82. 「明の星の下へ~星の左腕ベリィ・星の双眸ゼフォン」その2
「珍しく強情じゃないか、まったくやれやれだね」
「……ガハ」
「まあ今は労力が惜しい、懸賞金に免じて許そう」
「……ギヒ」
「しかし愚かだねベリィ、奴隷から這い上がる千載一遇の機会だったのに」
「……グフ」
……
「フン! おかげでそこの町の、高い情報屋を使う羽目になっちゃったわ」
「……ゲヘ」
「この時間とお金の浪費、次は本当に殺すからね」
「……ゴホ」
……
「もういいナール。さて、対処を考えるとしよう」
目の前で紅蓮にまみれ横たわるその姿の凄惨さたるや、今食べたものも戻してしまいそうです。
そんなすこぶる不快なる気分の中、切株を机に【死超星】をどう倒すかの会議が始まりました。
「【反逆の刃】。怒りを引き金とする“反撃”の力、か。つまり“何もしない”分には問題ないのかな。ゼフォン、君はどう思う?」
3,300万ポッチは確かに魅力的、わたしにもたぶん1割はくれるでしょう。
「やつが怒りを向ける“対象”そのものがなければよい。罠を仕掛けて“毒殺”などが有効なのでは。かつ“即死”であればなお良し」
「ほう! なるほど確かにね」
しかしお金より命、そんな化け物などとは一切関わりたくないのが本音です。仕方がないので進言はしますが――
「もしくはそもそも“氷を発生させない”状況を作るも有効かと。どちらもナールさんの力をもってすれば造作なきことでしょう」
「ふふっ。さすがねゼフォン」
立ち上がり、不敵に笑う顔に添えられた右手が一瞬歪みます。すると空間がひび割れその赤黒い裂け目より“杖”が現れました。
「【氷の剣】と【炎の錫】。我が魔杖と果たしてどっちが強いかしらね?」
そうして後方にそびえる大木へ振り返りざま一閃、少し遅れて生じた“衝撃波”がこのわたしの短身痩躯を軽く吹き飛ばします。
「さすがナール! いつ見てもすさまじい魔力だ」
ドシン――。即座木は根元から焼き切れて横倒しに。その頂だった枝葉が地に伏すこの鼻先ギリギリを撫でます。
なんという威力と正確さ、ありとあらゆる要素がほんのわずかでも狂っていれば下敷きでした。
「遠い噂に聞く“存在自体をも焼滅させる”炎使いに比べれば、まだまだよ」
「だが死超星さえ葬れば、この地で最強は間違いなく君となることだろう」
「さあ、いつまでも寝てないで捜しに行きなさい。やつは近くらしいから」
そして起き上がるやいなや命令が下されました。
「最後の目撃情報によれば相当弱ってるようよ。見つけ次第報告しなさい」
「君もだベリィ、唯一の取り柄たるその体力を今こそ活かしてくれたまえ」
――そしてその後は森の中をどれほど歩いたか。
「ハァ、ハァ。痛ってて、っ」
わたしとまるで対極の、隣に並ぶ筋骨隆々なる長身は確かに異常に丈夫。満足な手当もなしに、もうこれほど動き回れるとは。
「……」
しかし“こちら”の方はグルグル……と限界の様子。先刻からしきりにお腹を押さえる顔に、わたしは手提げを差し出しました。
「そろそろ休憩になさったら」
「……」
「余分に用意、しましたので」
「……すいません。頂きます」
そうして彼は深々と腰を折ったのち木にもたれ、すでにない利き腕に代わり左手でたどたどしく頬張り始めます。
「オレの犯した数多くの過ちは命で償う他はない。わかっちゃいるんです」
「……」
「それでもオレはまだ死ぬわけにはいかないんス。“ふたりの恩人”のため」
だから施しは遠慮なく頂くと? ええ結構、わたしもあなたにいなくなられたら困りますから。
そう、これは利害の一致にして水面下の共同戦線です。しかし彼は何か勘違いをしているのか、
「その人らにも昔、こんな風に良くしてもらって」
などと明後日の方を向き感慨深そうに語ります。
「人ってのはこれから欲することよりも、一度手にしたのを失ったものにこそ執着するそうッス」
「……」
「手遅れになって初めて、そのありがたみがわかる。受けた温情も、今はもうないこの目と腕も」
「……」
「先輩、実はその恩人ってのが――ってアッ!?」
わっ、急に何。ベリィは自分からした話を中断したかと思えば突然坂下の、流れる川縁へと一直線一目散に走ってゆきました。
「ルーシーッ!? おい、ルーシーよおッッ!!」
途中で足をもつらせ喜劇のごとく転げ落ちますが、なおも大声で叫びつつ中洲に浮かぶ“それ”へと駆け寄ります。
「やっぱりだ!! なあ、しっかりしてくれ!!」
あとについて行った先、左腕一本に抱えられている“その男”。腰まである銀髪に魔法使い向けの濃紺色の外套姿。
これは――間違いない。【死超星】その人です。息はあるようですが意識はない。遭遇するのも恐怖でしたがこれなら話は別。
この手柄があればもうわたしは安泰。しかし短剣を構えた時「何のつもりスか先輩!」と思わぬ一喝が響きます。
「――殺す気スか。それだけは絶対させませんよ」
「あなたこそどういうつもりです。彼は敵ですよ」
「……」
「これは命令です。また逆らうというのですか?」
「……すいません。そういうことになります……」
そう言って隻腕で力強く身構えてくるその姿。闘志にあふれているのは片方しかない眼光も。こんなの初めて見る表情でした。
しかし彼は「お願いします、この通りッス!!」とわたしを襲うどころか、逆に地に平伏して額を何度も擦りつけてきました。
「こいつがオレの恩人、そのひとりなんスよ!!」
……
「どうかご勘弁下さい、助けてやりたいんス!!」
……
「報告してくれていい、オレはどうなってもいい! でもそれはこいつを逃がしてから! どうか頼みますッ!!」
何――なの。一体何をしているの――この男は。
……
(どうしてみなさん、おにいさまをのけものにするの? なぜちかづいてはいけないの? こんなのおかしいです)
……
(おばあさまがあいにいっていいのなら、わたしだってかまわないでしょう! おにいさまがかわいそうですっ!)
……
頭が、痛い。せっかく忘れかけて――いたのに。
(お前の密告のせいでめでたくお祖母様とまで引き離されたよ。ゼフォン)
(結局死に目にも逢えなかった。何もかもすべて、お前のおかげだな――)
(さぞ楽しいだろうね。僕から家督だけじゃなく、最愛の人まで奪ってさ)




