
「とにかくお前と姐さんに恩を返すまでは死ねねえ。今日、そのひとつ目が叶ってよかったよ」
いい年齢の男に不相応なる青臭い告白。その言が本当なら人はこうも変われるのでしょうか。
「ふん、ンなのを信じるとでも」
しかしこの台詞に反して切なげな返答。彼らの間にあったことは、真実なのかもしれません。
「ん? おいお前、その左手?」
「あ?」
その時でした。先ほどベリィを殴った左手が突如粘土細工のように折れ、床に落ちたのです。
「こっ、これは。俺の手が!?」
「なっ、何だってんだオイ!?」
この“症状”は。やった、再びの好機。これでこの男はもはや無力、実に恐るるに足らずです。
「先輩、こりゃ一体何スか!?」
「十中八九“枯渇症”でしょうね」
駄目、よしなさい。
「体力気力の衰弱した状態で強い魔法を使い続けた。やがて全身は朽ち果てます」
今すぐ黙りなさい。
「とても珍しい症例で有名です。強すぎる魔力がゆえの弊害と言えるでしょうね」
口を閉じるのです。
「くっ、食い止める方法は!?」
「ええ、ないことはありません」
やめて、ゼフォン。
「食べて、飲み眠る。とにかく心身を楽にして、存分に落ちつかせることですね」
なぜなのです、ここは知らないととぼけるべきでしょう。
「ですがその手はもはや治せません。それ以上悪化しないよう安静にして下さい」
どうしてなの、この男は敵ですよ。死ねば手柄にもなる。
「いや大丈夫だ、力さえ戻りゃあな。だろ? ルーシー!」
しかしベリィはそう叫ぶと「食い物ならオレが何とかする! ここで待っててくれ!」と水を得た魚のように飛び出してゆきました。
「チッ、余計なことしやがって」
室内に残ったのはわたしたちのみ。油断は禁物、心音と戦いながら身構えます。しかし彼は、
「一応君らには礼を言っとくよ」
「えっ」
「今の俺なンて殺ろうと思えば簡単に殺れるだろ。君にもあいつにも。なのにそうしなかった」
「……」
「野郎も野郎で君にあとを任せ出て行くなンてよ。逆に俺が君を殺して逃げたらどうすンだか」
「……」
「こんな俺のことまで信用してやがるンだろうな。昔はあんなやつじゃあなかったのによ――」
「……」
「借りができたな。ありがとう」
――何なのこの人は。本当にあの――“死を呼ぶ星”なの。
頭が――痛い。せっかく忘れかけていたことを、また――
……
(フフ、ご機嫌ですねお嬢様?)
(ええ、おにいさまがげんきならわたくしもげんきです!)
(坊っちゃまが? なぜです?)
(“いいなずけ”のかたがおにいさまをしんぱいして、こっそりあいにきてくださるからです!)
……
(聞いたか? あの娘、破談になったのに未だ出入りしてやがるらしいぜ。当主様に報告だな)
(開花のため心身に負担かけて実験中なのによ。だが兄妹でこうも才能が違うとは、残酷だね)
……
「おい、お嬢さん?」
……
ベリィを待つ必要もなければここにいる理由もない。この男も現状身動きはとても取れない。
ならばバウトたちのもとへ戻り報告、そして始末させて報奨金のおこぼれに与るのが最適解。
なのになぜ、身体が動かないの。ここは“何もしない”方がよいと――どうしてそう思えるの。
「何を、泣いてンだ」
そう、この時のわたしは、わからぬふりをしていました。




